株式会社の資金調達手段は大別して二つ
金融機関に対するアドバイスを中心に多くの企業のファイナンス領域への法的支援を実施してきた片岡総合法律事務所。近年はスタートアップ企業への支援や、出資するベンチャーキャピタルや大企業へのアドバイスも増加しているという。「近年のFintechの広がりにより、金融機関以外のさまざまな企業も、決済関係の事業を中心に金融サービス領域への参入を加速させています。それにより、もともと金融関係の仕事が中心の事務所でしたが、スタートアップをはじめ、規模を問わず事業会社から金融関連法務のご相談を受けることが増えました。中でもコーポレートファイナンスのご相談が多くあります」(長谷川紘之弁護士)。
コーポレートファイナンスには借入れ等(デット)と出資等(エクイティ)の2種類があり、株式会社はこの二つのいずれか、あるいは組合せで資金調達を行う。「創薬ベンチャーのように、研究開発に膨大なコストと時間を要し、安定した売上が立つまでに最低10年はかかると言われる業態は、さまざまな資金調達方法を模索します。売上が立たない状況で年間何億もの資金が必要になるからです。“普通株で調達するか”“優先株にするか”“新株予約権ではどうか”“誰に引き受けてもらうか”というディスカッションをよく行っています。借入れは大手企業や歴史と実績ある中小企業には身近ですが、スタートアップは信用度が低く原資もさほどないため簡単ではありません。そのため、主にエクイティによる調達が行われます」(長谷川弁護士)。
手段ごとの特徴・規制を踏まえた選択を
「出資等(エクイティ)と借入れ等(デット)の相違は、バランスシートでの取扱いのほか、大きく二つあります。一つは“元本の返還義務”です。デットには返済日における返還義務がありますが、エクイティは利益を原資として配当するものの、一定期間までに元本を償還する必要はありません。もう一つの大きな違いは“資金提供先に対するコントロール権の有無”です。デットでは、債権者が増えるだけですが、株式を新規発行した場合、新株主に対して経営のコントロール権を与えることになります」(近岡裕輔弁護士)。
デットには“社債”と“ローン”がある。社債は金融機関を介さない直接金融であるが、ローンは金融機関が介在する間接金融である。さらに、大規模な資金調達場面になると複数の金融機関がシンジゲート団を組成する“シンジゲート・ローン”もある。「通常、ローンには元本の返済を保証させるために担保を設定します。その客体は不動産や(将来)債権、経営者保証などさまざまです」(近岡弁護士)。
経営者保証は中小企業が金融機関から融資を受ける際に経営者個人が連帯保証人となる制度であるが、近年、経営者による積極的なリスクテイクやスタートアップ企業のチャレンジを阻害していると指摘されているという。「金融庁主導で「経営者保証に関するガイドライン」が作成されており、貸付けを行う際に安易に経営者保証を設定しないよう指導が行われています。また、経営者の個人資産に依存しない担保として、最近法案が通過した“企業価値担保権”も注目されています。スタートアップ企業など、借入れの時点で有形資産をもたない資金需要者を対象に、ノウハウや顧客基盤などの無形資産を含めた事業全体に担保設定することを認めようという制度です」(近岡弁護士)。
上場/非上場企業の資金調達上の留意点
「上場会社が株式等の有価証券により資金調達を行う場合は、さまざまな規制の対象となります。たとえば、株式を発行する場合には、原則として金融商品取引法に基づき有価証券届出書の提出が必要です。また、上場している証券取引所ごとに適時開示に関する規定を設けていますが、いずれも業務執行を決定する機関がエクイティ・ファイナンスの実施を決定した場合には適時開示が必要とされているため、非上場会社と比べて手続の負担は重くなっています。非上場会社においては、株式の発行に関して実務上の工夫をすることにより金融商品取引法の適用を免れることができますが、一方で、状況改善に向けた取組みは進んでいるものの、上場会社と比較すると、投資機会と投下資本の回収手段が少ないので投資家を探すことが難しいという実情があります」(図師康之弁護士)。
非上場会社は、投資を受けられる機会を得たとしてもその内容はよく精査すべきだと図師弁護士は指摘する。「たとえば、ベンチャーキャピタルから出資を受ける場合、議決権付株式を発行し、かつ、投資契約においてベンチャーキャピタルが取締役を指名できるような規定が盛り込まれる場合が多くあります。投資する側が経営に影響力をもつことになりますので、事前に経営方針等についてコミュニケーションをとることが肝要です。また、投資契約等に経営者に不利な条項がないか確認することも必要です」(図師弁護士)。
スタートアップ企業は資金調達ができなければ経営が行き詰まるため、出資側の条件を無理にのもうとしてしまう傾向があるという。「出資者が株主として経営への影響力をもってしまうと強制的に株を売却させることは難しく、後戻りができません。このため、契約で妥協しすぎると株主の意見次第で物事が進まない状態に陥りがちです。たとえば、投資契約をレビューする際には、出資者の意向を踏まえつつ実務的に妥当な落としどころを探るコメントの仕方など、多くの事案から培った専門家の知見を活用してもらえればと思います」(図師弁護士)。
読者からの質問(契約交渉時における株主による要承諾事項)
長谷川 紘之
弁護士
Hiroyuki Hasegawa
99年東京大学法学部卒業。01年弁護士登録(東京弁護士会)。07年南カリフォルニア大学ロースクール卒業(LL.M.)。11~12年証券取引等監視委員会事務局。
近岡 裕輔
弁護士
Yusuke Chikaoka
18年慶應義塾大学法科大学院修了。19年弁護士登録(東京弁護士会)。21年~慶應義塾大学法務研究科(法科大学院)助教。Paywiser Japan株式会社社外監査役。
図師 康之
弁護士
Yasuyuki Zushi
18年九州大学法科大学院退学(予備試験合格のため)。19年弁護士登録(東京弁護士会)。22~24年金融庁監督局総務課(法務係)、総合政策局リスク分析総括課金融サービス仲介業室、総合政策局リスク分析総括課マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室、法令等遵守調査室勤務。