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高まる地政学的リスク “他人事”から脱して適切な備えを

中国と欧米の対立構造を背景として、各国で中国封じ込めを目的としたさまざまな規制が生じている。また、WTO(世界貿易機構)、WHO(世界保健機関)などグローバルな枠組みから距離を置く第二次トランプ政権の誕生により、地政学的リスクが企業経営に与える影響はさらに深刻化している。こうした中、日本企業が直面する経済安全保障上の制約は三つに大別されるという。一つ目は輸出入管理規制の強化だ。特に半導体をはじめとする先端技術分野での規制が厳格化している。二つ目は投資規制の複雑化だ。日米中欧すべての地域において規制動向に注視を要する。三つ目は経済制裁の厳格化だ。ロシアのウクライナ侵攻以降、経済制裁の重要性が大幅に高まっている。
「米国で制裁対象となった国や企業、個人と取引すると、特に米国では共犯と見なされ、自社も米国制裁の対象となる可能性があります」と語るのはアンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業の横井傑弁護士。
しかし、経済安全保障に関する専門部署を持つような大企業を除くと、国内企業においては、危機意識が不足している傾向にあるという。経済安全保障リスクは災害リスクに似ており、発生する頻度は高くない。しかし、一度発生すると自社や取引先に甚大な被害をもたらす。実際に規制違反やサプライチェーン寸断が発生している事例がある一方、問題を経験していない企業では他人事と捉えがちだという。
「“参考にはするが、自社にはそこまで関係がない”という意識が散見されます。他社の状況について把握する機会が少ないため、自社は大丈夫だと考えがちなのです」(藤田将貴弁護士)。

藤田 将貴 弁護士

企業が平時に講じるべき対策としてまず必要なのは、サプライチェーンリスクの継続評価だ。契約条項の事前整備も欠かせない。規制導入時に取引解除やスムーズな停止、損害最小化が可能な契約上の手当てを、平時から整備する必要がある。
併せて重要なのが情報収集体制の構築だ。数か月間隔で重要な新規制が出現し、対象国も日米中欧と多岐にわたる。各企業は、規制の変化の速さ、関係国数の多さ、将来予測の必要性という三つの要素を踏まえて情報収集し、解釈し、経営判断のうえ、関係各部署にて必要な対応を行うことが求められている。専門部署を持つ大企業であれば、窓口を一本化したうえで弁護士等の専門家と継続的な関係を構築して情報を収集しつつ、高リスク事項に対しては経済安全保障デューデリジェンスを実施することも有益だ。一方、リソースを割けない企業では、情報の“ハブ”となる信頼できる外部窓口を確保するとよいという。
「法律事務所に依頼したとしても、定期的なミーティングを実施する程度であればさほどコストはかかりません。また、情勢や規制を的確に経営判断に活かすためには外部機関が社内のビジネスをよく理解しておく必要もあります。弁護士を“問題発生時に相談する相手”から、“継続的に情報収集する相手”として捉え直し、うまく活用してほしいですね」(横井弁護士)。

横井 傑 弁護士

日本は技術獲得のターゲットに 企業規模を問わず組織的対応が必須

こういった時勢に伴い、深刻化しているのが技術流出リスクだ。各国が先端技術の輸出管理強化などの技術流出防止対策を実施する一方で、国家を背景として技術獲得を行おうとする動きもある。規制が緩くコンプライアンス意識が不十分な国はターゲットとされており、残念ながら日本はその対象になっているという。
「中小企業でも機微技術を扱う企業は多くあります。加えて、技術者には情報交換をする文化があり、学ぶ者には教えたがる傾向があります。また、大学や他企業との共同開発などで友好的関係が形成されると、案件とは関係のない技術まで教えてしまうこともあります」(藤田弁護士、石川雅人弁護士)。
技術流出防止は技術者個人に任せるだけでは限界があり、法務部など製造開発以外の部門が組織的にブレーキをかけるしくみが必要である。
こうした状況を受け、経済産業省は2025年5月に「技術流出対策ガイダンス 第1版」を発表した。各企業の好事例や有効と思われる対応策をまとめたもので、同事務所の鈴木潤弁護士と石川弁護士も検討会議に参加した。
「前職の警察庁ではスパイによる技術流出への対策に取り組んだ経験があり、その経験なども踏まえて技術流出対策を検討しました。最近は、生成AIや知的財産などと経済安全保障が絡む問題や、セキュリティクリアランス制度など日本の新しい経済安全保障法制に関するご相談が増えています」(石川弁護士)。

石川 雅人 弁護士

高度で複雑な論点を整理するには多様なバックグラウンドの専門家を

こうした複雑な問題に応えるのが、バラエティ豊かな人材の揃った同事務所の経済安全保障・通商プラクティスグループだ。M&A、知的財産、AI・宇宙等の先端法務、米国法務、中国法務など多分野の弁護士が経済安全保障上の課題に取り組むことで、より専門性が高い問題に対応できる体制を整えている。財務省、経済産業省、外務省、警察庁、国土交通省など官庁の出身者も多く、アカデミアとの連携も密だ。
「当事務所では研究者の方もチームメンバーとしてグループ内に抱え、継続的な協力関係を築いています。経済安全保障上の課題は高度で複雑であり、どのように対応すべきかは取引内容や関係する国によっても千差万別なため、多様な専門家と一緒に検討することが肝要です」(石川弁護士)。

読者からの質問(取引先が米国の制裁対象者リストに掲載されたときの対応)

Q 取引先が米国の制裁対象者リストに掲載されてしまいました。どのように対応すればよいでしょうか。
A 制裁対象者リストへの掲載が発覚する最も一般的なパターンは、取引金融機関からの指摘です。入金・支払いの際に金融機関から“取引先が制裁対象者に指定されている”と指摘され、初めて気づくケースです。制裁対象者であることが明確な場合、基本的に取引は継続できません。
米国の規制では、米国人(米国企業・米国籍の個人等)は制裁対象者リスト掲載者との取引を原則禁止されています(一次制裁)。日本企業についても、米国人による違反に関与した場合、同様に一次制裁違反に問われる可能性があります。制裁対象者リスト掲載者との間でドル取引を行う場合がその典型例です。一方、米国人が関与しない場合は、本来は規制対象外ですが、取引実行者自身がリストに掲載される可能性があります(二次制裁)。停止不可能な取引や、停止すると自社のビジネスに致命的な影響を与える場合は、リスクと天秤をかけて判断し、慎重に対応する必要があります。

※ 「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」は、アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業および弁護士法人アンダーソン・毛利・友常法律事務所を含むグループの総称として使用しています。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2025』を 「まとめて読む」
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 DATA 

所在地・連絡先
〒100-8136 東京都千代田区大手町1-1-1 大手町パークビルディング
【TEL】03-6775-1000(代表)

ウェブサイトhttps://www.amt-law.com/

主事務所の所属弁護士会:第二東京弁護士会

藤田 将貴

弁護士
Masaki Fujita

03年早稲田大学法学部卒業。06年京都大学法科大学院修了。07年弁護士登録(東京弁護士会)。08年ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所(外国法共同事業)入所。14〜15年大手総合商社法務部出向。15年統合によりアンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。15~16年University of California, Berkeley修了(LL.M.)。16~17年Morgan, Lewis & Bockius法律事務所。17年ニューヨーク州弁護士登録。

横井 傑

弁護士
Suguru Yokoi

05年慶應義塾大学法学部卒業。09年早稲田大学大学院法務研究科修了。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。11年アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。14〜16年北京オフィス代表。16〜19年上海オフィス代表。20年米国Georgetown University Law Center修了(LL.M. with Certificate in World Trade Organization(WTO) & International Trade Studies)。

石川 雅人

弁護士
Masato Ishikawa

10年東京大学法学部卒業。10〜21年警察庁勤務。22年最高裁判所司法研修所修了(75期)。22年弁護士登録(第一東京弁護士会)、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。