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AIの台頭で法務の役割はどう変わるか

生成AI(以下「AI」という)の普及によって、法務を取り巻く環境は大きく変わり始めています。契約書の一次レビュー、法令調査、社内規程のドラフト作成、議事録の要約——こうした業務は、以前と比べて圧倒的に短時間で実施できるようになりました。私自身も日々の業務でAIを活用していますが、「数年前であれば数時間かかっていた作業が数十分で終わる」という場面は珍しくありません。今後この流れはさらに加速していくことは疑いの余地がないと思っています。

では、AIによる業務効率化が進んだとき、法務担当者に求められる役割はどのように変化していくのでしょうか。この問いは、法務という職種の将来を考えるうえでも避けて通れないものだと思っています。なぜなら、AIの台頭は、法務の業務内容だけでなく、法務に期待される役割そのものを変え始めているように見えるからです。

企業法務担当者向けのセミナーや懇親会に参加すると、最近はどこへ行ってもAIの話題が出ます。その中で印象的だったのが、ある企業の法務担当者の方から伺った話です。その企業では、「将来的に法務部門の体制そのものを見直し、自ら意思決定ができるメンバー数名を残して、その他のメンバーは事業部門へ配置するような構想も議論している」といいます。

従来、法務部員が行っていた契約書レビューをAIツールで効率化することで、事業部へ配属された法務部員が直接事業を推進するための施策を検討することができる。また、法的素養のある人材が事業部に配置されることで、事業部レベルで適切なリスク判断を迅速に行えるようになり、ビジネスの推進スピードを加速させることができる。そんな変化が期待できそうだと思いました。

当社では、もともと少数精鋭で業務にあたっているため配置転換まではありませんが、AIツールによる業務効率化で創出された時間を新規事業案創出プロジェクトの起案・推進に充てるなど、より事業に直結したクリエイティブな業務の割合を増やしています。もちろん、すべての企業が同じ方向へ進むとは限りません。ですが、少なくとも、AIによる変化は単なる業務効率化にとどまらず、法務組織のあり方そのものを見直す議論に発展し始めています。

このような背景の中で、今回のコラムを通してみなさんと考えてみたいのは、「私たち法務は何によって価値を生み出し、事業に貢献しているのか」という問いです。

私は、新卒で食品メーカーに入社し、新規開拓営業・マーケティング業務に従事しました。その後、株式会社ナ・デックスで法務部門の立ち上げを担い、契約業務のほか、知財戦略立案支援、グループ会社の規程・制度設計、コンプライアンス推進、内部通報制度の構築・運営などに携わっています。営業・マーケティング時代に培った「新たな販売チャネルや販促手法を構築する経験」「前例のないものを企画し、関係者を巻き込みながら形にする力」は、法務部門の立ち上げや新たな制度・仕組み作りに取り組む現在の業務にも通じるものがあります。

法務という仕事は、長い間、法律知識や実務経験を中心に評価されてきました。契約書レビュー・締結を通じて取引プロセスの一部を担うこと自体に一定の価値があり、その点は今後も変わらないかと思います。しかし、AIによる効率化が進む中で、こうした定型業務の価値は希薄化され、前述のような組織改革に踏み切る企業が増えることが予想される中で、私たちはこれまで以上に、「自分は何によって組織に貢献しているのか」という問いに向き合う必要があるのではないでしょうか。

法務の価値が発揮される場面とは

私はこれまで企業法務としてさまざまな案件に携わってきましたが、振り返ってみると、法務として最も価値を発揮できたと感じる場面は、契約書のレビューをしているときではありませんでした。

以前、海外子会社で新たな事業スキームを検討した際、現地規制との整合性を慎重に確認しながら進める案件に携わったことがあります。
その際に求められたのは、事業として実現したいことを前提に、規制上の要請をどのように事業の運用へ組み込むかという検討でした。そのため、現地の業務フローや決裁プロセス、実際の運用状況を一つひとつ確認しながら、事業として成立し得る形を模索していく必要がありました。

それは単なる制度設計の作業ではありませんでした。必要な確認や運用変更は、現地側にとって決して負担の小さいものではなく、短期間で検討を進めなければならない中で、現場との間に温度差が生じる場面もありました。

だからこそ、一方的に正論を示すのではなく、なぜその対応が必要なのかを繰り返し説明しながら、本社として譲れない点と現地実務として受け入れ可能な点を丁寧にすり合わせていきました。必要な確認は妥協しない。しかし現場が動かなくなる解決策にも意味はない。その緊張関係の中で関係者との対話を重ねながら、事業として前に進める形を探り続けたのです。

結果として、必要な統制を確保しながらも現場で運用可能な形へと落とし込み、短期間で事業を進めるための体制を整えることができました。

今にして思うと、この案件で求められていたのは法律知識そのものではなく、法律知識を前提に、事業の実態を理解し、利害や優先順位の異なる関係者の間に入りながら、現実に機能する仕組みを形にしていくことでした。

法務の価値は、条文を解釈することだけではなく、法律という共通言語を使って組織の意思決定を支え、事業を実現可能な形にしていくところにある——私はこの案件を通じて、そう実感しました。

会社としてどのようなリスクを取るべきか。どこまで挑戦できるのか。重大なトラブルに直面したときに、組織として何を優先して判断すべきか。そうした局面で経営陣や事業部門と向き合い、意思決定を支援していくには、事業の背景、経営陣の考え方、株主や取引先への影響、現場が抱える事情といった要素を踏まえながら、複数の選択肢を整理し、組織として進むべき方向を考える力が求められます。

法務担当者は日々、事業部門や経営陣、時には社外の関係者とも向き合いながら仕事をしています。その中で求められているのは、単に法的な正解を示すことだけではありません。経営や事業の課題を法的な観点から読み解き、逆に法的な論点を事業や経営の言葉に翻訳して伝えること。異なる立場や利害を持つ関係者の間に入り、現実的な落としどころを探ること。そして、何か問題が起きたときだけではなく、「まず法務に相談してみよう」と思ってもらえる信頼関係を築くことも重要な役割です。

もしそうだとすれば、AI時代に問われるのは、「どれだけ法律を知っているか」だけではなく、「その知識を使って事業や組織にどのような価値をもたらしているか」ということになります。この力こそが、法務の価値を左右する要素になっていくのでしょう。

では、その価値は具体的にどこから生まれるのでしょうか。
次回は、AI時代における法務の付加価値について、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。

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源川 佳世

株式会社ナ・デックス 法務部 部長

リバプール大学生物科学部、中央大学法学部卒業。食品メーカーで新規開拓営業・マーケティング業務を経験後、株式会社ナ・デックスへ入社。法務部門の立ち上げを担い、契約、知財、グループガバナンス、コンプライアンス体制の構築に従事。現在はAI活用による業務変革を進めるとともに、事業部門と連携した新規事業創出プロジェクトやM&A・アライアンスの推進に携わり、事業と法務をつなぐ役割を担っている。趣味:キックボクシング。