【内部不正・危機管理】海外子会社管理の実務対応 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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現地の法規制だけでなく文化的な理解が不可欠

海外子会社管理は日本企業にとって長年の課題だが、企業規模を問わず海外事業展開が進み、国際的に法規制が厳格化している今、その重要性は高まるばかりだ。そもそも、なぜ海外子会社管理はうまくいかないのか。海外進出企業のサポート経験が豊富な弁護士法人堂島法律事務所の安田健一弁護士によると、一番の問題は、“日本本社に現地の法律やリスク情報に関する理解が不足していること”だという。

「近時は海外子会社における不正レベルが深刻化しており、大規模な会計不正も増加しているため、予防・早期発見の観点からも海外子会社管理の重要性は高まっています。日本人駐在員が派遣されている場合でも、言語等の問題から現地社員とのコミュニケーションがうまくとれなかったり、子会社全体を本社がコントロール・モニタリングできていないために、不正が発生しても本社が気づけないケースは珍しくありません」(安田弁護士)。

国民性の違いもある。「中国ではコンプライアンスに関する意識が日本と大きく異なります」と語るのは、中国の法律事務所での研修経験があり、中国全土の法律事務所との連携を担う王宣麟弁護士だ。

「コンプライアンスの遵守は、利益の追求と少なからず反比例の関係にあります。中国はまだまだ利益追求重視の段階にあるため、一部の大手や国有企業、外資系企業を除くと、コンプライアンス意識が根づいていないのが現状です。日本と比較すれば、“基本的にコンプラ意識が薄い”という観点を本社側でしっかりと認識し、その実情を踏まえた対策を打ち出す必要があります」(王弁護士)。

本社によるコントロールと子会社の自主的な運営のバランスが重要

海外子会社の不正調査も多く手がける安田弁護士は、「人の意識改革を目的としたコンプライアンス教育には限界があるため、別の観点からも方策を立てる必要があります」と指摘する。

「不正を検知する体制を整備するだけでなく、それを繰り返しアナウンスすることで、“牽制効果”を働かせるのも一つの手です。たとえば“不審なお金の動きがないか”について本社側で常にチェックできる体制にしておき、それを伝え続けることで、“不正を行うと発覚する”という認識を社内に浸透させるわけです」(安田弁護士)。

近年、駐在コストの高騰や人材不足を背景に海外拠点経営の“現地化”が進んでいるが、王弁護士は本社からすべき目配りにさらなる注意を促す。

「現地で雇用する人材は、いかに経験豊富で優秀であろうと“日本本社の意図を正しく理解できるか”“意思疎通が図れるか”といった問題点は残ると考えています。また、日本の商習慣を十分に理解していない場合もあるため、営業秘密の管理などの重要な権限も含めて子会社に委譲することが一概に正しいとはいえません。コロナ禍で日本人が中国まで管理に行けなかった時期に多くの不正が行われていた事実が後から発覚したケースもよく見聞きします。業種にもよりますが、少なくとも重要な機密情報を国外で扱うのであれば、情報漏洩のリスクを回避するため、あるいはコンプラ意識を徹底させるために日本人駐在員を派遣すべきだと思います」(王弁護士)。

「本社によるコントロールと現地子会社の自主的な運営のバランスがうまくとれた管理体制の設計が求められます。可能であれば、さまざまな企業のサポート経験のある専門家の助けを借りて制度設計に取り組むことをお勧めします。倫理規定や行動規範の整備も必要ですが、あまりにも細かく定めると、有名無実化して現地職員に守ってもらえないおそれがあるため、現地の実情に合わせたルールづくりを心がけましょう。さらに規定どおりの意思決定や処理が行われたか、一定期間ごとのモニタリングも重要です」(安田弁護士)。

安田弁護士によると、現地の正確な知識と法務リスクをきちんと把握できるしくみが整備されているかどうかが、子会社管理の“肝”だという。

「本社内で海外子会社の管理は海外事業部の管轄となっていたところ、海外事業部と法務部との連携がとれておらず、現地会社法について誤解していたために会社運営に支障が生じた例もあります。現地で専門家を起用しているかどうかにかかわらず、“現地と本社法務部との連携が適切に機能しているか”も、海外子会社管理を円滑に行うための重要なポイントになります」(安田弁護士)。

“周知と信頼”が成功のカギを握るグローバル内部通報制度のあり方

大企業を中心に、グローバル内部通報制度が浸透してきた。「制度設計の際には各国の法令対応が不可欠ですが、公益通報者保護関連の法律以外にも、現地の個人情報保護関連の法律がポイントになります」と、上場企業から中小企業までさまざまなステージの内部通報制度の窓口受託や制度構築に関与してきた横瀬大輝弁護士は説明する。

「たとえば、中国では2021年11月から個人情報保護法が施行されたのですが、個人情報を越境移転させる際に本人の同意が必須であることを考慮し、通報窓口をまずは中国国内に設けるといったケースも見受けられます。GDPR(EU一般データ保護規則)への対応では、“通報窓口を設置するベンダーの所在国が十分性認定の取得国かどうか”もチェックし、それに応じた対策が必要です」(横瀬弁護士)。

運用面でもまだ課題が多いという。

「主な課題は二つあります。一つ目は“周知が行き届いていないこと”。たとえば制度について一度メールで知らせただけでは不十分です。工場など現場勤務の社員が多い場合は、誰にも見られずに確認できるトイレの個室などにポスターを貼るなど、アナログな手法も効果を期待できます。二つ目は“制度の信頼性が担保されていないこと”です。“通報しても対応してもらえない”とか、報復のおそれなどで不信感が募り、利用が進まないケースも散見されます。まずは受付内容の間口を広げ、小さな苦情でも丁寧に対応し、徐々に信頼感を醸成していく取組みが不可欠です。“受付・調査・是正・結果開示までスムーズな環境を整えたうえで不正を早期発見・対処し、会社の利益につなげていく”という内部通報制度の目的や必要性を社員にきちんと理解してもらうことが、窓口を現地に置く場合でも日本本社と共通とする場合でも、内部通報制度の実効性を高めるための第一歩となります」(横瀬弁護士)。

読者からの質問(うまくいっている企業が実践している具体策)

Q 海外子会社管理がうまくいっている企業が実践している具体策があれば教えてください。
A まずは現地の実態把握を十分に行える体制を整備することが肝要です。現地法の理解だけでなく、商習慣や国民性などの違いを押さえたうえで、実情に合った制度設計を行いましょう。海外子会社管理がうまくいっている企業では、研修を行った後にアンケートに回答してもらうなど、現地社員に何らかのアクションを求める工夫が見られます。いまだにコンプライアンス意識の希薄な国においては、受け身の教育だけでは効果を期待できません。たとえば、内部通報窓口の利用検討有無についてアンケート調査を定期的に実施するのもお勧めです。情報収集に役立つだけでなく、制度の存在を再確認してもらうのにも効果的です。

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題2024』を 「まとめて読む」
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主事務所の所属弁護士会:大阪弁護士会

安田 健一

弁護士
Kenichi Yasuda

84年京都大学法学部卒業。10年弁護士登録。10年堂島法律事務所入所。18年ニューヨーク州弁護士登録。博士(法学)。17年9月~18年4月北京天達共和律師事務所にて勤務。18年5月~19年1月タイ国三井物産株式会社に出向。人事労務を専門とするほか、日本企業の国内外のビジネス法務案件や、外国政府機関、外資系企業の日本法人の顧問弁護士を務めている。

横瀬 大輝

弁護士
Taiki Yokose

弁護士・公認不正検査士。08年慶應義塾大学法学部卒業。11年早稲田大学大学院法務研究科修了。13年弁護士登録。20年堂島法律事務所入所。内部通報制度構築支援・外部窓口受託、危機管理・不祥事対応、コンプライアンスを専門分野の一つとする。上場企業、スタートアップ企業、中小企業などの様々なステージの企業の内部通報制度に関与経験を持つ。

王 宣麟

弁護士
Senrin Oh

16年京都大学法科大学院卒業。17年弁護士登録、堂島法律事務所入所。24︎年中国人民大学ロースクール修了(修士)。ネイティヴレベルの中国語を使用して、日本企業だけでなく中国企業の日本国内におけるビジネス法務や対日・対中進出を広くサポートする。中国法律事務所での研修経験も複数あり、留学中に培った中国全土の法律・会計のネットワークを活かして現地日系法人の支援もしている。