米国契約法を学ぶうえでの予備知識 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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米国契約法を学ぶ意義

「ビジネス・取引のグローバル化」といった表現が使われだして久しい今日この頃、日本国内のさまざまな産業の先細りや斜陽化が進み、ますますその傾向に拍車がかかっていることは明らかである。このことは、単に上場企業のような規模の大きな会社のみが直面している現象ではなく、むしろ国内需要にその収益の大半を依拠している中小企業が積極的に取り組むべき問題である。

企業が取引のグローバル化、つまり、海外の事業者との取引を実際に進めるにあたって、最も頭を悩ませるのが、英文契約の締結の場面である。英語が世界言語化しつつある現代において、米国や英国といった英語圏の国々に所在する事業者と契約を締結する場合だけでなく、欧州やアジアの国々の事業者と契約を締結する場合でも多くのケースで英文契約が使用される(なお、南米ではポルトガル語やブラジル語、アフリカではフランス語や現地の独自言語による契約の締結が求められる場合も少なくない)。その場合、英文契約を構成する法源は、ほとんどの場合、コモンローとなる。この点、コモンローには、大きく英国法と米国法の体系が存在するが、少なくとも、日本の企業が契約当事者となる場面では、今日多くのケースで米国法のコモンロー体系が基礎になっている。これには、日本と米国の歴史的または経済的なつながりや、日本法弁護士を含む世界各国の法律実務家の米国ロースクールへの留学機会の増加(そしてニューヨーク州弁護士資格等の米国の弁護士資格を取得する弁護士の増加)等、多くの要因が考えられるが、筆者個人としては、実用主義に裏打ちされたダイナミズムと、思想的・人種的配慮に代表されるような緻密な利益衡量の視点に基づくプルーラリズムが作り出す、いわば米国契約法の“奥行き”こそが、その法体系を現代契約法の象徴として位置づけるに至った要因であると考えている。

世間には英文契約書に関して解説を行う書籍が数多あり、実際の契約実務においてはそうした資料を参考にすることが多いと思われるが、そうした書籍では、米国契約法自体の解釈論を論じるための紙幅はそれほどとられていない。確かに、単に契約書を作成するだけであれば、判例や学説によって形成されるコモンロー(特に成熟した法理論を「black-letter law」という)そのものを勉強する必要性はないようにも思える。しかし、契約書の表面をなぞってばかりで本質を理解しないことには、いずれ取り返しのつかないミスを引き起こす懸念を払拭できないし、何より“おもしろみ”を感じないであろう。“おもしろみ”を欠く仕事は、仕事への気力や集中力を低下させ、さらにミスを引き起こす可能性を高めかねず、悪循環を招くだろう。

そこで、本連載では、主に英文契約に携わる実務家(弁護士等法律関係者、企業における法務部員等)を対象とし、米国契約法の基礎と応用について平易に解説を行うことにより、平時の英文契約の作成の一助としていただくことを目的とする。なお、本連載は、あくまで実務家向けのものであるため、抽象的・観念的な議論を極力避ける観点から細かい説明を省くことがあるが、より学術的な内容については、これまでの先達による優れた功績があるので、そちらを参照されたい注1

米国契約法を学ぶにあたっての予備知識

州ごとにおける契約法の存在

コモンローは、主に判例法(Case law、Precedent)によって構成される。契約に関するコモンローについても同様である。

この点、米国は50州によって構成され、それぞれが「State」として主権を有している。そして、契約法については、米国合衆国憲法上、連邦に規制権限が委ねられているわけではないため、基本的に各州において独自の契約法が判例法によって構成されている。したがって、ある契約がA州において有効であったとしても、それがB州で有効であるかはただちには判断できず、それぞれ、A州弁護士とB州弁護士に法解釈を依頼する必要がある。

なお、州同士の通商(輸送、伝達、通信等を含む)に関する限り、米国合衆国憲法(Constitution of the United States)1編8節3項に基づき、連邦議会は独占的な規制権限を保持しており、当該権限に基づいて制定された連邦法の一部(たとえば、貸付真実法(Truth in Lending Act))は、州の契約法に優越する効力を有している。そうした連邦法の適用・解釈が問題になる場合には、米国には「連邦弁護士」というものは存在しないので、当該法に精通した弁護士をリテインする必要がある(そこでは州法の知識が問われるわけではないので、A州でもB州でもC州でも(当該連邦法に関する専門的な知見がある限りは)どの州の登録弁護士でもよい)。

契約法の近接化:Restatement(リステイトメント)―記し直す―

とはいっても、たとえば、ある州の契約法に関する判決を行う際に当該州の裁判官が他の州の契約法に関する判例を参照するなどして、法律分野によっては州の垣根を越えて見解が近接化している領域がある。大雑把なイメージであるが、50州すべてにおいてある特定の法的論点を含む類似した事件が訴訟提起された際、そのうち30州の裁判所(通常は最高裁判所)が各自の事件について、まったく、またはほとんど同じ法的解釈(ドグマ)を示した場合、「州の垣根を越えて見解が近接化している」といってよい状況にある。そのような、いわば連邦レベルでの契約法を体系的に整理したのが、「記し直す」を意味するところの「Restatement(リステイトメント)」と呼ばれる書籍である。契約法に関するものを含め、現在30冊以上のリステイトメントがAmerican Law Institute(ALI)から発刊されているが、いずれも当代一流の法学者や実務家によって編纂されており、単なる学術書(treatise)を超越した権威性を獲得している。契約法に限らず、米国の判例を見るとかなりの頻度で判決文にリステイトメントが引用されているが、それは、すなわち、リステイトメントが判例法や制定法に匹敵するほどの法源としての価値を認められていることを意味する。別の見方をすれば、リステイトメントを引用することによって逐一大元の判例を引用せずに済む注2という意味で、ドグマへのバイパス的な役割を果たしているともいえよう。当該州において明示的にリステイトメントに優越する判例法や制定法がない限りは、答弁や上訴理由において「リステイトメントに依拠すること自体が違法または不適切」などと主張するような米国弁護士は滅多にいない。

契約法に関するリステイトメントの初版(第1次契約法リステイトメント)は1932年に、第2版(第2次契約法リステイトメント)は1981年に、それぞれ発刊された(以下、本連載を通じて、単に「契約法リステイトメント」という場合には、第2次契約法リステイトメントを指す)。両版には約50年の隔絶があり、当然、判例変更によって記載が大幅に修正されたところもあるが、単に表現ぶりだけが変更され、内容的には相違がない記載も数多く存在する。現在の実務では、最新版であるところの第2次契約法リステイトメントが多く引用されるが、裁判官によっては、(第2次契約法リステイトメントに反しない限り、すなわち、引用したい記載が両版でほとんど同じ場合)第1次契約法リステイトメントを好んで引用する者もいる。これは、第1次契約法リステイトメントが、伝説的な民法学者であるArthur Corbin(アーサー=コービン)とSamuel Williston(サミュエル=ウィリストン)の両名によって執筆・編纂されたことへの敬意の表れである(日本の弁護士でも、年代によって、引用が好まれる基本書が異なるのと似ている)注3

もちろん、リステイトメントは、当代における特定の法律分野についての各州の法解釈の傾向をまとめたものに過ぎないため、州によっては微妙に異なる法解釈をとっていたり、そもそもリステイトメントの立場と真っ向から対立していることもある。そのような場合は、当然、当該州の判例法が優先するので、リステイトメントは法源としてのプライオリティを喪失し、当該州の裁判所が当該法的問題に言及するときには、リステイトメントではなく、当該判例を逐一引用することになる注4

制定法の判例法への優越

もっとも、判例法が常に最上の法源というわけでもない。上記のとおり、コモンローは判例法によって形成されているが、州によっては、議会において成文法を制定し、コモンローの内容を否定または修正することがある。そのような場合、最上の法源は制定法であって、それが違憲判決等によって無効化されない限りは、それに従う必要があることは日本と同じである。

契約法の分野で言えば、最も有名な制定法は「Uniform Commercial Code(UCC;統一商事法典)」である。米国には、統一州法委員会全国会議(National Conference of Commissioners on Uniform State Laws)という組織が存在し、かねてから同会議においてモデル法案を作成し、それを各州において採用するというかたちで州法の統一化が進められてきたが注5、UCCはその最たる成功例である。1952年に発表されたUCCは、現在50州すべてで採用されているだけでなく(ただし、ルイジアナ州は売買(Sales)を取り扱う2編は不採用)、コロンビア特別区やプエルトリコといった連邦直轄地(Federal District)でも採用されている。UCCは、日本法でいうところの動産を主に対象としており、また、商人だけでなく一般の人々による取引についても適用されるため、その効力範囲は広く日常の取引を含んでいる。もちろん、UCCはあくまでモデル法案であるため、各州でそれを採用するにあたって、そのままの文言を使用することもあれば、形式的にまたは実質的に修正を加えたうえで採用することもあり、UCCに依拠する場合には、当該取引(契約)を規律する州法注6のUCCの規定をつぶさに確認する必要がある注7。なお、本連載の記述にあたっては、「UCC」と言及する場合、大元のモデル法案(現行版)を指す。

無論、UCC以外にも、各州で独自に採択された契約法関連の法令は数多く存在する。この点、着目すべきなのは、それらの法令がリステイトメントや判例法に優越することはもちろんのこと、リステイトメントや判例法で述べられた内容がそのまま、または若干の表現調整を加えられて法令に取り込まれることがままにあるということである。そのような場合は、もはやリステイトメントや判例法を持ち出す必要もないので、当該法令を直接引用すべきである。典型例としては、カリフォルニア州のCalifornia Civil Code(カリフォルニア民法典)があり、その3章2部で契約についての定めが設けられている(ので、カリフォルニア民法典3章2部に依拠すべき条項が記載されている限り、リステイトメントや判例法を引用することは上記のような法構造を理解していないことを露呈してしまうので、避けた方がよい)。

法源の検討順序

以上から、米国契約法を検討するうえで考慮すべき法源の検討順序は、下記フローチャートのようなものである。

米国契約法の学び方(本連載の進め方)

以上のとおり、「米国契約法」と一口に言ってもその法源は極めて多く、本連載においてそのすべてに言及することは難しい。そこで、本連載では、基本的にはリステイトメントの記述をベースとしつつ、関連する判例や制定法(主にUCCが想定される)を解説することによって、読者諸氏において、連邦レベルでの契約法のイメージを持っていただくこと、言い換えれば、大多数の州において基礎となるべき契約法の法概念と解釈論を理解していただくことを志向したい。

本連載の通読によって、読者諸氏が一般的な英文契約書を読んだり、米国契約法に関して海外の実務家と議論したりする際に、法概念の理解に苦しむような場面が少しでもなくなる一助となれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. たとえば、田中英夫『英米法総論 上』(東京大学出版会、1980年)、同『英米法総論 下』(東京大学出版会、1980年)、樋口範雄『アメリカ契約法〔第3版〕』(弘文堂、2022年)。[]
  2. 通常であれば、出版社の名称、裁判所の名称(審級を含む)、日時、判例自体の掲載開始頁、当該引用箇所の掲載頁等を引用する必要がある。[]
  3. なお、コービンは、第2次契約法リステイトメントにも参画したものの志半ばの1967年に逝去したが、その志は別の法学者に引き継がれ、第2次契約法リステイトメントが1981年に発刊されるに至っている。[]
  4. 判例は日々変更される。そのため、民事事件にしろ刑事事件にしろ、弁護士や検察官が判例を引用して法的主張を行う際には、当該判例が最新のものであるか、すなわち、当該判例が現在もなお先例としての拘束力を有しているか(「good law」と言えるか)を事前に調査し尽くさなければならない。この点、州裁判所だけでなく、連邦裁判所も州の契約法に関して判断を示す場合もあるので、ある州の契約法に関する判例の数はまさに膨大であり、とても人力では調査を全うすることができない。そこで、米国の法律事務家が判例調査を行うにあたっては、大手リーガルリサーチプロバイダーであるLexisNexis社やWestlaw社が提供するオンライン引用索引サービスを利用することが慣習となっている。なお、米国では、1873年にFrank Shepard(フランク=シェパード)が始めた引用索引サービスにちなみ、そのようなオンライン引用索引サービスを利用して判例を検索することを指して、「Shepardize(シェパダイズ)」という動詞で表現している。[]
  5. 統一州法のようなものを制定するのであれば、「いっそのこと連邦議会で連邦法を制定すればよいのではないか」と思われるかもしれないが、既に述べたとおり、州際通商に関係するなどしない限り、契約法については連邦において規制権限を持たないため、連邦契約法などという制定法を設けることは原理上できない。このため、迂遠ではあるものの、モデル法案を策定し、それを各州において採用することで、実質的に連邦レベルでの統一的な契約法を定めようとしたものがUCCなのである。[]
  6. 米国では、州をまたいで取引が行われることが多々あり、そのような場合はどの州の法律(当然、判例法を含む)が準拠法になるかが問題となる。これに関するルールが「抵触法(Conflict of laws)」と呼ばれるものであるが(「州際私法」と言われることもある)、抵触法自体が州(の判例法)によって異なる。したがって、どの州の法律が準拠法になるかは、基本的には訴訟提起された州の裁判所が自州の抵触法に基づき決定するため、予測が困難である(なお、そもそも当該州の裁判所に訴訟提起が可能かも問題になるが、これはまた別途民事訴訟手続(Civil Procedure)の問題となる)。そのような予測困難性をカバーするために、実務上は、契約書等で「準拠法(Governing Law)」の項目が設けられている。[]
  7. たとえば、カリフォルニア州のUCCは、https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/codesTOCSelected.xhtml?tocCode=COM&tocTitle=+Commercial+Code+-+COMで閲覧可能である。[]

安部 立飛

弁護士法人西村あさひ法律事務所大阪事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士

2011年京都大学法学部卒業、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録。2021年カリフォルニア大学バークレー校(LL.M.)修了、2022年ロンドン大学クイーンメアリー校(LL.M. in Technology, Media and Telecommunications Law)修了。2023年米国ニューヨーク州弁護士登録。主な取扱分野は、危機管理、国際取引、コーポレート・M&A、ライフサイエンス(医薬品・化粧品、医療法人関係)、エンターテインメント。著作「ハッチ・ワックスマン法の功罪-米国の製薬業界を蝕むリバースペイメントの脅威-」(経済産業調査会、知財ぷりずむ第254号所収、2023年)、「The Japanese Cooperation Agreement System in Practice: Derived from the U.S. Plea Bargaining System but Different」(Brill/Nijhoff、Global Journal of Comparative Law Volume 12所収、2023年)、『The Pharma Legal Handbook: Japan』(共著、PharmaBoardroom、2022年)、『基礎からわかる薬機法体系』(共著、中央経済社、2021年)『法律家のための企業会計と法の基礎知識』(共著、青林書院、2018年)ほか。

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