M&Aは多くの場合、関連する事業部門と諸々の管理部門を巻き込む総力戦となり、法務担当者や経営企画担当者などの実務担当者は大量の書面の取りまとめから相手方との交渉、全体管理まで実に幅広い役割を担う。一連の幅広いM&A業務の体系的理解と実務能力の集中強化を目的とした「M&A即戦力育成講座」が2021年4〜7月にかけて開講された。好評に応え、2021年11~2022年1月にも開催が決定した本講座について、講師の龍野滋幹弁護士(アンダーソン・毛利・友常 法律事務所外国法共同事業)とキャリア・業界の異なる参加者(経営企画・法務)2名を交えて、講座の特長・魅力と今後のM&A業務にかける思いを語ってもらった。
M&A業務キャリアを問わないオンライン習熟指導
龍野弁護士 本講座は、まさにM&Aの“猛者(ベテラン)”からこれからM&Aに携わろうとする方まで、また業態や所属部署を問わず、幅広いバックグラウンドのM&A実務の担当者に参加いただきました。まずは、簡単に自己紹介をお願いします。
伊藤氏 B to Bの中堅IT企業において、経営企画部に15年弱在籍しています。メディアで大々的に報道されるような大規模案件ではありませんが、買収(新規分野への進出および子会社化)からマイノリティー出資まで計12件のM&Aを担当し、海外案件も経験しています。現在は社内でM&A担当が私だけなので、知見の集積・体系化や後進の育成も念頭に置いて今回受講しました。
三井氏 私は法務部門に約5年所属し、契約書レビューや社内コンプライアンス体制の整備を担当しています。当社の手がける自動販売機事業は業界再編が大きく進んでおり、当社は小規模案件(事業譲渡)を中心に頻繁に実施、件数も増加傾向にあります。
私自身は、M&Aの実務経験はまだ乏しく、M&A業務の全体的な一貫性をもった理解と重要事項の学習を目的に参加し、十分すぎるほどの情報とともに期待どおりの成果を得られたと感じています。
龍野弁護士 伊藤さんが携わられた案件は大規模ではないことから、かえってM&A全体を俯瞰しつつ、ハンドリングする貴重な経験が積めたのではないでしょうか。この点、本講座でご提供した体系的なノウハウも大きく役立っているといいのですが。
伊藤氏 M&A業務の体系化・可視化を社内で進め、知見の属人化を克服することも受講目的の一つでしたが、M&A契約書の意義・ポイントを確認し法務面の情報を整理する点では特に非常に参考になりました。講義を終えて、早速社内ナレッジ共有のための資料を作っているところです。開催時間はちょうどよく、全体の網羅性も高かったと思います。
今後は、たとえば「契約書の個々の部分を深掘りして学びたい」など、より特定的な受講目的もフォローしていただけることを期待しています。
三井氏 初学者の感触としては、3か月弱という開催期間はシリーズとしては適切ですが、内容がとても濃かったので、各回の講義時間(第1回〜第4回:各3.5時間、第5回:2時間)にもう少し余裕があってもいいのかなと。いっそう丁寧な説明と内容消化につながると感じます。
契約書マークアップの演習で経験を共有
龍野弁護士 本講座では、詳細なオリジナルケースに基づいて、相手方から出された想定の契約草案(ファースト・ドラフト)を自らマークアップ(加除修正)いただき、それを一つひとつ私が添削をして、みなさん自身の添削答案や他の方のマークアップ例を講義材料として用いるという演習形式を契約に関して採用しましたが、いかがでしたか?
伊藤氏 当社では契約書作成は法務部門にすべて任せており、マークアップの経験は初めてで新鮮でした。加えて、龍野先生からは、契約書に盛りこんだ理想論と対比した現実的な解についてもフィードバックをいただけました。法務部ではないM&A担当でも、マークアップを通じて落としどころのバランスをつかめるのがよかったです。
サンプルとしていただいた先生のマークアップ答案と優秀者の回答の比較や、他のM&A関連書面(基本合意書等)や株式譲渡契約以外の契約(株主間契約等)についても同様の演習・解説の時間を導入すればさらに充実しそうですよね。
三井氏 契約書の解説の回は特に込み入った濃い内容だったので、たとえば、3時間の講義を2回分(計6時間)でもよさそうです。
龍野弁護士 M&Aでは、各文書や概念の意義・用法を根本的に誤解されている当事者や、たとえばCP(前提条件)や表明保証条項における各事項の具体的範囲・文言をめぐるドラフティングや交渉におけるバリエーション、進め方、落としどころなど、非常に実戦的な実務上の問題を意識する方に多くお目にかかりますので、お二方のご指摘を含め、参考にさせていただきます。また、受講者が試行錯誤しながら手を動かして学ぶ演習スタイルはこれからも大切にしていきたいと思います。
M&A以外の業務にも活きる法務としての“全体観”
龍野弁護士 本講座では、積極的に質問される方が多く、私も重要なことは繰り返し説明して頭に残していただくことを意識しましたが、特に印象に残っているやり取りはありますか?
三井氏 「M&Aのストラクチャーが確定していない場合に法務担当がどう立ち回るべきか」という質問に対して、龍野先生が「事業部門の要望を聴き、法務において法的に整理をして論理的かつメリハリのついた形にすることで、何が中核かの“気づき”を引き出すことが望ましい」と回答されたことが印象深いです。これができれば、法務として素晴らしいなと思いました。
伊藤氏 ファースト・ドラフト(最初の契約草案を自社から相手方に提示すること)の優位性を痛感しました。当方の意図を確実に契約に反映させ、交渉の主導権を握るために必須のプロセスだと学びました。相手方からファースト・ドラフトが出てくると、注意深く読んで自社に不利益な部分に気づくことができたとしても、書かれてない事項も含めて全体として自社としてどうあるべきかにまでなかなかたどり着けず、相手方のドラフトに引きずられがちですよね。
また、当社でも最近は東南アジアを中心とした海外案件の検討が増えてきたことから、二重帳簿や現地従業員の低い帰属意識等、当該案件に特徴的なリスクや対策について、龍野先生の経験や事務所の知見を踏まえた情報提供の機会があると助かります。
龍野弁護士 私も講師として、みなさんの感想を通じて、教科書には書かれていない“経験知”やノウハウの部分が、ことM&Aでの課題解決を図るうえで有意義であるとの思いを新たにしました。第5回(総まとめ)を開き、他社の状況・事例の共有や情報の再整理・復習の時間を設けたこともみなさん相互に有意義だったようでよかったです。
コロナ禍の中、難しいですが、講座後に懇親会を開催して参加者同士が気軽に情報交換する場を設けたり、事前に参加者のM&Aキャリアを伺ったうえでチームを編成し、講座当日はチーム単位でのマークアップ演習や模擬M&A交渉の時間をとったりすることも今後実現できたらおもしろそうです。
三井氏 本講座で学んだことは、M&Aの場面だけではなく、契約書レビュー等の通常業務にも活用しています。「木を見て森を見ず」とのことわざが示すとおり、細部の文言に気を配りながらも、大元の実現したい事業目標を忘れず、抜け落ちのないレビューをすることをいま一度意識するきっかけになりました。
龍野弁護士 三井さんのコメントを聞き、本講座を開催した甲斐があったと嬉しく思います。法務は専門知識に基づく細かな作業をこなすことが宿命であり、視野が狭まる危険は否定できません。しかし、“全体観”を保ち、「最後に到達すべきところを間違えない」ことを同時に期待されています。僭越ながら、こうした基礎ともいえる法務担当者の心構えもしっかり伝えられる講座を今後も企画・開講したいと思います。
→内容・回数もさらにパワーアップした2021年11月開講「M&A即戦力育成講座~講師による徹底した課題ワーク個別指導でM&Aの総合力をアップ(全6回)」
龍野 滋幹
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。
伊藤 亘崇
情報技術開発株式会社 コーポレート本部 経営企画室 室長
1997年東京理科大学理学部卒業後、同社に入社。約10年間、開発部門にてエンジニア職に従事。当時、社内で企画部門が新設された際に「現場経験のあるメンバーをアサインする」との方針が打ち出され、配属メンバーとして異動。現在はM&Aの他に社内DX推進、デジタルマーケティング推進等を担当している。
三井 玲奈
ダイドードリンコ株式会社 人事総務部 法務グループ リーダー
2015年入社。営業部門への配属を経て2016年より現職。上場親会社や他のグループ会社を含む法務・知財・コンプライアンス分野の業務に従事。
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