【契約】有事を見据えた契約法務 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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不可抗力事由に“戦争”が含まれていれば台湾有事もカバーされるか

ロシアのウクライナ侵攻、ハマスのテロ攻撃を端緒とするイスラエルのガザでの軍事作戦等、武力衝突事態が相次ぐ近年、クロスボーダー取引を行う企業の多くが有事発生時のリスクに向き合わざるを得ない状況にある。日本を含む東アジア地域においても、台湾をめぐる国際情勢が緊迫の度合いを高めており、かかる地政学的リスクを踏まえた契約管理が日本企業にとっても喫緊の課題となっている。中国が台湾に軍事侵攻する事態、いわゆる“台湾有事”も視野に入れ、各企業の法務部では取引先との契約書の見直しを進める動きもあると聞く。
有事対応に問題意識を向ける法務担当者が注目する条項の一つに“不可抗力条項”がある。不可抗力条項とは通例、契約当事者の努力では回避できない事由(=不可抗力)の発生により債務の履行ができなくなった場合に、債務不履行責任を負わないことを定めた条項だ。“地震”や“テロ”といった具体的な事由を列挙したうえで、“その他、当事者の合理的支配を超えた事由”などといった包括的な文言を加えるのが一般的だ。
では、不可抗力条項が入っていればそれでよいのであろうか。他に契約条項上の留意点はないのか。こうした企業の法務担当者の疑問に対し、国内外の案件を幅広く扱い、契約書の作成から紛争の解決まで、確かな知見をもとに実践的な最適解を提示することをモットーとするT&K法律事務所の三上貴弘弁護士は、次のように回答する。

「まず原則として、日本の民法を含め、金銭債務は不可抗力による免責を受けられないのが諸法域における考え方の主流です。そのため、“不可抗力条項が有事に役立つのは、主に自社が製品供給(業務提供)側として結んだ契約書である”という点は押さえておくべきです。たとえば、台湾に子会社がある日本企業であれば同子会社が製品等の供給元として結ぶ契約書が、あるいは、台湾企業から部品を輸入して日本で製品を提供している日本企業であればその部品を使用した製品の販売先との契約書が、不可抗力条項を入れる実益の大きい契約となります。反対に、自社が供給を受ける側で、主たる義務が売買代金の支払い義務である場合、不可抗力条項を定める実益は少ないことになります」(三上弁護士)。

さらに、そもそも不可抗力条項に“戦争、その他不可抗力”という一般的な事由の記載があれば台湾有事で免責が確保されるかといえば、これでは不十分なおそれがあるという。

「たとえば、まだ“戦争”には至っていなくとも、中国の軍事演習や哨戒活動で台湾海峡が封鎖され、コンテナが通行不能になる事態も起こり得ます。また、仮に中国が軍事攻撃を開始した場合でも、中国にとって台湾は主権国家ではないため、“戦争”であるとは認めないかもしれません。そのため不可抗力条項には、“戦争”だけでなく、“宣戦布告の有無を問わず”といった文言を追加する工夫も必要かもしれません」(三上弁護士)。

「不可抗力事由として列挙されていない事態が起きた場合、それが“合理的支配を超えた事由”に該当することを債務者側が立証しなくてはなりません。“台湾有事”で想定しうる事態を具体化し、不可抗力にあたると定義しておけば、解釈の相違の余地なく、相手方に主張しやすくなります」(山本卓典弁護士)。

ただし、「不可抗力事由はやみくもに広く列挙すればよいわけではない」と三上弁護士は注意を促す。

「英米法系での契約解釈では、例示がされる場合、それが“限定列挙”と解釈される傾向にあり、列挙事由を増やすと、かえって“そこから漏れた事由は該当しない”と解釈されるおそれがあります。また、しばしば不可抗力事由の例とされるストや労働争議などは、そうした事由は供給側で生じるケースが多いため、自社が供給を受ける側であれば逆に免責を主張されるリスクを負うことになりやすく注意が必要です。むやみに例示を増やすのではなく、当該契約における自社の具体的な立場を勘案して、不可抗力事由の範囲を検討することが必要です」(三上弁護士)。

「また、具体的な事由を不可抗力事由として記載する場合の注意点として、“予見不能なもの”を不可抗力と定義する条項例もまま見られますが、不可抗力免責を確保すべき立場からは、かかる限定は外すべきでしょう。具体的に列挙する事由は想定されるから書いているため“予見可能”であるとも言え、不可抗力にあたらないとの反論を招きかねないからです」(山本弁護士)。

免責されるには、不可抗力事由の発生だけでなく“因果関係”の有無が問われる

実際に台湾有事が起こり、不可抗力の該当事象が発生しても、ただちに免責されるわけではない。典型的な不可抗力条項では、当該事象によって契約の履行が不可能になったこと、すなわち“不可抗力”と“債務不履行”との間に“因果関係”が必要になるからだ。三上弁護士は次のように説明する。

「たとえば、通常は船で製品を供給しているが台湾有事によりそのルートが絶たれた場合、航空便で輸送するなどの代替手段があれば、履行が“不可能になった”とはいえないため、履行義務を免責されない可能性があります。責任が免除されるのは、あくまで発生原因に基づいて債務を履行できなくなった場合に限られますので、その因果関係が問題になるわけです」(三上弁護士)。

有事で実際に不可抗力条項が俎上に上るときは状況がかなり深刻化していることが想定され、相手方と揉める可能性も高い。疑義の余地を残す文言では水かけ論になりかねず、少しでも交渉を有利に運ぶためには、契約条項上の工夫が大切であると山本弁護士は話す。

「台湾有事の例では、日本は有事の直接の当事国ではなく影響が間接的で、“不可抗力事由と日本企業の履行不能の間に因果関係があるのか”がどうしても問題になります。それを解消するための文言上の工夫として、たとえば、不可抗力なのかどうかも問題にせずに“ある事由が起きたらただちに免責・契約解除”と定めてしまうのも一案です。不可抗力事由としてサプライヤーからの“供給途絶”を記載している例や、自身のみならずサプライヤーにおける不可抗力も含めている条項例も見られます。裁判例も少なく、実際に適用を認められるかどうかは諸説あるところですが、裁判になる前の契約当事者同士の話し合いの段階では、文言上のちょっとした工夫が、“免責されるはず”という方向に交渉を進める一助になり得ます」(山本弁護士)。

「不可抗力条項は発生確率が極めて低い事由が起きた場合の条項なので、従来の契約交渉時には優先度が下がり、“ひな形的な文言であれば双方よし”としている場合がほとんどです。ですが有事リスクに対する問題意識の高まりを受けて、今後は工夫を凝らした文言が入る可能性もあり、雑則的なボイラープレートとして軽視できない可能性もあります。契約審査時に注意すべき新たな観点かもしれません」(三上弁護士)。

三上 貴弘 弁護士

紛争解決条項にも留意を

有事の際を考えると、紛争に発展する可能性も視野に入れ、紛争解決条項も検討すべきである。紛争解決方法は日本での裁判と定めるのが日本企業に有利と考えられがちだが、中国や台湾の企業が相手方の場合には、かかる一般論は必ずしも当てはまらないため注意が必要であるという。

「台湾と日本は正式な国交関係がないため、外務省を通じた訴状の外国送達ができず、台湾企業が応訴しないと苦労します。なお、台湾の裁判所の判断は予測可能性も高いと考えられており、場合により台湾での裁判を選択することも考えられるでしょう。日本と中国は判決の承認・執行に相互の保証がないとされ、日本の裁判所の判決は中国では執行できないことになります。仲裁が選択されることが多いのはこうした背景によります」(山本弁護士)。

有事が長期化した場合に備え“一歩先”を見据えた対策が必要

台湾有事が生じた場合、事態の収束は容易ではなく、事業環境が中長期的に影響を受ける可能性がある。対立陣営間の武力衝突だけでなく禁輸措置や経済制裁の応酬でサプライチェーン(供給網)が分断され、中国や台湾のサプライヤーが原材料を供給できない状況が長引けば、日本企業には新たな供給元を探す必要が生じるかもしれない。“不可抗力状況が60日間継続した場合は契約を解除できる”といった条項はそのような場合を想定したものであると、三上弁護士は説明する。

「たとえば、台湾からの部品輸入について特定の台湾企業以外からの輸入が契約上禁じられている場合、契約を解除しない限り、別の供給元から同種の部品を輸入することができません。台湾企業は納品義務の不履行につき不可抗力条項で免責されるので、債務不履行による契約解除もできない可能性があります。このような場合に備え、不可抗力事由が一定期間継続した場合の契約解除権を認めておくことや、さらには供給元の会社の履行能力に懸念が生じたら契約を解除できる条項を定めておくことで、新たな供給先にシフトしやすくなります」(三上弁護士)。

以前からリスク回避のため調達先や生産地を一拠点に集約させない分散化の必要性は指摘されていたが、現実に新たな取引先を探したりサプライチェーンを再構築するとなると、法務というより経営サイドで取り組むべき問題に思える。しかし、「そうした戦略的場面でこそ法務に活躍してほしい」と、両弁護士は力を込めて語る。

「台湾有事を見据えて、各企業は有事の際に起こるさまざまな事態を想定し、シナリオごとに中国や台湾の取引先との契約関係を検討されることになると思います。このような事業上の判断を整理される際にも、法務部門や我々弁護士は、”契約や法制に即してどのような展開が想定されるか“の分析に貢献できますし、続く戦略の策定や実施の局面では、事業上の判断を踏まえて契約書の条項を見直し、目的に合わせた修正案を提案していくクリエイティブな役割を果たすことができます」(三上弁護士)。

「サプライチェーンの再構築ともなると、将来の予測やコストの計算を含めたグローバル規模の大変難しい経営上の判断になるかと思いますが、そこには契約、製品規制、知的財産権、輸出入規制、そして労務等々、必ず法律が絡んできます。企業の最適戦略を描くには、法務の知見が欠かせないともいえるのではないでしょうか。経営の重要局面でビジネスのよき理解者となり、“伴走者”として経営陣や法務部の方々と一緒になって企業をお支えすることは、弁護士の大事な役割だと思っています」(山本弁護士)。

両弁護士の発言からは、クライアントの長期的ビジョンや全体利益を考慮した解決策の提示や経営判断に真に役立つ法的助言を大事にしているT&K法律事務所ならではの視点がうかがえる。
では、台湾有事への備えに、企業は具体的にどのように取り組むべきだろうか。三上弁護士は「契約の見直しや交渉にはコストがかかり、限られたリソースを有効活用する観点から、リスクベースで取り組むのがやはり基本的な考え方となる」と助言する。

「わかりやすく言えば、“台湾や中国に非常に重要な取引先があり、そこからの供給が絶たれるとビジネスが立ち行かなくなる”との事情があれば、関係する契約書類について、“有事にどのように対処できるか”のレビューを進めるところから始めていただけるかと思います。我々弁護士に契約書のご相談をいただく際も、ビジネス上のご懸念点をお伝えいただければ、一般的、平板的なレビューではなく、具体的な視点に立ってより深い検討が可能です。“重要な契約に絞り、有事対応の観点からレビューしてほしい”といった形でご依頼をいただくことも考えられます。最適解を共に追求する伴走者として法律事務所を活用いただければと常々思っています」(三上弁護士)。

不可抗力条項を“活かす”

翻って、有事のように双方当事者のコントロール外の重大事態が発生した場合、“契約書上の不可抗力条項があれば備えは十分”ということにはならない。「大切なのは有事で影響を受けたビジネスの回復や継続にどうつなげられるかに法務的視点を活かすこと」と両弁護士は指摘する。

「不可抗力条項の適用をめぐって争うのは、あくまで“最終手段”です。台湾有事や大規模災害など、実際に不可抗力条項に該当する事由が生じた場合、その影響は広範囲に及び、取引先もその事情を把握しているケースがほとんどなので、まずは当事者間で協議を行い、双方が納得できる解決策を検討し合意することが求められます。不可抗力条項があった方が、債務不履行責任の有無を離れて事態打開に向けた話し合いを行いやすい面はあると考えています」(三上弁護士)。

「不可抗力条項やハードシップ条項は契約交渉時に有事を想定した対応を話し合うきっかけにもなる条項です。契約交渉で単に有事の場合に自社の製品供給義務は免責されることを求めれば、買手である相手方はただちには応じないかもしれませんが、続けて“有事になれば紛争当事国に所在のA社からの原料調達はできませんので、免責していただけないならば、少し割高になりますがリスク分散のために別の国のB社からの原料調達もさせていただけますか。割高な調達費用については双方で分担を”というように交渉を進められれば、サプライチェーンの頑健性を高める方向にひねりを利かせる余地もあり得るかもしれません。その他、既存の基本取引契約書の修正には応じてもらえない取引先についても、“有事の際は代替調達元を早期に見つける必要があるので、互いに協力し、価格や品質等の取引条件が変わる可能性も含めて協議をしましょう”といった覚書を一筆取り交わすのであれば可能かもしれません。取引先との関係性も踏まえて文言の硬軟を調整する必要もあり、法務の腕の見せ所となります」(山本弁護士)。

山本 卓典 弁護士

読者からの質問(中国と台湾に取引先や委託先がある場合の台湾有事への備え)

Q 中国と台湾に取引先や委託先がある場合、台湾有事に備えてリーガル面で整備すべきことを教えてください。たとえば契約書の不可抗力条項に“災害、戦争、その他不可抗力”と定めておけば足りるでしょうか。より踏み込んだ記載が必要ですか。
A “不可抗力条項があれば足りる”ということにはならないでしょう。自社が“供給側”なのか“供給を受ける側”なのか、さらには契約が中国または台湾の取引先や委託先とのものなのか、それとも中国または台湾から供給を受けた商品役務を自社が販売等する契約なのか、自社の立ち位置に応じて必要な観点が変わってきます。
不可抗力条項では、明確なリスク事由を想定し具体的に列挙した方が適用を認められやすくなる一方、列挙事由から外れた事由には適用が認められにくくなりうるデメリットにも注意が必要です。また、中国または台湾の企業との紛争解決条項についても重要な注意点があり、こちらもチェックが不可欠です。ひとたび有事となれば影響は広範囲にわたり、容易には終息しないおそれがあり、サプライチェーンの再構築も含め、経営上の判断を要する場面も多くあります。このため、契約解除ができるようにするだけでなく、次の一手につなげる工夫が重要で、法務にも状況に即した対応力が求められます。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2024』を 「まとめて読む」
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三上 貴弘

弁護士
Takahiro Mikami

00年中央大学法学部法律学科卒業。04年弁護士登録、外立総合法律事務所(現・弁護士法人外立総合法律事務所)入所。10~22年4月弁護士法人外立総合法律事務所パートナー。22年T&K法律事務所入所。24年~T&K法律事務所パートナー。第一東京弁護士会所属。

山本 卓典

弁護士
Takunori Yamamoto

08年東京大学法学部卒業。10年東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了。11年弁護士登録、中川・山川法律事務所(~22年)。17~19年特定非営利活動法人ビュー・コミュニケーションズ監事。22年T&K法律事務所入所。24年~第一東京弁護士会国際業務委員会委員長。第一東京弁護士会所属。