【独占禁止法・下請法】独占禁止法・下請法をめぐる最新動向とその対応 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

エネルギー価格の高騰などによる中小企業や下請事業者の経営環境の悪化を受け、それらを保護しようとする当局の活動が活発になっている。優越的地位の濫用に関する緊急調査の実施、コスト転嫁に関して独占禁止法に違反していないケースでの事業者名の公表など、異例ともいえる対応が続く。また、例外的に時間外労働の上限規制の適用外となっていた自動車運転業務への適用まで1年を切り、物流を担うドライバーの稼働時間の減少が明白である中、発注者である荷主と受注者である運送事業者の関係性の独占禁止法・下請法の観点からの見直しも急務だ。さらには独占禁止法と知的財産権が交差した事例が見られるなど、独占禁止法を取り巻く環境はこれまで以上に複雑化しつつある。

そこで、独占禁止法や貨物自動車運送事業法に長けたシティユーワ法律事務所の石井輝久弁護士、坂野吉弘弁護士、松永博彬弁護士に、独占禁止法・下請法をめぐる最新動向とその対応について聞いた。

読者からの質問に答える

コスト転嫁に関する企業名の公表をどう受け止めていますか。

「値上げを要請されて“理由なく”据え置く」ことが違法であることは、以前から解釈としていわれてきましたが、今回のような新たな解釈かつ明確に独占禁止法に違反しているとまでいえないケースでの具体的な社名の公表は異例といえます。
まず、コスト転嫁に関する最近の当局の動きを振り返りましょう。2021年12月27日に「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」が内閣官房、消費者庁、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、公正取引委員会によってとりまとめられました。中小企業や下請事業者が労務費や原材料費、エネルギーコストの上昇分を適切に転嫁できるようにし、賃金引上げの環境を整備するため、政府横断的な転嫁対策の枠組みを構築し、価格転嫁の円滑化に向けて法執行を強化する姿勢を明示したものです。続けて、2022年1月に法律上問題となりうる取引価格の据え置きに関する考え方が周知され(運用基準の改正等)、2022年3月30日には「令和4年中小事業者等取引公正化推進アクションプラン」が公正取引委員会から示されました。さらに、2022年12月27日には独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査の結果とともに、「発注者の側からの(コスト転嫁のための中小の取引先との)積極的な協議を促すため」等として、13社の社名が公表されました。
先述の周知では、“協議”の重要性は強調されていましたが、発注者の側から“協議の場を設ける”ことが“マスト”であるとまでは思われなかったので、協議の場を設けなかったことが社名を公表された理由なのではなく、緊急調査の結果から“コスト転嫁に積極的でない企業”と見えてしまったのではないかと思いますが、「発注者の側から“協議の場”を積極的に設けるべき」という内容は新たな法解釈を含むものであり、正式な審査ではない実態の調査に基づき、独占禁止法に明確に違反しているとはいえないケースで具体的な社名を公表することは極めて異例です。同様の調査で、必ずしも独占禁止法に違反していないにもかかわらず社名を公表した例が1989年にありましたが、今回の事例はそれ以来の約30年以上ぶりのことで、対象となった企業以外にとっても衝撃的と言っても過言ではないはずです。公正取引委員会は「こうした行為を多数の取引の相手方に対して行っている事案又は過去に繰り返し行っている事案については、独占禁止法に基づき事業者名を公表する方針を対外的に示しているところである」と説明し、対象となった企業に対して意見を述べる機会を与えました(石井弁護士)。

コスト転嫁について当局の対応が強化される中にあって、企業としてどのように対応すべきでしょうか。

「サプライチェーンを長期的にどのように維持していくか」を経営層と議論し、下請事業者と対話し、お互いにとって新たな関係性を構築するためのよい機会として捉えることが最適ではないかと考えます。企業がとりうる対応として「必ずしも違法とは限らないので“適当”に対応する」「徹底的に公正取引委員会の言い分を受け入れる」などが想定され、クライアントからは実際に法的な有効性や行政処分の有無の確認などを受けました。その中で、対応の必要性のレベルを下げたクライアントもあれば、これをよい機会として捉えてサプライチェーンの効率化に取り組み始めたクライアントもいます。よりよい取引先を確保できたクライアント、コスト転嫁以外の課題も見つかって改善につなげたクライアントもいて、企業としてプラスの結果につなげた事例も見られました。こうした企業は、発想を転換し、“企業としての哲学を再検討する機会”として受け止め、対応に取り組んだといえます。
公正取引委員会は、当面、転嫁対策については、「優越的地位の濫用である」としてすぐに行政処分をするというよりも、“要請”レベルでのメッセージを出しつつ状況を分析していくのではないかと見ています。しかし、今回の件は、対岸の火事としてではなく、“重要なフラグ”として捉えるべきでしょう。当事務所には行政での出向経験を有する弁護士が多数在籍していますし、私自身も公正取引委員会に出向していました。行政の考えを熟知した上で、当事務所全体でクライアントのビジネスをサポートしていきたいと考えています(石井弁護士)。

石井 輝久 弁護士

リコーとディエスジャパンのアフターマーケットの事案で、リコーが逆転勝訴となった構図を教えてください。

東京地裁判決と知財高裁判決では客観的な部分に差異はなく、メモリの書換制限措置を講じたことに十分な必要性および合理性が認められるか、権利の濫用に当たるかの判断が異なったことで結論に大きな違いが生じ、公正取引委員会が2004年(平成16年)10月21日付けで「キヤノン株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」として公表した先例での取扱いを参考にすると、リコーの行為は競争者に対する取引妨害に該当するだけの公正競争阻害性(競争手段の不公正さや自由競争の減殺)は認められないと評価されたものと考えます。
この知財高裁の判決について賛否は分かれるところですが、経済環境や事業構造の変化可能性を無視してフリーライドを擁護するばかりでは、事業者が新たな製品を開発する意欲を失わせかねません。また、判例が多くは存在していない日本では、必要性・合理性等の評価において公正取引委員会による判断を参考にせざるを得ないことを考慮すべきでしょう。
独占禁止法と特許権等の知的財産権の関係について考える場合、いずれか一方、特に知的財産権の重要性が強調されることがあります。おそらく、独占禁止法は、公正かつ自由な競争の促進を目的にしているものの、事業者の勝手な行為を抑制する法規制と考えられ、特許権等の知的財産権は、事業者の知的活動の成果を排他的に利用できる権利として事業者を守る制度と考えられていることが原因でしょう。しかし、「事業者のインセンティブを確保すべき」という点は、独占禁止法であっても知的財産権であっても変わらず、「事業者の権利と競争環境のバランスをどのようにとるべきか」という点が重要になります。
独占禁止法21条は、特許権等の知的財産権の権利行使と認められる場合には独占禁止法を適用しないことを確認的に規定していますが、“権利の行使”と見られるような行為であっても、行為の目的、態様、競争に与える影響等を勘案した上で、知的財産権制度の趣旨を逸脱し、または同制度の目的に反すると認められる場合には、その行為が同条にいう「権利の行使と認められる行為」とは評価されず、独占禁止法が適用されることを確認する趣旨で設けられたものであると解されています。
また、公正取引委員会による「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」第2の1は、①まず、ある行為が「外形上、権利の行使とみられる」かどうかを判断し、権利の行使とみられない場合は通常どおり独占禁止法の規定を適用し、②その行為が権利の行使とみられる場合であっても、公正かつ自由な競争の観点を踏まえた知的財産制度の趣旨・目的からみて実質的に権利の行使とは評価できない場合は、独占禁止法の規定を適用し(「権利の行使と認められる」場合は適用除外となる)、③最終的に、その行為が「独占禁止法の各規定の要件を充足するか」どうかを検討して違法かどうかを判断するという枠組みを提示しています。「外形上、権利の行使とみられる」かの判断では、本来的に知的財産権者が自由に決定しうる性質の事柄であれば、権利の行使として不合理なものといえず、「権利の行使とみられる」ことになります。これに対して、権利消尽後の行為や知的財産権の存続期間終了後の行為、権利譲渡後の行為は“権利の行使”となりません。
「権利の行使と認められる」かの判断では、公正かつ自由な競争の観点を踏まえた知的財産制度の趣旨・目的からみて実質的に権利の行使といえるかどうかを評価する必要があり、「その支配的地位を背景に許諾数量の制限を通じて市場における実質的な需給調整を行うなどしている場合」は独占禁止法上の問題が生じうるほか、「利用許諾の拒絶行為も、それが意思の連絡の下に共同してなされた場合には、それぞれが有する著作隣接権で保護される範囲を超えるもので、著作権法による「権利の行使と認められる行為」には該当しないものになると解されています。
知財高裁判決では、残量表示がされないことへの対応によるユーザーの負担は大きいものとはいえないことなどを示した上で、ディエスジャパンは再生品であるため残量表示がされないが印刷はできることを表示することで対応できることや、電子部品の形状を工夫して技術的範囲に属さない電子部品を製造して取り換えることで特許権侵害を回避し、残量表示をさせることは技術的に可能であることなどから、ディエスジャパンの不利益の程度は小さいと評価し、リコーによる特許権の行使は再生品をもっぱら市場から排除する目的によるものとは認められないとしました。競争者に対する取引妨害には抵触せず、権利の濫用に当たるものとは認められないともしています(坂野弁護士)。

坂野 吉弘 弁護士

運送や倉庫保管の委託取引は、資本金要件さえ満たせばすべて物流特殊指定の対象になり、下請法類似の規制がかかるのでしょうか。

基本的にはそのとおりですが、細かいことをいえば、物流特殊指定は独占禁止法2条9項6号を受けているため、同号の要件を満たす必要があります。また、物流特殊指定は、資本金要件に該当しない当事者間であっても、取引上優越した地位にある荷主が取引上の地位が劣っている物流事業者に対する場合も、荷主は特定荷主に該当し、かつ、その地位の優劣は総合的に考慮されます。「物流“業”特殊指定」といわれることもありますが、“物流”特殊指定であり、物流事業者を規制対象とするものではなく、荷主を規制対象とするものです。物流特殊指定の実質は、荷主の優越的地位の濫用の規制なのです。
物流特殊指定が発動されるのは、“払うべきものを払わない”など、荷主の債務不履行の場合が多く、コンプライアンスを徹底している荷主にとっては恐れるようなものではありません。石井弁護士も触れた公正取引委員会による独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に関する緊急調査の結果でも、コストの上昇分を取引価格に反映せず、従来どおりに取引価格を据え置くことについて、そのこと自体を問題としたのではなく、「誠実に協議をしたものの結局は転嫁を受け入れなかった」という企業は社名の公表対象となっていません。ただし、公正取引委員会は違反行為が認定されず行政処分を行わない場合でも“警告”の名目で公表を行う可能性もあるので注意が必要です(松永弁護士)。

優越的地位の濫用、物流特殊指定は、荷主にとっての“本当の問題”に該当するのでしょうか。

荷主にとっての“本当の問題”は、自動車運転業務への時間外労働の上限規制が適用される、いわゆる“2024年問題”が解決していないことなのではないかと考えます。そこで、荷主側がイニシアチブをとるアプローチとして、例えば、同業荷主の共同配送、積載効率を上げるための配送規格の統一、モーダルシフトなども拡大しています。共同配送は情報交換について独占禁止法上の問題があるなど、法的問題がありますが、公正取引委員会への相談なども公表事例を見るだけでも複数行われており、法的問題をクリアした上で荷主主導の効率化を模索していくことも重要です。
物流業界において需給は逼迫し、宅配便荷物は増え続けている一方、ドライバーが不足して物が運べないという危機感が荷主・運送会社に広がっており、需給バランスがとれる見込みは、現時点ではありません。物流業界の低賃金・長時間労働・非効率が指摘されて久しく、国土交通省は市場原理に任せていては物流業界の労働条件改善は解決しないと考え、2024年3月までの時限措置として「標準的な運賃」を導入しました。また、荷主が違反原因行為をしている疑いがあると認められる場合の働きかけ・要請も行うなど、“2024年問題”に対してダイレクトに対応しようとしています。荷主はもちろん、運送事業者にとっても「何とかなるだろう」という考えではいられない事態にまで進んでいるのです。
ただ、このような問題に対して、我々弁護士からの情報発信が少なかったという実態を痛感してもいます。従来、運送事業者にとっての“法律家”は、運輸局への届出や登録を担ってもらう行政書士であり、弁護士に相談するとしてもドライバーの労務問題や訴訟に関することだったかと思います。しかし実際には、商法に関する問題であったり、通達がない部分の業法の解釈に関する問題であるなど、弁護士に相談すべき範疇の問題であることも少なくないのです。荷主や運送事業者のみなさんが現在抱える問題が、我々弁護士に相談すべきものであることを知っていただくとともに、ぜひ多くの相談を寄せていただき、運送業界のみなさんと持続可能な運送業を構築していきたいと思っています(松永弁護士)。

松永 博彬 弁護士

→『LAWYERS GUIDE 企業がえらぶ、法務重要課題』を 「まとめて読む」
他の事務所を読む

 DATA 

所在地・連絡先
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-2-2 丸の内三井ビル
【TEL】03-6212-5500(代表) 【FAX】03-6212-5700(代表)

ウェブサイトhttps://www.city-yuwa.com/

石井 輝久

弁護士
Teruhisa Ishii

99年弁護士登録(第一東京弁護士会)。07年ボストン大学ロースクール修了(LL.M.)。08年ニューヨーク州弁護士登録。16年シティユーワ法律事務所パートナー就任。金融商品取引法・独占禁止法を含む一般企業法務、M&Aおよび訴訟等を取り扱う。証券取引等監視委員会事務局市場分析審査課にてインサイダー取引等の審査に従事し、また公正取引委員会事務総局経済取引局企業結合課にて企業結合審査に従事した経験も有する。

坂野 吉弘

弁護士
Yoshihiro Sakano

株式会社東芝法務部を経て、04年弁護士登録(第二東京弁護士会)。13年ロンドン大学ロースクール修了(LL.M. in Competition Law)。18年シティユーワ法律事務所パートナー就任。20年神戸大学博士(法学)。会社員時代に公正取引委員会による調査の対応をして以来、談合・カルテルといった行為規制に関する対応だけでなく、企業結合規制、景品表示法に基づく規制、下請法に基づく規制等も含めて、規制当局への対応や事業展開における検討等、独占禁止法・競争法に関する案件を数多く取り扱っている。

松永 博彬

弁護士
Hiroaki Matsunaga

07年弁護士登録(第二東京弁護士会)、西村あさひ法律事務所に入所後、13年1月シティユーワ法律事務所入所。16年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M.)。16~17年Hunton & Williams LLP。17年ニューヨーク州弁護士登録、Shearman & Sterling LLP。独占禁止法、景品表示法、運送関連の商取引法および業法、危機管理、海外依頼者向け訴訟案件等を取り扱う。