神奈川県との包括連携協定を締結
1990年に開所し、現在は弁護士530名、弁理士90名、スタッフを含め総勢約1200名からなるTMI総合法律事務所(TMI)。東京以外に名古屋、大阪、京都、神戸、福岡にも拠点に加え、日本の他の法律事務所に先駆けて1998年には上海オフィスを開設。その後も北京やベトナム、ミャンマー、シンガポール、シリコンバレー(米国)、カンボジア、ロンドン(英国)やタイと、数多くの海外ブランチを展開する。さらには外国弁護士に対する規制の厳しいアジア各国の現地有力法律事務所との提携に加え、英米独の大手法律事務所とも外国法共同事業を行うなど、強固なネットワークを構築。アジアや欧米、南米からアフリカまで、まさに世界中で日本企業のビジネスをサポートできる体制を整えているのも同事務所の大きな強みだ。
大手からベンチャーまで数多くの企業を顧問先に抱え、クライアント企業が国内外で直面する法的課題に対応するサービスを、コーポレートから知財、ファイナンス、IT、ヘルスケア等、所属弁護士の幅広い専門性において提供する。そんな同事務所が神奈川県などの自治体とともに取り組むのが、日本社会のDX化推進だ。
同事務所は2022年5月31日に、神奈川県と「連携と協力に関する包括協定」を締結。
「神奈川県の黒岩知事とは私が内閣官房医療イノベーション推進室室長顧問在任中に、政府の医療政策策定にもご協力いただくなど、約20年にわたってお付き合いをさせていただいています。そうしたご縁から、TMIの弁護士に向けて黒岩知事に講演をしていただく機会があり、その後に意見交換なども行いました。さらには知事の方から、“高い公益心を持ち、人材とネットワークの宝庫であるTMIと神奈川県が組めば、日本を変えるような大きなイノベーションが起こせるのではないか”と、包括連携協定のご提案をいただいたのです」。今回の連携協定の経緯をそう説明するのは、境田正樹弁護士。境田弁護士は、国立がん研究センター理事長特任補佐時代に「ナショナルセンター・バイオバンクネットワーク事業」の構築や、15万人の住民のゲノム情報や診療情報、生活習慣情報等を収集し、ゲノム研究などに活かす「東北メディカル・メガバンク事業」の立案や実装、東日本大震災後に、宮城県内の約1,000の医療機関や薬局等の医療情報をネットワークでつないでバックアップする「みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会」の創設や実装などに、主導的な立場で関与。また、バスケットボールのBリーグや大学スポーツ協会におけるデータベース戦略の立案や、政府や与党のスポーツDX戦略策定にも関わり、いずれも成功へと導いてきた。
官民一体となったイノベーションを目指す
同事務所では、協定締結に先駆け、境田弁護士を中心とする神奈川デジタルプロジェクトチームを創設。同チームの中心メンバーとなるのが、白石和泰弁護士、中山茂弁護士、山郷琢也弁護士、古西桜子弁護士ら、それぞれの分野での豊富な知見と経験を有する4名の弁護士だ。
「今回のプロジェクトでは、AIやIoT、ビッグデータ解析、ロボティクス、ドローン、ブロックチェーンなどの先端技術を利活用して、“いのち輝く神奈川”を実現することが目標です。この目標の実現に向け、①防災・有事対策分野、②ヘルスケア・メディカル分野、③スポーツ分野、④エネルギー分野、⑤農業・漁業分野、⑥観光分野、⑦交通・MaaS(自動運転)分野といった分野を主なターゲットとして、DX推進を図っていきたいと考えています。また、多くの企業関係者に参加いただく分野ごとの分科会やデータの連携や利活用のための技術や法的課題を解決するための有識者検討会を設置しはじめています。それら分科会を取りまとめるための親会として、「神奈川デジタル連携協議会」を設置し、その事務局としてTMIが機能していきます」。そう話す白石弁護士は、AIやドローン、自動運転車などのロボット、個人情報などのデータの利活用についての豊富な知見を持ち、企業のデータを活用したビジネス構築などに数多く関わった経験を持つ。既に2022年7月4日には、「防災有事対策分科会」の立ち上げの会合が開催され、黒岩知事や首藤健治副知事、同協議会の最高顧問に就任した初代国家安全保障局長の谷内正太郎氏のほか、電機、通信、自動車、保険業界などの日本を代表する企業や東京大学など、30を超える企業や大学の関係者が参加。活発な意見交換が行われた。
「神奈川県などの自治体が抱える課題を解決するためのイノベーションを起こすには、法的な課題と技術的な課題の両面をクリアすることが必要です。例えば、自治体や企業が持つさまざまなデータを、法を遵守することはもちろん、住民の方々に心から納得してもらいながらどのように利活用していくのか。そうした手法やしくみ作りの部分で、アカデミアの先生方のご知見をいただいたり、我々の知見を活かし、かつ、技術的な課題については、技術的な知見のある民間の事業者様の力を借りて、よりよいイノベーションにつなげていくことが不可欠であって、そのための有識者検討会の設置を進めています。この点に関し、神奈川県の場合は、データ連携の取り組みが非常に進んでおり、基礎自治体とのデータ連携の検討も進められています。一方で、全国にはまだまだデータに関する取り組みが進んでいない自治体も多く、県と基礎自治体のデータのフォーマットが違っていたり、台風被害などで避難所に何名の方が避難されているのか、あるいはどのような物資が必要なのかといった情報を、手書きのFAXなどでやり取りされているようなケースもあります。最終的に我々が目指すのは、そうした災害時の避難情報や必要な救援物資などの情報が、データ連携によって即座に行政へと伝わり、迅速な支援につなげられるようなしくみを作ることです。“補助金で一時的に作って終わり”というものではなく、サステナブルに使えるデータ連携のしくみを、神奈川県から全国の自治体に広げていきたいと考えています」(白石弁護士)。
“官”と“民”、“地方”と“中央”をつなぐハブ”として
先進国の中でデジタル化に後れをとる日本でも、近年は政府がスマートシティ構想やデジタル都市国家構想などの取り組みを推進し、地方からのデジタル実装を目指している。
「最近は、地方でも自治体や企業が本気でデジタル化に向けた取り組みを進めていますが、自治体によって抱える課題感はさまざま。例えば、“県や市の職員の方々のリテラシーをどう高めるか”といった課題についても、我々がサポートできればと考えています。また、“官”の側にいる方々が民間の事業者様と十分なネットワークを持つことは難しく、民間の持つ知見や技術・ノウハウなどにリーチできていないという課題もあります。そうした点においても、大手企業からベンチャー、大学まで、TMIの多様なクライアントが持つ知見や技術をマッチングするなど、官民をつなぐ“ハブ”としての役割が果たせると考えています」。そう話す中山弁護士は、インターネットやエンターテインメント、コンテンツ分野を専門とし、横浜市が誘致を目指した日本版IRプロジェクトでは法務アドバイザーを務めた経験も持つ。
「私のように自治体と協働した経験を持つ弁護士に加え、さまざまな省庁に出向した経験を持つ弁護士、さらには国家的なプロジェクトに関わってこられた境田弁護士や、参議院議員の古川俊治弁護士、衆議院議員の三谷英弘弁護士など、自治体と国をつなぐ役割を果たせる弁護士もTMIには数多く在籍しています。例えば、新たなイノベーションを既存の法律にどうあてはめるかなど、各自治体と国との調整が必要な場面などでは、そうしたTMIの強みも活かすことができます」(中山弁護士)。
前述したとおり、同事務所は日本国内の各所に拠点を持ち、それぞれの地域でビジネスを行うクライアントの近くでリーガルサービスを提供してきた。
「神奈川県の連携協定に興味を持った複数の自治体からお問い合わせをいただき、いくつかの自治体のトップの方々とは実際にお会いしてお話もしています。特に地方自治体では地元企業との連携を重視されるケースも多く、そうした場合はTMIが各地域で培ってきたクライアントとのネットワークも活かすことができます。また、デジタル化の進行度や意識だけでなく、例えば防災や有事対応、ヘルスケアなど、それぞれの自治体によって取り組むべき課題の優先度は異なりますので、各自治体の優先度に応じて柔軟に対応して実態に合わせたデジタル化の実現をお手伝いすることも、私たちの役割になると考えています」(古西弁護士)。
古西弁護士もまた、知財やIT、ブランド管理といった専門分野をバックグラウンドに、アウトドアブランドと地方自治体をつなぐビジネスの支援などを行い、国際的なスポーツ大会の組織委員会の法務メンバーとしても活躍した。
「地方自治体のご出身の方々や民間のパートナー企業から出向してこられた方々などさまざまなバックグランドを持つメンバーと、一緒に一つのものを作り上げていくという経験を重ねてきました。その中で、いかに住民の方々を巻き込んでプロジェクトを盛り上げていくかといった目線や、民と官の意思決定のプロセスの違いなど、さまざまな経験値を積ませていただきました。今回のプロジェクトではそうした経験を活かして、神奈川県をはじめとする自治体や住民の方々、そして企業が持続的に参画できる仕組みが生み出せればと思っています」(古西弁護士)。
TMIにしかできない日本の未来のための取り組み
地方DXの文脈では、近年、各自治体や企業がスポット的にネットワークを構築する“ローカル5G”に注目が集まっている。プロジェクトチームのメンバーである山郷弁護士は、総務省への出向経験を持ち、そうしたインフラサイドからのDX推進に強みを持つ。
「農業や水産業をはじめとする地方産業においては働き手不足が大きな課題になっていますが、ローカル5Gの活用を通じて、これらの課題解決につなげようという取り組みが進んでいます。例えば、農園で、ローカル5G環境を構築し、無人ロボットが収集した画像を解析することで、作物の収穫時期などをAIで判定する。あるいはダムや河川などにセンサーやカメラを置いて水位などを常時モニタリングし、災害の予兆を事前に判定するなどして災害予防につなげていく。実際にそうした取り組みが地方で進んでいますし、ローカル5Gを活用した地方再生には大きな可能性があります。私としては、そうした知見を活かして地方DXに貢献したいと考えています。個人的には、地方再生の問題は、少子高齢化や東京一極集中など現在日本が抱える構造的な課題が凝縮されており、このような課題こそ、我々のようなプロフェッショナルが取り組むべきものであると感じています。TMIは、目の前の利益を追求するだけではなく、“日本をもっとよくしていこう”というマインドが共有されており、今後も、TMIから、日本の未来を変える取り組みを発信していきたいですね。最近では、TMIは「スマートシティ・インスティテュート」という団体に正会員として参画しており、今後もこのような取り組みを継続していきたいと考えています」(山郷弁護士)。
日本におけるデータプラットフォームの構築やデータ連携の大きな課題の一つが、各自治体がそれぞれのフォーマットを持つことによる“ガラパゴス化”だ。
「私自身、日本のデータ政策に10年以上関わってきて、データ連携の重要性やその課題を痛感しています。データプラットフォームのガラパゴス化を防ぐためにも、デジタル庁や個人情報保護委員会などとも連携しながら、全国への展開を見据えつつも、とにかく神奈川県でのデータプラットフォーム構築や、データの利活用のルール策定を急ぎたいと考えています。セキュアなプラットフォームに基礎自治体や企業が持つデータを必要に応じて連携し、県などがそれを解析することで、防災や有事対応に活かすことはもちろん、ヘルスケアやスポーツ、観光といった領域での自治体のサービス創出にもつなげていく。同時に、そうしたデータ分析の結果を還元し、地方からも新たなビジネスやベンチャー企業がどんどん生まれてくるような状況を作ることで、日本や地方自治体の未来に貢献できればと考えています」(境田弁護士)。
大企業からベンチャーやスタートアップ、そして大学などのアカデミアや官公庁まで、数多くのクライアントのビジネスや公的な取り組みを、パートナーとして支援してきたTMI総合法律事務所。自治体と法律事務所がこの規模で連携協定を結ぶという試みは、おそらく日本では初めてのこと。多くの課題を抱える日本の浮沈の鍵を握る画期的な取り組みに、今、大きな注目が集まっている。
境田 正樹
弁護士
Masaki Sakaida
05年弁護士登録(第二東京弁護士会)。10年独立行政法人国立がん研究センター理事長特任補佐。11年国立大学法人東北大学客員教授。11年内閣官房医療イノベーション推進室。15年国立大学法人東京大学理事、15年内閣官房政策参与。21年TMI総合法律事務所にパートナーとして参画。
白石 和泰
弁護士
Kazuyasu Shiraishi
96年早稲田大学政治経済学部卒業。03年弁護士登録(第二東京弁護士会)、TMI総合法律事務所入所。13年ワシントン大学ロースクール卒業(LL.M)。14年TMI総合法律事務所復帰。16年パートナー就任。
中山 茂
弁護士
Shigeru Nakayama
04年東京大学経済学部卒業。06年弁護士登録(第一東京弁護士会)、TMI総合法律事務所入所。15年ボストン大学ロースクール卒業(LL.M.)。16年TMI総合法律事務所復帰。19年パートナー就任。
山郷 琢也
弁護士
Takuya Yamago
07慶應義塾大学法学部卒業。08年弁護士登録(第一東京弁護士会)、TMI総合法律事務所入所。18年UCLAロースクール卒業(LL.M.)。19年TMI総合法律事務所復帰。21年パートナー就任。
古西 桜子
弁護士
Sakurako Konishi
03年早稲田大学法学部卒業。06年弁護士登録(第二東京弁護士会)、TMI総合法律事務所入所。18年カウンセル就任。
著 者:近藤圭介[編著]
出版社:中央経済社
価 格:3,080円(税込)
著 者:TMI総合法律事務所[編]
出版社:青林書院
価 格:5,390円(税込)
著 者:野口香織[編著]
出版社:一般社団法人金融財政事情研究会
価 格:3,300円(税込)