Eディスカバリを意識した文書管理 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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近年、IoTの浸透により情報の整理・活用を目的とした社内文書管理を実施する日本企業は増加傾向にある。しかし、この文書管理は米国訴訟でのディスカバリに十分対応しているといえないことが多い。ディスカバリを見据えた電子上の文書管理の基本的な考え方、見逃されやすいポイントとは何か。専門家に聞いた。

裁判の行方を大きく左右する開示文書

米国の特許訴訟で用いられる民事訴訟手続の一つに、両当事者の持つ文書等の情報を開示することを義務づけられる「ディスカバリ」がある。ディスカバリで開示された情報は、訴訟の最終段階であるトライアルで証拠として用いられ、陪審が心証を形成する訴訟の要となる。
「トライアルを見据えて、ディスカバリの提出対象となる情報を事前にコントロールすることが大きなポイントです」と語るのは、モルガン・ルイス東京事務所パートナーであり、主に米国連邦地方裁判所において知的財産や独占禁止法案件を中心に豊富な訴訟経験を有する森下実郎米国弁護士(カリフォルニア州、ワシントン特別区、外国法事務弁護士)だ。

ディスカバリの証拠開示のプロセスの一つである文書開示請求は、相手方へ特定の文章の開示を求める。日付や対象を特定して資料を求める場合もあるが、あまり条件を特定せず広い範囲で開示を要求することが通例だという。具体的には、「今回の訴訟特許を認識した経緯に関するすべての文書を提出せよ」というリクエスト等だ。特許訴訟においては被疑製品に関する情報を広く求められることもある。この場合、開発や設計に関する技術文書をすべて出すよう求められる場合が多く、訴訟の争点に併せて開示範囲を狭くするよう押し引きが必要となる。この点への対応も重要なポイントの一つだという。

日本企業はまず可能な点から対策を

証拠開示プロセスにおいて最も必要なことの一つは、文書開示請求を受けた段階で出さざるを得ない情報の中に問題となる文書が含まれないよう体制を整えることだという。
「ディスカバリは基本的に防衛の側面が強いプロセスです。ディスカバリを通じて相手から要求される範囲を事前に予知し、訴訟上問題となりそうな文書をそもそも作らないこと、作ったとしても弁護士秘匿特権を活用して提出を拒むことのできる防衛的な体制を作ることが重要です」(森下氏)。

米国訴訟におけるディスカバリについては、日本企業は不利な立場にあると森下氏は語る。
「米国企業には、ディスカバリの実務をロースクールで学んだ企業内弁護士が数多く所属し、弁護士秘匿特権を最大限活用しつつ有事に備える社内文書管理体制を構築しています。米国企業と米国の裁判所で争う場合は、相手方がディスカバリに関して有利な立場にあると認識すべきでしょう。日本企業には、国内他社の対応状況も鑑みつつ、この不利な状況を一歩一歩改善していっていただきたい、そのためのお役に少しでも立ちたいと思っています」(森下氏)。

森下 実郎 ワシントン特別区・カリフォルニア州外国法事務弁護士

訴訟に際しては情報の保全が肝要

ディスカバリによる文書開示がリスクとなるならば、一定期間が経過した文書はすべて破棄すればよいかといえば、そうではない。「訴訟を予見できた段階で、関連する証拠はすべて保全する必要があります。これを“訴訟ホールド”と呼ばれる通知を通じて行うことになります」と森下氏は語る。
たとえば、警告状を受領した場合や訴訟をチラつかせた交渉を受けた場合などがその契機となりうる。その時点で自社の文書を保全するよう関係者に働きかけなければ、証拠となる文書が破棄されている事実について大きな制裁を受ける場合があるという。
「訴訟代理人として最も避けたいケースは、証拠となる文書が破棄されて提出されなかった等の理由で、争われている事実に関して文書を破棄した当事者に不利な推定に基づいてトライアルを進めるよう裁判官から陪審員に対して指示されることです」(森下氏)。

この対応について、エピックのディレクターの中島大輔氏も「日本企業の文書管理は“情報の整理や活用”が大きな目的の一つで、他には“コンプライアンスの強化”“や機密情報・個人情報の保護”を目的とすることが大半で、ディスカバリを想定した文書管理を行っている企業は非常に少ないことが現状です」と語る。
「訴訟ホールドにおいては、対象となる可能性のある電子データを削除しないことはもちろん重要ですが、さらにそのプロパティ情報も含め変更がないように保全することも欠かせません。我々テクノロジーベンダーの役割は、テクノロジーとデータの特性をよく理解したうえで弁護士の方々と連携し、対応に失敗がないようサポートすることです」(中島氏)。

中島 大輔 氏

データの消去を止める連携体制の構築を

訴訟ホールドにおいては、訴訟に関連する可能性のあるデータを持つ関係者へ通知を行い、データを保全するよう指示する必要がある。また、文書管理規定に従ってシステムが自動でデータを消去される運用となっている場合、対象となるデータが消去されないようシステム管理者と連携することが欠かせない。
「近年は、社内コミュニケーションにチャットを使うことも多くなっています。会話形式のチャットは文書管理規定で数週間から数か月で消去されるような破棄規定を定める企業を多くなってきているので、短い期間で自動的に消去される設定をしている場合はそれを止めなければなりません。企業の保有データ量は年々増加傾向にあり、文書の破棄を重視する企業も多くなっています。しかし、“有事”と“平時”は切り分け、有事に備え、ディスカバリに対応したデータ保全のためのデータマッピングを作成することが望ましいでしょう」(中島氏)。

たとえば、Eメールやチャット、生産や開発部門の文書などデータソースに対して、

・ 使用しているアプリケーション

・ そのアプリケーションの訴訟ホールド機能の有無

・ 担当者

・ 保管場所

・ エクスポート機能の有無

・ 運用開始日

などを整理しておけば、有事の際に迅速な対応が可能になるという。
「近年はデータが散在し、リモート勤務の影響でさまざまなアプリケーションが使用されるようになりましたが、ディスカバリの際にはそのすべてが開示対象になる可能性があります。各システムのデータマッピング作成には骨が折れますが、一方で、マイクロソフト365®に訴訟ホールド機能が付属するなど、簡単なプロセスで対応できることも増えました。まずはこうした機能の有無を確認し、活用の検討から始めてみてもよいのではないでしょうか」(中島氏)。

※本稿における森下氏・中島氏の発言は個人の見解であり、両氏の所属組織を代表する意見等を述べたものではありません。

森下 実郎

モルガン・ルイス東京事務所 パートナー
カリフォルニア州・ワシントン特別区弁護士、外国法事務弁護士

ジョージワシントン大学ロースクール卒業、米国法務博士。パイオニア(株)および富士フイルム(株)の知的財産部門にて渉外・訴訟業務を担当し、両社で社長賞を受賞。モルガンルイス法律事務所にて特許出願、特許鑑定、ライセンス交渉、特許訴訟、特許譲渡、知財業務カウンセリングを担当し、2021年パートナー就任。落語を演じるのを趣味としている。

中島 大輔

Epiq ディレクター
公認不正検査士(CFE)

日本企業に特化したeディスカバリ対応の支援を14年以上行っており、反トラスト、特許侵害案件等をはじめとする幅広い案件対応の経験を持つ。日本企業特有の問題点や悩みを熟知し、リスクとコストを下げるeディスカバリ初期段階の対応に注力している。