データ利活用にあたってのガバナンス体制構築の難しさ - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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Data/DX―プロジェクト支援からガバナンス支援へ

私は、2019年以来、多くの(個人)データ利活用案件やDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進案件の支援業務を行っています。

各クライアント企業から、当初、ご相談いただく内容は、各企業における個別プロジェクトの支援業務です。個別プロジェクトは、文字どおり“個別”のプロジェクトにおける個人データ利活用やAIを代表例とするテクノロジーの社会実装を支援するものであり、通常、取り扱うデータ、データフロー、システム、テクノロジー、対象国等、さまざまな要素が異なります。そのため、個々のプロジェクト(案件)ごとに“ゼロ”からプロジェクトを理解し、最適解を導いていかねばならず、これはこれで相当の知見やその場その場での知恵を絞り出すことが求められます。

そして、個別プロジェクトが一定数解決すると、多くのクライアント企業から次のステップへのニーズが示されます。それが、ガバナンスの問題です。大きな企業になればなるほど、当然のことながら多数の個別プロジェクトが企画・実行されていますが、そんな多数のプロジェクトのすべてについて個別に手取り足取りサポートすることは、クライアント企業にも、そして私たちにも到底不可能です。ある程度標準的なプロジェクトについては、個別プロジェクト支援の手から離れるよう、適切なガバナンス体制のもとに設計・構築したいと考えるのは当然のことといえるでしょう。

ガバナンス体制構築の難しさ

ところが、この「ガバナンスのあり方をどう設計するか」ということは、個別のプロジェクト支援以上に難題となり、企業を悩ませる種となります。

難しさの理由はいくつかあると思いますが、一つには「目指すべき世界観やルールが曖昧または形成されていない」ということが指摘可能だと思われます。
これまでの“ガバナンス”は目指すべき世界観がはっきりしており、そのために必要なルールもある程度整備されている状況から出発することが可能でした。ところが、個人データ利活用やテクノロジーの社会実装となると、「個人データ利活用で可能となる事柄」や「どういう危険があるか」といったことが今ひとつ体系的に整理されていませんし、テクノロジーの進歩は激流のように迅速かつ複雑で、専門家でない者にとってその理解は困難を極めます。このような状況では、“寄る辺”となる世界観やルールはなかなか形成されません。そのため、これまでのような発想や手法でガバナンス体制を構築することが難しくなるのです。

ガバナンス体制構築に向けた“帰納的手法”の試み

これまでのルール先行型のガバナンスが妥当しないとすれば、どうすればよいでしょうか。

近時、同じような問題意識からか、“アジャイル・ガバナンス”と呼ばれるガバナンスも提唱されているところです注1。2022年8月8日に公表された経済産業省の「新たなガバナンスモデル検討会」による「アジャイル・ガバナンスの概要と現状 GOVERNANCE INNOVATION Vol.3」では、その実現方法について少し詳しく記載されるようにはなっていますが、その中の“ゴール設定”や“システムデザイン”をどのように進めていくのかという点については、まだ研究途上というのが実情だと思われます。ただ“アジャイル・ガバナンス”と叫んでいるだけでは、単なる場当たり的な対応となりかねません。何らかの思考枠組み/フレームが必要となります。

そこで私たちは、この点について、リスクベースアプローチに”原理・原則的なものの考え方”を加えてフックとした“帰納的手法”―これまでの“ルール先行型”(言い換えると“演繹的”)のガバナンスが難しいとすれば、いくつかの個別プロジェクト支援を積み重ねた結果得られる各クライアント企業特有の特徴や検討ポイントを取り纏めることで、その企業に合ったガバナンス的な視座が得られるという、帰納的なアプローチ―が有効であろうと考え、実践しています。
現在では、こうした発想をさらに昇華させ、企業の垣根を越えたところで、データ利活用(特にご依頼件数の多い個人データ利活用)に関するプライバシーガバナンスの思考枠組み・フレームを得ることが可能となっています。

本連載の目的

私は、こうした個別プロジェクト支援とガバナンス設計支援のそれぞれについて、その知見の一部を公表してきました注2が、本連載は、ガバナンス(特に、中でもご依頼の多いプライバシーガバナンス)の方向性についての私たちの現時点での考え方を、日本における最近のプライバシー理論との類似性も交えてご紹介するものです。

セミナーや企業様との情報交換などの場では既にお話ししている内容ではありますが、文章として起こすのはこれが初めてとなります。
私の能力的な理由で定期連載が果たして可能であるのか、また、論文ではなくエッセイ的なものとなりますが、次回以降、具体的な内容に入っていきたいと考えています。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 経済産業省HP「「アジャイル・ガバナンスの概要と現状」報告書を取りまとめました」(2022年8月8日) および当該報告書などを参照。[]
  2. 久保光太郎・渡邊満久・田中陽介「ケース別で実務に切り込む! クロスボーダーDX法務の勘所」(全6回連載ビジネス法務2021年11月号~2022年5月号)。[]

渡邊 満久

principledrive株式会社 代表取締役
principledrive法律事務所 弁護士

弁護士登録後、企業を当事者とする紛争・訴訟に強みを有する国内法律事務所にて5年強、M&A等の企業法務を主に取り扱う外資系法律事務所に1年半強勤務し、訴訟・仮差押え・仮処分等の裁判業務、税務紛争、M&A、債権法・会社法・労働法・消費者関連法等企業法務全般の経験を有する。近時は、個人データに限らずデータ全般を利用したビジネス・プロジェクトの立ち上げ支援、データプライバシー、データを含むさまざまな無形資産の権利化といった側面から、日本国内のみならず、東南アジア、インド、中東、ヨーロッパ、米国をまたぐ、企業のDXプロジェクトの促進に取り組む。