はじめに
近年、「経済安全保障」という概念が、企業法務において急速に存在感を高めている。その背景には、米中対立の激化、ロシアによるウクライナ侵攻、サプライチェーンの分断と再構築といった地政学リスクの高まりがある。このように安定的な世界秩序の揺らぎが進む中、各国において、安全保障を経済と一体と捉えて自国産業を中心に据えた産業政策を打ち出しており、従来は国家レベルの問題と認識されがちであった安全保障は、今や経済活動に関連する問題として捉えられている。
いうまでもなく、経済活動の主体は企業である。かかる企業の経済活動が安全保障の観点から影響を受ける場合としては、近年のホルムズ海峡封鎖による石油製品の調達難といった自社のサプライチェーンの不安定化から、各国の輸出管理規制や制裁規制の強化に伴うグローバルレベルでの取引・企業活動の制限まで幅広い。そのため、企業の法務部門は単なる法令遵守の枠を超え、事業戦略やリスクマネジメントの観点から経済安全保障を理解したうえで、対応することが求められている。
本連載では、企業法務担当者が押さえるべき経済安全保障法制の実務ポイントを解説する。第1回では、その前提として、そもそも経済安全保障という概念をどのように理解するか、また、我が国における経済安全保障に関連する法制度の全体像の理解や、自社において整理すべき影響範囲の把握について、焦点を当てる。
法令・政策から読み解く経済安全保障
現時点で、我が国には「経済安全保障」を定義した法律はない。
我が国において、「経済安全保障」という言葉が法律上本格的に登場したのは、2022年に成立した経済安全保障推進法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和4年法律第43号))だが、同法にも経済安全保障の定義は置かれておらず、目的規定において「安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進すること」とあるにとどまる(経済安全保障推進法1条)。
では、そもそも「経済安全保障」について、どのように理解すべきであろうか。
経済安全保障という概念は、2022年の国家安全保障戦略において、「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保すること」注1)として登場している。また、外務省も、安全保障と経済を横断する領域でさまざまな課題が顕在化しており、安全保障の裾野が急速に拡大する中で、「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を講じ確保することが経済安全保障」であると位置づけている注2)。さらにこれ以前にも、経済安全保障やそれに類する考え方は登場していた。たとえば、2019年3月の経済産業省の産業構造審議会の総会では、「従来の安全保障と一体となった経済施策の必要性」が言及され注3)、同審議会の通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会の2019年10月8日の中間報告においても、安全保障と一体となった経済政策を具体的に進めるうえでの方策について言及されている注4)。
国際的には、2023年5月のG7広島サミットにおける、「経済的強靭性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」において、「重要・新興技術の流出防止による国際の平和及び安全の保護」等の文脈で経済安全保障という言葉が登場している注5)。
このような言及の背景には、グローバル化や技術革新の進展に伴い、米中対立をはじめとした経済活動に関わる各国の競争がもはや単なる通商摩擦や経済力競争にとどまらず、各国の覇権争いに関わる様相となり、各国の安全保障を確保する手段として伝統的な軍事防衛分野と経済活動の境界が曖昧となりつつあることがあるだろう。そのため、各国は、自国の覇権を獲得し、あるいは他国に覇権を奪われない観点から、防衛分野のみならず経済活動の面からも自国の安全保障を確保する必要性に迫られており、これに対応する取り組みを総称して経済安全保障と捉えているのではないかと考えられる。
経済活動別に見る関連法制度
では、安全保障を経済活動の面からも確保するというのは具体的にどういうことだろうか。前提となる経済活動の捉え方もさまざまであるが、経済活動ごとにどのような法制度・施策があるかを考えると、理解しやすいのではないかと思われる。経済安全保障に関連する経済活動としては、たとえば以下のような類型が含まれる。
① 物に関する活動
製品やその原材料・部品等の製造、製品や原材料・部品等の製造を支えるエネルギー資源の調達、製品やその原材料・部品等の輸出入などを含む国内外の取引
② インフラに関する活動
インフラの設備の確保やインフラの安定的な稼働
③ 技術に関する活動
先端技術を含む技術の開発・提供
④ 人の移動に関する活動
技術・ノウハウを持つ従業員の海外派遣や技術指導、外国人人材の登用
⑤ 資本・投資に関する活動
外国投資家による日本企業への投資、日本企業による外国企業への投資
⑥ データに関する活動
個人情報を含むデータの収集・利用、国内外への提供
日本では、これらの経済活動について、経済安全保障推進法をはじめとして、複数の法令・制度が重層的に適用されている。筆者が理解する、それぞれの活動に関連する主要な法令は、図表1のようなイメージである。
図表1 経済活動ごとの経済安全保障関連法令
| 関連法令 | ① | ② | ③ | ④ | ⑤ | ⑥ |
| 経済安全保障推進法 (特定重要物資の安定供給支援、基幹インフラ防護、先端技術開発支援、特許非公開制度) |
● | ● | ● | |||
| 外国為替及び外国貿易法 (安全保障貿易管理、投資管理、支払管理) |
● | ● | ● | ● | ||
| 不正競争防止法 (営業秘密の保護) |
● | ● | ||||
| 個人情報保護法 (個人情報の保護) |
● | |||||
| サイバーセキュリティ基本法、不正アクセス行為の禁止等に関する法等(サイバーセキュリティ) | ● | ● | ● |
各主要法令に加え、産業ごとに適用のある個別法令において、外資規制が定められていたり、個別法令ごとに事業者自身に事業活動への防護義務を課したりするものもある。たとえば、図表2、図表3のような法令である。
図表2 外資規制等や内外無差別規制などがある個別法
| 外資規制等のある個別法令 | |
| NTT法(日本電信電話株式会社等に関する法律) | 外資比率:1/3未満(かつ、1/3以上を政府が保有) |
| 放送法 | 外資比率:20%未満(認定基幹放送事業者等) |
| 電波法 | 外資比率:20%未満(基幹放送局提供事業者等) 無線局免許:外国人・外国法人等について一定の欠格事由あり |
| 航空法 | 外資比率:1/3未満(日本航空運送事業者・日本籍航空機登録) 航空運送事業の許可:外国人等による3分の1以上の支配がある場合は取得不可 |
| 貨物利用運送事業法 | 外資比率:1/3未満(第一種貨物利用運送事業・第二種貨物利用運送事業のうち、航空機を利用した国内貨物の利用運送事業など) |
| 内外無差別規制のある個別法 | |
| 銀行法 | 一の株主による議決権比率:20%を超える場合は認可必要(銀行・銀行持株会社) かつ、5%超の株主は届出義務 |
| 保険業法 | 一の株主による議決権比率:20%を超える場合は認可必要(保険会社・保険持株会社) かつ、5%超の株主は要届出 |
| 金融商品取引法 | 一の株主による議決権比率:20%未満(金融商品取引所・金融商品取引所持株会社) かつ、5%超の株主は要届出 一の株主による議決権比率:20%/50%となる場合はそれぞれ要届出(第一種金融商品取引業者、投資運用業者) |
| その他(法令上の外資規制や内外無差別規制はないものの、事実上外資の参入障壁があると考えられる法律) | |
| 農地法 | 農地取得に対する制限あり(農業を行うものでなければ農地の取得は不可。農地所有適格法人も役員・議決権要件あり) |
| 外国人漁業の規制に関する法律 | 外国人・外国法人による、本邦の水域における漁業、水産動植物の採捕、採捕準備行為又は探査の禁止 |
図表3 事業者自身に防護義務等が課されている個別法
| 事業者自身に防護義務等を課す個別法 | |
| 電気事業法 |
・電気工作物の維持義務・技術基準適合義務(発電・送電・変電設備について、国の技術基準に従って安全状態に保つ義務) ・託送供給義務(一般送配電事業者) ・保安規程の策定義務および国の認可(点検体制や緊急時対応などの組織的な防護義務)重大事故の国への報告義務 |
| ガス事業法 |
・ガス工作物の技術基準適合義務(ガス設備について、国の技術基準に従って安全状態に保つ義務) ・託送供給義務(一般ガス導管事業者) ・保安規程の策定義務および国の認可 ・重大事故の国への報告義務 |
| 電気通信事業法 |
・通信の秘密の保護 ・電気通信役務を適切かつ安定的に提供する義務、利用者の不当差別の禁止 ・電気通信設備の技術基準的業義務 ・管理規程の策定および国への届出 ・重大事故(通信の秘密の漏洩等)の国への報告義務 |
| 水道法 |
・水道施設の維持管理義務 ・水質や施設の基準適合義務 ・給水義務 ・水道事業者による水質検査 |
| 鉄道事業法 |
・鉄道施設(線路・信号・駅等)の国による検査、車両の国による確認 ・鉄道施設の技術基準適合義務 ・安全管理規程の策定および国への届出 ・重大事故の国への報告義務 |
| 海上運送法・船舶安全法 |
・船舶・運航の安全確保義務 ・定期・臨時の船舶の検査を受ける義務 ・安全運航義務 |
また、これら国内法令に加え、特に外国が関係する取引においては、当該外国において適用される法令が日本企業にも適用されることに、注意が必要となる。
経済安全保障法制の影響範囲の整理
上記のとおり、経済安全保障に関わる法制度・施策は、さまざまな切り口から捉えることができる。また、経済安全保障推進法に代表されるように、経済安全保障に関わる法制度・施策は規制一辺倒ではなく、その中に事業者に対する支援や保護も含まれている。
そのため、各企業にとっては、各法制度・施策が平時・有事において、自社のどの事業活動に対しいかなる影響を及ぼしうるかを把握し、必要に応じた備えを構築するとともに、戦略的に活用することで、自社の事業活動を保護するのみならず、国内外における競争力を獲得する契機となると考えられる。たとえば、近年は各国において輸出管理規制が拡大されており、また海峡閉鎖等の地政学リスクも実際に発生しているが、これらを踏まえ自社のサプライチェーンを多様化し、特定国・地域に依存しない取り組みは重要である。そのためには、調達の複線化、他地域における在庫の確保、代替品の模索や新たな技術開発などの対応策が考えられ、新たな生産拠点や技術開発等を検討するにあたり、経済安全保障推進法に定める各種支援策を活用することも考えられる。
このような、経済安全保障を巡る環境を踏まえたリスク対応の必要性については、コーポレートガバナンスコード改訂案にも言及されており、「取締役会の役割・責務」の項目において「サイバーセキュリティリスク、国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク及び技術等の情報流出リスクへの対応等も、収益機会にもつながり得るものとして、リスク管理体制を整備する際の考慮事項に含まれ得るとともに、そうしたリスクへの対応等が適切に行われるべき」とされている注6)。
影響範囲の把握も事業者の事業規模や事業内容によりさまざまであると考えられるが、たとえば以下のようなプロセスが考えられる。このように、自社事業および適用法令の整理をする作業は、M&Aや投資の際に、対象となる企業や事業の価値とリスクを詳細に調査・分析するプロセス(いわゆるデューデリジェンス)にも共通する部分があると思われる。
自社事業の把握
・グループ会社を含めたグループ全体の自社事業の把握
① 産業別の分類
② 研究開発・製造・販売といった事業段階や、サプライチェーン上の位置づけ(上流・下流)の分類
③ 国内外の子会社・工場がある場合は、これらの事業内容や自社事業やサプライチェーンにおける重要性
自社事業に関わる法制度・政策の整理
・許認可、届出、登録などが必要な事業の有無や内容、適用法令、適用を受ける範囲(全社レベル、事業レベル、子会社の有無等のレベル感)の把握
① 許認可等の強度、当該許認可等の事業へのインパクト
② 当該許認可等に関連する事業の重要性(事業規模のみならず、国内外のシェア、技術の機微性等)
③ 補助金、税制優遇などの政府支援の有無や内容
・許認可等ではないものの、その他、事業上適用または適用可能性のある法令の把握
① インフラに関連する事業で事業者に一定の義務が課されているものの有無や内容
② 営業秘密/個人情報の取扱いの有無や規模
③ 対外取引・支払等における外為法等に基づく個別の取引・支払に対する許可や、当局への事前届出、事前報告等の有無
④ 直接の法規制の適用はないものの、経済安全保障等の文脈で戦略物資等に指定されている物資やそのサプライチェーン上の製品の製造等の有無や内容
・事業上、適用のありうる外国法令や影響を受ける地政学リスク等の整理
① 米国の輸出管理規制(EAR)、財務省外国資産管理室(OFAC)規制
② 中国の輸出管理規制
③ その他、子会社・工場の所在国・地域において適用される輸出管理等の規制の有無や内容、これらの改正動向
④ (法令ではないものの)上記のほか、自社事業が影響を受ける地政学的事象の有無や内容(海峡を含むシーレーンの封鎖、国際的・非国際的武力紛争等)
規制・支援の強度に応じた影響分析
自社事業に適用のある法令等を整理すると、各事業において規制や支援を受ける強度に応じて、自社事業への影響を整理することで、自社事業が経済安全保障の文脈で影響を受ける範囲や影響の大きさをより把握しやすくなると考えられる。
インフラ産業や製造業の範囲は非常に広汎であるため厳密な整理は困難であるが、現時点における規制の強度や支援の大きさを大まかに整理するとすれば、以下のような整理もありうる。
① 公共財として政府による管理・統制が強い分野
基幹インフラ、公共IT基盤、コアとなる通信・IT・データ、金融インフラ 等
② 技術・投資等の管理と併せて、政府が戦略的に産業政策を進める分野
経済安全保障推進法上の特定重要物資、宇宙・防衛、AI/量子、バイオ 等
③ (相対的に管理度合いは低めだが)政府として安定供給等を支援する分野
(②以外の)医薬品、食料、再エネ発電 等
④ 相対的に自由な競争市場
一般製造業、消費財、流通・小売、非戦略IT 等
⑤ 外国法令等における影響を受ける分野
各国において経済安全保障の文脈で規制・支援等が進められている分野
(特に①~③の分野がある場合は注意が必要)
また、特に上記の②や③に関連して、経済安全保障の文脈で重要な物資・技術の把握においては、経済産業省が公表する「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン(再改訂版)」の図も参考になる(図表4)。
図表4 経済安全保障上重要な物資・技術

出典:経済産業省「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン(再改訂版)」(2025年5月30日)17頁図表7
おわりに
上記のとおり、経済安全保障という概念自体が幅広く、国際情勢等の影響を受けて変動しうるものであることから、経済安全保障の文脈で把握しておくべき適用法令の範囲や自社事業への影響は、思いのほか広範である。だからこそ、自社において注視すべき法令や事業分野を的確に選択し、コンプライアンスや安定的な事業運営に活かしていく判断が不可欠であると考える。
第2回以降では、各主要法令の内容や最新動向をご紹介するとともに、法務の観点からで企業が把握すべきポイントや対応策等も解説していく。
→この連載を「まとめて読む」
- 「国家安全保障戦略」(令和4年12月16日閣議決定)VI.2(5)26頁。[↩]
- 外務省ウェブサイト「経済安全保障の強化」および「経済安全保障の取組」(最終検索日:2026年6月24日)。[↩]
- 第24回産業構造審議会総会(2019年6月3日)資料2「既存秩序の変容と経済産業政策の方向性」(議論用)」10頁。[↩]
- 産業構造審議会通商・貿易分科会安全保障貿易管理小委員会中間報告(2019年10月8日)1.2(3頁)(最終検索日:2026年6月24日)ほか。[↩]
- 「経済的強靱性及び経済安全保障に関するG7首脳声明」(2023年5月20日)。[↩]
- 金融庁及び東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~(改訂案)」原則4-4(32頁)。[↩]
福冨 友美
弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士
07年早稲田大学法学部卒業。10年早稲田大学法科大学院修了。19年Northwestern Pritzker School of Law修了(LL.M.)。20年Herbert Smith Freehills(東京オフィス)にて実務研修。22年12月~26年3月まで、経済産業省貿易経済安全保障局安全保障貿易管理課において任期付公務員として勤務。主な取扱分野は、外為法(投資管理・安全保障貿易管理)・経済安全保障推進法、M&A、コーポレートのほか、経済安全保障に関する国内外の各種規制・政策に対する助言・対応も広く行っている。
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