担当業務の棚卸しだけでは、自分固有の価値は見えてこない
前回は、AIによる業務効率化が進む中で、「これからの法務には、法律知識の量だけでなく、知識を用いて事業や組織にどのような価値をもたらすのかが問われるのではないか」と書きました。そして最後に、「その価値は具体的にどこから生まれるのか」という問いを提示しました。
今回は、この問いを、日々の仕事に引き寄せて考えてみたいと思います。
AIが知識の提供や定型業務を補完する領域が広がるとすれば、担当業務や専門知識を挙げるだけでは、「なぜその仕事を自分が担うのか」を十分に説明できなくなります。自分が組織に必要とされる理由は、必ずしも職務経歴や保有する知識の中に表れているわけではありません。むしろ、日々の仕事の中で無意識に行っている判断や働きかけ、周囲との関係の築き方など、本人にとっては当たり前の行動に、その人らしさが表れていることがあります。
こうした、本人にとっては当たり前の判断や行動を複数の経験から振り返り、それが誰のどのような課題に、どのように役立つのかまで考えることで、その人が相手や組織にもたらせる「固有の価値」が見えてきます。これは、ほかの誰にもない特別な能力という意味ではありません。
図表1 「自分固有の価値」を言語化するための4ステップ

その固有の価値を自ら認識し、言葉にすることは、単なる自己分析ではありません。AIの活用領域が広がり、仕事のあり方が変わっても、自分がどのように組織に貢献し、どのような役割を担っていくのかを考えるための基盤になります。
では、自分固有の価値を、日々の仕事の中からどのように見出し、言語化すればよいのでしょうか。
「自分は何によって組織に役立てるのか」と問われたとき、契約審査、コンプライアンス、知的財産、内部統制など、これまで担当してきた業務を思い浮かべる人は少なくないと思います。しかし、担当業務と、その人ならではの役立ち方は、必ずしも同じものではありません。
たとえば、同じ契約審査でも、複雑な法的論点を的確に整理する人もいれば、事業部門の意図をくみ取り、実現可能な選択肢を提示する人もいます。立場や利害の異なる関係者の間に入り、合意形成を促すことに力を発揮する人もいるでしょう。
図表2 「契約審査」で発揮できる価値

こうした違いは、「契約審査を担当している」という業務名からは見えてきません。自分ならではの役立ち方を見出すためには、その仕事において何に着目し、どのように行動し、その結果として相手や組織にどのような変化をもたらしたのかまで掘り下げる必要があります。
経験を「状況・行動・変化」に分解する
自分固有の価値を見つける作業は、決して複雑なものではありません。次の四つの段階で考えます。
① 経験を選ぶ:自分の働きかけが相手や組織の役に立ったと感じる経験を複数選ぶ。
② 分解する:それぞれの経験を「状況・行動・変化」に分ける。
③ 共通する行動とその背景を捉える:異なる経験にも繰り返し現れる、自分にとっては当たり前の判断や行動を見つけ、なぜその行動を繰り返してきたのかを振り返る。
④ 言語化する:その行動が、どのような状況で相手や組織に役立ち、どのような変化につながるのかを、自分固有の価値として言葉にする。
まず、これまでの仕事の中から、自分の働きかけが相手や組織の役に立ったと感じる場面を複数選びます。大規模なプロジェクトや目立った成果である必要はありません。自ら働きかけた仕事、難しい状況を前へ進められた仕事、特にやりがいを感じた仕事、あるいは自然と自分に相談が集まる仕事などを思い返してみます。
その際には、自分自身の評価だけでなく、周囲からの反応も手掛かりになります。どのような相談を持ちかけられることが多いのか、何を期待されて仕事を任されてきたのか、どのような点を評価されたのか。自分では当たり前だと思っている行動が、周囲から見ると特徴的であることも少なくありません。
次に、それぞれの経験を「状況」「行動」「変化」の三つに分けて振り返ります。
第一に「状況」。当初どのような状況にあり、何が課題だったのか。
第二に「行動」。その状況に対して、自分は何に着目し、どのような行動を取ったのか。
第三に「変化」。自分が関与する前後で、相手や組織にどのような変化が生じたのか。
たとえば、「契約審査を担当した」という事実だけでは、その人らしい判断や行動は見えてきません。しかし、その経験を、次のように分解すれば、その人が何に着目し、どのように働きかけたのかが具体的に見えてきます。
・ 状況:示された取引条件だけでは、取引の目的や許容できるリスクが分からない。
・ 行動:事業部門から取引の目的や背景を確認し、法的リスクを整理したうえで複数の選択肢を提示する。
・ 変化:関係者がリスクを理解し、事業として進むべき方向を判断できるようになる。
図表3 「契約審査」を「状況」「行動」「変化」に分解する

ここで重要なのは、「何をしたか」だけでなく、「その結果、何が変わったのか」まで確認することです。
法務がもたらす変化は、必ずしも売上や利益のような数字に表れるとは限りません。法的論点と事業上の選択肢が整理され、経営や事業部門が判断できるようになった。問題が顕在化する前に相談が寄せられるようになった。複数部門の認識がそろい、案件が前へ進んだ。属人的だった対応が、組織として継続できる仕組みに変わった。このような状態の変化にも、法務がもたらした価値は表れます。
複数の経験から「繰り返している行動」を探す
一つの経験を分解しただけでは、そこで見つかった行動が、自分に繰り返し現れるものなのかは判断できません。たまたま環境や周囲に恵まれた結果である可能性もあるからです。
そこで、複数の経験を同じ方法で分解し、異なる業務の中で自分が繰り返している行動を探してみます。たとえば、複雑な情報を構造化しているのか。相談者との対話を通じて、表面上の相談の背後にある課題を捉えているのか。異なる利害を調整しているのか。複数の選択肢を示して意思決定を支えているのか。それとも、曖昧だったものを制度や仕組みとして具体化しているのか。
異なる仕事であっても同じような行動が繰り返され、その行動によって一定の変化が生じているのであれば、そこに環境や役割が変わっても表れる、その人らしい行動の特性が見えてきます。
「なぜその行動を繰り返すのか」を振り返る
複数の経験に共通する行動が見えてきたら、次に、なぜ自分はそう行動してきたのかを振り返ります。その手掛かりの一つが、「価値観」です。
同じ状況に直面しても、何に関心を向け、何を課題と捉え、どのような役割を引き受けるかは、人によって異なります。そうした選択の積み重ねに、その人の価値観が表れます。
たとえば、明確な答えのない課題に自然と関心が向く人は、変化や挑戦を重視しているのかもしれません。関係者の話を聞き、それぞれの考えをつなごうとする人は、対話や協働を大切にしている可能性があります。問題点を指摘するだけでなく、運用可能な解決策まで考えようとする人は、現実に機能する状態をつくることを重視しているのでしょう。
ただし、先に「自分はこのような人間である」と決めつけ、そこから過去の行動を説明しようとしても、自分固有の価値の言語化に十分な説得力は生まれません。まず、複数の経験で実際に繰り返してきた行動を捉えたうえで、なぜその行動を繰り返してきたのかを振り返ることが重要です。
具体例——私自身の経験から見えてきたもの
私自身も、この方法でこれまでの経験を振り返ってみました。法務部門の立ち上げ、職務発明制度をはじめとする知的財産に関する仕組みの整備、グループ会社の規程や制度の設計、自社製品の保証条件の明確化など、携わってきた業務はそれぞれ異なります。しかし、「状況・行動・変化」に分解すると、そこには共通点がありました。
・ 状況:明確な答えや既存の仕組みがない。
・ 行動:目的と課題を捉え直し、必要な情報を集め、立場の異なる関係者との対話を通じて論点を整理する。そのうえで、構想や提案にとどめず、実務として定着させ、継続的に機能する制度や仕組みへと具体化する。
・ 変化:形のなかった構想が制度や業務プロセスとして具体化され、組織の中で実際に動き、継続的に機能する状態になる。
・ 手掛かりとなった価値観:未知の領域や変化に触れ、自ら構想する余地のある仕事にひかれること。既存の前提にとらわれずに考えること。異なる立場の人との対話を通じて、新しいものを生み出すこと。
振り返ってみると、私は、既に確立された仕組みを運用すること以上に、いまだ形のないものを構想し、それが制度や業務プロセスとして具体化され、組織の中で実際に動き始めることに、やりがいを感じてきたように思います。
このように、価値観を手掛かりに行動の理由まで振り返ることで、共通する行動を、より納得感のある自分らしい言葉で捉えられるようになります。
行動がもたらす変化を、固有の価値として言語化する
自分に繰り返し現れる行動を見出したら、最後に、その行動がどのような状況で相手や組織に役立ち、どのような変化につながるのかを、固有の価値として言語化します。
その際、「調整が得意である」「論点整理ができる」「コミュニケーション能力が高い」といった表現では、それによって相手や組織にどのような変化がもたらされるのかは伝わりません。
たとえば、「利害調整が得意である」ではなく、「複数部門の利害が対立する場面で、それぞれが重視する要素を整理し、共通の判断軸を示すことで、組織として意思決定できる状態をつくる」と表現すれば、自分の行動が相手や組織にどのように役立つのかが明確になります。
つまり、固有の価値を言語化するときは、次の問いに答えられるところまで具体化することが重要です。
「私は、どのような状況において、どのような行動を取ることで、相手や組織にどのような変化をもたらすことができるのか」
たとえば、私自身についても、先ほどの経験から見えてきた共通する行動と固有の価値を、次のように整理できます。
「明確な答えや既存の仕組みがない状況において、目的と課題を構造化し、異なる立場の人や情報をつなぎながら、実務として定着させ、継続的に機能する制度や仕組みへと具体化すること」
ここで大切なのは、自分を魅力的に見せる言葉をつくることではありません。過去の行動によって裏づけられ、異なる場面でも再現できる形で、自分が相手や組織にもたらす変化を説明することです。
ある人は、複雑な法的論点を整理し、関係者が判断できる状態をつくることを、固有の価値として捉えるかもしれません。別の人は、相談しやすい関係を築き、問題が顕在化する前にリスクを把握することを、固有の価値として捉えるかもしれません。事業部門と同じ目線で選択肢を検討し、適切なリスクテイクを支えることを、固有の価値として言語化する人もいるでしょう。
誰かの表現を模倣する必要はありません。重要なのは、自分が繰り返してきた行動と、その行動によって相手や組織にもたらしてきた変化を、自分自身の言葉で捉え直すことです。
自分固有の価値を見つけた、その先へ
AIが知識の提供や定型業務を補完する領域が広がる中では、「何を知っているか」「何を担当してきたか」だけで、自分が組織に必要とされる理由を説明することは難しくなります。だからこそ、自分の過去の経験を振り返り、自分が繰り返してきた行動を見出し、その行動が現在の相手や組織のどのような課題解決に役立つのかを、自分の言葉で説明できるようにしておく必要があります。
もっとも、自分固有の価値を言語化しただけで、周囲からの見え方や任される役割が直ちに変わるわけではありません。自分がその価値を認識していても、周囲に認識されていなければ、新たな仕事や役割にはつながりにくいからです。その価値を周囲に伝えるとともに、その言葉と一貫した行動を積み重ねることで、初めて「この課題であれば、この人に相談したい」と思ってもらえる状態が生まれます。
では、言語化した自分固有の価値を、どのように周囲へ伝え、日々の仕事やキャリアの新たな機会につなげていけばよいのでしょうか。
次回は、言語化した「固有の価値」をセルフブランディングにつなげ、発信と行動を通じて、自分が担いたい役割や新たな仕事の機会を生み出していく方法について考えてみたいと思います。
→この連載を「まとめて読む」
源川 佳世
株式会社ナ・デックス 法務部 部長
リバプール大学生物科学部、中央大学法学部卒業。食品メーカーで新規開拓営業・マーケティング業務を経験後、株式会社ナ・デックスへ入社。法務部門の立ち上げを担い、契約、知財、グループガバナンス、コンプライアンス体制の構築に従事。現在はAI活用による業務変革を進めるとともに、事業部門と連携した新規事業創出プロジェクトやM&A・アライアンスの推進に携わり、事業と法務をつなぐ役割を担っている。趣味:キックボクシング。