【M&A】海外M&Aの基本と最新動向 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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地域によって思想が異なるM&Aのフレームワーク

池田氏 当社、双日株式会社は総合商社として幅広くビジネスを行っており、私はエネルギーや資源部門のM&Aやプロジェクト開発、トレーディング取引等々に関与しています。投資先は米国、EU、アジアパシフィック、中東などさまざまなのですが、地域により契約交渉の前提となるフレームワークやプラクティスが異なります。特に株式取得契約の基本的な条項にも多くのバリエーションがあり、ドラフティングの作業にも影響を及ぼすため、地域ごとの違い等を教えていただきたく思っています。

池田 順一 氏

石田弁護士 一般的に、米国のM&Aの契約では買主有利な条項が多いのですが、欧州では逆であり、その思想の違いが各条項に表れています。たとえば米国の実務では、売主として表明保証違反の責任を負いたくない事項については、SPA(株式譲渡契約書)に添付するDisclosure Scheduleに明記することが一般的です。他方、欧州の実務では、Disclosure Letterに明記されていなかったとしても、VDR(バーチャルデータルーム)等の他の形で開示されている場合には、表明保証の対象外であると整理されることがよくあります。また英国では、Disclosure Letterとして、種々の開示事項についてSPAとは別に都度交付されることも多いです。

池田氏 Disclosure Scheduleを添付して、その後クロージングまでにアップデートをする場合があるかと思いますが、ここに地域差などはありますか。

石田弁護士 米国の方が、サイニング後もDisclosure Scheduleによって表明保証の内容をアップデートすることが許容されるケースが比較的多いように思います。これにはM&Aのクロージングのメカニズムや考え方の違いの影響があると思います。欧州や英国は、“契約を締結した時点(厳密にはLocked Box Date)で買主側に会社の実質的なリスクが移るべき”という思想に基づく、いわゆる“Locked Box方式”がとられることが多いですが、他方、米国型は、“Completion Accounts(Closing Adjustment)”という、“クロージング時に会社のリスクが移り、買収価格もクロージング後に調整する”という考え方です。ただし、たとえば英国では近年Completion Accountも増え始めており、こういった各国のトレンドをタイムリーに把握できるのが、米国、英国だけではなく世界中に拠点を有するグローバルファームである当事務所の強みかもしれません。

アーンアウト条項の活用状況と利用の際の注意点

池田氏 当社の契約ではあまり見ないのですが、アーンアウトは広く使われていますか。

石田弁護士 比率として“非常に多い”わけではないものの、たとえばスタートアップ・テック系の企業等の買収の場合には入れることがありますね。しかし、“どのような内容で合意するか”という点には注意が必要です。買収後の事業が双方の計画どおりに進まなかった場合に、買主の責任なのか、経営者の責任なのか、あるいはマクロ的な経済状況によるものなのかがはっきりせず、争いが起きることがあります。売主と買主が同じ目標に向かって協力できるのであればよいのですが、組み方によっては問題の先延ばしになってしまいます。

池田氏 アーンアウトでは、P/Lベースの成果の帰属の問題となり、合意が難しい面があると思います。当社のようなバリューアップの方策を想定して事業に参画するストラテジック・インベスターの立場からすると、参画後の利益の増加やPLの良化は、まさに買手側施策の成果であるはずで、その成果が売主側に帰するというしくみは受け入れがたいと感じられる面があるように思います。

石田弁護士 ご指摘のとおり、アーンアウトはEBITDA等の財務的な指標に基づくことが多く、たとえば“そういった数字が買主により故意に操作されていないか”という争いが後日生じることもあります。買収価格の支払いを1度に行わない方法としては、他にエスクローやホールドバックといったものもあります。

石田 雅彦 弁護士

M&Aを後押しする表明保証保険の活用度合いは

池田氏 表明保証保険は最近利用が増えているように感じます。

石田弁護士 表明保証保険は、米国や欧州だけではなく日本を含む多くの国で使われるようになってきました。保険料も以前より少し手ごろになってきている地域も増えてきています。欧州は米国よりも安いことが多いのですが、M&Aの実務が売主優位で表明保証の責任が米国よりも限定されていることや、米国ほど訴訟社会ではないことも理由の一つでしょう。日本でも保険会社のプレイヤー数も増えてきており、表明保証保険を使うケースは増えてきました。アフリカや中東はそれらの国と比べるとまだやや少ないのですが、当事務所のこういった国でのプロジェクトでも利用されるケースは徐々に増えています。

池田氏 たとえば、対象地域で家族・同族経営に端を発して大きく成長した企業を当社が買収するというケースは比較的多くあるのですが、“創業家から株式を買い受ける場合”と“第三者割当を引き受けて参画する場合”という二つのアプローチがあります。創業家からの取得の場合は実質的には個人との取引になるため、表明保証を得ても責任の負担能力に不安があります。一方、新株引受の場合、対象会社に表明保証責任を追及しても、表明保証違反によって価値を毀損している事業自体が責任負担者となり、事業価値が回復することにつながりません。このような場合、対象会社の表明保証に保険を付す例もあり、対象地域で比較的安価に利用可能な保険メニューが増えれば、ディールの設計の自由度が高まると感じました。

石田弁護士 そうですね。私も最近、実際に欧州のとある国のM&Aを担当したのですが、日本で言う“増資”のような場合に、表明保証違反の責任を対象会社に負わせることは現地法上違法であるということで、親会社保証の交渉をかなりハードに行うこととなりました。こういった場合でも表明保証保険を利用できるとすると、利用がさらに広がる可能性があるかもしれません。

池田氏 社内では、買収後にコンプライアンス体制を構築するのはディールチームとは異なるため、連続性に課題があります。クロージング後へ積み残したイシューの対応でも、法律事務所と協働する余地がありそうですね。

石田弁護士 当事務所では専属のPMIチームもありますし、また多くの国で事業を展開するクライアント様向けに、Anti-bribery等のコンプライアンス上のリスクがどの国にあるか否かをマッピングできるAIツール等もあり、支援の一環になればと考えています。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2024』を 「まとめて読む」
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石田 雅彦

弁護士
Masahiko Ishida

01年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。03年弁護士登録(第二東京弁護士会)。09年コロンビア大学ロースクール修了(LL.M。フルブライト奨学生)。11年ニューヨーク州弁護士登録。11年~ディーエルエイ・パイパー東京パートナーシップ外国法共同事業法律事務所。24年~同事務所日本代表パートナー。専門はM&A、国際取引。

池田 順一

双日株式会社 法務部 第三課 課長
Junichi Ikeda

07年60期司法修習修了。米国系法律事務所、外務省を経て15年双日株式会社入社。東京本社法務部、米バージニア大学ロースクール留学(LL.M.)を経て22年~現職。エネルギーおよびインフラ関連の事業に関するトレーディング、M&A、プロジェクト開発、訴訟・仲裁等の案件に関与。