中途採用の法務担当者編 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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法務部門における中途採用者の増加とナレッジ・マネジメントの必要性

法務部門における中途採用者の数は、2000年以降一貫して増加傾向にある。昨年(2021年)経営法友会が実施した「第12次法務部門実態調査」によれば、調査に回答した企業のうち、法務経験者としての中途採用者が在籍する企業は、67.0%(回答した1,151社中771社)にのぼる(調査結果の詳細は、米田憲市編『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』(商事法務、2022)を参照されたい)。
さまざまなバックグラウンドを有し、異なるキャリアを歩んできた法務担当者のスキルレベルには、当然ながら大きなばらつきがある。基礎的な法律知識のレベルも人によって異なるし、経験値の差から、交渉やドラフティングの能力にも差が生まれうる。そのため、法務部門としてアウトプットの質を一定以上に保つためには、適切なナレッジ・マネジメントが求められる。

他方で、中途採用者は前職で培ってきた知識・経験といった貴重なナレッジを持っているにもかかわらず、これが転職先で十分に活用されていない例も散見される。特定の業種・法分野における高い専門知識を有する法務担当者や、法律事務所で高度に専門化された業務分野に従事してきた有資格者の場合は、前職でのナレッジを活かした転職への意欲が高いことが考えられるが、そのような場合を除けば、前職でもジェネラリストとして多岐にわたる法分野・業務に携わっていた者が多くを占めると思われる。その場合、中途採用者は「郷に入っては郷に従え」とばかりに新しい職場のやり方に慣れることに意識が向きがちで、受け入れる側も、「中途採用者の有するナレッジを積極的に引き出して自社で活用する」ための体制を十分整えていないケースが多いように見受けられる。

中途採用の法務担当者のためのナレッジ・マネジメント

中途採用者は、入社以前のキャリアを通じて蓄積されたナレッジを有していることから、新たな職場において、即戦力として活躍することが期待される場合が多い。そのような中途採用者に関するナレッジ・マネジメントのアプローチとして考えられることは、大きく分けて以下の二つである。

  • 中途採用者がスムーズに業務になじみ、即戦力として活躍できるように、組織内におけるナレッジの活用を促すこと
  • 中途採用者が前職またはそれ以前で培ったナレッジを共有できる仕組みを提供すること

以下では、それぞれのアプローチについて、その考え方や具体的な実践例について考察したい。

ナレッジ・マネジメントのためのオンボーディング

法務部門に限らず、新たな人材をいち早く戦力として活用するためのアプローチとして、オンボーディングの重要性が近年着目されている。「オンボーディング(on-boarding)」とは、一般に、企業が新たに採用した人材に対して、組織の一員として定着させ、戦力として業務に従事できるようにするために必要なサポートを行う組織的な取組みをいう。オンボーディングは、人材の教育・育成という面だけでなく、たとえば以下のように、ナレッジ・マネジメントの一環としても効果的に実施することが望ましい。

入社直後の1 on 1セッション

オンボーディングの実践例として、シンプルかつ効率的なのは、入社後間もない時期にナレッジ・マネジメントを目的とした1 on 1(1対1のミーティング)を行うことである。
この1 on 1においては、法務部門内で利用可能なナレッジについての案内を行うことはもちろん、

  • 組織としてナレッジ・マネジメントにどのように取り組んでいるか
  • 個々の法務担当者にどのような貢献を期待しているか

といったことを伝えることが重要である。また、上記に加え、中途採用者がこれまでのキャリアでどのようなナレッジを蓄積してきたかをヒアリングすることも考えられる。
このような形で1 on 1を行うメリットとしては、下記の3点が挙げられる。

① ナレッジへのアクセスをスムーズにすることにより、中途採用者が即戦力として活躍しやすくなる

② ナレッジ共有を奨励することにより、中途採用者の組織への帰属意識を高めることができる

③ 中途採用者がこれまでに培ってきたナレッジを引き出し、活用しやすくなる

マニュアル整備とコミュニケーション

オンボーディングにおいては、業務フローに関する理解を促し、業務に必要なナレッジをいち早く習得させるため、マニュアルを用意している企業も多い。たしかに、業務マニュアルは、オンボーディングの質を一定に保ち、一つ一つ口頭で説明するよりも効率的に法務業務に関するナレッジを伝承できるという点において、メリットが大きい。

ただし、マニュアルの提供とあわせて、「いかに細やかにコミュニケーションをとるか」が重要なポイントであることに留意されたい。マニュアルは、いわば業務を行う際に必要な暗黙知を形式知化して整理したものであるが、実際の業務においては、形式知化できない暗黙知が多く存在するということを意識する必要がある。
たとえば、契約書レビューに関して、レビュー時のポイントやコメントの方針に関するマニュアルがある場合、そこに修正文言の例もあわせて記載されていれば非常に便利である。しかし、契約相手方となる重要取引先との関係性において、

  • その修正文言が実際にどの程度受け入れられるのか
  • 過去において交渉が難航したケースにおいて、「落としどころ」はどのあたりだったのか

といったナレッジは、マニュアル化しにくい暗黙知であるし、会社特有の事情をふまえたこれらのナレッジこそ、中途採用者に意識的に共有する必要がある。そのため、このようなナレッジは、マニュアルの提供とあわせて、口頭で補足したり、一緒に業務を行うなかで意識的にコミュニケーションを図ることにより、共有すべきである。

中途採用の法務担当者が有するナレッジを共有できるしくみ作り

中途採用者が入社時に自己紹介をする機会は、おそらくどの企業でも通常あるが、それとは別の機会に、(旧勤務先との関係における秘密保持義務に反しない限りで)前職における経験やナレッジを語る場を設けることは有用である。
新たに入社したばかりの中途採用者が、慣れない職場で積極的に自分のナレッジ共有をすることはハードルが高い場合も多い。そこで、受け入れ側である企業が、部内勉強会やチームミーティングといった機会にナレッジ共有の場を設けるべきである。リモートワークが中心となっている昨今においては、雑談の中で前職時代の話をする機会も減っていることから、意識的にそのような場を作る意義は大きい。
個別の案件に関する話はできなくても、特定の法分野に関する知識や経験といったナレッジの共有は、新たな職場においてその人が活躍するきっかけになると考えられる。また、業務への取り組み方についてのナレッジは、異なる職場で法務業務に携わった経験があるからこそ共有できるナレッジであり、そのようなナレッジの共有は、組織内に新たな風を吹き込み、業務フローの改善につながる可能性もある。

このほか、検索性の高い先例データベースを構築すること(第1回Ⅲも参照されたい)や、慣れていなくても感覚的に操作できるポータルサイトを用意すること等も、組織内のナレッジへのアクセスを促し、中途採用者が即戦力として活躍するための重要なナレッジ・マネジメントの手法の一つといえる。

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門永 真紀

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士/Chief Knowledge Officer

2007年慶應義塾大学法科大学院卒業。2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2020年1月Chief Knowledge Officer(CKO)就任。2022年1月パートナー就任。外資系メーカー、大手総合商社など複数の出向経験を有し、2017年よりナレッジ・マネジメントを専門として、主に所内のナレッジ・マネジメント業務に従事するほか、所外向けにもナレッジ・マネジメントに関するセミナーを多数行っている。著作『企業法務におけるナレッジ・マネジメント』(共著)(商事法務、2020年)、「「正しく」伝えるプロセスを学ぶ法務翻訳のテクニック―準備・レビュー段階で人の手による一工夫を~「機械翻訳」使用上の留意点―」ビジネス法務2020年12月号60頁などがある。