FATF対応法案の成立が実務に与える影響等(下) - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載の第15回(前回)と第16回(今回)は、「国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律案」(本法律案は令和4年12月2日に成立し、令和4年12月9日に法律第97号として公布された。以下、法案を「FATF注1対応法案」、成立した法律を「FATF対応法」という)の概要を解説するとともに、民間事業者にどのような実務対応が必要となりうるか、また、どのような影響が生じうるかを考察するものである。

前回はFATF対応法案の概要を紹介したが、今回は、FATF対応法の成立に伴い、特に民間事業者にどのような実務対応が必要となりうるか、どのような影響が生じうるかを考察する。

実務上の影響

外為法の改正について

FATF対応法による「外国為替及び外国貿易法」(昭和24年12月1日法律第228号。以下「外為法」という)の改正により、ステーブルコインの移転等に関して、電子決済手段等取引業者等に対して適法性の確認義務が課せられた。
2022年4月の外為法の改正(令和4年4月20日法律第28号による改正)により、暗号資産交換業者に対していわゆる適法性の確認義務が課せられることとなった注2ところ、FATF対応法による外為法の改正は、2022年6月3日に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年6月10日法律第61号)により改正された「資金決済に関する法律」(平成21年6月24日法律第59号。以下「令和4年改正資金決済法」という)により新たに規制されることとなった電子決済手段等取引業者等についても同様の規制を課すことを目的とするものと考えられる。
ここで、「電子決済手段等取引業者等」とは、「電子決済手段等取引業者」「電子決済等取扱業者」「信用金庫電子決済等取扱業者」「信用協同組合電子決済等取扱業者」および「暗号資産交換業者」をいい(FATF対応法による改正外為法16条の2)、適法性の確認義務注3が課される「電子決済手段等の移転等」の内容は、それぞれの業者によって異なる。
具体的には、概要図表1のとおりである注4

図表1 事業者ごとの「電子決済手段等の移転等」

電子決済手段等取引業者

① 以下のいずれかの「支払等」※1に係るステーブルコインの移転

・ 「事業者の顧客」と、「当該事業者にステーブルコインの管理を委託している当該事業者の他の顧客」との間で行う「支払等」※2

・  「事業者の顧客」と、「他の事業者にステーブルコインの管理を委託している当該他の事業者の顧客」との間で行う「支払等」※3

・ 「事業者の顧客」と、「当該顧客がステーブルコインの管理を委託している外国事業者の顧客」との間で行う「支払等」

② 資金移動業者から委託を受けて、当該資金移動業者の顧客の為替取引に関する債務に係る債権の額を増減させること

電子決済等取扱業者

銀行から委託を受けて、当該銀行の預金者の預金債権の額を増減させること

信用金庫電子決済等取扱業者

信用金庫から委託を受けて、当該信用金庫の預金者の預金債権の額を増減させること

信用協同組合電子決済等取扱業者

信用協同組合の委託を受けて、当該信用協同組合の預金者の預金債権の額を増減させること

暗号資産交換業者

以下のいずれかの「支払等」に係る暗号資産の移転

・ 「事業者の顧客」と、「当該事業者に暗号資産の管理を委託している当該事業者の他の顧客」との間の「支払等」※4

・ 「事業者の顧客」と、「他の事業者に暗号資産の管理を委託している当該他の事業者の顧客」との間の「支払等」※5

・ 「事業者の顧客」と「当該顧客が暗号資産の管理を委託している外国事業者の顧客」との間の「支払等」

※1 「支払」または「支払の受領」を意味する。以下同じ(現行外為法8条)。
※2 本邦から外国へ向けた「支払」を除く(FATF対応法による改正外為法16条の2表下欄1号)。
※3 本邦から外国へ向けた「支払」を除く(FATF対応法案による改正外為法16条の2表下欄1号)。
※4 本邦から外国へ向けた「支払」を除く。
※5 本邦から外国へ向けた「支払」を除く。

適法性の確認を行うためには、後述のとおり、移転の当事者の氏名、住所等の情報を把握することが前提となる。FATF対応法による改正外為法において適法性の確認が義務付けられる移転等は、いずれも、電子決済手段等取引業者等同士の情報交換等により、移転の当事者の情報が把握できるものに限定されているものと評価できると考えられる。
適法性の確認義務を遵守するための態勢整備としては、外国為替検査ガイドライン(以下「外為検査GL」という)第2章⒉「2-7」に掲げられている考え方が参考となると考えられる。外為検査GL第2章⒉「2-7」では、外国送金を取り扱っている金融機関および資金移動業者における適法性の確認義務の遵守に関する項目が掲げられているが、電子決済手段等取引業者においても、適宜自らの実務に合わせて読み替えつつ参考にすることが考えられる。

犯罪収益移転防止法の改正について

犯罪収益移転防止法(「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(平成19年3月31日法律第22号)の改正に伴う民間事業者の実務対応等については、以下が考えられる。

(1) 司法書士等、行政書士等、公認会計士等、および税理士等

これらの事業者においては、取引時確認の内容が拡充されることから、特定受任行為の代理等を行う場合に適用される内部規定等を改めて整備する必要があるものと考えられる。なお、弁護士等注5においても、日本弁護士連合会の会則中、取引時確認に関する事項が改正され、結果的に司法書士等と同様の措置を講ずる必要性が生ずるものと考えられる。
また、行政書士等、公認会計士等、および税理等注6には、疑わしい取引の届出義務が法律上課せられる(FATF対応法による改正犯罪収益移転防止法8条2項)。疑わしい取引の該当性判断に際しては、犯罪収益移転防止法施行規則(「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則」(平成20年2月1日内閣府、総務省、法務省、財務省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、国土交通省令第1号))に沿って図表2に示す方法等により検証を行う必要があるものと考えられる注7

図表2 疑わしい取引の該当性判断の方法

確認すべき項目

・ 他の顧客等との間で通常行う特定受任行為の代理等に係る取引の態様との比較

・ 当該顧客との間で行った他の特定受任行為の代理等に係る取引の態様との比較

・ 取引時確認の結果有する情報との整合性

検証の方法

・ 確認記録又は取引記録を保存している顧客との取引については、当該記録によって得た情報を調査し、かつ、上欄の「確認すべき項目」に沿って疑わしい点があるかどうか確認する。

・ 犯罪収益移転危険度調査書の内容を勘案して危険性が高いと認められる取引については、顧客または代表者に対する質問その他必要な調査を行った上で、統括管理者または統括管理者に相当する者に当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認させる。

・ 上記二つ以外の取引については、上欄「確認すべき項目」に沿って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する。

※ 国家公安委員会が例年公表している「犯罪収益移転危険度調査書」を指す。

(2) 外国為替取引および電子決済手段の移転に係る通知義務について

まず、外国為替取引および電子決済手段の移転に関して、当該為替取引等を取り扱う事業者において、「支払」や電子決済手段の移転の受取人の情報等を他の特定事業者等に対して通知する義務が新設された(FATF対応法による改正犯罪収益移転防止法10条、10条の3)。通知義務の拡充は、現在の犯罪収益移転防止法上の定めを、いわゆる“トラベルルール”注8により即したものとすることを意図しているものと考えられる。
なお、預金取扱金融機関が行う海外送金は、SWIFT電文に受取人の情報も入力した上で行っているものと考えられるため、実務上の大きな影響はないものと考えられる。
次に、電子決済手段等取引業者注9の通知義務は、1.でも触れた2022年6月3日に成立した「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」により改正された犯罪収益移転防止法(以下、「令和4年改正犯罪収益移転防止法」という)10条の3により設けられた。これについては、仮に、電子決済手段等取引業者において、移転依頼を行った顧客の本人特定事項だけについて通知を行う実務を構築している場合には、改正後の犯罪収益移転防止法に沿って通知を行うことができるよう、態勢を高度化させる必要がある。

(3) 外国所在暗号資産交換業者との間の契約の締結に際する確認について 

暗号資産交換業者においても、銀行におけるコルレス先注10に対する確認に相当する義務が犯罪収益移転防止法上課されることとなった(FATF対応法による改正犯罪収益移転防止法10条の4)。
従来、一般社団法人日本暗号資産取引業協会が定める「暗号資産交換業に係るマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関する規則・ガイドライン」(以下「JVCEAガイドライン」という)においては、今般の犯罪収益移転防止法の改正により義務づけられる措置に概ね相当する確認を行うことを、同協会傘下の暗号資産交換業者に求めていたため、当該内容に沿って態勢を整備してきた暗号資産交換業者にとっては、特段追加的な対応は不要となるものと考えられる。

もっとも、外国所在暗号資産交換業者の体制等の確認が犯罪収益移転防止法上の義務となることで、当該確認を行うために必要な態勢が整備されているかという点は、監督官庁によるモニタリングの項目に加えられるものと考えられる。
そこで、暗号資産交換業者においては、外国所在暗号資産交換業者に関して

・ いかなることを、どのように確認するか

・ 確認の結果、どのような事情が明らかになった場合に、リスクに応じてどのような措置を講ずるのか

といったことを、それぞれ社内規程等で定める等、必要な体制等が整備されているかどうかを改めて確認し、必要な措置を講ずることが重要となるものと考えられる。

(4) 暗号資産交換業者の通知義務について

暗号資産交換業者においても、暗号資産の移転を行う際、当該受取人のために暗号資産の管理を行う他の暗号資産交換業者等に対し、移転の依頼を行った顧客および受取人となる者の本人特定事項等を通知する義務が課されることとなった(FATF対応法による改正犯罪収益移転防止法10条の5)。
 当該内容についても、従来、JVCEAガイドラインに定められていたものと概ね同様ではある注11が、外国所在暗号資産交換業者との間の契約の締結に際する確認と同様、社内規程において必要な整備が完了しているか否かといった点について、改めて点検しておくことが考えられる。

おわりに

FATF対応法は、令和4年12月2日に成立した。同法は、第4次対日相互審査におけるFATFからの指摘を踏まえ立案されたものであり、いずれも日本における法規制が、グローバルスタンダードに即したものとなるために必要なものである。仮に、同法案に基づく対応が十分に行われない場合には、日本との金融取引に対する懸念が高まり、国際金融センターとしての地位が低下することや、マネロン等対策で日本が抜け穴となり国際的な対応に支障が生ずることが懸念される注12

FATF対応法のうち、外為法および犯罪収益移転防止法の改正に関わる内容は、金融機関や各士業にも関わるものであり、また、同法案の内容が実際に施行された場合には、監督官庁によるモニタリングの着眼点の一つになりうるものであることからすれば、関係する事業者においては、適切に、同法案に基づく義務を履行するための態勢を整備することが重要であると考えられる。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. Financial Action Task Force(金融活動作業部会)のこと。FATFは、マネロン、テロ資金供与および拡散金融(大量破壊兵器の拡散に寄与する資金の供与等)対策のための国際基準の策定および当該基準の履行の審査を行う多国間の枠組みである。[]
  2. 具体的には、暗号資産交換業者が、顧客の支払等に係る暗号資産の移転を行う場合において、当該支払い等につき、資産凍結等経済制裁対象者が関与する取引等許可が必要となる取引でないか等を確認する義務等が新設された(現行外為法18条の6等)。[]
  3. 顧客の支払等が、資産凍結等経済制裁対象者が関与する取引等許可が必要となる取引でないか等を確認する義務のこと(現行外為法17条の4)。[]
  4. 読みやすさを図るため、表中では、「電子決済手段」という語は「ステーブルコイン」と表記する。これは、令和4年改正資金決済法2条5項が、いわゆるデジタルマネー類似型のステーブルコインを「電子決済手段」と定義づけており、FATF対応法による改正外為法も当該定義を引用していることによる(同法6条9号)。また、図表1の右欄中の「事業者」という語は、当該欄の左側に掲げた事業者を意味するものとする。[]
  5. 「弁護士等」とは、「弁護士」および「弁護士法人」を指す(現行犯罪収益移転防止法2条2項45号)。[]
  6. 「司法書士等」とは「司法書士」および「司法書士法人」を、「行政書士等」とは「行政書士」および「行政書士法人」を、「公認会計士等」とは「公認会計士」および「監査法人」を、「税理士等」とは「税理士」および「税理士法人」を指す(現行犯罪収益移転防止法2条2項46号~49号)[]
  7. FATF対応法成立に伴い、施行規則も併せて改正されるものと考えられる。[]
  8. FATFによる、各国を名宛人とした、金融機関の発信する電信送金や関連する通知文には、
    ・ 正確な送金人情報及び受取人情報を含めること
    ・ 当該情報が一連の送金プロセスを通じて電信送金または関連する通知文に付記されること
    を確保しなければならないこと等を内容とする勧告のこと。FATF「INTERNATIONAL STANDARDS ON COMBATING MONEY LAUNDERING AND THE FINANCING OF TERRORISM & PROLIFERATION (Updated March 2022)」17頁、18頁、および78頁~83頁参照。[]
  9. 電子決済手段等取引業者、および電子決済手段を発行する銀行等または資金移動業者(令和4年改正犯罪収益移転防止法10条の2)。[]
  10. 国際決済のために外国に所在する金融機関等との間で、電信送金の支払い、手形の取立て、信用状の取次ぎ、決済等の為替業務、資金管理等の銀行業務について委託または受託する場合における、当該外国所在の金融機関のこと。[]
  11. なお、犯罪収益移転防止法に基づき通知が求められる具体的な事項は、今後、主務省令により定められるものであり、通知事項等がJVCEAで定められているものとまったく同一になるか否かは現時点では明らかでない。[]
  12. 内閣官房「国会提出法案—第210回臨時国会」掲載のFATF対応法案の説明資料(概要要綱等)も参照されたい。[]

岡﨑 頌央

弁護士法人御堂筋法律事務所(東京事務所) 弁護士

2017年神戸大学大学院法学研究科実務法律専攻修了。2018年弁護士登録、2019年弁護士法人御堂筋法律事務所(大阪事務所)入所。2020年金融庁総合政策局リスク分析総括課マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室勤務(専門検査官等)。2022年弁護士法人御堂筋法律事務所(東京事務所)復帰。金融レギュレーション、AML/CFT/CPF対応、反社会的勢力対応等、労働関連法務、コーポレート/M&A、訴訟・紛争対応を注力分野とする。

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