法務にとって最も日常的であり、だからこそ悩みの尽きない「契約業務」。
本連載では、実務経験豊富な弁護士が、法務パーソンから寄せられた契約にまつわる疑問のアレコレにQ&A形式で解説。契約スキルの向上につながる実践的な知見をお届けします。
「覚書」とは何か
ビジネスでは、契約書を締結している相手方との間で、その契約書とは別に「覚書」という文書を締結する場面が多く見られる。
覚書に法律的な定義はないが、一般的に、複数の当事者が、当事者間で合意した内容を証拠として残しておくために、「覚書」という表題で作成する書面(電磁的記録を含む。以下同じ)をいう。契約書と同様に、当事者それぞれが記名押印等を行うのが通常である。
契約書との違い
覚書は、契約書とは何が違うのか。
そもそも契約書についても法律的な定義があるわけではなく、契約の証拠としての書面は、すべて契約書と位置づけることができる。このため、覚書も契約書の一つといえる。言い換えれば、契約の証拠書面として作成・締結された書面の表題として、契約書という表題をつけているものもあれば、それ以外の表題をつけているものもあるが、すべて理論的には「契約書」である。このため、「契約書」という表題をつけようが、「覚書」という表題をつけようが、その法的な効果に根本的な差違があるものではない。
この点、時折、「“覚書”は“契約書”よりも法的効力が弱い」といった誤解が見受けられるが、誤りである(そもそも契約書や覚書の効果は、厳密には、「これらの書面に記載された内容の合意がなされたことを証明する」というものであり、当事者を拘束する法的な効力は、契約書や覚書によって証明されるところの合意から発生することとなる。このため、たとえば、「ある商品を1万円で購入する」という売買契約を締結する場合、その内容(条文)が同一である限り、締結する文書のタイトルが「売買契約書」であろうと「覚書」であろうとまったく同一の法的効力が生じることとなる)。
どのような場面で覚書の締結が行われているか
もっとも、実務において、契約書と覚書が、まったく同一に取り扱われているかといわれるとそうではなく、一定の使い分けがなされている例が多い。
一般的に、覚書という表題で書面が締結される場面は、以下のようなものである。
既に当事者間で契約書が締結されている場合に、当該契約書の内容を変更等する場面
さまざまな場面が考えられるが、以下(1)~(3)のような場面が代表的である(なお以下において、既に締結済みの契約書を「原契約」という)。
(1) 原契約の内容を変更・修正する場面
ある契約書の締結後に、当事者間で当該契約書の内容を変更することを合意する際に、覚書を取り交わすことがある。
たとえば、契約期間を「1年間」と定めた業務委託契約を締結した場合において、これを更に1年間延長するために、覚書により、当事者間で当該契約の契約期間を「2年間」に変更する合意をする場面などがある。
(2) 原契約に関して、新たに取り決めを追加する場面
ある契約書の締結後に、当該契約に関して追加的に合意すべき事項が生じた場合に、覚書を取り交わすことがある。
たとえば、物品売買の取引基本契約を締結し、取引を行っていたところ、昨今の商品事故の多発を受けて、今後は、これまで行っていなかった納品時の受入検査を実施するものとし、覚書により、その方法や実施期間、検査合格時および不合格時の取扱い等について合意する場面などがある。
(3) 原契約における未定事項を補充する場面
原契約で決まっていなかった事項について、覚書を取り交わすことがある。
たとえば、取引の大枠は定まっているものの、具体的な取引条件の一部について交渉が難航しているような状況下で、取り急ぎその段階で定まっている範囲で契約書を締結し、後日、覚書により、当該未定事項について定める場合などがある。
原契約が存在しない状況で、当事者間で合意をする場面
原契約が存在していない状況において、当事者間で詳細ではないいくつかの事項について、簡単な取り決めを行う場合に、覚書を取り交わす場合がある。よく見られるのは、最終的な目的である契約締結に向けて協議中に、その時点で共通認識に達した事項について証拠化しておく場合などである。
たとえば、契約を正式に締結する前の段階で、取引条件や責任分担など重要な事項に関する現時点での共通認識を「覚書」として証拠化する場合や、営業上・技術上の秘密情報のやり取りに際して、その保護に関する比較的簡潔な取り決めを「覚書」として締結する場合などがある。
覚書の記載方法と留意点
覚書が締結される場面として最も多いのは、①原契約の内容を修正したり、②新たな文言を追加したりする場合である。
このような場合に、「特定の記載方法でなければならない」という確定的なルールはない。基本的には変更対象となる原契約の条項および変更内容が明確になっていれば足りる。もっとも、変更の箇所や範囲によって実務上さまざまな記載方法があるため、具体的な条項例を挙げながら、いくつか紹介してみる。
変更・修正等を行う箇所が少ない場合
まず、原契約書の一つの条項のみ変更するなど、比較的変更・修正等の箇所が少ない場合には、下記のように記載する例が見られる。
(1) パターンA(変更部分のみ抜粋して記載する例)
まず、変更対象となる部分のみを抜粋して記載する方式がある。原契約の一つの条項の一部のみを変更する場面が想定される。
たとえば、原契約において契約期間が「令和7年4月1日から令和8年3月末実までの1年間」と定められていた場合において、これを「令和7年4月1日から令和9年3月末日までの2年間」に変更することを合意する場合に、以下のように記載することが考えられる。
【記載例】
第●条(契約期間の変更)
原契約第▲条に定める契約期間を「令和7年4月1日から令和8年3月末日までの1年間」を「令和7年4月1日から令和9年3月末日までの2年間」に変更する。
(2) パターンB(変更部分が含まれる条項を記載する例)
次に、変更箇所を含む条項を抜き出して記載する方式である。特に原契約のある条項を大きく変更する場合には、パターンAよりもこちらがわかりやすいと考えられる。
たとえば、パターンAの例において、期間延長のみならず契約期間の自動更新の定めを追加する場合には、以下のように記載することが考えられる。
【記載例】
第●条(契約期間の変更)
甲及び乙は、原契約第▲条を以下のとおり変更することに合意する。
第▲条
1.本契約の契約期間は令和7年4月1日から令和9年3月末日までの2年間とする。
2.前項の期間が満了する日の2か月前から1か月前の間に、当事者のいずれからも、相手方に対して契約の更新を拒絶する旨の書面による申入れが行われなかった場合、本契約は従前と同一の条件で、さらに1年間更新されるものとする。
(3) パターンC(変更前後の条項を併記する例)
また、事者間において、変更内容を確認しやすくするために、変更前の条項と変更後の条項を併記することがある。
たとえば、パターンBの例では、以下のように記載することが考えられる。
【記載例】
第●条(契約期間の変更)
甲及び乙は、原契約第▲条を以下のとおり変更することに合意する。
(変更前)
第▲条
本契約の契約期間は令和7年4月1日から令和8年3月末日までの1年間とする。
(変更後)
第▲条
1.本契約の契約期間は令和7年4月1日から令和9年3月末日までの2年間とする。
2.前項の期間が満了する日の2か月前から1か月前の間に、当事者のいずれからも、相手方に対して契約の更新を拒絶する旨の書面による申入れが行われなかった場合、本契約は従前と同一の条件で、さらに1年間更新されるものとする。
なお、このように一部の変更箇所のみを覚書に記載する場合には、原契約と覚書の双方を確認しない限り、現在の合意内容を正確に把握できないこととなる。このため、原契約の契約書と覚書の双方を、一体のものとして保管しておくことが望ましい点に留意しておく必要がある。
変更・修正等を行う箇所が多い場合
(1) パターンD(新旧対照表を用いる例)
変更・修正等の箇所が多い場合には、その前後の原契約の内容を比較参照できるように、新旧対照表を用いる記載方法がある。
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【記載例】 覚 書 ●●(以下「甲」という)と●●(以下「乙」という)は、甲乙間の●年●月●日付●●契約書(以下「原契約」という)について、以下のとおり変更することに合意したので、本覚書を締結する。 第1条(原契約の変更) 甲及び乙は、原契約を下表のとおり変更することに合意する。 |
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原契約 |
新条項 |
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第1条(目的) |
第1条(目的) |
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第2条(●●) |
(変更なし) |
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第3条(●●) |
(削除) |
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・・・ |
・・・ |
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(2) パターンE(原契約をすべて記載する例)
原契約の大部分を変更するなど、変更箇所が多い場合、逐一変更部分をピックアップして覚書に記載するのは手間であり、視認性も良いものではない。また、覚書締結後、変更後の契約内容を把握するためには、条項ごとに原契約と覚書双方を参照し、どこがどのように変わっているのか確認する必要が生じ、確認に時間と手間がかかるといった事態が生じうる。このような不都合を解消するため、下記のように、変更箇所以外の原契約の条項もすべて覚書にまとめて記載する手法がある(ただし、一般的には「覚書」という形式をとらず、新たに契約書という書面を締結することも多い)。
【記載例】
覚 書
●●(以下「甲」という)と (以下「乙」という)は、甲乙間の●年●月●日付●●契約書(以下「原契約」という)について、以下のとおり、全面的に変更することに合意したので、本覚書を締結する。
第1条(目的)
▲▲▲
第2条・・・
以上、今回は「覚書」に関する基本的な事項を取り上げた。次回は「覚書」に関する典型的なトラブル事例を挙げたうえで、それぞれの状況に応じた対応方法や留意事項について取り上げる。
→この連載を「まとめて読む」

太田 大三
丸の内総合法律事務所 弁護士
97年東京大学経済学部卒業。99年弁護士登録。03年経済産業省特許庁法制専門官。06年弁理士登録。企業法務全般を取り扱っている。

内田 知希
丸の内総合法律事務所 弁護士
20年早稲田大学法学部卒業。22年早稲田大学法科大学院修了。23年弁護士登録。企業法務全般を取り扱っている。