読者からの質問(日本におけるスポーツ産業の現状と課題)
当事務所には一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会等の活動を含め、産業拡大のための新たな取組みを受容し、組織全体でサポートする文化がありますので、我が国のスポーツ産業の発展のために果たせる役割があるのではないかと考えています。
ルールは厳しいだけでなく実務に即した実効性のあるものに
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業でスポーツプラクティスに携わる稲垣弘則弁護士、廣瀬香弁護士、小幡真之弁護士、服部啓弁護士は、スポーツDX、スポーツ団体関連M&A、スポンサーシップ契約、海外プロリーグへの日本人選手の移籍、Web3・メタバースなどについて数々のアドバイスを行ってきた。「イノベーションを生み出す前提となる“新しい基盤作り”を後押しすることこそ、当事務所の強みです」と4名の弁護士は口を揃える。
欧米では、アスリートの肖像権や試合の放映権、スポーツデータなど、スポーツを取り巻く多様な権利を扱うビジネスが拡大している。しかし、日本では現状、これらの権利が法令等により明確化されておらず、ビジネスを拡大する素地が十分にできていない。他方で、近年、世界中から日本のスポーツデータのフリーライドが生じており、権利を明確化することでまずはこの問題を解決すべきであると稲垣弁護士は指摘する。
「COVID-19の世界的蔓延によって、スポーツ界ではこれまで収益の柱であったチケット収入が激減し、これに替わる新たな収益源の創出のためDXに取り組みました。一方、そこにはさまざまな権利に加え、刑法や不正競争防止法など、複雑な法規制が絡み合うことになります。スポーツ団体は新たな収益を業界の健全な発展につなげたい。企業はスポーツを通じて新しいビジネスチャンスを見出したい。今までは慣習的なルールしかなかったところですが、権利とそれを取り巻くルールを可視化してビジネス拡大につなげるフェーズとなりました」(稲垣弁護士)。
「諸外国でスポーツベッティング市場が急速に拡大している中で、日本に対してサービス提供を行う違法事業者が増加し、日本において違法スポーツ賭博の市場が拡大しています。そんな中で、各スポーツ団体がインテグリティをどのように維持・強化するかが重要な課題となっています。日本ではまだ統一的な対応がとられておらず、国として指針を示すことが求められています。ルールは、厳しくすればするほど逸脱しようとする人が増え、形骸化するリスクがありますので、アスリートやスポーツ団体の権利を十分に保護すると同時に、運用する人々が無理なく守れるよう、実務に即した実効性のあるルール設計をすることが肝要です。諸外国では既にさまざまなルールが作られ、運用されています。各国機関・団体のヒアリング等を通じて最新の情報を取り入れ、日本の現状に当てはめてシミュレートしつつ、積極的に情報を発信して共に考えていきたいと思います」(廣瀬弁護士)。
先行する海外の事例を参考に“守り”だけでなく“攻め”のアドバイスを
日本でスポーツに関する施策を推進するのはスポーツ庁であるが、近年、スポーツ産業のさらなる拡大に向け、経済産業省も動き出している。その一環として、同事務所は経済産業省からの委託を受けて、海外のスポーツを取り巻く権利のあり方に関する法制度の動向について調査を行った。小幡弁護士は英国、服部弁護士はドイツにて勤務し、それぞれの国でスポーツビジネスをめぐる動きを肌で感じているという。
「海外の法制度の中から日本に活かせる部分を検討すべく、米国、英国、フランスの3か国を主なターゲットとして調査を実施しました。特にフランスは1990年代から、スポーツイベントに関する権利を保護する“守り”の視点のみならず、権利を活用してスポーツイベントを取り巻く経済活動を促進させる“攻め”の視点の必要性が意識され、スポーツ法の中で“主催権”という権利が確立されています。主催権の範囲は極めて広く解されており、放映権のほか、商業的利益が生じうるスポーツデータに関する権利は主催権により保護されると考えられています。このような権利が法律によって明確化されることにより、スポーツ団体が多様な権利をライセンスすることが可能となり、多様な収益を得るための素地になりうることから、日本においても参考にできるところはないか、今後検討していきたいですね。アスリートやスポーツ団体、スポーツに関わる企業など、さまざまなステークホルダーの価値を最大化できるよう、スポーツ産業全体の市場規模を拡大するためのサポートをしていきたいと考えています」(小幡弁護士)。
「スポーツの試合等を通じて得られるデータからなるデータベースについて、データの収集への労力は著作権で保護されないため、必ずしも著作権により保護されませんが、EUや英国では、データの入手のために実質的な投資を行って構築したデータベースは、“データベース権”という独自の権利で保護されます。また、日本では、スポーツを観戦して得られるデータを独自に収集する行為に対しては、既存の法令でこれを防止する手立てがなく、どのように対応するかが問題となっています。“契約や実務的な手当てで対応していく”“立法によりデータの収集行為に対して差止めを求める権利を創設する”など、方策は複数考えられますが、権利を創設するアプローチをとるにしても、日本のスポーツ産業の発展のため、すべてのステークホルダーにとってフェアであるべきです。スポーツ産業は多数のステークホルダーが権利をもちながら関与する領域であり、公平性に気を配りながら支援を続けていきたいと考えています」(服部弁護士)。
「私たちは、諸外国の事例や制度を踏まえ、ガバナンスやインテグリティ確保などのスポーツ団体内部の“守り”の要素を整備すると同時に、ビジネス面の提案を積極的に行い、権利を活用した収益源を新たに作り出すという“攻め”のアドバイスを行っていきたいと考えています。クライアントから“こういうことはできないか”と聞かれた場合に、そのままでは難しいなら、“このようにスキームを変えてはどうか”というアドバイスができなければなりません。ときには、ルールそのものを変える必要がある場合もあるでしょう。そのような“攻め”のアドバイスを行うためには、弁護士にもビジネスサイドの経験が必要です。私も過去にパ・リーグのマーケティング会社でビジネスサイドの経験を得ましたが、弁護士か否かを問わず、海外のビジネス経験をもつ人材がまだまだ少ないことが日本の大きな課題です。今後は、海外のスポーツ団体とのコネクションを強化し、弁護士が海外のスポーツ団体でビジネス経験を積める研修制度の構築などにも挑戦していきたいと考えています」(稲垣弁護士)。
稲垣 弘則
弁護士
Hironori Inagaki
07年同志社大学法学部卒業。09年京都大学法科大学院修了。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。17年University of Southern California Gould School of Law修了(LL.M.)。23年一般財団法人スポーツエコシステム推進協議会代表理事。24年メジャーリーグ(MLB)選手会公認代理人。
廣瀬 香
弁護士
Kaori Hirose
07年東京大学法学部卒業。09年東京大学法科大学院修了。10年弁護士登録(第二東京弁護士会)。16年Harvard Law School修了(LL.M.)。18年ニューヨーク州弁護士登録。23年~Chapter Leader, Women's White Collar Defense Association(Japan Chapter)。
小幡 真之
弁護士
Masayuki Obata
11年慶應義塾大学法学部中退(法科大学院進学)。14年慶應義塾大学法科大学院修了。15年弁護士登録(第二東京弁護士会)。20~22年国内大手証券会社出向。23年University of California, Berkeley, School of Law修了(LL.M.)。
服部 啓
弁護士
Kei Hattori
14年東京大学法学部卒業。16年弁護士登録(第二東京弁護士会)。23年University of Virginia School of Law修了(LL.M.)。