はじめに
欧州委員会は、2023年6月1日、研究開発協定および専門化協定に関する二つの一括適用免除規則(Research and Development Block Exemption Regulation(以下「R&D BER」という))およびSpecialization Block Exemption Regulation(以下「SBER」という)と水平的協力協定に関するガイドライン(Guidelines on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements(以下、単に「ガイドライン」という))の改正案を採択し、これらの改正規則は、同年7月1日に施行された。
過去に拙稿(本連載第7回「EU競争法・垂直的制限に関する一括適用免除規則およびガイドラインの改定」)において紹介した、メーカーと販売店のような取引の上流・下流の関係が「垂直的関係」と呼ばれるのに対し、市場において競合する複数の事業者間の関係は、「水平的関係」と呼ばれる。
欧州の競争法であるEU機能条約(Treaty of the Functioning of the European Union。以下「TFEU」という)101条は、その1項において欧州市場における競争を制限等する行為を禁止しており、水平的関係にある事業者間の協調行為であって、価格協定、供給制限、市場分割、入札談合や共同ボイコットに代表されるようなその目的において競争を制限する行為(by object restriction)や、これに該当しない場合であってもその効果において競争を制限する行為(by effect restriction)は、同条1項に抵触し、高額の制裁金の対象となる可能性がある。
他方、同条3項は、市場における競争を制限しうる行為であっても、技術や経済の進歩に資するものであること等の一定要件を満たす行為については同条1項を適用しない旨を定めており、水平的関係にある事業者間の行為のうち、かかる適用免除の対象となる行為を類型化したセーフハーバーとしてR&D BERおよびSBERが定められるとともに、同条1条の適用に関する解釈指針として、ガイドラインが設けられている。
このうち、R&D BERは、競合事業者間の共同研究開発およびその成果物の活用に関する協定に関して、SBERは、いわゆる専門化協定注1および共同生産協定に関して、それぞれ競争法の一括適用免除の要件を定めており、多くのケースにおいては、企業同士がこれらの協定を行うにあたり、競争法の適用可能性を個別具体的に予測・判断することは実際的ではないことから、これらの規則を参照しつつ、一括適用免除を受ける形で協定を行うことが実務的な対応となる。
改正前のR&D BER、SBERおよびガイドラインは2011年に施行されたものであり、その後の実務の集積や、デジタル化およびグリーン化といった社会の潮流・ニーズを踏まえ、企業による経済と持続可能性に寄与する協力協定をさらに推進するべく、競争法に関する欧州委員会の考え方の明確化等を図ったものが、今回の改正規則およびガイドラインである。
以下では、改正規則およびガイドラインのポイントについて、日本企業への関連性が高いと思われる点を中心に解説する。
R&D BERおよびSBERの主な改正点
各一括適用免除規則においては、協定当事者の市場シェアの合計が一定割合以下であることが一括適用免除の恩恵を受ける要件とされており、その基準値は、R&D BERにおいては25%(R&D BER 6条1項)、SBERにおいては20%である(SBER 3条1項)。
もっとも、市場シェアが安定しやすい成熟市場と比較して、新たな製品の市場においては急激なシェアの変動が起こりやすいため、“イノベーションの促進”という観点から、従前は直近1年間のデータに基づき市場シェアを算定すべきものとされていたところ、各改正規則においては、直近1年間のデータが市場における当事者の地位を正しく反映していない場合には、直近3年間のデータを用いることとされた(R&D BER 7条3項、SBER 4条(b))。
また、共同研究開発の成果物の活用または専門化にかかる取り組みの期間中に協定当事者の合計市場シェアが上記基準値を超えた場合について、各改正規則は、最初に市場シェアが基準値を超えたときから2年間は一括適用免除の継続を認める旨のグレイスピリオドを設けている(R&D BER 6条5項、SBER 4条(d))。
他方で、このようにイノベーティブな製品の市場において、一括適用免除の恩恵を受けるための市場シェアに関するルールの柔軟化が図られているのに対し、各改正規則においては、当事者間の協定がイノベーションに向けた競争を実質的に制限する場合には、欧州委員会および各加盟国の競争当局が一括適用免除の適用を取り消すことができることとされておいる点には留意を要する(R&D BER 10条および11条、SBER 6条および7条)。
以上に加えて、SBERにおいては、従前は3当事者以上の一方向的な専門化協定は一括適用免除の対象外とされていたが、今般、定義規定の改正によりそのような専門化協定も一括適用免除の対象となりうることとされ(SBER 1条1項(a))、これにより、多数当事者間での協調の必要性が高い中小企業による専門化協定の活用が促進されることが期待されている。
ガイドラインの主な改正点
競合事業者間における情報交換
ガイドラインの改正点は多岐にわたるが、競合事業者間の情報交換に関する改正は、特に日本企業にも関係しやすい事項であると思われる。
競争への影響が大きい機微情報(commercially sensitive information)の代表例は価格であり、競合事業者間で価格に関する情報が交換された場合には、競合相手の価格情報を知った事業者は、無理に当該競合相手の価格を下回る価格設定を行わなくなり、ここに価格に関する競争が制限される。このように、競合事業者による価格設定等の行動のタイミング、程度および詳細に関する“不確実性を除去しうる情報交換”は、その目的において競争を制限する行為(by object restriction)として、実際の競争制限効果の有無を評価することなくTFEU 101条1項に抵触するものと判断される。
改正ガイドラインは、その交換が「by object restriction」に該当する可能性が高い機微情報の例を挙げており、これには、
・ 価格、生産能力、生産量、市場シェア、顧客、市場参入もしくは撤退に関する計画
・ その他純粋に競争関係にある当事者間では相互に開示するインセンティブを持たないはずの戦略の重要要素
が含まれる。他方で、
・ 一般的な産業の機能および状態、公共政策や規制、基準や安全衛生、産業全体に関わるプロモーション、企業の戦略に関わらない顧客の利益のための教育、技術もしくは科学に関する情報
・ 新たな事業場のパートナーシップの構築のために必要な企業の戦略に関わらない情報
は、通常は機微情報には該当しないとされている。
また、改正ガイドラインは、「ある事業者の競合事業者に対する一方向的な情報の開示(unilateral disclosure)であっても、受領者側が公的に距離を置かない限り、当該情報開示は当事者同士の将来の市場における行動に関する不確実性を減少させうる」と述べ、当事者の一方のみが情報を開示したのか、両当事者が相互に情報を開示したのかは重要ではないとの態度を明らかにしている。意図せず競合他社から機微情報の開示を受けた事業者としては、情報開示から公的に距離を置くための行動として、当該情報を受領しない旨を明確に述べて受領を拒絶し、あるいは、行政機関に報告する等の対応を求められることになる。
改正ガイドラインは、事実や戦略の公表についてもTFEU 101条1項に抵触する場合がありうる旨を述べており、企業としては留意が必要である。
その他、ガイドラインには、第三者を介した間接的な情報交換に関する事項や、事業提携等のために競合事業者間で機微情報を交換する必要がある場合の実務上の対応(クリーンチームや情報の受託者の活用等)等、競合事業者間の情報交換に関するさまざまな指針が定められており、競合事業者との接触にあたっては、欧州競争法のみならず、日本の独占禁止法に違反しないためのリソースとしても参照に値するものであると思われる。
サステナビリティ協定
次に、注目すべき改正点として、改正ガイドラインには、新たにサステナビリティ協定の章が新設された(9章)。
ここで、サステナビリティ協定とは、形態の如何を問わず、サステナビリティの目的(気候変動対策、環境汚染の低減、天然資源の使用抑制、人権保護等を含むが、これらに限られない)を追求する水平的協力協定をいうものとされている。
ガイドラインによれば、ある競合事業者間の協力協定へのTFEU 101条1項の適用にかかる審査において、当該協定の主たる目的がサステナビリティの目的の追求であることが立証され、これにより当該協定が「by object restrictionに該当するほどの競争阻害性を有するかどうか」につき合理的疑義が生じた場合には、当該協定の競争制限効果が個別に審査されなければならず、当該審査においては、
・ 当事者の市場における地位
・ 競争の主要な要因に関する当事者の自主決定権に対する制限の程度
・ 協定の適用範囲
・ 機微情報の交換の程度
・ 相当程度の価格の上昇、供給、バラエティ、品質もしくはイノベーションの低下が生じているか
という要素を考慮すべきものとされている。
また、仮にある協力協定がTFEU 101条1項の適用を受ける場合、サステナビリティの目的は、同条3項による適用免除の審査においても考慮されることになり、かかる適用免除を受けるためには、以下の4要件が必要とされている。
図表1 適用免除の要件
① 効率性の向上 |
当該協定が製品の製造・販売を促進し、または、技術的・経済的進歩に寄与するものであることが立証されること |
② 不可欠性 |
当事者が目指す利益のために、当該協定が合理的に必要であること |
③ 消費者への還元 |
消費者が協定による利益の公平な分配を受けること |
④ 競争の非排除 |
利益の程度にかかわらず、競争を排除するものではないこと |
これらのうち、「③消費者への還元」に関しては、反競争的行為の正当化のために考慮されうる「“利益”とは何か」について議論が存在する。この点について、ガイドラインは、「利益」には
(ⅰ) 個人的な使用価値利益(協定の対象となる商品/サービスを使用することによる利益)
(ⅱ) 個人的な非使用価値利益(消費者が自らによる商品/サービスのサステナブルな消費に見出す価値を評価することによる間接的な利益)
(ⅲ) 集団的利益(個人より大きな集団にもたらされるサステナビリティの利益の3種類の利益
が含まれ、このいずれもが協定を正当化する理由となりうるとしているが、特に「(ⅲ)集団的利益」については、協定の対象となる商品/サービスの利用者とサステナブルな利益の受益者がまったく別の場合(換言すれば、ある集団の犠牲のもとに別の集団が利益を得る関係にある場合)には正当化理由とはならず、これらの範囲が実質的に重なり合うことの立証が必要であることに留意を要する。
加えて、改正ガイドラインにおいては、サステナビリティに関する標準化協定がTFEU 101条1項に抵触するか否かの審査に関するソフトセーフハーバーが定められている点も注目される。
購入協定
ある事業者が、その製造・販売する製品の部品や原材料を調達するに際し、調達先との関係における交渉力の強化や、輸送、品質管理、保管等にかかるコストの効率化の鑑定から、水平的関係にある事業者との協定に基づき、共同して部品や原材料を購入する場合がある。
このような共同購入協定は、かかる協定の存在を調達先に明らかにせずに、あたかも各事業者が個別に購入にかかる交渉・契約を行っているかのように振る舞う場合には、いわゆる購入者カルテルとして、by object restrictionに該当し、競争法上違法との評価を受ける可能性が高い。
そのような事態を避けるため、ガイドラインは、共同購入協定を行うにあたっては、
・ 調達先との交渉に際して当該交渉がかかる協定の当事者を代表して行われていることを調達先に明らかにしておくこと
・ 後日、当局による調査が行われたときのための証拠として、当該協定の諸条件を定めた契約書面を作成しておくこと
が望ましい旨を述べている。
ある共同購入協定がby object restrictionに該当しない場合、次の問題は「当該協定がその効果において競争を制限するものであるか(by effect restrictionに該当するか)否か」であり、その際に重要な視点は、共同購入協定については、“その対象となる部品や原材料の市場”と“協定当事者が販売する製品の市場”という二つの市場が関連するという点である。この点について、ガイドラインは、絶対的な指標は存在しないものの、「この二つの市場のいずれにおいても協定当事者の合計市場シェアが15%以下である場合には、通常は、協定当事者が競争制限効果をもたらすほどの市場支配力を有するものではないと考えられる」との指針を示している。
共同購入協定の当事者が部品・原材料の調達市場において相応の支配力を有する場合、共同購入協定は、部品・原材料の調達市場においては調達先のイノベーションへのインセンティブを失わせたり、品質を低下させる等の問題を引き起こし、製品の販売市場においては競合事業者相互の販売活動に関する不確実性を低減させる可能性があり、仮にこれらの観点から「競争制限効果あり」と認定された場合には、上記⒉において述べた4要件に従ってTFEU 101条3項による適用免除の有無が判断されることになる。
なお、協定当事者間において、共同購入の目的に必要な範囲を超えた情報交換が行われる場合には、共同購入協定に関するガイドラインではなく、上記⒈において述べた情報交換に関する枠組みに従って審査され、情報交換の内容によってはby object restrictionに該当しうることに留意を要する。
結語
以上に述べたものを含め、今般改正されたR&D BER、SBER及びガイドラインは、いずれも重要な改正事項を含んでおり注2、特に欧州市場においてビジネスを行う企業にとっては、無自覚のままに競争法に抵触するおそれのある行動をとらぬように、これらのルールおよびガイドラインの内容を把握しておく必要性は高いといえる。
なお、改正R&D BERおよびSBERでは、2023年6月30日までに締結された協定であって改正前の各規則の下で一括適用免除の要件を満たしているものについては、同年7月1日から2025年6月30日までの間、TFEU 101条1項は適用されないという移行期間が設けられているため、欧州市場に関連しうる共同研究開発協定または専門化協定を行っている企業においては、もしこれらの協定の見直しが未了である場合には、当該移行期間の満了までに必要な見直しを完了させる必要があることに留意されたい。
本稿が欧州ビジネスを行う企業の法務担当者等の一助になれば幸いである。
→この連載を「まとめて読む」
山﨑 陽平
弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2008年同志社大学法学部卒業。2010年同志社大学法科大学院修了。2011年弁護士登録。2012年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2017年カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒業(LL.M., Specialization in Media, Entertainment and Technology Law and Policy)、ドーダ法律事務所(オーストリア・ウィーン)勤務。2019年ニューヨーク州弁護士登録。
主な取扱分野は、M&A/コーポレート、国際取引、紛争解決、競争法、知的財産権。
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