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はじめに

 ケース 

A社は、米国企業B社と長年取引を行っており、B社に対して工業製品の供給を行っていた。B社について信用不安の噂を耳にしたが、引き続き取引を継続していたところ、B社が米国倒産手続(チャプター11)の申立てを行ったとの連絡を受けた。B社に対しては未回収の売掛金が残っている。

上記のケースのように、A社が取引を行っている米国企業B社が米国倒産手続(チャプター7、チャプター11など)に入った場合、A社がB社に対して有する取引債権は申立前債権(倒産債権)に該当し、配当・再建計画による按分弁済の対象になるのが原則である。もっとも、そのような按分弁済の弁済率は極めて僅少なものにとどまることが多いのが実態である。また、日本企業が、米国企業に対する売掛債権のために物的担保(抵当権等)を確保していることは稀かと思われる。
そこで、本稿では、物的担保を有しない無担保の取引債権者が、米国倒産手続において自社の利益を最大化するために取りうる方策について解説する。
具体的には、

① 売主の物品取戻権

② 物品の代金請求権の共益債権化

③ クリティカルベンダーの法理

の3つを中心に解説する。

売主の物品取戻権(U.C.C.2-702(2)、米国倒産法546(c))

概要

米国のほとんどの州が採用するU.C.C.上、債務超過ないし支払不能(insolvent)状態にある買主に対して物品を引き渡した売主は、買主の受領後10日以内(州によっては合理的な期間内)に請求すれば、買主から当該物品を取り戻すことができる(U.C.C.2-702(2))。
もっとも、当該取戻権の行使が、買主が倒産した場合に否認権の行使により効力が否定されるとすると、上記の取戻権を認めた法の趣旨を損ない、また物品の販売者は財務状況が悪化した者への物品の売却を控えるようになり、その者は更に苦境に陥ることになってしまう。
そこで、米国倒産法546(c)(1)は、売主による取戻権の行使について否認権(544(a)、545、547および549条)の対象外とし、取戻権を有する売主の保護を図っている。

要件

米国倒産法546(c)(1)により売主の物品取戻権が保護されるための要件は、図表1のとおりである。

図表1 売主の物品取戻権が保護されるための要件

要件 説明

① 取戻権の存在

同条自体は売主の取戻権を創設する規定ではないため、売主が州法等の実体法に基づきもともと取戻権を有していることが必要。

② 売主の通常の業務の過程で売却された物品(goods)

同条の対象は、売主の通常の業務の過程(ordinary course of [their] business)で売却された物品(goods)に限定。物品(goods)の定義は、一般にU.C.C.2-105(1)の定義に依り、概ね移動可能な動産を意味する。なお、買主から第三者への転売代金等の物品の価値代替物(proceed of the goods)は本条の適用対象外。

③ Insolvent状態での物品の受領

債務者が物品を受領した際にinsolvent状態であったことが必要。同条におけるinsolventは公正な評価上の債務超過を意味する(101(32)(A))※1

④ 債務者が倒産開始前45日以内に物品を受領

同条は、債務者が倒産開始前45日以内に物品を受領した場合にのみ適用。日数の計算ルールは、規則9006(a)が適用。

⑤ 期間内の書面による通知

(1)債務者が物品を受領した後45日以内、または(2)当該45日以内に倒産手続開始日が到来した場合には倒産手続開始日から20日以内に、取戻権の行使について債務者への書面通知が必要。なお、この期間内に書面通知を怠った場合でも、後述のとおり、物品の代金請求権を共益債権化する規定あり(546(c)(2))。

⑥ 物品の債務者による所有・識別可能性

債務者が当該物品の所有を継続しており、かつ識別可能であることが必要。そのため、買主が当該物品を第三者に譲渡した場合や、当該物品を他の製品等に組み込み識別可能性が失われた場合などには、本要件を満たさない。

※1 やや細かいが、同じinsolventの用語でありながら、米国倒産法とU.C.C.では定義が若干異なる。米国倒産法546(c)(1)では債務超過のみを指すと考えられるが、U.C.C.では債務超過のみならず通常の業務過程での債務の支払の一般的な停止等も含む(U.C.C.1-201(23))。そのため、債務超過以外の事由によりU.C.C.2-702(2)上の取戻権が発生したとしても、米国倒産法546(c)(1)の要件は満たさないため、留意が必要である。

効果

本条の要件を満たす取戻権の行使による財産移転は、上記のとおり、米国倒産法544(a)、545、547および549条に基づく否認権の対象とならない注1。一方、詐害的な行為まで保護する必要はないため、州法または米国倒産法548条の詐害行為否認の対象にはなりうる。また、売主の取戻権も、買主によって当該物品に設定された担保権に対しては劣後する。

実務上のポイント

実務上、上記の要件⑤のとおり、倒産手続開始後20日以内にタイムリーに書面通知を行うことが特に重要である注2
また、上記の各要件を満たしていても、取戻権の保全等のために、別途の措置をとる必要がある場合もあり、たとえば、対象物品が債務者から第三者に譲渡されそうな場合に適切な異議を述べることや、オートマティックステイの効果も当然には覆せないためオートマティックステイの解除等を求める救済の申立てを行う等、実務上留意する必要がある。

物品の代金請求権の共益債権化

概要

米国倒産法503(b)(9)は、債務者が倒産手続開始前20日以内に通常の業務の過程で受領した物品に係る売主の代金請求権について共益債権とする旨を定めている。
そもそも、売主が買主に物品を売却し、その代金の回収前に買主が倒産した場合、当該代金請求権は申立前債権(倒産債権)になるのが原則である。もっとも、この原則を貫くと、財務状況が悪化している者へは誰も物品の供給をしないようになり、その者は更に困窮化してしまう。そこで、同条は、買主の倒産直前期に売主が供給した物品の代金請求権を例外的に共益債権に格上げすることで、財務状況の悪化者であっても、物品の調達を可及的に維持できるようにしている。
この503(b)(9)は、上記の546(c)に基づく売主の物品取戻権を補完するような関係にあり、546(c)の取戻権の要件である期間内の書面通知を怠った売主であっても、代金請求権については共益債権化することで一定の救済を図っている(546(c)(2)参照)。また、503(b)(9)には、546(c)の取戻権にはない利点もあり、たとえば、他の担保権が546(c)の取戻権に優先する場合や、通知前に物品が消費または譲渡され債務者の手元にない場合であっても、この503(b)(9)による代金請求権の共益債権化は認められる。

共益債権化の要件

図表2 共益債権化の要件

要件 説明

① 債務者が倒産手続開始前20日以内に

日数の計算ルールは、規則9006(a)が適用。

② 通常の業務の過程で物品(Goods)を受領

対象は物品(Goods)に限定され、サービスの代価は適用対象外※1

※1 物品とサービスの両方を供給する混合契約の場合、当該取引の主要な目的が物品の供給である場合に限って503(b)(9)の適用を認める見解(Predominant purpose test)と、物品の価値に相当する範囲において共益債権化を認める見解が存在する。

上記の546(c)の場合と異なり、タイムリーな書面通知は要求されない一方、対象物の受領時期の制限は倒産手続開始前20日間と短くなっている(上記①)。また、後述のクリティカルベンダーの法理の場合と異なり、債権者の属性にクリティカルベンダーという限定はない。

効果等(共益債権化と弁済手続)

本条の要件を満たす代金請求権は、共益債権に格上げされる。
共益債権については、債権者は裁判所に適切な時期までに(timely)届出をする必要があり、これに遅れた場合は裁判所の許可を得る必要がある(503(a))。共益債権の優先権については、チャプター11(再建型手続)では100%弁済の対象となり(1129(a)(9)(A)、507(a)(2))、チャプター7(清算型手続)では無担保一般債権より優先される位置付けである(726(a)(1)、507(a)(2))。共益債権の支払時期は、原則としてチャプター11では再建計画の効力発生日、チャプター7では配当実施日である。

実務上のポイント

上記のとおり、546(c)に基づく一定期間内の書面通知を怠った売主でも、代金請求権については共益債権化されることがあるので、まずは、本条による共益債権化の要件を満たすかを確認し、また共益債権についても裁判所への届出が必要になるため、タイムリーにこれを届出することが実務上重要である。

クリティカルベンダーの法理

概要

米国倒産実務上、「クリティカルベンダーの法理」と呼ばれる法理があり、これはチャプター11(再建手続)下の債務者は、その申立てにより裁判所の許可を得て、事業の継続に不可欠な取引相手(クリティカルベンダー)に対して、無担保一般債権への全額弁済を行えるという法理である。クリティカルベンダーの法理は、米国倒産法上の直接的な明文の根拠はない。もっとも、クリティカルベンダーが有する申立前債権(倒産債権)について棚上げとなり弁済されないとすると、当該クリティカルベンダーから取引の継続を得られず、債務者の事業の再建が困難になることから、一部の裁判所では、例外的に、これが認められている。
このクリティカルベンダーの法理については、そもそも日本の民事再生法85条5項のような直接的な明文の根拠がないこともあって、これに否定的な裁判所も存在する。当該法理を採用する場合、裁判所によって許可要件はさまざまであるが、概ね、債務者の事業の再建にとって当該取引先が重要であり、当該取引先に申立前債権(倒産債権)を弁済しなければ債務者の事業の再建が困難であること等が要件とされる。

実務上のポイント

実務上、債務者は、チャプター11の申立てと同日にFirst Day Motionとしてこのクリティカルベンダーの法理に基づく弁済の許可の申立てを行うのが通常であり、債権者としては、自身が当該法理に基づく弁済の対象に含まれているかを確認し、対象から漏れている場合は自身も含めるように債務者に働きかけをすることが考えられる。また、当該法理に基づく弁済にあたって、今後も従前と同様の取引条件を維持する等の申立後の取引条件を定めた合意書(Critical Vendor Agreement)の締結を債務者から求められることがある。この合意の中には、裁判所の許可を得て、申立前債権(倒産債権)の全額ではないが一定割合を再建計画によらずに支払う代わりに、取引の継続や残債務の免除等を合意するというパターンもある。こうした合意については、本来であれば申立前債権(倒産債権)として按分弁済しか受けられない債権に対して優先的な弁済を受けられるメリットがある反面、申立後の取引条件や取引期間等について拘束を受けるため、内容の十分な吟味が必要である。

各方策の比較

上記の3つの方策を比較すると、下表のとおりである。

図表3 3つの方策の比較

売主の物品取戻権 物品代金請求権の
共益債権化 
クリティカルベンダーの法理

根拠条文

546(c)

503(b)(9)

直接の明文規定なし

対象

物品(Goods)のみ

物品(Goods)のみ

制限なし(物品・サービスの両方)

受領時期

倒産前45日以内

倒産前20日以内

制限なし

債務者の下での対象物の現存

必要

不要

不要

財務状態

受領時に買主がInsolvent

制限なし

制限なし

債務者への通知

倒産後20日以内に必要

不要

不要

債権者の属性

売主一般

売主一般

クリティカルベンダーのみ

裁判所の許可等

不要(ただし、オートマティックステイの解除等は別途必要)

裁判所への届出。告知聴聞手続+裁判所の認容

必要

効果

対象物の取戻し(否認権の対象外)

代金の共益債権化

(全額又は一部の)弁済

結語

本稿では、上記3つの方策について採り上げたが、ほかにもPMSI(Purchase money security interest)等の保護規定もある。また、そもそも信用不安がある取引先について米国倒産手続に至る前に採りうる各種方策(不安の抗弁権等)もある。具体的なケースで最適な方法は常に異なるので、チャプター11手続が想定される企業との取引について、貴社の権利、リスクおよび選択肢等についてご相談いただけると幸いである。

※ 本稿は法的助言を目的とするものではなく具体的案件については別途弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。
本稿記載の見解は執筆担当者の執筆当時の個人的見解であり、所属事務所の見解ではありません。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 本条の要件を満たさない限り取戻権の行使自体ができないとする見解と、取戻権の行使はできるものの否認の対象になり得るという見解が存在し、前者が有力な考え方である。[]
  2. 上記④の要件がある以上、要件⑤の(1)の部分(物品の受領後45日以内)は死文化していると考えられている。[]

辻田 俊幸

弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士

14年大阪大学法学部卒業。16年京都大学法科大学院修了。24年Duke University School of Law 卒業(LL.M.)、24年~25年Morgan, Lewis & Bockius LLP(New York)勤務。主な取扱分野は、コーポレート・M&A、事業再生・倒産など。

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