金融犯罪対策と金融包摂
近年、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺が激増しており、かかる金融犯罪に対して断固たる対応を行うことが、サステナブルな社会の実現に貢献し、公共性のある金融機関の社会的責務ともいえる。
他方で、SDGs(持続可能な開発目標)の目標10(「人や国々の不平等をなくそう」)や目標16(「平和と公正をすべての人に」)との関係で、金融包摂(Financial Inclusion)注1の観点も重要である。
そのため、金融機関にとっては、金融犯罪対策と金融包摂を両立させることが課題となる。
金融包摂またはその表裏としての金融排除が問題となる対象は、国・地域ごとに特性があるが、移民、貧困層、障がい者、高齢者、ジェンダー、遠隔地居住者などの層がある。グローバルにおいては、銀行等既存の金融システムにアクセスできない「アンバンクト(unbanked)」と呼ばれる人が多い地域もある(他方で、東南アジア等でも近年、スマートフォンの普及によりモバイル決済が普及しており、デジタル金融包摂が進展している)。
これに対し、日本では預貯金口座の保有率が高いが、金融犯罪対策と金融包摂が交錯する場面として、後記のとおり、NPO、暴力団離脱者、在留外国人をめぐる問題がある。
そこで、本稿では、金融犯罪対策と金融包摂の両立について、金融活動作業部会(FATF)等の国際動向を踏まえて検討する。
FATF等の国際動向と我が国のガイドライン
リスクベース・アプローチ(RBA)と金融包摂
2025年2月にFATF勧告1が改訂され、FATF第5次審査から適用されることとなった。リスクベース・アプローチ(以下、「RBA」という)について定めた勧告1では、「相応の」(commensurate)という文言が「比例する」(proportionate)という文言に置き換えられた。RBAにおける比例的対応と簡素化された措置にフォーカスし、金融包摂を促進するとされている。すなわち、「相応の」(commensurate)という文言では、リスクに応じた対応を求めるものの、やや抽象的で幅広い解釈が可能となるところ、「比例する」(proportionate)に置き換えられたことにより、リスクの高低に比例して、高リスク顧客には強化された顧客管理措置(EDD:Enhanced Due Diligence)、低リスク顧客には簡素な顧客管理措置(Simplified Due Diligence:SDD)を適用することがより明確となったということができる。また、2025年6月にFATFの「金融包摂及びマネロン・テロ資金供与対策に関する改訂ガイダンス」が公表されており、RBAによる比例原則と低リスクの顧客に対する簡素な顧客管理措置(Simplified Due Diligence:SDD)の活用、金融包摂や金融分野の健全性の推進についてアップデートされている注2。
このように、金融包摂は国際的にも重要なテーマとして位置づけられているところ、リスクの「回避」ではなく、リスク低減措置による「管理」が第一次的に求められている。これは、デ・リスキング(De-risking)注3が、規制された金融システムからの排除や正規の監視(モニタリング)のチャネル減少、資金の地下化や金融の透明性低下といった結果をもたらすおそれがあり、AML/CFT(マネー・ローンダリングおよびテロ資金供与対策)の有効性と金融包摂の双方に悪影響を及ぼすためである。
他方で、顧客を正規の金融システムに組み込むことで、異常で疑わしい取引と適法な取引を区別することが可能となり、犯罪資金の隠ぺいの機会を生み出すグレー・エコノミーの縮小が期待される。
我が国におけるガイドライン
我が国においては、金融庁が「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を示しており、この中では、金融機関に対し、自社のマネロン・テロ資金供与リスクを特定・評価し、これに見合ったリスク低減措置等の態勢整備を優先順位に基づき機動的に行うため、RBAに基づく実効的対応を求めている。
そして、RBAに基づくリスク低減措置として、リスク遮断(取引の謝絶や解除)が求められるケースがあり、これは究極的なマネロン等の対策ともいえる。
他方で、上記ガイドラインにおいては、「マネロン・テロ資金供与対策の名目で合理的な理由なく謝絶等を行わないこと」とされており、リスク遮断と金融包摂とのバランスを図ることが肝要である。
金融庁による「マネー・ローンダリング等及び金融犯罪対策の取組と課題(2025年6月)」でも、FATFによる前記金融包摂に関する動向が紹介されている。
金融犯罪対策と金融包摂が交錯する場面
NPO
NPOに関しては、2023年11月に勧告8(非営利団体(NPO))および解釈ノートの改訂版が公表されたほか、ベストプラクティスペーパー(“Best Practices on Combating the Abuse of Non-Profit Organisations”)も改訂されている。
NPOのマネロン等のリスクは全体として高いと評価されるが、大多数は正当な活動を行い、経済社会において重要な役割を果たしており、活動の性質や範囲によってリスクはさまざまである。よって、すべてのNPOへの画一的な対応は適切でなく、その脅威や脆弱性を踏まえた多元的なアプローチが必要である。
しかしながら、これまで、勧告8の趣旨の誤解に基づき、NPOへの過剰な措置(例:NPOによる銀行口座へのアクセス制限等)が取られるケースも見られた。それを踏まえ、正当な慈善活動等に「意図せぬ悪影響」(Unintended Consequences)を及ぼさないよう、重点的・比例的かつRBAに基づく措置(focused, proportionate and risk-based measures)が必要と解される。
なお、FATF第4次対日相互審査の第2回フォローアップ報告書が2023年10月に公表されている。唯一「不適合(NC)」とされていた勧告8について、国家公安委員会による「犯罪収益移転危険度調査書(2022年版)」における、NPOのカテゴリに応じた個別のテーマ別リスク評価の実施など、複数のソースからの新しい情報を確認して、NPOの法人種別ごとのリスク評価を行ったことなどが評価され、「一部適合(PC)」に格上げとなった。さらに、一部の所轄庁は2023年10月以降、順次ハイリスク国での活動実績(現地への送金や現地団体を介した事業を含む)があるNPO法人を対象として、その任意の協力に基づき、法人自らがこれまでの活動や取り組みを振り返り、今後の海外送金方法や現地パートナーの選定方法等を見直すなどのリスク低減措置に取り組んでいる。そして、有効性の観点から質問票の送付や電話・対面でのモニタリングを先行実施し、段階的に全国の所轄庁で取り組みを進めるとしている。 第2回フォローアップ報告書以降、このような活動が明らかとなったことなどが評価され、第3回フォローアップ報告書では、さらに「概ね適合(LC)」に格上げされた。もっとも、特定されたリスクに対処するために、比例的・効果的な措置を講じるための法律や規制の見直し、RBAに基づくモニタリング等にはなお課題があるとされている。
RBAでの対応を推進するために、今後は、官民での情報共有が一層必要である。また、日本の法的枠組み外のFATFの定義に該当するすべてのNPOを含めた定期的なアウトリーチ活動を行うとともに、ベストプラクティスの公表や、業界内での情報交換を進めることが課題であり、金融機関における対応の高度化に役立つものと想定される。
暴力団離脱者
暴力団員が暴力団から離脱・更生するにあたり、給与振込等生活口座の必要性が高いことはいうまでもない。
この点、警察庁は2022年2月、暴力団離脱者の預貯金口座の開設に向けた支援策を策定しており、①暴力団からの離脱、②警察または都道府県暴力追放運動推進センターの支援による協賛企業への就労、③離脱者および協賛企業が警察等の行う取組に同意していること、④支援が妥当でない事情がないことを確認して支援の要否を判断するとしている。
警察庁によると、上記支援策により口座開設に至った件数は、2022年2月から12月末までに7件、2023年中は8件であった注4
もっとも、金融機関としては、暴力団離脱者の口座開設後に、これが犯罪やマネロンに悪用されることが懸念されるところであり、暴力団離脱者の口座開設時において、①暴力団に復帰等しないこと、口座の利用目的を生活口座等に限定することなどについて誓約を受けるとともに、②暴力団離脱者・就労先・金融機関の三者間において、就労先が就労状況の証明書類提出や報告に応じることを合意するなどのリスク低減措置を条件とすることが想定される。
かかる状況の下、元暴力団員が過去に暴力団員であったことを理由に普通預金口座の開設を2回拒否されたことが人権侵害であるとして、銀行に対して不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した訴訟で、水戸地裁は2025年2月20日、銀行の対応は社会的に許容し得る限度を超えて原告の人格権を侵害したとはいえず、不法行為には該当しないとして請求を棄却した(控訴審・東京高裁も2025年9月17日に控訴棄却)。
銀行としては、前記のようなリスク低減措置を口座開設の条件としていたところ、この点が確認できないために謝絶しており、裁判所は契約自由の原則に鑑みて違法性はないと判断したと考えられる。
在留外国人
警察庁が公表している「犯罪収益移転危険度調査書」では、来日外国人犯罪グループについてマネロン事犯の分析がなされている。
もっとも、大多数の在留外国人は善良な市民であり、在留期間が迫っている場合や、在留資格や就労制限の有無と取引時確認の際の取引目的や職業が不整合な場合等を除き、入口での一律の謝絶はデ・リスキングに該当し、外国人差別という問題も生じうる。
他方で、「犯罪収益移転危険度調査書(2025年版)」によると、2022年から2024年までの来日外国人によるマネロン事犯の検挙状況を分析すると、来日外国人がマネロン事犯で使用した口座のうち架空・他人名義口座の使用が約7割を占めている。犯罪対策閣僚会議が2025年4月に公表した「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」においても、帰国する在留外国人から不正に譲渡された預貯金口座の悪用防止に関する対策を推進するとしている。
また、警察庁は2024年12月、在留期間の定めのある外国人顧客については、同期間の満了後、基本的には日本を出国しているものと推定されることから、在留期間満了日の翌日以降に当該顧客の預貯金口座から現金出金や他口座への振込が行われる場合は、特段の事情(在留期間の満了日の翌日以降に在留期間更新等がなされたことや在留期間更新許可申請等を行っていること等)がない限り、「なりすましている疑いがある場合」として厳格な取引時確認等の対応が必要であるという法令解釈を明確化した(犯罪収益移転防止法4条2項1号イ、5条)。これにより、口座の利用制限についての時点の解釈が明らかとなったところである。
金融機関は、顧客管理システム等により在留期間を適切に管理し、同期間満了前の更新の有無の確認や解約の勧奨等をするとともに、在留期間が満了した場合には当該口座から現金出金や他口座への振込を制限することが求められる。
もっとも、顧客から在留期間の更新等の事実を確認した場合には、速やかに通常の取引を可能とすることが必要である。また、在留外国人については言語の壁等が存在するケースもあるため、多言語対応を前提に、顧客目線での丁寧な対応・説明を行うことが必要となろう。
日本は人口減少社会となり、外国人の割合が増加傾向にあるところ、デジタル化により外国人向けのサービス(預金、外国送金や専用ローン)を充実化することは、金融包摂のみならず、収益にも貢献することが期待される。
リスクに比例したリスク低減措置の工夫
金融包摂を推進するには、近年の金融犯罪の手口の巧妙性や迅速性に鑑みて、モニタリングシナリオの高度化等により、リスク低減措置が有効に機能することが前提となる。
この点、RBAに基づきリスクを適切に特定・評価することが出発点となる。過度に保守的なリスク評価であってはならないが、たとえば元暴力団員(中でも警察の支援を受けて離脱した者)については個別の統計数値が少なく、また刑事政策の動向等にも影響されるため、継続的な情報収集が必要である。そのうえで、当該特定・評価したリスクに比例したリスク低減措置を検討する必要がある。
具体的には、取引モニタリングの強化(敷居値やシナリオ)等の厳格な顧客管理措置(EDD)や、IPアドレス・ブラウザ言語等の確認が想定され、またフルサービスの提供が困難であれば、提供するサービス(インターネットバンキング、海外送金(特にマネロンリスクの高い国・地域))の制限や、取引金額等(母国への送金の年間の上限額、週/月あたりの取引回数や合計金額、1回の取引当たりの金額、月間残高全体、口座総額等)の一部制限が想定される。
また、ハイリスク顧客については、取引開始にあたり、リスクの内容に応じて、これに関連・比例するリスク低減措置の検討を行い(オプションの中から複数を選択することもありうる)、これによっても残存リスクが許容範囲内に収まらない場合等について、謝絶することが想定される。
かかる顧客受入方針に関しては、内部規程(ポリシーや手順書・マニュアル)に明確に定めることが必要であり、入口でのリスク低減措置が中間管理・出口にも影響するため、3段階の対応をシームレス・多層的に行う必要がある。
なお、前記の暴力団離脱者と在留外国人の「入口→中間管理→出口」での対応については、暴力団への復帰や離職、在留期間の満了といったイベントベースでの着眼が重要であること、勤務先との関係でのモニタリング等がリスク低減措置として重要である点などにおいて共通点がある(下記図表1参照)。
図表1 暴力団離脱者・在留外国人と3段階での対応
| 暴力団離脱者 | 在留外国人 | |
| 入口(口座開設時) |
・就業証明書の徴求 ・就業先を含めた三者合意 ・就業先への定期的な確認・情報連携 |
・口座売買が犯罪であることの注意喚起 ・帰国時の解約を周知 ・在留期間の把握 ・就業先に定期的確認・情報連携 |
| 中間管理 |
・就業先との連携による就業状況の確認 ・暴追センター等関係機関との連携 ・給与振込等トランザクションの確認 |
・在留期間のシステム等を活用した管理 ・就業先との連携による就業状況の確認 ・給与振込等トランザクションの確認 ・既存の顧客で在留期間の把握ができない場合の取引制限 |
| 出口対応 |
・暴力団への復帰等の場合の解除 ・転職、取引目的の逸脱等の場合の取引制限等 ・連絡途絶等の場合の解除 |
・在留期間の経過を取引制限事由として規定 ・在留期間満了前に口座の解約を勧奨 ・在留期間の経過や連絡途絶等の場合の取引制限等 |
※ 筆者作成。
デジタル金融包摂と犯罪収益移転防止法施行規則の改正
在留外国人や暴力団離脱者の対応については、図表1のとおり、勤務先との関係などマニュアルベースでの対応も重要であるが、一般にAML/CFTや金融包摂において、テクノロジーの活用が重要であることはいうまでもない。
この点、顧客の本人確認と取引モニタリングに適切なテクノロジー(身元確認、生体認証、取引モニタリングシステム)を活用することは、リスクを低減し、顧客を広く受け容れることを可能とし、金融包摂を推進するものである(デジタル金融包摂)。
我が国においても、本人確認書類の偽造技術の巧妙化・低廉化によるなりすましや匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)による詐欺への悪用リスクを踏まえ、犯罪収益移転防止法施行規則が2025年6月24日に改正された。
非対面での預貯金口座開設の場合、本人確認書類の画像情報の送信や写しの送付を受ける方法を原則として廃止し、マイナンバーカードの公的個人認証や運転免許証・在留カードのICチップ情報の送信の方法等に一本化されることとなる(2027年4月1日施行予定)。
犯罪者による悪用手口は今後も巧妙化が予想され、高齢者が第三者に騙されてカードを貸与する脆弱性などは存する。なりすまし・詐欺の防止や金融包摂の観点から、プライバシーや個人情報保護に留意しつつ、顔認証等生体認証を活用することも想定されている。
→この連載を「まとめて読む」
- 世界銀行(The World Bank)によると、金融包摂とは、「すべての人々が、経済活動のチャンスを捉えるため、また経済的に不安定な状況を軽減するために必要とされる金融サービスにアクセスでき、またそれを利用できる状況」と定義されている。[↩]
- FATFによる「金融包摂及びマネロン・テロ資金供与対策に関するガイダンス」の公表について(令和7年6月24日) 。[↩]
- デ・リスキング(De-risking)とは、特定の顧客等との取引から生じるマネロン等のリスクを回避するために、特定の顧客等との取引を一律に排除・終了することを指す。[↩]
- 警察庁組織犯罪対策部「令和5年における組織犯罪の情勢【確定値版】」(令和6年3月)36頁。[↩]
鈴木 仁史
鈴木総合法律事務所 弁護士
98年弁護士登録。01年鈴木総合法律事務所設立。日本弁護士連合会・「企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するPT幹事。コーポレート・ガバナンス、銀行・生損保等の金融法務、ESG法務、金融犯罪対策、リスク管理等を取り扱う。主な著書・論考として、『日弁連ESGガイダンスの解説とSDGsの実務対応』(共著、商事法務、2019年) 、「ESG役員報酬における6つの課題」(Disclosure&IR 2024年5月号)、「金融機関の持続的成長と経営者報酬ガバナンス」(金融法務事情2126号)、「ESG/SDGsを考慮した役員報酬ガバナンスの実務」(「Disclosure&IR」2022年5月号)、「サステナビリティ・ガバナンスと法務部門の役割」(金融法務事情2175号)、「スキル・マトリックスの現状と課題:取締役会の多様性の議論を踏まえて」(「Disclosure&IR」2022年2月号)ほか。