“困ったときに呼ぶ”から脱却 弁護士と日常的なパートナーシップを
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業の水島淳弁護士は、スタンフォード大学のビジネススクール在学時に講師として呼ばれた著名ベンチャーキャピタル(VC)の言葉をよく覚えているという。「投資判断時に最初に確認するポイントとは、確かなローファームを使っているか否かだ」というものだ。
「株式発行方法の誤りやエンジェル投資家への過大な株式付与など、最初のボタンをかけ違えると、将来の成長機会や競争優位性、ビジネスの持続可能性を失うことになります。特に株式や知的財産の取り扱いは、後から修正が困難な分野です」(水島弁護士)。
スタートアップ企業(以下「スタートアップ」)の経営者は“弁護士は困ったときに呼ぶもの”という認識であることが多いが、これでは機会損失を生んでしまう。特にスタートアップにおいて重要なことは、問題が整理されていない段階で各企業の成長ドライバーや獲得・懸念事項、リスクの濃淡を踏まえ、取り組む課題を明確化することだ。案件を通じて幅広い経験を積んでいる弁護士の分析・整理能力は、経営判断の質を大きく向上させる。
この点、連続起業家は早期段階から弁護士をうまく活用していると水島弁護士は指摘する。「起業家の皆さんとは、いわゆる“法律相談”ではなく、お茶や食事、電話などで定期的にカジュアルに話す場を設けてビジネスの話をすることが多いですね。事業の状況、人員計画、新規プロジェクトの構想などの日常的な会話を通じて関係性の構築と情報共有を行うことで、必要なときに弁護士側から対応すべきポイントについて提案を受けることができます。これは、弁護士に限らず、伴走するVC、アドバイザーとの関係も同様ではないでしょうか」(水島弁護士)。
費用面での懸念を持つ経営者も多いが、重要性に応じた優先順位をつけてくれる弁護士に依頼すれば問題はないという。「多数ある問題を整理して、やるべき事項を抽出する。私はこれを“トリアージ”と呼びますが、専門家の関与が必要なものと、そうではないものを特定し、どこを弁護士に依頼すべきかを含めてアドバイスをします」(水島弁護士)。

水島 淳 弁護士
中山達也弁護士は「投資を受ける際のデューデリジェンスでの対話も、ぜひ知見として活用してほしいですね」と語る。「投資家側の弁護士は、現時点で修正すべき事項、今後モニターすべき事項、重要度に応じたリスクの区分けを明確化するので、将来の上場やM&Aエグジットに向けたイシューの有無や重要度の理解を促進できます。こうした対話の際に、ベンチャー経営者から“勉強になりました”と感謝されることも少なくありません」(中山弁護士)。
創業前からの戦略設計が重要 海外展開はサポートの存分な活用を
同事務所が支援するスタートアップには、当初から海外展開が予定されているものも多い。海外におけるM&A、投資受け入れ、子会社設立・事業拠点設置、ライセンスアウト、アライアンス組成などがスピード感をもってダイナミックに展開される。「私が担当することが多いディープテック系では、これらが複合的に発生することも多く、包括的な法務戦略が必要になります。また、海外M&Aで焦点となるPMI(Post Merger Integration)段階でのリテンション戦略などでは、適切な条件設定や契約構造の設計に加え、相手に目標を的確に伝え、交渉する支援も行います」(水島弁護士)。
海外展開では、特に米国のディスカバリー制度を考慮すると、資料の整理・保全が極めて重要になる。このため、グローバル対応に精通した弁護士の初期からの関与が欠かせない。「検討が進んでからの相談では、事実関係や作成した書面は覆せません。不利な証拠が残ってしまうなど、時間が経過すればするほどに打てる手は限られてしまいます」(中山弁護士)。

中山 達也 弁護士
同事務所では、将来的に海外展開を見据える創業者には、創業前段階からのアドバイスも提供しているという。「日本での起業か、最初から海外で法人を設立すべきか。将来の資金調達相手やIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)を考えたときに、どこでどのようなエンティティを設立し、どのように調達すべきかという点もご相談を受けています」(水島弁護士)。
社会・環境課題解決型スタートアップはミッションドリフト防止がカギ
社会・環境課題解決を主たる事業目的とするインパクトスタートアップについて、山本晃久弁護士は“ミッションドリフト(使命の変化)の防止”が重要な課題だと指摘する。「IPOに向けて資金調達をしていく中で徐々に普通のスタートアップ化してしまうことが、ミッションドリフトの典型例です」(山本弁護士)。
これらの企業は、従来公共セクターが担っていた社会課題を民間の力で解決することを目的としており、NPO出身者なども参入している。多様な背景を有する関係者が関わり、収益の実現だけがビジネスの目的とされるわけではないため、本来の目的がブレないようミッションをロックするしくみが重要となる。IPOをした結果、短期利益追求の株主の参入で本来の目的が損なわれるリスクを防ぐため、資本構成のあり方を初期段階から設計することも手法の一つだという。
「たとえば、財団等の中立的な組織が一定の持分を保有したり、創業者が複数議決権や拒否権付株式などの特殊な株式を保有したりする資本構成は、一般の上場会社では問題点が指摘されることもありますが、インパクトを志向する企業の場合にはありうべき選択肢の一つです。海外ではそのような資本構成を採用している上場企業も存在し、日本でも今後、利用を戦略的に検討していくことが考えられます」(山本弁護士)。
政府政策との連携も重要だ。「どこが今ネックになっているのか、どのような制度であれば事業が展開しやすいかを棚卸しし、ロビイング的な活動をする必要もあります。弁護士が政府の政策サイド、インパクトスタートアップサイド、インパクト投資ファンドを含む投資家サイドといったさまざまなステークホルダーに積極的に関与することで、エコシステム全体を成長させる取り組みも行っています」(山本弁護士)。

山本 晃久 弁護士
昨今は、既存の企業を買収することによるETA(Entrepreneurship Through Acquisition:買収による起業)という形態もサポートしているという。同事務所は、掲げる理念の一つである“開拓精神”と共鳴するさまざまな形のスタートアップを今後も支えていく。
読者からの質問(特許出願の優先順位)
特にスタートアップは特許をいくらでも申請できるわけではありません。当事務所ではビジネスモデルの深い理解を行ったうえで、将来の展開の広がりも踏まえて絞り込んだ特許を提案しています。

水島 淳
弁護士
Atsushi Mizushima
04年東京大学法学部卒業。05年弁護士登録(第一東京弁護士会)。13年Stanford Graduate School of Business修了(MBA)。18年International Space University, Executive Space Course修了。12~14年WHILL, Inc.設立メンバー・ビジネスディレクター。16~22年株式会社マクロミル社外取締役。15年SPACETIDE共同設立(~20年一般社団法人SPACETIDE理事)。24年経済産業省我が国のスタートアップへの海外投資拡大のための環境整備に係る検討会委員。

中山 達也
弁護士
Tatsuya Nakayama
04年東京大学法学部卒業。05年弁護士登録(第一東京弁護士会)。12年The University of Michigan Law School修了(LL.M., Certificate of Merit Award in Mergers and Acquisitions)。13年ニューヨーク州弁護士登録。12~13年Weil, Gotshal & Manges LLP(ニューヨーク)勤務。18~19年成蹊大学法科大学院非常勤講師(M&A担当)。20~22年東京大学法学部非常勤講師。21年~ダイナミックマッププラットフォーム株式会社社外監査役。

山本 晃久
弁護士
Akihisa Yamamoto
07年東京大学法学部卒業。09年東京大学法科大学院修了(J.D.)。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。20年The University of Michigan Law School修了(LL.M.)。22年London Business School修了(MBA)。23年~経済産業省インパクトスタートアップ選定に関する検討会委員。24年~一般社団法人スタートアップデータ標準化協会理事、金融庁インパクトコンソーシアムアドバイザリー委員会委員。