“訴訟はビジネスにおける一つの手段”その心は?
法律事務所の業務は多岐にわたるが、知財系の法律事務所にとって最も力量が問われるのは、やはり特許訴訟であろう。勝訴率をアピールする事務所が多い中、弁護士法人内田・鮫島法律事務所の栁下彰彦弁護士は「訴訟はビジネスにおける一つの手段でしかない」と言う。その心は一体何なのか。
「勝ち負けよりも、“訴訟によってどのようなビジネス状態を達成したいのか”という視点が重要です。たとえば、特許権者が侵害者に対してライセンス交渉をしていて、交渉が暗礁に乗り上げて訴訟をせざるを得ないというケースであれば、本来達成したいことはライセンスとなります。であれば、判決で白黒つけることに固執するのではなく、早期に和解のテーブルに持っていくことが重要。つまり、ライセンス契約を実現する手段として、訴訟を使うということです」(栁下弁護士)。
高橋正憲弁護士は、「目指すべきゴールを正しく設定するには、クライアントからのヒアリングを通してマーケットの状況をつかみ、クライアントとマーケットの関係を知ることが大切」と続ける。
「たとえば市場でA社とB社が競合していて、A社からライセンスを受けている製品群と、B社からライセンスを受けている製品群が併存している場合があったとします。A社がB社を訴える場合と、B社のライセンシーを訴える場合では目指すべきゴールは異なるでしょう。B社を市場から排除することを目的にするなら、訴訟は徹底的に勝ちに行く。他方で、自社のライセンシーに乗り換えさせることを目的とするなら、ライセンス交渉を進めながら、場合によっては訴訟を利用することが考えられます」(高橋弁護士)。
これらは、まさに企業間紛争を熟知したスタンスといえるだろう。個人間の紛争なら、生じた損害の補償やトラブルを解決することそれ自体が目的になるが、企業が行う訴訟はあくまで事業活動の一環である。“訴訟に勝って事業で負けた”では意味がないし、“訴訟には勝ったが莫大なコストがかかり、それに見合ったビジネス上のリターンは得られなかった”ということになれば社内では評価されない。訴訟に勝つための戦術に長けた弁護士は多いが、それ以上にビジネスの視点や事情を重視した訴訟戦略を立ててくれる弁護士は、実は貴重である。
すべての訴訟はビジネスにとって意義があるか否か
とはいえ、企業も個人の集まり。後発品や競合品に権利を侵害されたと感じれば、ビジネスライクに徹しきれずに、負け筋でも訴訟提起に固執してしまうこともある。そのような場合、同事務所の弁護士たちはクライアントを説得することも厭わないという。「理を尽くして説明します」と述べた小栗久典弁護士は、次のように語る。
「訴訟は、その会社にとって大きな決断。それを実行するだけの価値があるかどうかは、クライアントのビジネス上の目的に立ち返って、それを達成できるかを検討して決めるべきです。その結果、勝算も考慮して、“訴訟しない方がよい”とお伝えすることは少なくありません」(小栗弁護士)。
森下梓弁護士も「逆に、勝算が低くても行動を起こすべき場合もあります。ビジネス上、“今はどんな手を尽くしてでもシェアを高めないといけない”というタイミングであれば、時に勝負をかけることも必要です。あるいは、相手から訴えられているなら、こちらも訴えることで、うまくいけばクロスライセンスに持ち込めるかもしれない。“可能性は低くても訴訟に持ち込む価値はある”という場面もあるのです」と続ける。すべては“ビジネスに照らして判断すべし”というわけだ。
技術と法律を知る実力者が一気通貫にサポート
同事務所のフォーメーション上の特徴としては、特許庁手続から侵害訴訟まで、一人の担当弁護士が一気通貫して担当するという点が挙げられる。一般的に、知財系の法律事務所では、弁理士と弁護士がペアとなり、特許庁手続は弁理士、訴訟手続は弁護士、特許の有効(無効)性に関する主張は弁理士、対象製品の充足性に関する主張は弁護士、といったように、それぞれの得意分野に応じて役割分担をすることが多い。
これらを一人の弁護士が担当する意義について、森下弁護士は「まずはクライアントにとってのコストメリットですね。主任弁護士(弁理士)が2名か1名かでは、単純にかかるコストが違います」と述べる。
栁下弁護士は論理の一貫性によるメリットを強調する。「特許訴訟では、充足性と有効性の議論のバランスをいかにとるかが大事です。充足論では権利の射程を広く主張しているのに、有効論では無効化を避けるために狭く主張すると矛盾が起きやすい。充足論で主張したことが、有効論で足をすくわれないようにする必要があります。一人で担当した方が、その論理に一貫性を保ちやすいのです」(栁下弁護士)。
また、高橋弁護士は、権利化から訴訟手続までをトータルで担当することの意義について以下のように語る。「権利化とは、訴訟で使う“武器”を作るためのプロセスです。日々訴訟を経験している我々は、訴訟場面ではどのような権利が強く、どのような権利が弱いかを熟知しています。訴訟での活用に耐える“強い権利”を作れるのがこの体制の強みです。逆に、訴訟の相談を受けたときに、使いにくい武器しかなければ、係属中の出願を補正や分割によって強い権利に作り変えることもあります」(高橋弁護士)。
技術論と法律論、どちらのスキルとセンスも兼ね備えた実力者集団だからこそ打ち出せる強みといえる。技術と法務の総合力でさまざまなビジネスを加速させてきた同事務所は、特許訴訟においてもクライアントの強い味方になりそうだ。
栁下 彰彦
弁護士
Akihiko Yagishita
92年慶應義塾大学理工学部卒業。94年慶應義塾大学大学院理工学研究科物質科学専攻修了。02年弁理士登録。06年万緑国際特許事務所設立。09年桐蔭法科大学院修了。10年弁護士登録(東京弁護士会)。11年弁護士法人内田・鮫島法律事務所入所。16年パートナー就任。
小栗 久典
弁護士
Hisanori Oguri
92年一橋大学法学部卒業。94年弁理士登録。99年New York University School of Law修了(LL.M.)。00年ニューヨーク州弁護士登録。08年一橋大学法科大学院修了。09年弁護士登録(東京弁護士会)。12年弁護士法人内田・鮫島法律事務所入所。14年パートナー就任。
高橋 正憲
弁護士
Masanori Takahashi
01年北海道大学工学部卒業。04年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻(計測情報論研究室)修了。07年弁理士登録。12年北海道大学法科大学院修了。15年弁護士登録(東京弁護士会)。15年弁護士法人内田・鮫島法律事務所入所。
森下 梓
弁護士
Azusa Morishita
05年東京大学工学部卒業。07年東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻修了。●年弁理士登録。13年成蹊大学法科大学院修了。14年弁護士登録(第一東京弁護士会)。17年弁護士法人内田・鮫島法律事務所入所。
著 者:鮫島正洋[編集代表]
出版社:日本加除出版株式会社
価 格:4,950円(税込)
著 者:伊藤雅浩・久礼美紀子・高瀬亜富[著]
出版社:商事法務
価 格:3,520円(税込)
著 者:鮫島正洋・小林誠[著]
出版社:日経BP社
価 格:2,640円(税込)