はじめに
企業がESG、すなわち環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に関する情報を投資家に開示することがいかに重要であるかという認識は浸透しつつある一方で、開示基準の策定やそれを踏まえた実務は非常に動きが早く、それを追いかけることには困難を伴います。その中でも直近の注目すべき動向の一つとして、「企業内容等の開示に関する内閣府令」(昭和48年1月30日大蔵省令第5号)等の改正があり、これにより、2023年3月期の有価証券報告書からサステナビリティに関する開示が求められることになります。本コラムでは、“いま知りたいESG開示のトピック”として、2023年3月期以降の有価証券報告書の対応についてご紹介したいと思います。
任意開示と法定開示
これまで国内では、ESG情報は統合報告書等の「任意開示」を中心として実務が積み重なってきていましたが、今回の改正により、「法定開示」(「制度開示」ともいいます)としても位置づけられることになります。法定開示化に伴う論点はさまざまなものがありますが、虚偽や誤解を生じさせる記載等に関する責任(ライアビリティリスク)には特に注意が必要です。
金融商品取引法上、有価証券報告書等の法定開示については虚偽記載等に関する責任に関して、投資家保護の観点から特別な定めが置かれています。この“ライアビリティリスクをどのようにコントロールしながら開示を充実化していくか”という点が検討のポイントになります。
特に、ESG情報は長期のスパンでの機会やリスク・取組みに関するものでもありますので、将来に関する情報の開示に注意が必要です。将来情報は、開示時点では“まだ起きていないこと”についての情報であるため、将来の実際の結果が開示した情報どおりになる保証はありません。将来情報の開示にあたっては、将来情報の前提や仮定等に関する合理性・客観性をどのように確保し、それを投資家に開示できるかが重要となります。
ソフトローとハードロー
ESG情報開示については、金融商品取引法のような法的拘束力を持つ“ハードロー”だけでなく、法的拘束力を持たない“ソフトロー”の理解も重要です。
E(環境)のうち、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の提言(2017年6月公表)は有名なところですし、IFRS財団の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB:International Sustainability Standards Board)の開示基準の策定が進んでおり注1、これはグローバルに統一的な開示フレームワークとなることが期待されています。また、S(社会)のうち、人的資本については国内で策定された人的資本可視化指針(非財務情報可視化研究会、2022年8月30日)も重要なソフトローといえます。なお、G(ガバナンス)について、ハードローとソフトローの中間的な位置づけともいえるコーポレートガバナンス・コード(株式会社東京証券取引所、2021年6月版)の重要性については言うまでもないところです。
これらのソフトローは任意開示の作成にあたっても重要ですが、ハードローに基づく法定開示の作成にあたっても重要といえます。
第1に、今回の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正では、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、
・ 「ガバナンス」「リスク管理」:すべての企業が開示
・ 「戦略」「指標及び目標」:“重要なもの”を開示
が、それぞれ求められることになりました。その個別具体的な内容として“何を開示するか”については、各企業における“判断”が求められるため、この点に悩みを抱える実務担当者も少なからずいらっしゃることと思いますが、その際に指針となるものの一つが、上記のソフトローです。このソフトローで示されているすべての事項に完全に準拠する必要はないものの、そこで求められている開示項目や考え方が、有価証券報告書等の開示の作成にも参考になるでしょう。
第2に、今回の改正はESG情報の法定開示化の“出発点”に過ぎません。2022年12月に金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループから図表1に示すようなサステナビリティ開示のロードマップが公表されました。今後、ISSBの開示基準をベースに国内の開示基準が検討され、さらに法定開示への取込みが検討される予定ですので、このような“ソフトローのハードローへの取込み”についても念頭に置いておく必要があるでしょう。
図表1 サステナビリティ開示のロードマップ
宮下 優一
長島・大野・常松法律事務所 パートナー弁護士
公益社団法人日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
2010年弁護士登録。キャピタルマーケットを業務の中心に据え、企業情報開示、金融規制法、M&A、コーポレートガバナンスを主に取り扱う。ESG投資の加速とともに、気候変動・人的資本等に関連する業務に取り組む。The Best Lawyers in Japan 2022, 2023 - Capital Markets Law部門、Rising Star Partner, IFLR1000 31st edition, 32nd edition - Capital markets Equity部門および同Debt部門をそれぞれ受賞。
『カーボンニュートラル法務』(共著、金融財政事情研究会、2022年9月)をはじめ、ESG開示に関する著作多数。
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