フリーランスと独占禁止法<講義動画付き> - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載は、「ワンポイント 独禁法コラム」と題して、独占禁止法にまつわるさまざまな話題をわかりやすく紹介するものです。

今回は、近時話題となっているフリーランスと独占禁止法の関係について、実際の取引において企業・フリーランスがそれぞれどういったところに気をつけて取引をすればよいのか等にも触れて、ポイントの解説を行います。

フリーランスとは

そもそも「フリーランス」とは法令上の用語ではありません。
内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省による「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」(令和3年3月26日)(以下「フリーランスガイドライン」といいます)では、「フリーランス」の定義を、

実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者

としています(フリーランスガイドライン第2・1)。
たとえば、デザイナー、ライター、プログラマー、コンサルタント、美容師・ネイリスト、運送業、芸術や芸能活動をしている人、士業など、多様な職種が含まれることになります。

フリーランスに適用される法律関係

フリーランスに適用される法律関係は、以前は必ずしも明確に議論されてはいませんでした。
しかし、フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、事業者とフリーランスとの取引について法令の適用関係を明らかにするとともに、問題行為を明確化することを目的として、令和3年3月、内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省により、でも触れたフリーランスガイドラインが策定されました注1

事業者とフリーランスとの取引に適用されうる法律について、フリーランスガイドラインでは、以下の図表1のような整理がなされています。

図表1 事業者とフリーランスとの取引に適用される法律関係

※ 出典:フリーランスガイドライン第2・2・図1を基に作成

フリーランスとの契約が、たとえば業務委託契約などであっても、その実態が「労働者」である場合には労働法が適用されることがあり、また、資本金1,000万円超の法人の事業者とフリーランス全般との取引には、下請法が適用されることがあります。
これらの適用がない場合でも、事業者とフリーランス全般との取引については、独占禁止法が適用される可能性、特に、優越的地位の濫用と呼ばれる違反行為類型が適用される可能性があります。

優越的地位の濫用とは

優越的地位の濫用とは、取引上の地位が相手方に優越している一方の取引当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為のことです。独占禁止法により、不公正な取引方法の一類型として禁止されています(独占禁止法2条9項5号、19条)。
優越的地位の濫用にあたる行為をした場合、公正取引委員会から警告・注意を受けることがあるほか、違反行為の差し止めや、問題ある契約条項の削除などを命じる排除措置命令や、金銭の支払いを命じる課徴金納付命令などの行政処分が出されることがあります。また、企業間での民事裁判における不当利得返還や損害賠償請求の根拠となることもあります注2

優越的地位の濫用については、公正取引委員会が定めた「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(平成22年11月30日。最近改正平成29年6月16日)というガイドラインによって問題行為の具体化が図られてきましたが、今日では、前記フリーランスガイドラインが策定されており、この中でも優越的地位の濫用について具体的に説明されていますので、フリーランスとの取引においては、こちらも参照すべきことになります。

一般に、優越的地位の濫用の成立要件は、

① 優越的地位にある事業者が
② 正常な商慣習に照らして不当に
③ 濫用行為(不利益行為)をすること

と整理されています。

まず、優越的地位にあるかどうかの判断については、

(ⅰ) 行為者の市場における地位

(ⅱ) 当該取引の相手方の行為者に対する取引依存度

(ⅲ) 当該取引の相手方にとっての取引先変更の可能性

(ⅳ) その他行為者と取引することの必要性、重要性を示す具体的な事実

などを総合的に考慮するものとされています(公正取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」第2、東京高判令和3年3月3日(平成31年(行ケ)第13号))。
このうち、(ⅱ)の取引依存度について、フリーランスを対象にしたアンケート調査注3によると、特定の依頼者からの売上が総売上高の50%以上を占める者が半数にのぼるなど、少数の取引先への取引依存度が高い傾向にあることがわかっており、発注事業者側が、優越的地位にあると認められやすくなる要素の一つとなるといえるでしょう。

どういった行為が問題になるか

独占禁止法上問題となる濫用行為(不利益行為)は、以下のような行為とされています。

・ 購入強制:取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること

・ 経済上の利益の提供要請:金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること

・ 受領拒否:商品の受領を拒むこと

・ 返品:商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせること

・ 支払遅延:対価の支払を遅らせること

・ 減額:対価の額を減じること

・ その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定、変更等すること

下の図表2では、フリーランスガイドラインを参考に、独占禁止法上問題となる可能性のある主な行為を、取引の流れに沿って整理しています(参考までに下請法の適用のある取引についての適用条文も併記しています。図表3のイメージ図もご参照ください)。ただし、問題となる行為は以下に挙げたものに限られているわけではありません。

図表2 フリーランスとの取引の流れと問題となる行為の例

取引の流れ

問題となる行為の例

独禁法

下請法

フリーランスガイドライン

契約締結時

取引条件を明確にする書面を交付しないこと

3

第3・2

著しく低い報酬の一方的な決定

2⑨五ハ

4①五

第3・3・(3)

合理的に必要な範囲を超えた秘密保持義務等の一方的な設定

2⑨五ハ

第3・3・(11)

その他取引条件の一方的な設定・変更・実施

2⑨五ハ

第3・3・(12)

契約に付随してフリーランスの利益を奪う行為

役務の成果物に係る権利の一方的な取扱い

2⑨五ロ・ハ

4②三

第3・3・(6)

不要な商品又は役務の購入・利用強制

2⑨五イ

4①六

第3・3・(9)

不当な経済上の利益の提供要請
(例:協賛金の要請、無償での追加作業の要請等)

2⑨五ロ

4②三

第3・3・(10)

発注取消し

一方的な発注取消し

2⑨五ハ

4②四

第3・3・(5)

納品

やり直しの要請

2⑨五ハ

4②四

第3・3・(4)

受領拒否

2⑨五ハ

4①一

第3・3・(7)

返品

2⑨五ハ

4①四

第3・3・(8)

報酬の支払い

報酬の支払遅延

2⑨五ハ

4①二

第3・3・(1)

報酬の減額

2⑨五ハ

4①三

第3・3・(2)

図表3 取引の流れと独占禁止法上問題となる行為の例

また、問題となる行為が、「正常な商慣習に照らして不当」であるかどうかは、問題となる不利益の程度や、行為の広がり等を考慮して個別の事案ごとに判断されます。

企業・フリーランスが注意すべきこと

企業・フリーランス双方が注意すべきこと(取引条件を明確化する書面の交付)

フリーランスガイドラインでは、契約締結の時点で、発注事業者が、取引条件を明確にする書面を交付しないことは独占禁止法上不適切であるとされています(フリーランスガイドライン第3・2)。
発注時の取引条件を明確にする書面として、

① 取引の対象となる役務等の具体的内容や品質に係る評価の基準

② 納期

③ 報酬の額

④ 支払期日

⑤ 支払方法

等について、取引当事者間であらかじめ取り決めた取引条件を明確に記載したものを交付することが適切です。

フリーランスガイドラインでは、上記の取引条件を明確にする書面について、電子メール等の電磁的記録を交付することも認められています。実務では、メッセージアプリ(LINE、メッセンジャー)や、ビジネスチャットツール(Slack、Chatwork)なども多く用いられており、これらも取引条件を明確にした書面として扱われうると考えられますが、これらは、添付ファイルの保存期限があったり、一方当事者がサービスから退会したりアカウントを消去などした場合にやり取りの記録が抹消されたり、送付当事者を特定することが難しくなるなどの難点もあります。重要な書面の交付については、紙、eメール、電子契約サービスを併用することなども検討するとよいでしょう。

企業が注意すべきこと

(1) 下請法の適用に注意しつつ、いずれにしろ取引条件の明確化は実施

フリーランスを起用する際は、下請法の適用がないか注意しつつ(適用ある場合、いわゆる「3条書面」の交付・「5条書類」の作成・保管、親事業者の禁止行為などに留意)、下請法の適用がないとしても、取引条件を明確にすること、具体的には契約書などの書面を作成することが、優越的地位の濫用に該当することを予防するためにも適切です。

(2) 十分な協議と証拠化

また、取引条件については十分に協議を行って決定することが必要です。契約の締結や変更の前には、取引条件をフリーランスに十分に説明する機会を持つようにし、交渉の申出があれば協議を行って、自社の提案が合理的であると考える理由を説明するとよいでしょう。
これらの協議の経過は、業務日報・会議録等への説明状況の記録、交付した説明資料の写しの保管等、記録に残すこと(証拠化)をしておくとよいと考えられます。

(3) 取引の経過に関する証拠の保管

フリーランスの納入した成果物が、契約条件や仕様と異なるものであったため、たとえばやり直しを求めたり、受け取りを拒んだりする場合は、それについて正当な理由があったことを後日示すことができるように、どの部分に問題があったかについての、客観的な資料(目的物の写真や、データファイル等)を保管しておくとよいと思われます。

フリーランスが注意すべきこと

(1) 契約締結時の条件の確認

契約締結時に条件をきちんと確認するようにし、書面や電磁的記録で条件が明示されていない場合は、これらを交付するよう求めるとよいでしょう。
また、フリーランスガイドラインには記載がありませんが、中途解約の条件や、違約金(損害賠償金)についても、実務上非常にトラブルが生じやすい項目ですので、きちんと確認し、条件を明示しておくとよいでしょう。

(2) トラブルになったら

不利益を押し付けられているなど、トラブルになった場合には、相手企業に対し、自ら書面で改善や賠償を求めたり、少額訴訟・民事調停等の司法手続や、ADR手続を用いる方法のほか、悪質な行為については行政の指導等を求め解決を目指すことも考えられます。
トラブル時の具体的な相談先としては、公正取引委員会・中小企業庁等のほか、厚生労働省より第二東京弁護士会が受託して運営している相談窓口「フリーランス・トラブル110番」等も考えられます。

最後に

以上、現時点でフリーランスに適用される法律の中から、独占禁止法、特に、優越的地位の濫用について解説しました。
現在、フリーランスの取引に関しては、新法制定に向けた動きもあります注4。今後もフリーランスをめぐる法規制の動向から目が離せないところです。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 策定の趣旨等については、厚生労働省ホームページ「フリーランスとして業務を行う方・フリーランスの方に業務を委託する事業者の方等へ」をご参照ください。[]
  2. たとえば公序良俗違反(民法90条)該当性の判断において実質的に優越的地位の濫用を認定したとみられる裁判例として、札幌地判平成30年4月26日(平成26年(ワ)第1003号)、札幌高判平成31年3月7日(平成30年(ネ)第171号)をご参照ください。[]
  3. 内閣官房「新しい資本主義実現会議」第5回(2022年4月12日) 基礎資料34頁[]
  4. 2021年11月8日に首相官邸において開催された「新しい資本主義実現会議」(第2回)の公表資料「緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」(令和3年11月8日)には「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、事業者がフリーランスと契約する際の、契約の明確化や禁止行為の明定など、フリーランス保護のための新法を早期に国会に提出する」と記載され、同会議(第5回)(前掲注3参照)の論点案2頁にも、「下請代金支払遅延等防止法といった旧来の中小企業法制では、対象とならない方が多く、取引適正化のための法制度を整備すべきではないか」と記載されています。[]

野田 学

東京八丁堀法律事務所 パートナー弁護士

2008年中央大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。2015~2018年公正取引委員会事務総局勤務(審査局審査専門官〔主査〕)。2020~2021年経済産業省経済産業政策局競争環境整備室専門官。2022年グリーン社会の実現に向けた競争政策研究会(経済産業省)委員(現職)。
独占禁止法・下請法、景品表示法、デジタルプラットフォーム関連法務、広告法務、会社法・コーポレートガバナンスを中心に、講演・セミナー多数。