本年(2024年)度で4回目を迎える人気セミナー「法務の重要課題」。フリーランス新法、競争法(不正競争防止法、景品表示法等)から、AI法規制・経済安全保障まで、企業活動をとりまく国内外の法規制は鋭さと重層性を増している。前年(2023年)度に続き、ベンチャーラボ法律事務所・代表弁護士の淵邊善彦氏をモデレーター、パネリストとして、メーカー・IT・総合商社と過去最多の3業種の法務責任者とリーガルテックベンダーを招き、法務課題の洗出しと知見の共有が行われた。
2024年の主な改正法令の施行時期・概要
はじめに、淵邊弁護士が2024年の主要な改正法令とその概要について説明するとともに、事業者からの関心が集まる「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス新法)および労働基準法施行規則の改正について、その概要と事業者における留意点を掘り下げた。
淵邊氏 フリーランス新法では、発注者における従業員の使用や継続的委託関係の有無等に応じて、労働法的・下請法的な各種規制が義務づけられます。2024年秋の施行に向けて政令・規則等の公表が進み、各社も体制づくりに勤しまれることと思います。労働法関連では、労働条件明示ルールや、改正基準告示(“2024年問題”)対応、障害者差別解消法上の規制の法的義務化などがトピックですが、各社の取組みの状況はいかがでしょうか。
守田氏 年齢層や雇用形態に応じた従業員の雇用モデルのデザインを全体的に練り直す時期が到来したと感じます。障害者の方の対応としては株主総会の開催方法などでも議論になっていますが、今のところ、従前からの施策の継続で対応可能と考えている企業が多いと思います。
早川氏 商品パッケージの制作を外注する個人のデザイナーをはじめ、下請法の対象取引を起点に全社的な特定を始めています。また、フリーランス側の就業環境の確認や、書面で基本契約を締結しつつ個別取引を口頭で済ませるケース、“一人会社”たるフリーランスとの取引など、悩ましい事例について整理し、発注部門に周知・啓発を促す1年になると認識しています。
石渡氏 当社はデジタルワールドのアプリを提供していますが、コンテンツ制作の一部を外注しており、書面交付義務や支払期限等の遵守には従来から大変敏感です。新法では、従前のB to B主体から、生活スタイル(育児・介護)への配慮など、相手を“人”として浮かび上がらせる内容に仕上がったと評価しています。
山本氏 リーガルテックのみならず、スタートアップ業界ではフリーランスと正社員間の流動が多いのですが、両者の垣根は低くなっている印象です。ただ、正社員になってほしい方に、正社員化のメリットをPRする方法を含め、個々の希望・能力に応じたベストな契約形態を提示するのは単純な話ではありません。今後は個々のメンバーに合わせた提案をしていけるように整理していくことを考えています。
話題は景品表示法の改正に移る。淵邊弁護士から過去1年の動向(“確約手続”による課徴金納付・排除措置命令の免除制度の導入、“ステマ規制”“No.1表示規制”など)が紹介された後、各パネリストの意見交換がなされた。
早川氏 表示規制への対応体制は、自主基準も含め整備は進んでいます。ただ、広告手段が多様化するなどし、SNSをはじめ、社内チェックの及びにくい領域があるのも事実でして、“事後的な発見に対処することが可能”という視点で、今般の改正は望ましいものかと考えています。
石渡氏 当社のアプリ事業は表示規制との関わりが非常に強い反面、法務への照会は現場のリスク認識に委ねられてしまうので、「法務に聞いてもらう」という啓蒙活動を重視しています。また、大企業にとっても、ベンチャーや中小企業のM&Aリスクとして注目度が高いと考えます。
山本氏 我々も、生成AIを活用して過去の表示規制についての違反事例を学習させ、違反リスクを検知できるようにすることなどは、リーガルテックが進化する領域の一つと見込んでいます。
淵邊氏 業界横断的な法改正としては、不正競争防止法(不競法)改正(デジタル空間における他人の商品形態を模倣した商品の提供行為の規制など)や、外国公務員への贈賄に対する罰則の大幅強化・拡充が要注意です。
守田氏 贈賄対応は、商社のビジネスからも、駐在員への注意喚起を含め、以前から重点実施しています。不競法対応は、営業秘密の持ち出し・持ち込みの両面から各社とも難儀していると聞いていますが、誓約書(念書)の取得は最低限として、違反すればその方のキャリアが破綻しかねない恐ろしいものであるとの意識づけが必要だと感じています。また、国際的な営業秘密侵害事案の手続明確化(海外における日本企業に対する侵害発生時の不競法適用および日本の裁判所の裁判管轄権の明記)に先立ち、SNSなどを通じた社員個人の調査を事前に行ったうえで外国公務員をはじめとした交渉相手に接触し、営業秘密を奪取する事例について捜査機関から説明を受けるなど、政府側の危機感の強さも実感します。
早川氏 営業秘密防護の仕組みづくりは、比較的単純でありながら手続が事務的になり、趣旨が十分に伝わらぬまま紙1枚で済ませている現状は、我々も似ていますね。
その他の主な法改正の整理
セミナー中盤では、PARTⅠで取り上げたものを除く主な法改正について、淵邊弁護士より概要が整理された。
淵邊氏 最初に、電子帳簿保存法の改正(電子取引データの電子保存の義務化)は、主に経理部門の所掌事項と考えます。2点目の金融商品取引法の改正(四半期報告の廃止および決算短信への一本化)は、“業務省力化の追い風”といえます。3点目に、意匠法、商標法の改正。特に商標法については、“コンセント制度(先行登録商標の権利者からの同意をもって後発登録者の併存登録を認容)”が目玉となっています。4点目の不動産登記法の改正(相続による所有権取得から3年以内の登記義務化)は、個人所有の不動産売買時に注意が必要です。5点目の民事訴訟法の改正は、今般の改正(口頭弁論のオンライン実施の導入)に加え、2026年改正(各訴訟手続のIT化)に向け、我々法曹も対応に迫られています。最後は、個人情報保護法施行規則/ガイドラインの改正(委員会への報告対象に「個人データ取扱いを予定する個人情報の不正漏洩」を含めるなど)であり、プライバシー・ポリシー、社内規程、委託契約書等の修正要否の検討がポイントです。
注目法分野(人権・経済安全保障・AI)
セミナー後半では、“ビジネスと人権”“経済安全保障”“AI法規制”をテーマに、登壇者から多角的な議論が交わされた。
淵邊氏 まず、“ビジネスと人権”について。「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定等を受け、企業のみなさんは取組み事項の選定にお悩みのことと推察します。
守田氏 たとえば、人権DD一つをとっても、“何が自社(日本企業)にとって最適な実務であるのか”の確証が得られず、実効的とは言い難い状況です。サステナビリティの対象範囲も急速に広がり、対応に苦慮しています。
早川氏 昨年(2023年)、人権方針を制定し、人権DDも開始したばかりです。外部専門家を招いて先日ワークショップを開き、重要な人権課題の抽出を行いました。今後、優先的に取り組むテーマの特定、アンケートや対話による実態調査等を実施予定です。
石渡氏 会社としての取組みはこれからです。ただ、“言うは易し”で、当社のような中小企業にとっては達成困難な場合が多いかもしれません。
淵邊氏 “ビジネスと人権”は風評・株価への影響が大きい分野でもあり、状況は複雑です。この点、もともと個人の人権保護を得意とする弁護士が企業法務を得意とする弁護士とタイアップして企業課題に対処する流れも起きており、彼らとのパイプが強い法務部門の関与も重要といえます。
守田氏 “経済安全保障”に関しては、重要経済安保情報保護法(「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(案)」)の成立を前提とするセキュリティ・クリアランス制度が取り沙汰されています。法務実務のレベルでは、厳格な輸出規制が大量破壊兵器関連から半導体、AIなどの周辺分野に広がり、さらに、投資規制・制裁関連のウォッチも不可欠になるなど、対象法規の範囲も大きく広がっており、強い緊張感を抱いています。
淵邊氏 “AI法規制”については、EUが先行し、米国が「人工知能(AI)の安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」(Executive Order on the Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of Artificial Intelligence)を発出(2023年10月)、日本も「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月)や「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」(2024年4月)を通じてAI利活用の透明性向上を図っています。課題としては、アルゴリズムバイアスや知財・プライバシーの侵害、偽情報・ヘイトスピーチの生成・拡散が挙げられます。
石渡氏 デジタルアセットのAI生成への移行や、AI生成したデザインを利用した新規サービスを検討するうえで着目しています。日本の特徴として、アウトプットの規制が充実する反面、インプット(機械学習)は自由度が高い。ただ、製品の海外販売となれば日本法のみの対応では不十分ですし、クリエイターへのリスペクトや著作権保護も重い問題です。
守田氏 法律面でEUが先行するのは確かですが、米国では、既にAIをめぐる多くの訴訟が提起されており、米国を主要マーケットと位置づける多くの日本のIT企業も注意する必要があります。
早川氏 営業秘密、個人情報、第三者の著作物をインプットしないルールを原則としつつ、一部の生成AIでは制約を緩めて、“お試し”で運用・検証している段階です。
山本氏 ユーザーに提供するのみならず、GVA TECHの中の業務でも、生成AIは活用しています。たとえば、ChatGPTは、“人格者”としての側面があるため、ヒューマンマネジメントの観点で気の利くメッセージを作成できるのは非常に助かっています。
業務効率化の必要性と現状
セミナー終盤は、法対応を離れ、リーガルテックを活用した法務業務の効率化について、パネリスト間の情報共有が行われた。
守田氏 リーガルテックサービスは、契約の“レビュー”機能の強化が一段落して“管理”にシフトした後、生成AIの導入を機に、“レビュー”改善が最近再加速している印象です。日進月歩で技術が進む中、その見極めが難しいですね。
石渡氏 我々は“まだ入口くらい”と認識している状況です。電子契約の導入は、紙契約に特有の押印、袋とじ、印紙貼付等を削減でき、助かりました。データでの管理は更新時期やバックナンバーの管理にも役立ちます。一方、新しいリーガルテックのシステムと既存のワークフロー等のシステムとの円滑な連携も課題ですね。
山本氏 まず、案件管理の段階で、契約書の複数バージョンやメッセージのやり取りなど、あらゆる要素を自動蓄積することが、ナレッジマネジメントを進めるうえで大事だと思っています。さまざまな形態・担当者・格納場所がある案件情報をまとめるところに大きな障壁があるためです。当社のGVA manageは、依頼フォームによる受付窓口の一元化や管理台帳の作成に加え、法務から事業部に戻す際の生成AIを活用したメッセージ作成補助などの機能が、直観的な操作性で設計されています。PDFの読取り精度も9割以上に向上していますし、他部署には負荷をかけずに導入できる点も好評です。
法務案件の一元管理とナレッジマネジメントを実現(詳細はこちら)
また、株式会社BoostDraft 共同創業者・渡邊弘氏および株式会社SRI 文書管理コンサルタント・紺野淳二氏が各々の契約・文書管理サービスを紹介。
渡邊氏 当社製品“BoostDraft”は、インデント修正・条項ズレや変更履歴の整序等、形式面の作業に特化した総合文書エディタです。よくある例として、“習慣化された行動を変えられない”“AIを過信し実務で十分な活用ができない”等、システム導入の成果が出ないことが大半です。我々は、Wordと完全結合した機能を通じて、従前の法的文書業務からの変容なしに、単純作業を徹底的に削ることで地に足のついた確実な業務効率化を実現します。
AI契約書レビューではない、法務担当者が本当にほしかった“総合文書エディタ”(詳細はこちら)
紺野氏 契約書管理DXは、電子契約の導入や紙契約の電子化だけではなく、物理的な紙契約管理が欠かせません。当社製品“BUNTANリーガル”は、電子化したデータと紙契約書の原本を台帳と紐づけて管理ができ、文書倉庫とシステム連動することで紙契約書原本の取出し・預入れ・廃棄までも行えるシステムです。契約書管理業務をシステム化したい方がいらしたら、無料お試し期間や費用を抑えたプランを用意していますので、ぜひお問い合わせください。
AIでは補えない煩雑な契約書管理業務をまる投げできるサービス「BUNTANリーガル」(詳細はこちら)
最後に、今回取り上げた各法分野の最先端を学ぶに適した書籍が淵邊弁護士より紹介され、国内外の法規制に対応し続ける法務担当者にとって示唆に富む2時間のセミナーは、盛況のうちに幕を閉じた。
早川 拓司
カゴメ株式会社 法務部長
Takuji Hayakawa
石渡 真維
cocone ONE 株式会社 取締役・弁護士
Mai Ishiwatari
守田 達也
双日株式会社 CCO 兼 CISO 兼 法務、内部統制統括担当本部長
Tatsuya Morita
山本 俊
GVA TECH株式会社 代表取締役・弁護士
Shun Yamamoto
淵邊 善彦
ベンチャーラボ法律事務所 代表弁護士
Yoshihiko Fuchibe