国際商事紛争における仲裁・調停の活用 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

はじめに

国際商事紛争を解決する手段には、大別して、訴訟、仲裁および調停がある。これらは、いずれも中立的な第三者(裁判官・仲裁人・調停人)が関与するという点で共通するが、訴訟と仲裁は、第三者(裁判官・仲裁人)の判断により紛争の終局的解決が図られるのに対し、調停は、当事者の合意をみなければ紛争解決を図ることができないという本質的な違いがある。

国際商事紛争の紛争解決実務では、終局的紛争解決手段として、訴訟ではなく仲裁が選択される例が多い。
その理由を簡潔に述べるとすれば、訴訟においては、紛争解決地によって裁判制度に対する信頼の程度や訴訟手続の迅速性・利便性が大きく異なるほか、外国判決の執行についての不確実性があるといったさまざまな問題が認められるのに対し、仲裁においては、現在172か国が加盟するいわゆるニューヨーク条約注1の存在などにより、訴訟について述べた上記諸問題を相応のレベルで回避することが可能となるからである。

なお、調停は、当事者による和解合意の可能性がある紛争であれば、迅速な解決を図ることのできる有力な紛争解決手段となるため、従来、訴訟や仲裁の前に、または、これらと並行して利用される場合があった。
ただし、特に日本においては、国内で歴史的に発展してきた調停(いわゆる裁判所調停)の実務が、国際標準の調停実務との比較において多くの相違点を有していたことなどから注2、国際調停が利用される例は非常に少なかったといえる。
また、ニューヨーク条約により執行可能性が広く確保される仲裁判断とは異なり、調停による和解合意(以下、単に「和解合意」という)については、執行力を付与するための共通的枠組みが存在しなかったため、調停は仲裁ほど脚光を浴びることはなかったというのが実情である。

ところが、近年、かねて国際商事紛争の主たる解決手段としての役割を担ってきた仲裁において、手続の複雑化や審理の長期化などの問題点が指摘されるようになると、調停の有用性が着目されるようになり、日本でも、2018年11月、国際標準の調停を日本で実施するためのプロジェクトとして、日本初の国際調停用常設施設を備えた京都国際調停センターが開所した。
また、同年12月20日、第73回国際連合総会において、調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約注3(以下「シンガポール条約」という)が採択され、2020年9月12日に発効した。
さらに、2024年4月1日には、我が国において、仲裁法の一部を改正する法律注4とともに、シンガポール条約の実施法(以下「実施法」という)注5およびADR法の一部を改正する法律注6が施行されるに至った。

それらの結果、かねて国際商事紛争の主たる解決手段とされてきた仲裁は、上記改正法の施行により、より一層利便性が高まることが予想されるほか、シンガポール条約および実施法の施行等により、国際商事紛争の解決手段としての調停の利活用が、加速度的に高まることが期待されるところである。

そこで本稿では、国際商事紛争における仲裁・調停の活用について、特にシンガポール条約および実施法の施行を踏まえた実務的な観点から、幾ばくかの示唆を試みたいと思う。

国際商事紛争解決手段としての仲裁または調停の選択

訴訟、仲裁および調停の異同

国際商事紛争の解決手段である訴訟、仲裁および調停の異同は、概要、図表1のとおりである。

前述のとおり、仲裁および調停は、国際商事紛争につき訴訟の代替的紛争解決手段(ADR:Alternative Dispute Resolution)となる点で共通し、調停は、後述((3.))のとおり、仲裁の前に、または仲裁と並行して利用される場合があるが、それぞれに特色があり、個別具体的事案に応じて使い分けられるものである。

以下では、仲裁または調停の選択を検討するにあたり、どのような視点が考慮されうるか等についての一例を述べる。

図表1 訴訟・仲裁・調停の異同

訴訟 仲裁 調停
第三者判断拘束性 ×
当事者主義
(主張や証拠の提出に関する主導権を当事者に委ねる)
×
司法手続 × ×
合意必要性 ×
執行可能性
(相互保証〔民訴法118条4号〕)

(ニューヨーク条約〔172か国〕)
×(従来)

△(シンガポール条約)
公平性
(ローカルリスク〔フォーラムショッピング※1〕)

(仲裁規則・当事者の合意)

(調停規則・当事者の合意)
秘密性 ×
(公開)

(非公開)

(非公開)
柔軟性
(法廷地法による)

(仲裁規則・当事者の合意)

(調停規則・当事者の合意)
迅速性
(三審制:日本)

(上訴なし)

(上訴なし)

※1 ある事件につき複数の国ないし地域に裁判管轄が認められる可能性がある場合に、原告にとって有利な判決がなされる見込みがある国ないし地域の裁判所を選んで訴訟提起する訴訟戦術をいう。

仲裁または調停の選択における考慮要素

国際商事紛争の解決手段として、仲裁と調停のいずれを選択するかの判断においては、主に、

(1) 和解合意の可能性

(2) 時間や費用等のコスト

(3) 相手方との関係性

(4) 執行可能性

等の要素が考慮されうる。
それぞれの要素がどのように考慮されうるかは、おおむね、以下のとおりである。

(1) 和解合意の可能性

冒頭で述べたとおり、調停では当事者の合意をみなければ紛争解決を図ることができないため、当事者間における和解合意の可能性の有無は、調停の可否・当否を検討するにおいて最も重要な考慮要素である。

もっとも、特に、紛争が顕在化する前、あるいは、紛争の初期段階では、和解合意の可能性の有無を正確に判断することは容易ではなく、当事者間で起こりうることが予測される潜在的紛争の内容(それが当事者に与えるインパクトいかんを含む)、相手方の主張内容や交渉態度、および後述((3))する相手方との関係性などを総合的に考慮した予測的判断を行わざるを得ない。
具体的には、たとえば、相手方が交渉にまったく応じようとせず、または譲歩の余地を一切示さないような場合、一般的には、和解合意の可能性は低いと評価することになる。
また、係争額が大きく、各当事者の主張内容のかい離も大きい場合、やはり一般的には、和解合意の可能性は低いとの評価に馴染みやすい。
したがって、これらの場合には、調停は合理的な紛争解決手段とはなり難く、仲裁を選択すべき場合が多いと思われる。

他方、たとえ係争額の大きい事案でも、相手方が、対立姿勢を示しつつも具体的な要求事項を明示してこない場合や、具体的な要求事項を明示していても対案が出れば検討する用意がある旨を示唆するような場合には、和解合意の可能性はなお相応に認められるから、そのような場合には、調停を選択する意義を認めることができる。
また、各当事者の主張や証拠状況に照らして、仲裁判断を仰いだ場合に自社に不利な判断がなされる可能性が相応に見込まれるような場合にも、一定の譲歩を行うことを前提に調停による解決を図るという選択肢は、検討に値するものと思われる。

なお、上述のとおり、和解合意の可能性の有無は予測的判断とならざるを得ないことや、調停は、中立的な第三者である調停人が、当事者双方の意見を聴き、和解合意による紛争解決を促す手続であることなどから、和解合意の可能性が低いと予測される事案であっても、調停人の働きかけにより、紛争当事者間の対話が促進され、双方の利害が(必ずしも法的主張の正当性に拘ることなく)うまく調整されることにより、和解の機運が高まり、和解合意に至るというケースは実務上少なからず存在する。
したがって、たとえ和解合意の可能性は低いと判断される場合でも、調停人の果たす役割に期待して、なお調停を選択するという判断も否定されるものではない。

(2) 時間や費用等のコスト

紛争解決に要する時間や費用等のコスト(紛争解決コスト)の多寡は、紛争解決手段の選択において、当然ながら重要な考慮要素となる。

一般的に、仲裁は、訴訟との比較において手続の迅速性がうたわれてきたが、近年、紛争の複雑化等に伴い、審理の長期化が指摘されるようになってきた。特に、簡易仲裁(expedited arbitration)や迅速仲裁手続注7が適用されない大規模案件等では、仲裁申立てから仲裁判断に至るまで2年以上を要するケースもある。
これに対し、調停では、一般的に、調停期日の回数は1~2回、手続期間は調停申立後2~3か月以内となるケースが多いため、仲裁よりも迅速に紛争解決を図ることが可能である。

また、仲裁および調停にかかる主な費用は、仲裁機関または調停機関に支払う管理費用、仲裁人または調停人の報酬、および代理人の報酬等であるが、これらのうち金額的に大きな割合を占めるのは代理人の報酬であることが多い。国際商事紛争の代理人を務める弁護士は、タイムチャージ方式で報酬を請求するのが一般的と考えられるため、審理期間が長くなればなるほど、代理人に報酬として支払う金額は大きくなる傾向にある。
その意味では、一般的に、仲裁よりも調停を選択した方が全体の費用を低減化できるものと考えられる。

したがって、紛争解決コストの観点からは、特に簡易仲裁(expedited arbitration)や迅速仲裁手続が適用されない大規模案件等の場合、和解合意の可能性が少なからず認められるならばもちろん、和解合意の可能性が低くとも、調停人の果たす役割に期待して、調停による紛争解決を試みる意義は十分に認められる。

(3) 相手方との関係性

仲裁は、紛争当事者の主張・立証を踏まえた仲裁判断により紛争解決を図る手続であるため、審理を通じて当事者間の対立構造が鮮明化する傾向にある。
また、当事者の納得の有無にかかわらず、仲裁判断により終局的に紛争解決が図られるため、その後の当事者の関係性いかんについては何の保障もない。

これに対し、調停は、紛争当事者の主張・立証に重きを置くのではなく、調停人の働きかけにより当事者間の対話を促進し、双方の利害調整を試みる手続であることから、たとえば紛争の相手方が、代替の利かない取引先であったり、係争案件以外にも継続的な取引関係にあったりするため、今後も良好な関係を維持すべき必要が高い場合には、仲裁ではなく調停を選択する意義は大きくなる。

(4) 執行可能性

冒頭で述べたとおり、かねて調停が仲裁ほど脚光を浴びることのなかった理由の一つは、調停による和解合意につき執行力を付与するための共通の枠組みが存在しない点にあった。
今般、シンガポール条約の発効をみたが、現在のところ、締約国数においてニューヨーク条約には遠く及ばないため、執行可能性の点では、調停よりも仲裁になお優位性が認められる。

しかしながら、今後、シンガポール条約の締約国が増加するに伴い、調停との比較において、執行可能性の点での仲裁の優位性は薄れていくことになろう。

仲裁と調停の併用

以上が国際商事紛争の解決手段として仲裁または調停を選択する際の主な考慮要素等であるが、仲裁と調停は、その異なる性格ゆえに、一方のみが選択的に用いられるのではなく、併用されることも少なくない。

このように仲裁と調停を併用する方法は、たとえば調停を前置する場合にはMed-Arbと呼ばれ、仲裁を行っている間に事件を調停に付す場合はArb-Med、さらに調停が奏功しないため再度仲裁に戻る場合にはArb-Med-Arbと呼ばれる。

シンガポールにおいては、2014年にシンガポール国際調停センター(Singapore International Mediation Centre(SIMC))が設立された当初から、Arb-Med-Arbにおける各手続の相互関係について定めるとともに、調停において合意された内容に沿った仲裁判断を出すことによって合意内容にニューヨーク条約に基づく執行力を持たせるための仕組みとして、AMA(Arb-Med-Arb)Protocolという仕組みが採用されている。

日本商事仲裁協会の各規則においても、当事者が合意する場合には、仲裁の対象となっている紛争を調停手続に付すことができ(仲裁規則58条)、他方で調停人を仲裁人に選任して、調停において成立した和解の内容を仲裁の判断とするよう仲裁人に求めることも可能とされており(調停規則27条)、当事者がニーズに応じて仲裁と調停を併用することが予定されている。

このような仲裁と調停の併用に関しては、従来、調停人が仲裁人を兼ねることができるかという問題が指摘されてきた。
これは、主として、調停において手続的制約なく調停人に伝達された情報(たとえば、ざっくばらんな事件の背景や見立て、許容可能な和解金額のレベル等)が、その後の仲裁において事実上仲裁人の心証を形成するおそれがあるのではないかという問題意識に基づくものである。

もっとも、他方において、調停と仲裁が続けて行われる場合に、調停人をそのまま仲裁人に選任すること(あるいはその逆)は、新たに事実に関する主張を一から行う手間を省き、別の者を選任する場合と比べて当事者のコスト削減に資するというメリットも有するため、調停人と仲裁人との兼任を一律に否定することも実際的ではないと思われる。

この問題に対する一つの答えとして、たとえば国際仲裁における利益相反に関するIBAガイドライン注8においては、仲裁人が調停等を通じて和解による紛争解決を試みる場合には当事者の明示的合意を得るべきとされ、日本商事仲裁協会の仲裁規則においても、仲裁の対象となっている紛争を調停手続に付すに際して、当事者の書面合意によって仲裁人を調停人に選任することが可能とされている(仲裁規則59条)。

調停に関するシンガポール条約

シンガポール条約の発効

仲裁判断については、ニューヨーク条約に基づいて、その加盟国(172か国)間での仲裁判断の相互執行が担保されてきた一方、国際調停による和解合意については、これまで、執行にかかる国際的な枠組みが存在しなかった(もっとも、和解合意は一般的には訴訟判決や仲裁判断よりも任意の履行可能性が高いため、元来、執行に至る例は限定的であったとはいえる)。

そのような中、2020年9月、シンガポール条約が発効し、日本は、12番目の締約国として、2023年10月に加入、2024年4月から日本国内においても効力が発生した。

日本での効力発生と同時に、シンガポール条約の日本における実施に関する国内法である実施法も施行され、日本における国外の調停による和解合意の執行については、基本的に実施法に基づいて行われることとなる。

シンガポール条約の概要

シンガポール条約は、締約国に対して、同条約に定める条件の下に、自国の手続規則(日本では実施法)に従って和解合意を執行することを義務づけるものである。
条約に定める最低条件をみたしている限り、そうした手続規制で対象を広げることも認められる。

和解合意の執行が可能になるための条件について、シンガポール条約および日本の実施法の規定は、それぞれ以下のとおりである。
特徴としては、日本の実施法の方が、「国際和解合意」の定義がやや広いこと(図表2①参照)、および、当事者の合意がある場合に限り、同条約および実施法が適用される「オプトイン方式」を採用していること(図表2③参照)が挙げられる。

図表2 和解合意の執行の要件

要件 シンガポール条約 実施法
①「国際和解合意」であること 調停による合意であって、以下のいずれかに該当するもの

(a)和解合意の二以上の当事者が互いに異なる国に営業所*1を有すること

(b)和解合意の当事者が営業所を有する国が以下のいずれかと異なること

(ⅰ)和解合意に基づく義務の実質的な部分の履行地

(ⅱ)和解合意の対象事項と最も密接な関係を有する国

調停における合意であって、以下のいずれかに該当するもの

一 当事者の全部または一部が日本国外に主たる営業所を有するとき(当事者の親会社が海外の企業である場合を含む)

二 当事者の全部または一部が互いに異なる国に営業所を有するとき

三 和解合意の当事者が営業所を有する国が以下のいずれかと異なること

(ⅰ)和解合意に基づく義務の実質的な部分の履行地

(ⅱ)和解合意の対象事項と最も密接な関係を有する国

②合意内容が次の性質を有しないこと

(a)当事者の一方(消費者)が個人、家族または家庭に関する目的のために行った取引に関する紛争の和解合意

(b)親族法、相続法または雇用法に関する和解合意

一 当事者の全部または一部が個人(事業として契約当事者となる場合におけるものを除く)である取引に関する紛争の和解合意

二 個別労働関係紛争に関する和解合意

三 人事に関する紛争その他家庭に関する紛争の和解合意

③当事者の執行合意(留保事項)

締約国は、以下の内容を宣言(条約実施法等で規定)できる

・ 和解合意の当事者がこの条約の適用に合意した限度においてのみ、この条約を適用すること

※ 締約国が条約実施法等でこの旨を定めなければ、当事者が特別の合意をしなくとも条約に基づいて執行可能。

オプトアウト方式を採用。

この法律の規定は、国際和解合意の当事者が、条約または条約の実施に関する法令に基づき民事執行をすることができる旨の合意をした場合について、適用する

オプトイン方式を採用

④適用対象 和解合意が、締約国についてこの条約が効力を生じた日の後に締結されたこと 和解合意の成立が、実施法の施行日(2024年4月1日)以降であること

※1 「営業所」とは、紛争と最も密接な関係を有する営業所を意味する。実施法においても同じ。

実務上の留意点

(1) 「紛争の解決を強制する権限を有しない第三者」(要件①関係)

図表2の要件①に関連して、「調停」といえるためには、「当事者に対して紛争の解決を強制する権限を有しない第三者が和解の仲介を実施」したことが要件とされている。

この点、国際商事仲裁事案において、仲裁人が引き続いて調停人になるケース(Arb-Med)では、仲裁人と調停人が同一人物であることに着目して、当該仲裁人=調停人は「紛争の解決を強制する権限を有する」とみなされるのか、仲裁人と調停人の兼務があったとしても、調停手続自体においてはあくまで調停人であり、強制権限は有しないということで同要件をみたすのかは必ずしも明らかではなく、先例の蓄積が待たれるところである。

慎重に対応するのであれば、Arb-Medのケースで和解が成立すれば、和解内容を仲裁判断にするという、従来Arb-Med-Arbで用いられてきた手法が選択肢となる。

(2) 相互主義の不採用(要件③関係)

シンガポール条約の特徴として、仲裁判断に関するニューヨーク条約と異なり、いわゆる相互主義を採用していないことが挙げられる。
すなわち、相手方の国がシンガポール条約を批准していることは、自国において同条約に基づく執行が行われる条件とはなっていない。
したがって、締約国A国の企業と非締約国B国の企業との国際和解合意について、B国では同合意を執行できないのに、A国では執行ができてしまうというアンバランスが生じうる。

(3) 不均衡の回避:オプトイン方式

この点、日本は、実施法によりオプトイン方式(シンガポール条約で許容された制度設計)を採用しており、同条約に基づく執行のためには、和解合意に際して、同条約による執行を可能とする旨の合意(執行合意)を要求している。これにより、日本において予期せず和解合意の執行を受けてしまうという事態がある程度回避されることとなる。

他方で、シンガポールを始めとする他国では、オプトアウト方式(シンガポール条約の原則類型)が採用されており、反対の意思表示(同条約に基づいて執行できない旨の合意)をしない限り、シンガポール条約に基づく執行が可能となる(したがって、シンガポール企業と日本企業との間での調停に際して、執行合意をしなければ、シンガポールでは執行可能、日本では執行不能、という帰結が生じうる。)。

日本企業としては、執行の合意を検討する場合、相手国での和解合意の執行可否(シンガポール条約の加盟の有無および加盟国の場合はオプトイン方式の採用の有無ならびにその他の制度による執行可能性)について調査を行い、少なくとも(日本でのみ当該和解合意の執行が可能となる結果、事実上)日本企業のみが執行を受けるという状態が生じないように気を付ける必要がある。

なお、図表2の要件④との関係で、オプトアウト方式・オプトイン方式いずれの制度の下でも、シンガポール条約の発効前に成立した和解合意について、同条約で不意打ち的に執行されることはない。

仲裁・調停実務への影響

シンガポール条約は、紛争の終局的解決の観点から、国際商事紛争におけるADRの手段として、調停の利用の促進に資する条約であるといえる。
もっとも、シンガポール条約の現時点での締約国は、日本を含めて14か国注9のみであり、同条約が有用なツールとなるか否かは、今後の締約国の増加が鍵となると思われる。

まとめ

一般的に、国際商事紛争においては、企業活動のグローバル化に伴い、係争規模が大きくなることが少なくない。また、紛争当事者間における適用法令に対する親和性、使用言語および文化的背景の違いなどから、国内紛争と比して、相対的に紛争が複雑化しやすく、必然、紛争解決コストも増大する傾向にある。

このような国際商事紛争の解決をいかに上手く図るかは、企業活動の根幹にかかわる最重要課題の一つといえるが、これは、紛争解決手段の選択と直結する問題である。

従来、国際商事紛争の解決手段としては主に仲裁が選択され、時として、これに付随して調停が利用されてきたが、シンガポール条約および実施法の施行により、今後は、仲裁と調停のハイブリッド型紛争解決手段(Med-ArbやArb-Med等)が、従来にも増して積極的に活用されることが予想される。

また、シンガポール条約が、その加盟国の多さから最も成功した条約の一つと評されるニューヨーク条約と同様の軌跡をたどるならば、調停による和解合意の執行可能性が広く確保されることになるため、取引契約(紛争解決条項)においてあらかじめ調停に付す旨の合意が含まれていなくとも、紛争が顕在化した時点で、当事者間において調停に付す旨の合意をする機運が高まることになり、これまで以上にスピーディでアミカブルな紛争解決を実現できる可能性が広がるものと考えられる。

本稿が、企業関係者の皆様にとって、国際商事紛争解決手段として仲裁および調停の戦略的活用をご検討いただく一助になれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約。仲裁判断の承認及び執行が求められる国以外の国の領域内でなされた仲裁判断について、締約国間での相互承認と執行を規定した国際条約である。1958年に国際連合の主導により作成され、日本では1961年に効力が発生した。[]
  2. たとえば、①調停での主張等が後の訴訟や仲裁で利用されうるか否か、②評価型か対話促進型か、③審理(期日)開催が五月雨式か集中型か、④コーカス(別席調停)か同席調停か、といった点が挙げられる。[]
  3. シンガポール条約は、調停の有用性を踏まえて、和解合意に国家が執行力等の効力を付与するための共通的な枠組みを策定し、国際商事調停の利用促進を図ることを目的としている。[]
  4. 仲裁法の一部を改正する法律(令和5年法律第15号)であり、仲裁廷による暫定保全措置への執行力の付与等に関する規定を導入・整備することで、2006年改正UNCITRALモデル法へのキャッチアップを図るものである。[]
  5. 調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約の実施に関する法律(令和5年法律第16号)。[]
  6. 裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律(令和5年法律第17号)であり、シンガポール条約および実施法における国際和解合意への執行力付与の対象とならない国内調停での和解合意について、ADR法による認証を受けた認証紛争解決手続での特定和解につき、執行力を付与するものである。[]
  7. 仲裁機関によっては、係争額が一定額以下であるなどの所定の要件を満たす場合、仲裁廷の成立日から数か月以内に仲裁判断を義務付けること等により、迅速な紛争解決を図る簡易仲裁(expedited arbitration)や迅速仲裁手続という制度を設けている(例:SIAC規則第5項、JCAA規則第2編)。[]
  8. IBA Guidelines on Conflicts of Interest in International Arbitration[]
  9. ベラルーシ、エクアドル、フィジー、ジョージア、ホンジュラス、日本、カザフスタン、ナイジェリア、カタール、サウジアラビア、シンガポール、スリランカ、トルコ、ウルグアイ[]

寺井 昭仁

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

01年慶應義塾大学法学部卒業。03年弁護士登録。10年米国ミシガン大学ロースクール卒業(LL.M.)。11年米国ニューヨーク州弁護士登録。16年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー。争訟・紛争解決、国際取引、独占禁止法・競争法、コンプライアンス・企業不祥事の各分野を中心に、企業法務全般を取り扱う。コーポレート分野では、ビジネスと人権への対応に関する相談を始め、海外子会社を含むグループコンプライアンス全般に関する相談等を受けるなどしている。

御堂筋法律事務所プロフィールページはこちらから

山﨑 陽平

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

08年同志社大学法学部卒業、10年同志社大学法科大学院修了。11年弁護士登録、12年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。17年カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒業、DORDA法律事務所(オーストリア・ウィーン)勤務。19年ニューヨーク州弁護士登録。国際取引、M&A/コーポレート、競争法を主な取扱い分野とし、ビジネスと人権に関する企業の体制整備の支援や講演等を行っている。

御堂筋法律事務所プロフィールページはこちらから

松田 祐人

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

10年大阪大学法学部卒業。12年京都大学法科大学院修了。13年弁護士登録。18年Northwestern University School of Law 卒業(LL.M.)、Baker & Hostetler LLP(米国ワシントンDC)勤務。19年ニューヨーク州弁護士登録。主な取扱分野はM&A/企業再編、コーポレート、国際取引、国際紛争、GDPR等の個人情報保護法制・競争法を含む外国法コンプライアンス、海外進出支援など。

御堂筋法律事務所プロフィールページはこちらから

久保 宏貴

弁護士法人御堂筋法律事務所 弁護士

11年京都大学法学部卒業。13年中央大学法科大学院修了。14年弁護士登録。15年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。20年から22年まで大阪国税局調査第一部調査審理課勤務(国際調査審理官)。23年University of Virginia School of Law卒業(LL.M.)、Jenner & Block LLP(米国ロサンゼルス市)勤務。同年弁護士法人御堂筋法律事務所復帰。24年ニューヨーク州弁護士登録。主な取扱分野は、コーポレート/M&A、国際取引、税法関連法務、国内外の紛争解決。

御堂筋法律事務所プロフィールページはこちらから

寺田 明弘

弁護士法人御堂筋法律事務所 弁護士

13年京都大学法学部卒業。15年京都大学法科大学院修了。16年弁護士登録。17年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。20年から22年まで事業会社法務部にて勤務(出向)。23年カリフォルニア大学バークレー校卒業(LL.M.)、23年から24年までRajah & Tann Singapore LLP勤務。24年ニューヨーク州弁護士登録。主な取扱分野は、M&A/企業再編、企業紛争解決、国際取引/海外進出支援、危機管理/不祥事対応等。シンガポールにて複数の国際仲裁・調停事案を担当。

御堂筋法律事務所プロフィールページはこちらから