2023年で3回目の開催となる「法務の重要課題」。
参加者にとっては“法務のゆく年くる年”として、自社の法務の過去と現在そして未来を点検する重要な機会となっている人気のセミナーだ。
2023年度版となる今回のセミナーでは、前回に引き続き、モデレーター役をベンチャーラボ法律事務所の淵邊善彦弁護士、パネリストには双日株式会社のCCO兼CISO兼法務、内部統制統括担当本部長の守田達也氏と、今回が初参加となるSGホールディングス株式会社 コンプライアンス統括部担当部長の佐々木毅尚氏、株式会社トレードワルツ コーポレート本部マネージャーの照山浩由氏が務め、活発なディスカッションが行われた。
主要な改正法令の概要と留意点
セミナーではまず、淵邊氏が2023年の法改正を俯瞰しながらそれぞれの留意点などを解説。
「例えば消費者契約法については、消費者保護に関する法改正がより活発になっており、企業側は“裁判にならなければよい”という発想ではなく、レピュテーションリスクも考慮して対応することがより重要となっています。電気通信事業法についても届出対象が拡大されるため、改正を機にリーガルチェックなどを通じて自社のビジネスを再度洗い出し、規制への対応を再検討することが大切です。さらには民法や不動産登記法の改正や財産権管理制度の見直しなどは、不動産関連のビジネスをされている企業だけでなく、M&Aの際に“対象会社が持つ不動産をどう評価するか”といったことにも関わってきます。また、消費税法が改正されインボイス制度の導入が始まり、労働基準法の改正では割増賃金やデジタルマネーでの支払解禁などもトピックとなります。これらの課題には当然ながら法務だけでは対応できないものも多く、経理部門やIR部門など、法務部と他部門の連携がより重要になってくると感じています」(淵邊氏)。
重要性を増すサスティナビリティ対応
次に、「コーポレートガバナンス」「リーガルテック」「情報管理」「優越的地位の濫用」「消費者契約法改正」「経済安全保障~ビジネスと人権~」といった、六つの議題でパネルディスカッションが行われた。
日本では2015年に初めてコーポレートガバナンスコード(CGコード)が導入され、現在までに3年おきの改訂が行われている。佐々木氏はCGコードへの対応について、以下のように指摘する。
「最近のCGコードを見ると、報告書などへのサスティナビリティに関する取り組みについてのより踏み込んだ記載が求められています。投資家からすると、いまや企業がコンプライアンスを遵守することは当たり前になっており、コンプライアンスについての取り組みはあまり評価の対象になりません。対して、サスティナビリティは投資家が企業を評価する大きなポイントになっており、各企業で本気の対応が迫られているところだと思います」(佐々木氏)。
一方、照山氏は、法務部の立ち上げから参画した前職での経験を次のように語る。
「情報開示などの取り組みを行う中で、“常に大切にしよう”と社内で話していたのは、“株主にどのようなプラスをもたらすのか”といった視点です。そうした視点を持たなければ、タスクだけが増えてアウトプットも結局は中途半端なものになってしまいます」(照山氏)。
守田氏によると、双日ではサステナビリティ推進部が設置され、同部のトップを元法務部長が務めるという。
「人権や生物多様性など、企業として取り組むべきことがどんどん広範となる中、社内でのルールやレギュレーションが必要になる機会も増えています。企業にとってのリスクなどネガティブな面をなくすことに重きを置いていた従来の法務から、企業の将来の成長に積極的にコミットしていく戦略的な法務へ。法務がサスティナビリティなどの領域に関わることは、我々の役割を広げる上でも大きなチャレンジだと思っています」(守田氏)。
ディスカッションの中で、淵邊氏は法務の経営への積極的なコミットや法務のリードによる社外取締役の有効活用などについても提言。コーポレートガバナンスの領域で、法務が存在感を発揮する道筋や期待も語られた。
進化を続けるリーガルテックの活用法
次なる議題である「リーガルテック」については、「注目しているのはやはり契約書のレビュー。移り変わりが早いので、国内外を問わず各ベンダーのサービスをウォッチしながら、気になるものを試しながら使っています。とはいえ、次から次へと出てくる新たなサービスをキャッチアップするのは大変なこと。そこにどのようにしてリソースを割くかは一つの課題となっています」と守田氏。佐々木氏も「当社でも、最も効果の出る契約書関連のリーガルテックの導入は完了しており、最近は翻訳や書籍のサブスクリプションサービスなども導入しました。他の領域での導入も模索していますが、守田さんもおっしゃるように、新たなリーガルテックの導入を法務担当者がかけ持ちで推進するのは難しい部分がありますね」と、課題感を共有した。
話題となっているChatGPTなどの文章作成AIについては、すべてのパネリストが提案資料のベース作りなどに活用していると回答。それぞれが法務におけるリーガルテックのさらなる活用についての展望を語った。
「シャドウITの観点でいえば、これまでも存在した情報漏洩などのリスクが、文書作成AIなどが話題になることによってようやくクローズアップされてきた印象を持っています。結果的に日本企業の危機管理の水準が上がり、AIによるデータの利活用のガイドラインなどを、今後は法務業界が中心になって作っていければという期待感も持っています」(照山氏)。
「契約書のレビューにしても文書作成AIにしても、“進化するリーガルテックを法務業務においてどのように活用するか”という視点が大切。“リスクがあるから使わない”ということでは、企業も国も競争に勝てませんし、技術の進化や各国の規制を含めて常にウォッチしておくべき分野だと思います」(淵邊氏)。
オープンソース化が広げる法務の可能性
「情報管理」については、「転職に伴う営業機密情報の持ち出しによるトラブルなどは、私の事務所にも依然として多くの相談が寄せられています」と淵邊氏。各パネリストも「国が副業の推進や人材の流動性を高める方向性を打ち出す中、特に競業の禁止には社員から強い抵抗を示されることも増えている」との意見で一致。それぞれにソフトとハードの両面での対策の重要性を指摘する。
「頭の中に入っているノウハウの持ち出しまで制限することは物理的に不可能ですし、企業として本当に重要な情報を守ることに注力し、その周辺についてはある程度は柔軟性を持ったマネジメントが必要になるのではないかと思います」(佐々木氏)。
「エンジニアの世界では、ソースコードなどもオープンにして共有するといったシェアリングのカルチャーが根付くことで、人材の価値が上がってきています。法務分野も同様に、ノウハウやナレッジをオープンソース化し、そこにリーガルテックが紐付くことで、新たな仕事の仕方やバリューが出てくるはず。アクセス制限などで守るべきものは守りつつも、情報やノウハウを柔軟に捉え直すことは、法務の明るい未来にもつながるのではないでしょうか」(照山氏)。
一方、いまやGDPRが世界のスタンダードとなった個人情報保護の問題では、先進国のみならずアジアの国々でも整備が進む規制への対応に、多くの日本企業が苦労している。
そうした中で、佐々木氏によると、グローバルに拠点を持つSGホールディングスは、現地法律事務所と連携して各国におけるポリシーなどを策定しているという。積極的に海外M&Aを行い、グループ会社の裾野を広げる双日でCISO(チーフインフォメーションセキュリティオフィサー)を兼務する守田氏は、「当社でも大きなリソースや予算を割いて対応をしていますが、各国での個人情報保護への対応やハッキング対策などは、まさにイタチごっこになっています」と悩みを明かした。
「優越的地位の濫用」については、グローバルで見ると日本や韓国にしかない下請法や、政治主導で変化する公取委のスタンスなどを論点に進行。「下請法は日本企業にとってかなりの重荷になっている」「ビジネスの入り口から出口までの適法性をひたすら求められている印象」など、各パネリストが率直に意見を述べた。スタートアップやベンチャーと大企業とのアライアンスについて話が及んだ際には、「ここにいらっしゃる企業ではあり得ないかもしれませんが、法務部のないベンチャーがM&Aで不利な条件を押しつけられていたり、共同研究などで自社の知財をきちんと守れない形で契約を結んでいるケースも見られます。もちろんビジネスなので自社が有利になる条件で交渉することは大切ですが、お互いがWin-Winになる関係性を目指すことも重要です。特に日本でのスタートアップ支援はここ数年が勝負。大企業のみなさんには、ぜひリスクを取って投資を推進してほしいと思っています」と、淵邊氏が大企業に向けてリクエストする場面もあった。
法務の仕事に求められる広範な視野
そして、高まる消費者保護の観点やレピュテーションリスクなどが論点となった「消費者契約法改正」については、「大原則であるフェアネスに基づいて、消費者と公正な契約や取引を行うことが大切」と佐々木氏が指摘。照山氏も「社会のインフラとなりうるビジネスを目指せば、当然ながら公平性が要求される。現代のビジネスにおいて、フェアネスはとても大事なポイントだと思います」と同意した。
また、B to Cのビジネスを行う大企業から聞いた意見として、守田氏が「多くの企業では消費者団体などの視線もあり、今回の法改正よりもグレードの高い約款や契約書を既に用意されている印象です。とはいえ、企業の規模や成長段階によっても守るべきスタンダードは大きく変わるはずです」と指摘すると、淵邊氏が「もちろん違法行為はダメですが、リスクがあるからといって何でもストップをかけてしまうと、スタートアップなどのビジネスは成り立たなくなってしまいます。例えば、レピュテーションリスクの観点でいえば、“IPOを目指すのかどうか”など、どのようなイグジットを考えるかでもアドバイスは変わってきます」と、消費者契約法に関するリスク対応のポイントを語った。
そして、最後のテーマとなる「経済安全保障」では、「米国の中国に対する対応など、昨今の規制を見ると、条文を読んでもよく分からない。従来の我々の発想では対応できない領域に入りつつあるように感じます」(佐々木氏)、「目まぐるしく変わる世界情勢によって、従来の縦割りの組織では対応できないリスクが出てきています。法務だけでの対応は難しく、政治的なインテリジェンスを常に高める機能や情報収集を行う部隊が企業にとっては重要になるのではないかと感じています」(守田氏)と、それぞれが所感を語るとともに、人権関連の問題については、照山氏が「例えばウイグルの話のように、国際政治関係の変動によっていろいろな問題が表に現れてきます。そうした“国際関係と人権”という文脈の中に企業のビジネスをうまく乗せていくことも、今後の法務にも求められる役割かもしれません」と指摘した。
最後は、淵邊氏が日弁連でスタートした人権派弁護士とビジネス系弁護士によるワーキンググループでの取り組みなども紹介し、「もはや法務の方々も弁護士も“法律だけを知っていればよい”という時代ではなく、政治や経済、人権問題にまで視野を広げていく必要があると感じました。今回のセミナーが、法務部内や企業内における一つの議論のきっかけとなれば嬉しいです」と、2時間以上にわたるセミナーを締めくくった。
→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題』を 「まとめて読む」
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淵邊 善彦
ベンチャーラボ法律事務所 代表弁護士
87年東京大学法学部卒業。89年弁護士登録。TMI総合法律事務所パートナー、中央大学ビジネススクール客員教授、東京大学大学院法学政治学研究科教授などを経て現職。主にベンチャー支援、M&A・アライアンスを取り扱う。
守田 達也
双日株式会社 CCO兼CISO兼法務、内部統制統括担当本部長
90年に総合商社である日商岩井株式会社(現双日)への入社以来、東京・大阪・ジャカルタ・シンガポール・ニューヨークで法務・コンプライアンス業務に従事。法務部長を経て、現在は法務、内部統制統括担当本部長(執行役員)、CCOなどを務める。
佐々木 毅尚
SGホールディングス株式会社 コンプライアンス統括部 担当部長
明治安田生命相互会社、アジア航測株式会社、YKK株式会社、太陽誘電株式会社、株式会社LegalForceを経て、SGホールディングス株式会社に入社。09年より法務部門のマネジメントに携わり、法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。
照山 浩由
株式会社トレードワルツ コーポレート本部マネージャー
慶應義塾大学卒業後、自身で不動産会社を設立経営。30歳で日本大学法科大学院へ入学。上場IT企業で法務を経験し、19年参画の前職ではゼロから法務を立ち上げ、12名の組織を管掌。設立間もないベンチャー企業の法務組織立ち上げのため、23年3月より現職。