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多層化するグループ管理と経済安保リスクへの備え

近年、地政学リスクの高まりは、輸出管理や経済制裁の域外適用を通じて、企業グループ全体の取引構造に影響を及ぼしている。同時に、中国における対抗的規制やデータ規制の強化、各国で進むサイバーセキュリティや個人情報保護法制の高度化などにより、“どの国の法令を優先すべきか”はより先鋭化している。しかし、企業の限られたリソースで、国内外の法改正を網羅的に把握し対応することは簡単ではない。山下総合法律事務所代表の山下聖志弁護士は、問題の前提として「企業活動のグローバル化が複雑な重層構造を生んでいる」と指摘する。
「管理体制の整備として難しいのは、グローバル事業における各グループ会社の位置づけが一様ではない点です。日本本社が直接の取引当事者となるケース、現地子会社が当事者となるケース、親会社が取引に介在するケースなど、実態はさまざまです。加えて、子会社の設立・取得経緯や親子会社間の関係性によっても、管理上の関与度合いや裁量の範囲は大きく異なります。“グローバルコンプライアンスのしくみ作りにあたって親会社がどの程度直接管理し、どの程度子会社に委ねるのか”という問いに対する答えは、ある程度重層的にならざるを得ません。体制構築の判断基準は、親子会社間の関係性という実態と切り離せないのです」(山下弁護士)。
そんな状況の中、現在の実務で基本とされているのが、リスクの濃度で対応の厚さを調整するリスクベース・アプローチだ。
「そのためには、高リスク分野・事業・地域を的確に把握することが出発点です。今はまさに経済安全保障の領域がそれにあたるでしょう。米中間の地政学的緊張は、近年、“貿易・投資規制”という形で表面化し、日本企業は米国の輸出管理規制や対中投資規制の適用を受ける一方、中国との取引関係も維持しなければならないという、いわば両国の規制に挟まれた立場に置かれています。これは日本企業に固有の経営リスクとして認識されるものであり、自社のグローバルビジネスを推進するため、いかに優先順位をつけて対処していくかがポイントです」(山下弁護士)。

山下 聖志 弁護士

OFAC規制の落とし穴と日本企業がとるべき対応

輸出管理規制では、特定のテロ組織や制裁対象国・地域との取引を禁止し、資産凍結などの措置を講じる米国のOFAC(財務省外国資産管理室)規制が重要だ。「米国に拠点を持たない日本企業も無関係ではない」と語るのは、大手都市銀行での8年の勤務経験後に弁護士に転身した田邉美樹弁護士だ。
「米国以外の第三国との取引であっても、取引・商流の経路において、一部でも米国との接点(いわゆる“U.S. Nexus”)が生じた場合には問題になり得ます」(田邉弁護士)。
注意すべきは主に次の3点だという。1点目は“米ドル建て決済を行う場合”で、必ず米国の銀行または米国内に拠点を置く外国銀行を経由することから、取引先が制裁対象に含まれていれば違反となる。2点目は“取引の対象製品に米国製品や部品等が含まれている場合”である。特に精密機器の場合、米国製の部品が含まれていることが多く、規制の対象となる。3点目は“輸送手段や積出し港”だ。米ドル建て以外の取引も、使用する船舶の船籍や積出し港が制裁対象国・地域に該当する場合がある。さらに、エンドユーザーについても注意が必要である。直接の取引相手が制裁対象ではなくとも、物品の最終使用者が制裁対象国にいる場合もあろう。輸出先でさらに転売されるケースは、その最終到達先まで確認が必要とされる。さらに日本企業を悩ませるのは、直接・間接を問わず、制裁当事者から50%以上の出資を受けている者も制裁対象者とみなす“50%ルール”である。
「取引の全体像を把握するのは、大企業でも容易ではありません。商社を介した取引であれば、エンドユーザーまでは把握しにくく、通関業者や乙仲(海上輸送業者)に輸送を委託した場合も、積載船を自社で確認できているケースは多くありません。精密機器を輸出する際に自社製品に部品として米国製の半導体が組み込まれていたことから規制に抵触したケースや、輸入食品の原産地が制裁対象国であったというケースも報告されており、“自社の業種は安全である”と言い切れる分野は、ほとんどないと考えるべきです。また、軍事転用の可能性がある製品や技術については別途EAR(米国輸出管理規制)も適用される点についても注意が必要であり、事前のリスク評価と慎重な対応が求められます」(田邉弁護士)。
万一規制に違反した場合の影響は、契約上の問題にとどまらない。日本の金融機関も、コンプライアンス遵守と各国の経済制裁措置への対応の観点から、取引企業のOFAC規制違反について目を光らせている。
「各金融機関は、取引企業のコンプライアンス体制審査を厳格化しています。制裁対象国等との取引が疑われる場合、融資契約の条項に抵触し、期限の利益を喪失する可能性があるほか、取引関係の継続そのものの見直しにまで発展するおそれもあります。このほか、事務上の問題として、海外送金の手続において銀行が求める情報を提示できなければ、送金が止まり、取引が滞るリスクもあります」(田邉弁護士)。
実際の相談では“この取引は問題ないか”というシンプルな内容から始まることが多いという。
「“子会社の取引について親会社としてどこまで管理責任を負うか”というガバナンス問題に発展するケースや、金融機関への説明資料の準備・確認など、実務的な検討を要するケースもあります。OFAC規制対応は米国弁護士との連携が欠かせない場面も多く、相談者のご認識より大きな問題をはらんでいることが多いのが特徴です」(田邉弁護士)。
とはいえ、現場担当者に基本的な知識がなければ、問題意識も生まれない。
「まずは海外取引に関わる部門の担当者に向けて、法務への相談要否についてアンテナを働かせるための最低限の判断軸を身につけてもらう研修が有効です。全取引に同等のリソースをかけるのではなく、深刻な問題につながりやすい取引類型を優先的に選択する体制を整えることが現実的な対応といえます」(田邉弁護士)。

田邉 美樹 弁護士

内部通報体制の再整備がグローバルで急務となる理由

経済安全保障のほか、昨今の米国の動向で日本企業が注視すべきものとして浮上しているのが、DOJ(米国司法省)やDOJ反トラスト局とUSPS(米国郵政公社)の連携による通報報奨パイロットプログラム(Whistleblower Awards Pilot Program)だ。企業の内部関係者などから通報を受け、それに基づき当局が企業に経済的制裁を科した場合、その制裁金の一部が通報した個人に報奨金として支払われる。一見すると米国内の制度に思われるが、海外の贈収賄事件等、グローバルに展開する日本企業も対象となりうる事件も含まれている。
そして、米国内では報酬金を目当てに、疑わしい事例があればまず当局に通報しようという動きが強まる可能性も否定できない。
「海外拠点のコンプライアンス体制や内部通報制度が形骸化している場合、従業員は社内窓口を利用せず最初から直接当局へ通報してしまうリスクが高まります。仮に当局へ通報され調査が入れば、違反行為がない場合でも現地の弁護士費用や社内調査の労力など莫大な調査対応コストが発生し、深刻な打撃となり得ます」(田邉弁護士)。
グローバル子会社管理の文脈では経済安全保障への対応が注目されがちだが、こうした企業の不正行為に関する責任追及のトレンドにも警戒を強める必要がある。
「既に国内向けの内部通報制度を整備している企業であっても、今後は海外の支店・現地法人・取引先までを通報対象のスコープに含めるなど、体制のアップデートが必須です。従業員がまずは社内に相談・通報しようと思えるような信頼性の高い内部通報窓口の再整備と、海外拠点に対するコンプライアンス意識の徹底が求められています」(田邉弁護士)。

米中規制の狭間で問われる本社と現地法人の連携

米中対立が激化する中、中国におけるコンプライアンスリスクへの対応も喫緊の課題となっている。日本で10年以上の実務経験を有する厳逸文中国律師は、両国の文化的背景や商習慣を加味した日中企業の橋渡し役を務めてきた。
「実務においては、多くの企業が米国の規制に注目する一方、中国の法規制やその運用実態への理解が十分でないケースが少なくありません。近年の中国では、米国の経済制裁や輸出管理措置等に対抗する法制度の整備が急速に進んでいます。代表例の一つが反外国制裁法で、外国の制裁措置が中国の立場から“内政干渉や差別的措置にあたる”と判断された場合、中国政府は当該措置に関与した個人・組織に対し、対抗措置を講じることができるというものです。具体的には、中国への入国拒否や国外追放、国内資産の凍結、国内の組織や個人との取引全面禁止など、極めて強力な措置が含まれます」(厳中国律師)。
さらに注目すべき制度として、中国の「外国の法律および措置の不当な域外適用を阻止する規則」がある。この規則には、外国による制裁措置を“不当である”と中国側が判断した場合、中国の個人や企業が被った損害について、関係当事者に対し中国国内で損害賠償請求を行うことができるという内容が含まれる。
「日本企業は米国法を遵守しようとすれば中国法上のリスクを負い、逆に中国法を優先すれば米国の制裁対象となる可能性があるという、板挟みの状態に置かれています。中国子会社を有する企業や中国との取引比重が高い企業にとって、この問題は避けて通れません。法務部門には従来以上に高度な法的判断が求められています」(厳中国律師)。
こうした国家間の緊張は、日本国内における規制・審査実務にも影響を及ぼしている。
「中国企業による日本企業の買収で対象事業が機微技術に関連する場合、外為法(外国為替及び外国貿易法)上の審査は極めて慎重に行われます。通常は30日程度で完了する手続に1年近くを要した事例もあり、日本政府が中国関連取引に非常に厳しい姿勢で臨んでいることがうかがえます。法務部門としてこうした事態に直面した際は、専門家との情報共有を通じて最新の中国法・政策動向を正確に把握したうえで、“当該取引を継続すべきか”“中国法に違反せずに安全に進める方法があるか”を検討することが不可欠です」(厳中国律師)。
中国市場への依存度が高く、取引の継続が不可欠な企業において重要となるのが、“日本本社と中国子会社との立場の違いを正しく理解すること”だという。
「日本本社は米国法遵守を重視する傾向にありますが、中国子会社にとっては“現地の法律(中国法)を守ること”が最優先事項です。中国法に違反した場合、多額の制裁金や行政処分等の直接的なリスクが生じるため、本社と子会社の間で利益相反が生じることも少なくありません。本社には、子会社の立場に立ってリスクを再評価し、より緊密に連携していく姿勢が求められます。単に法令の内容を説明するだけでなく、中国独自の制度背景や考え方も踏まえ、“どのような説明であれば現地関係者の納得を得やすいか”というコミュニケーションの工夫も必要です」(厳中国律師)。

厳 逸文 中国律師

グローバル法務を機能させるコミュニケーションの力

最終的な意思決定を担う本社にとって、こうしたリスクを精査・判断したうえで“関係各所へいかに伝えるか”が重要な役割となる。そのプロセスで“肝”となるのが、単なる言語の翻訳を超えた“文化の通訳者”の存在だ。現地の担当者は、現地法を遵守しなければ個人の身の安全に関わる“切実なリスク”を肌で感じている。「本社の論理をそのまま伝えるだけでは感情的な反発を招きかねません。現地の切迫感や文化的背景を咀嚼したうえで双方が納得できる形に変換することが、組織を動かすカギとなります。当事務所では、外国弁護士資格保有者・海外留学経験者が複数所属していますので、さまざまな国・地域での多様な実務経験を活かし、本社の意向と現地の温度感の双方を踏まえた実務的なアドバイスの提供を心がけています」と山下弁護士は語る。
制度や規程を整備するハード面と、教育やコミュニケーションを通じて組織に魂を吹き込むソフト面の両輪が必要だ。
「“規制に違反すればどのような事態を招くのか”を丁寧に説く教育や、トップダウンでのメッセージ発信といったソフト面が機能して初めて、ハード面である規程やしくみが実効性を持ちます。規程・しくみだけを作ってしまうと、“守られない規程・制度が放置される”という、法務上最も危険な状態を招きかねません。経営層から現場、本社から海外子会社へと、あらゆる局面で血の通ったコミュニケーションを積み重ねることこそが、複雑な規制環境下でガバナンスを機能させるための要諦です」(山下弁護士)。

読者からの質問(法務部門の負荷増大に中小企業はどう対応すべきか)

Q 課題が複雑化した現在、法務部門の負荷が高すぎて、特に中小企業では対処できないように思います。
A 中小企業は大企業よりもコンプライアンス体制を迅速に構築できる場合もあります。大企業は部署間の調整に多大な時間を要しますが、中小企業は経営層が「これは会社存続に関わる問題だ」と認識し号令をかければ、一気に体制を変えられることがあります。この場合、法務部門は経営層に「海外の規制であっても、この規制に違反すれば取引金融機関や取引先から取引を停止されたりするなど、海外業務のみならず国内業務にも悪影響があり、ひいては会社の屋台骨を揺るがす事態に陥る可能性もある」といった、経営者が“自分ごと”として捉えて危機感を持てる言葉で説明し、トップを動かす役割を担っているといえます。
場合によっては内部からではなく外部から意見を具申することが有効なケースもありますので、必要に応じて専門性が高い外部専門家の意見も経営層への説得に活用していただければと思います。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2026』を 「まとめて読む」
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山下 聖志

弁護士
Seiji Yamashita

98年東京大学法学部卒業。02年弁護士登録(東京弁護士会)。05~07年国内大手証券会社法務部門出向。10年ミシガン大学ロースクール修了(LL.M.)。11年ニューヨーク州弁護士登録。16年山下総合法律事務所設立。21年代表パートナー就任。

田邉 美樹

弁護士
Miki Tanabe

97年慶應義塾大学商学部卒業。97~05年大手都市銀行勤務。08年慶應義塾大学大学院法務研究科修了。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。11~25年佐藤総合法律事務所。25年山下総合法律事務所入所。

厳 逸文

外国弁護士(中国律師)
Yiwen Yan

10年中国南京大学法学部卒業。13年北海道大学法学研究科修了。13年中国江蘇蘇明法律事務所入所。13年弁護士法人ブリッジルーツ入所。14年中国弁護士登録。18年山下総合法律事務所入所。

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