はじめに
システム開発契約、ライセンス契約などの契約において、成果やライセンス対象が第三者の知的財産権を侵害していた場合、委託者またはライセンシー(以下、「ユーザ」といいます)が、受託者またはライセンサー(以下、「ベンダ」といいます)に対してどのような請求ができ、また、その請求はどの範囲に限定されるのかを規定するのが、「第三者の知的財産権侵害の補償条項」です。
この「第三者の知的財産権侵害の補償条項」は契約交渉において「揉める」条項の一つであるため、今回は、この条項のバリエーションについて解説を行いたいと思います。
補償条項のバリエーション
第三者の知的財産権侵害の補償条項のバリエーションは、代表的なものとして以下の三つが挙げられます(各バリエーションの解説はⅣを参照)。
① 賠償額等に上限を設定するもの
② 著作権侵害に限定して補償するもの
③ 故意(または重過失)の場合に限定して補償するもの
どの補償条項にも設けるべき共通事項(ベンダ視点)
まず、ベンダの立場から補償条項を見た場合に、Ⅱで示した①~③のバリエーションのいずれにおいても定めるべき共通事項は
- 遅滞なき通知
- 交渉または訴訟への参加の機会の付与
- 紛争解決内容の決定権限の付与(意見申述の機会の付与)
- 協力義務の履行
- 補償の基準時
の5項目です。以下、それぞれ説明します。
遅滞なき通知
第三者が知的財産権侵害を理由に権利行使をする場合、被疑侵害品を開発あるいはライセンスしている者がベンダであることが判明している場合は多くはありません。
そのため、第三者が権利行使をする場合には、通常、ユーザに対して権利行使を行うケースが多いのですが、ベンダとしては、自らがまったく知らないところでユーザと権利者との間で交渉が進めば、適切に防御をする機会を失ってしまう可能性があります。
こうした事態を避けるため、ベンダはユーザに対し、第三者から知的財産権侵害を理由に権利行使を受けた場合には遅滞なくベンダに通知をする義務を課す必要があります。
交渉または訴訟への参加の機会の付与
1.で述べたように、権利者がユーザに対して権利行使をした後、ベンダに交渉あるいは訴訟への参加の機会が与えられることなく権利者・ユーザ間で和解交渉が進んでしまうと、ベンダの言い分が十分に反映されないまま和解等により紛争が解決され、その和解等の内容に基づいた金銭賠償義務がベンダに発生してしまうリスクがあります。
そこで、ベンダの立場からすると、ユーザに対して「交渉または訴訟への参加の機会の付与」を契約上の義務として課す必要があります。
紛争解決内容の決定権限の付与(意見申述の機会の付与)
システム開発を例にとると、ユーザは、開発対象であるシステムや開発成果(開発成果等といいます。)の内容・構造について十分に理解しているわけではありません。そのため、ユーザは、第三者から開発正課等が知的財産権を侵害しているとの理由で権利行使された場合、十分な反論をしないまま、権利者である第三者の主張に沿った条件での和解等に応じてしまう可能性があります。
また、開発成果等が第三者の知的財産権を侵害している場合であっても、契約において「ベンダに損害賠償請求ができる」と規定されていれば、ユーザは「損害はすべてベンダに請求すればよい」と考えて、権利者である第三者の主張を十分に吟味せずに第三者の主張を「鵜呑み」にして和解等に応じてしまう可能性もあります。
このように、①ユーザの知識不足、②ユーザの紛争解決に対するインセンティブの問題から、紛争解決内容(和解等の内容)にベンダが関わっていく必要があります。
このベンダによる紛争解決内容への関わりの程度が一番大きいのは「紛争解決内容の決定権限」をベンダが持つことです。
しかしながら、その紛争の当事者はユーザの場合が多いので、ユーザからすると、紛争解決内容の決定権限をベンダが持つことはさすがに了承できない場合が多いと思われます。
そこで、ベンダの立場からのセカンドベストは、紛争解決内容についてベンダが意見を申述する機会が与えられることを契約上規定し、さらに、そのベンダの意見を最大限尊重することをユーザに義務づける方法です。
また、別の案として、紛争解決内容の決定権限をベンダが持つことをユーザから拒否された場合、「ベンダが選任した弁護士を代理人としてユーザは紛争解決の手続を行わなければならない」と規定する場合もあります。
システム開発案件や知的財産権侵害案件は、技術的な知識や経験が必要な特殊な紛争類型になりますが、ユーザの顧問弁護士が必ずしもそういった経験があるとは限りません。特殊な紛争類型の経験がない弁護士がその紛争の交渉や訴訟を担当することによって発生するリスクは、小さくはありません。
そこで、ベンダが信頼し、かつ、特殊な紛争類型の知識・経験が多い弁護士を選任して紛争解決の手続を行う権限を持つことができれば、リスクを減らす可能性が高まります。
協力義務の履行
システム開発の場合などは、ベンダが開発した成果が別のシステムに組み込まれて利用されることがあります。
そのような場合、自社が開発した成果以外のシステムに関する情報がないと、ベンダは開発した成果が第三者の権利を侵害している可能性があるか否かの判断ができず、十分な防御を尽くすことができません。
そのため、ベンダとしては、ユーザに協力義務(情報の提供義務等)を課すことが必要になります。
補償の基準時
仮に、ベンダが開発した成果が第三者の権利を侵害しており、ユーザが補償請求できる場合であっても、「補償請求ができる時点」が明らかでなければ、ユーザ・ベンダの認識や事情の違いなどから、さらなる紛争の種になりかねません。
ベンダは、「紛争が終局的に終了し、補償額が確定した時点」をユーザが補償請求できる基準時として規定すべきです。他方、ユーザは、紛争の途中段階でも、その時点までに発生した弁護士費用などをベンダに対して請求したいと考えます。どちらのパターンにするかは、ユーザとベンダの力関係で決まる内容にはなりますが、最終的にベンダに補償義務があるかないか不明な点でベンダが費用負担をすることはベンダにとって過度の負担となるため、前者のパターンが合理的であると考えます。
バリエーションの検討
では、Ⅲで述べた共通事項をふまえて、Ⅱで紹介した第三者の知的財産権侵害における補償条項の三つのバリエーションを検討していきましょう。
賠償額等に上限を設定する
最初は、「賠償額等に上限を設定する方法」です。
この方法はシンプルに、ベンダが負う補償額に上限を設けて、「その金額以上に補償義務を負わない」として、リスクヘッジをする方法です。
上限とする補償額は、一般的には委託料(その契約の報酬額)を入れることが多いですが、「委託料の10%にする」といった業界慣行があるような業界もあり、その取引の実態に合った上限額を設定することが重要です。
賠償額等に上限を設定する場合の構成
▶ 前提条件
・ ユーザからベンダに対する遅滞なき通知
・ ベンダに交渉または訴訟への参加の機会を付与
・ ベンダに紛争帰結内容の決定権限(意見申述の機会)を付与
・ ユーザの協力義務の履行
▶ 補償の基準時
・ 紛争が終局的に終了した後
▶ 補償の対象
・ 成果/成果物が第三者の知的財産権を侵害した場合
▶ ベンダの主観
・ 故意・過失(軽過失の場合を含む)
▶ 補償の範囲
・ 委託料を上限
補償対象を著作権侵害に限定する
次は、「著作権侵害に限定する方法」です。
知的財産権には、特許権や意匠権などが含まれますが、特許権を例にとると、世界中の特許文献を調査し尽くして世界中のどの特許権も侵害しないことを確定させることは、事実上不可能です。
そのため、第三者の特許権の非侵害を保証することは、ベンダにとっては非常にリスクのある規定になります。このバリエーションは、ベンダのリスクヘッジの意味合いが強いものといえます。
他方、著作権の場合、著作権侵害になるための要件として、第三者の著作物に「依拠」したことが要件となっています。
この「依拠」とは、「既存の著作物をもとにして著作物を作成・利用したこと」と定義されており、その内容としては、既存の著作物の表現内容を認識して、自己の著作物に利用する意思をもって利用したことが必要とされています。
要するに、他人の著作物を認識して、その表現内容をマネした場合に依拠性の要件が認められ、著作権侵害になりうるということです。
「他人の著作物を認識」して、その表現内容を「マネ」するか否かは、その著作物を作成する人が注意さえすれば防ぐことができる要素です。
したがって、第三者の知的財産権侵害の補償条項の対象を著作権に限定した場合、ベンダ側が十分に注意さえしておけば、その補償条項が発動しないようにすることができるわけです。
補償対象を著作権侵害に限定する場合の構成
▶ 前提条件
・ ユーザからベンダに対する遅滞なき通知
・ ベンダに交渉または訴訟への参加の機会を付与
・ベンダに紛争帰結内容の決定権限(意見申述の機会)を付与
・ユーザの協力義務の履行
▶ 補償の基準時
・ 紛争が終局的に終了した後
▶ 補償の対象
・ 成果/成果物が第三者の著作権を侵害した場合
▶ ベンダの主観
・ 故意・過失(軽過失の場合を含む)
▶ 補償の範囲
・ 著作権侵害と因果関係のあるユーザに発生した損害(弁護士費用を含む)
故意(または重過失)の場合に限定する
最後は、「ベンダの“主観”を“故意または重過失の場合”に限定する方法」です。
成果が第三者の知的財産権を侵害していたとしても、その侵害の原因についてベンダに故意あるいは重過失がない限り、契約に基づく補償請求は発生しないという規定です。
ベンダ側からすると、「故意」に限定できればリスクヘッジの意味は大きいのですが、第三者の知的財産権を侵害している成果を故意でユーザに納入するケースはそう多くはありませんので、ユーザとの交渉の中で、落とし所として「故意または重過失」にすることが穏当な規定内容ではないかと考えます。
補償対象をベンダが「故意」または「重過失」のときに限定する場合の構成
▶ 前提条件
・ ユーザからベンダに対する遅滞なき通知
・ ベンダに交渉または訴訟への参加の機会を付与
・ベンダに紛争帰結内容の決定権限(意見申述の機会)を付与
・ユーザの協力義務の履行
▶ 補償の基準時
・ 紛争が終局的に終了した後
▶ 補償の対象
・ 成果/成果物が第三者の知的財産権を侵害した場合
▶ ベンダの主観
・ 故意の場合(または重過失の場合)(軽過失の場合は免責)
▶ 補償の範囲
・ 知的財産権侵害と因果関係のあるユーザに発生した損害(弁護士費用を含む)
→この連載を「まとめて読む」
内田 誠
iCraft法律事務所 弁護士・弁理士
京都大学工学部物理工学科卒業。AI、IT関連、特にディープテック分野における知財戦略構築、データビジネスの法務戦略構築、個人情報保護法等を専門とする。2017年12月経済産業省「AI・データ契約ガイドライン検討会」作業部会委員、2018年7月農林水産省「農業分野におけるデータ契約ガイドライン検討会」専門委員、同年10月特許庁「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」知財メンター、2019年10月「AMEDの研究成果に係るデータの取扱い検討会」委員。日弁連知的財産センター委員。