ベテラン法務担当者とナレッジ・マネジメント
法務業務におけるナレッジ・マネジメントを進めるにあたり、豊富な実務経験を有するベテラン法務担当者のナレッジ活用は必須である。なぜなら、ナレッジ・マネジメントにおいては、経験や知恵といった「暗黙知」の蓄積・共有が非常に重要であるところ、これらの暗黙知は、案件を通じて個々の法務部員がいわば「経験値」として獲得していくものだからである。
しかしながら、実際のところ、ナレッジ・マネジメントを推進するうえで、ベテラン法務担当者にナレッジを提供してもらうことに課題を感じている企業は少なくない。その理由は、主に以下の3点に集約されるように思われる。
- ベテラン法務担当者は、長年の経験を通じて「感覚的」に対応している業務が多く、そもそも共有すべきナレッジ(とりわけ暗黙知)が何であるかを意識しづらい
- 法務担当者としての経験年数が長くなればなるほど、ある程度の課題は自己のナレッジの範囲内で解決することができるようになるので、ベテラン法務担当者はナレッジ共有の必要性を感じる場面が比較的少なく、ナレッジ共有へのインセンティブが低い
- (これは人によると思われるが)ナレッジ・マネジメントのインフラ整備には新しいシステム導入を伴うケースもあるところ、従来のシステムに慣れ親しんでいるベテラン法務担当者は、新しいシステムに適応するのに時間がかかる
今回は、このような背景事情をふまえて、ベテラン法務担当者にどのような形でナレッジ・マネジメントへの参加を促すべきか、以下考察してみたい。
ナレッジの「ギャップ」を理解することが最初の一歩
ベテラン法務担当者にナレッジ・マネジメント実践における課題を尋ねると、しばしば
「ナレッジを組織内に還元したいという気持ちはあるが、どんなナレッジを提供するべきかわからない」
といった声を聞くことがある。ベテラン法務担当者は、仕事の進め方やスケジュールの配分、契約書レビューのポイント等に関して、自身の経験という貴重なナレッジを活用して業務を行っているにもかかわらず、それが「共有すべきナレッジであること」を意識していない場合が意外と多いのである。
そこで、最初に行うべきことは、若手法務担当者において不足しているナレッジがどのようなものかをベテラン法務担当者と共有する機会を作ることである。最も効率的なのは、一緒に案件を担当することにより、実際の業務を通じてナレッジのニーズを吸い上げることであるが、とりわけ小規模な法務部門の場合、配属直後はともかく、その後は若手法務担当者が単独で案件を担当しなければならないケースも多いと思われる。そのような場合には、ベテラン法務担当者と若手法務担当者の間で、ナレッジに関するコミュニケーションを行う機会を意識的に設けることが有用だ。
たとえば、
- リサーチを行う場合に、何を取っかかりにして調べるのか
- 事業部門の担当者とのコミュニケーションにおいてどのような点に悩んでいるか
といった細かい点について若手法務担当者からヒアリングをしたり、チーム内で「ナレッジに関する困りごと(ニーズ)」を議論して洗い出す機会をつくることが考えられる。
このように、各法務担当者間におけるナレッジの「ギャップ」をお互いに理解することにより、ベテラン法務担当者が当然のように行ってきた業務の中に貴重なナレッジが存在することを改めて「意識化」「言語化」することができるようになる。
インセンティブへの工夫
ナレッジ・マネジメント共有へのインセンティブが低い人に対して、インセンティブを与えることはなかなか難しい。ナレッジ・マネジメントに対する貢献は、目に見える成果が表れにくく、また、ナレッジ共有への手間をかけても「投資へのリターン」を実感しにくいためである。とりわけ、自身が蓄積してきたナレッジで業務を回すことができるベテラン法務担当者にとって、忙しい業務の中でナレッジ・マネジメントに時間を割くインセンティブが低くなりがちであることは、正直やむをえない面もある。
この点、対応としてはいくつか考えられるが、主なものとして下記の3点を挙げたい。
① 人事評価に反映させる
② ナレッジ・マネジメントの利便性を実感させることにより、貢献への意欲を促す
③ ナレッジ・マネジメントへの貢献者を組織内で周知する
まず①について、個々の貢献の内容は多岐にわたるので、一つひとつの貢献内容を数値化して評価に反映することは困難である。しかし、とりわけ加点評価を行う場面において、個人の業績評価に関する指標の一つとして、ナレッジ・マネジメントへの貢献の大きさを考慮することは効果的であろう。
次に②は、とりわけナレッジ・マネジメントの取り組みの初期段階において、ベテラン法務担当者がナレッジ共有に対して懐疑的、消極的である場合におすすめである。
具体的には、ナレッジ・マネジメントを主導するチームや担当者が、法令改正情報の周知やリサーチツールの使い方の案内といった形でのナレッジ共有を率先して行い、「ナレッジ・マネジメントを推進すると便利だから、自分も協力しよう」という機運を組織内全体に広めることが考えられる。組織全体としてのメリットが大きいと感じられれば、組織を引っ張るベテラン法務担当者としても、ナレッジ・マネジメントのために時間を割くことに意義を見出しやすくなろう。
最後に③は、シンプルであるが、個々の法務担当者への働きかけとしてはそれなりに有効である。
周知の方法はランキングのような大々的なものでなく、日々の先例や法律情報の提供、雛形アップデートへの協力といった小さいナレッジ・マネジメントの取り組みにおいて、協力者の名前を挙げて感謝の意を述べるといったささやかなものでもよい。個々の法務担当者が気持ちよくナレッジ・マネジメントに参加できれば、それだけでもインセンティブの観点からは成功である。
ベテラン法務担当者ならではのナレッジ共有のアプローチを
冒頭にも述べたとおり、ベテラン法務担当者の暗黙知は非常に貴重であることから、これを組織内にうまく還元することは、ナレッジ・マネジメントの観点から重要である。そこで、ベテラン法務担当者ならではのナレッジ共有の方法として、
- 若手向け勉強会のような場を設けて経験を話す
- 雛形を作成する際に交渉のポイントや実務上留意すべき点などを盛り込むべくアドバイザー的な観点で雛形の監修を行う
といった形も考えられる。
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ナレッジ・マネジメントは組織全体で行う必要があるが、それは必ずしも法務担当者全員が同じやり方でナレッジ・マネジメントを実践することを意味するものではない。
各法務担当者のキャリアや経験、知識レベルに応じて、それぞれが取り組みやすい形、貢献しやすい形を模索しながらナレッジ・マネジメントを進めていくことこそ、法務人材活用への大きな一歩につながるといえよう。
本連載が、各企業の法務部門におけるナレッジ・マネジメント検討の一助となれば幸いである。
→この連載を「まとめて読む」
門永 真紀
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士/Chief Knowledge Officer
2007年慶應義塾大学法科大学院卒業。2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2020年1月Chief Knowledge Officer(CKO)就任。2022年1月パートナー就任。外資系メーカー、大手総合商社など複数の出向経験を有し、2017年よりナレッジ・マネジメントを専門として、主に所内のナレッジ・マネジメント業務に従事するほか、所外向けにもナレッジ・マネジメントに関するセミナーを多数行っている。著作『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』(共著)(商事法務、2020年)、「「正しく」伝えるプロセスを学ぶ法務翻訳のテクニック―準備・レビュー段階で人の手による一工夫を~「機械翻訳」使用上の留意点―」ビジネス法務2020年12月号60頁などがある。