スタートアップの参画経験に裏打ちされた法務力と実務力
弁護士法人轟木総合法律事務所は、2019年の開設以降、4年あまりで数十社を超えるスタートアップから顧問を依頼されるまでに成長した新進気鋭の事務所である。
「弁護士登録後、最初に入った法律事務所の顧客はほぼすべてが名立たる名門企業でした。また、先輩弁護士のレベルも高く、“自分では太刀打ちできない”と感じました。ある種の挫折です。そこで、“いかに人と競争をせずに事業を展開するか”という、現在に連なる事務所経営の軸を考えました。つまり、まずは“今まで顧問弁護士がいない企業を顧客として獲得していこう”という戦略です」(轟木博信弁護士)。
そう決心した轟木弁護士は、名門法律事務所をわずか1年半で退職。実際にスタートアップの経験を積むために、大学のゼミ同期の友人が立ち上げた生体認証サービスを提供する会社(株式会社Liquid(現株式会社ELEMENTS))に従業員番号1番として参画した。
「資金集めのための投資家交渉から始まり、投資契約のレビュー、従業員の採用、ストックオプションの発行、事業上の契約交渉、新規事業立ち上げ、上場準備。2022年にある企業が東証グロース市場に上場した際、CEOから“上場は轟木さんのおかげ”と言われたのは嬉しかったですね」。
名門事務所を辞め、自らリスクを取って得たこの実務経験こそが、数多のスタートアップから絶大な信頼を得る源泉であるといえよう。
一方で、個人としての弁護士業にも大きな転機が訪れた。「同社が東京・大手町エリアを拠点とするFinTechのエコシステムの形成等を目的としたFINOLABというオフィスに移転し、そこに集まった20社ほどのスタートアップと交流しているうちに、彼らから法律相談を受けるようになりました。気がついたら、ほぼ全社から顧問の依頼を受けるようになっていたのです」。
同事務所の顧問先は、すべてが既存の顧問先の紹介で、広告やウェブ集客などは一切行っていない。その後、顧問先のCFOの誘いで自動運転システムを手がける株式会社ティアフォーの法務責任者に就任し、約300億円のエクイティ調達にも成功した。2022年の国内スタートアップ資金調達金額ランキング調査(フォースタートアップス株式会社)では資金調達額の中央値が約2億円、平均値が約7億円であることからも、この実績の価値が窺える。
スタートアップのNASDAQへの上場 高い株式の価値評価が魅力
2023年7⽉25⽇、同じくFINOLABに入居していた株式会社Warranteeが、⽶国NASDAQ市場(Capital Market)へ上場を果たした。この日本側のカウンセルを務めたのが轟木弁護士である。米国の法律事務所とのネットワークを活用しつつ、米国法律事務所によるDD(デューデリジェンス)への対応、F-1(SECに提出する目論見書)における日本法部分の作成、FEFTA(対内直接投資等)対応などを担当した。なお、2023年10月現在、NASDAQに上場している日本の企業は全部で10社に満たない。
「NASDAQに上場するメリットの一つは、株式の価値評価として米国に上場する類似企業をベースにするため、高いバリュエーション(時価総額)で評価される傾向があることです。形式的な上場基準を充足すれば、上場自体は可能とされています」。
しかし、NASDAQ上場実務については、顧客ニーズと供給サイドのギャップが存在するという。「NASDAQ上場実務は、米国証券会社等が日本企業のすべての株式を引き受けることに伴う外為法の手続から、日本法に基づいて発行される株式を裏付けとするADRの発行手続まで、幅広い対応が求められます。これをグローバルな大手事務所に頼むとなると、リーガルフィーだけで莫大な金額になってしまいます」。
それにもかかわらず、NASDAQへの上場を希望するスタートアップは今後増加すると轟木弁護士は予想する。国家戦略としてスタートアップ支援が策定され、金融緩和によるVCマネーのエグジット先の多様化が不可欠な中、海外での事業展開を目指すスタートアップを含めて米国市場への上場も一つの選択肢になってくるからだ。轟木弁護士は、スタートアップの法的サポートの一環として、従来から手がけてきた国内のスタートアップによるさまざまなM&Aに加え、NASDAQへの上場支援にも力を入れていくという。
将来の損害の請求を認めた“画期的”判決 既存の領域に捉われずに行動していく
2023年8月23日、東京五輪選手村の引渡遅延の裁判において、東京高裁は、訴えを却下した一審東京地裁判決を取り消し、地裁に審理を差し戻した。この訴訟の購入者側の代理人を務めているのが轟木弁護士だ。このほかにも集団訴訟などの紛争も多数手がけている。
「“プロボノ”活動を行うことが弁護士の使命の一つであり、“ノブレス・オブリージュ”、法律家という職業人として果たさなければならない“社会的な責任”として、企業法務だけでなく紛争案件についても対応しています。キャピタルマーケットからクラスアクションまで、最小限のチームを保ちつつ、生成AIを含むテクノロジーを最大限活用しながら、社会の変化に合わせて既存の領域にとらわれずに行動していければと思っています」。
轟木 博信
弁護士
Hironobu Todoroki
08年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。11年慶應義塾大学法科大学院修了。13年弁護士登録(第一東京弁護士会)。13年柳田国際法律事務所入所。15年株式会社Liquid(現 株式会社ELEMENTS)経営管理部長就任、19年株式会社ティアフォー法務責任者就任。19年轟木法律事務所設立。22年弁護士法人轟木総合法律事務所設立。