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今、法務という仕事の輪郭そのものが大きく変わりつつある。
事業成長を加速させる戦略的なパートナーとして、経営の中枢に深く関与していくこと—そんな役割への期待も高まる中、法務としての専門性を武器に、自らのキャリアをどう描けばいいのか。そんなお悩みに解決のヒントをお届けするインタビュー連載第一弾。

今回ご登場いただくのは、GMOペパボ株式会社の取締役CIO(Chief Integrity Officer)・経営管理部部長の野上真穂氏。会社の成長と共にキャリアを重ね、経営の中枢を担うに至った野上氏に、法務としてのキャリアパスや、事業とともに進化する法務組織のあり方について伺った。
同社は、ドメインやレンタルサーバーといったホスティング事業をはじめ、ECサイト構築サービスの「カラーミーショップ byGMOペパボ」、そしてハンドメイドマーケットの「minne byGMOペパボ」など、多彩な事業を展開し、最近ではAIを活用した業務効率化サービスも手掛けている。
一緒に働いている仲間のことを「社員」ではなく「パートナー」、「M&A」のことを「仲間づくり」と呼ぶなど、言葉づかい一つをとっても、“人類のアウトプットを増やす”というスローガンを掲げる同社らしい感性が光っている。そんな独自のカルチャーが、法務という組織にどう反映されているのか。野上氏の言葉から、これからの時代に求められる法務パーソンの姿を紐解きたい。

イベントが生み出す一体感
「顔の見える関係」こそ最強のリスク管理

—— 法務部の概要や主な業務内容について教えてください。

私が入社した2009年当時、法務は2名体制でしたが、会社の成長とともに役割が広がり、現在は7名に増員されています。事業運営に関わる「事業法務」と、コーポレートガバナンスに関わる「商事法務」、その両方を担当していますが、それだけに留まりません。法務の業務は本当に幅が広くて、驚かれるかもしれませんが、社員旅行や社内イベントの企画・運営も法務が担当しているんです。

—— 社員旅行の企画まで法務が担当するとは珍しいですね。

昨年は200名ほどが参加し、バーベキューをしたりチャンバラごっこをしたりして、とても盛り上がりました(笑)。四半期に一度、懇親会も開催しているので、パートナー同士は部署を超えて仲が良いんです。普段から親睦を深めているからこそ、いざという時の連携もスムーズです。それに、イベントを通じて社内文化を醸成していくことが、結果的に会社への帰属意識を高め、お互いをよく知っているからこそ、不正の防止やリスクの早期発見にもつながっています。

—— 一見、法務とは無関係に思えるイベント運営に、御社ならではのリスク管理哲学が隠されているのですね。そうした社内の「風通しの良さ」は、法務への相談のしやすさにもつながっているのでしょうか。

イベント等を通じて培われた心理的な近さに加えて、法務部門も事業部門も同じワンフロアで仕事をしているので、何かあればすぐに席まで来て相談できる物理的な近さもあり、コミュニケーションのハードルは低いですね。「なるべく事業部との関係性を近くするように」、というのは法務のメンバー全員で意識しており、そういう組織作りを心がけています。おかげで、何か新しいプロジェクトが立ち上がると、ごく自然に「法務からも一人入って」と声がかかるようになりました。

—— 法務に寄せられる相談は多岐にわたると思いますが、システムやツールなどは利用していますか。

最近、AIで法務へのお問い合わせに一次回答する仕組みを導入しました。社内のチャットツールであるSlack上で、パートナーからの質問に答えてくれるAIチャットボットです。このAIチャットボットが、社内規程やルールに関する知識と、一般的なAIとしての知識の両方を使って一次回答をしてくれます。もちろん、それだけでは正式な法務の回答にはなりません。AIの回答を法務のメンバーが確認し、「これで大丈夫です」という承認ボタンを押して、初めて正式な見解となります。
他部署のパートナーが、法務に正式に相談する前の「壁打ち相手」として、気軽にAIチャットボットと対話することもできます。そこで論点が整理されれば、その後の法務との対話もよりスムーズになります。

—— 法務として、気軽に相談してもらう雰囲気づくりとともに、事業への深い理解も必要でしょうか。

そうですね。法務のメンバーは、必ずしもプログラミングなどの専門的なIT知識が豊富というわけではありませんが、会社のサービスについて詳しく知るよう心がけています。個人向けのサービスもあるので、法務のパートナー自身がユーザーとして日常的に使ってみることも多いです。そのうえで、事業部の人に細かく話を聞き、お客様からのご意見やご要望にも一緒に向き合い、解決していく。その積み重ねの中で、信頼関係が生まれているのだと思います。

リスクは“シミュレーション”で見つけ出す。
守りだけでなく、「ともにアクセルを踏み込む」法務へ

事業に寄り添い、ともに走る。その姿勢は、法務業務の根幹である契約審査にも色濃く表れている。

—— 契約書の審査などもボリュームが多い業務だと思いますが、AIの活用はされていますか。

契約関連業務に関してはAIを活用しており、本格的な導入を進めつつあります。契約関連業務で私たちが重視しているのは、契約の背景にある「事実把握」です。よほど定型的なものでない限り、契約書を作成・審査する際は、必ず事業部の担当者に直接ヒアリングして、浮かび上がったリスクを盛り込むようにしています。

—— ヒアリングで心がけていることを具体的に教えてください。

事業部の担当者は、どうしても「早くこの取引を成立させたい」という気持ちが先行して、潜在的なリスクまで考えが及ばないことがあります。そこで法務担当者が、「この取引を始めたら、具体的に何が起こるだろう?」と、一緒にシミュレーションしていくんです。取引を進めていくうえで、何がリスクになり得るのかを想像し、担当者本人も気づいていないようなリスクを一緒に掘り起こしていく作業ですね。
よく法務は「守りと攻めのバランスが難しい」と言われたりしますが、私自身はあまりそう考えたことはありません。ブレーキをかけるという意識よりも、その取引を「自分事」として捉え、どうすれば一緒にアクセルを踏めるのかギリギリまで考えます。その姿勢が大事なのだと、パートナーたちにも伝えています。ただし、漠然としたリスクを指摘するだけでは、事業部の反発を招きかねません。その点、“宙(ちゅう) で話さないように”とはいつも注意しています。

—— 「宙で話さないように」とはどのような意味でしょうか。

架空の事例や抽象的なリスクとして話さないように、という意味です。当初は、良かれと思ってリスクを指摘しても、事業部から「心配しすぎだ」「そんなことは起きない」と不満を持たれることも多くて、うまく伝わっていないことにもどかしさを感じていました。ですが、事実と評価をごちゃ混ぜにして、評価の部分、つまり「リスクがある」という言葉だけを伝えても、現場の担当者には響きませんよね。「具体的に、この取引のこのプロセスで、こういう問題が起きそうだ」という事実ベースで話をして、初めて相手も納得してくれます。漠然とした不安だけをあおっても、敬遠されてしまうだけですから。

—— 「自分事」という感覚を持つようになったのは、何かきっかけがあるのですか。

実は、ある忘れられない出来事がありまして。法務担当になって2、3年目の頃、ある労務問題が持ち上がり、顧問弁護士の事務所へ足繁く通った時期がありました。そのとき、弁護士に説明する私の言い方がすべて伝聞調だったんです。「〜だったようです」とか、「会社としては、〜したいようです」のように。心のどこかに、「これは担当部署のマネジメントの問題だ」とか、「人事の問題だ」という意識があったのかもしれません。
そんな報告を繰り返していたある日、その弁護士から厳しい言葉を投げかけられました。「あなたの会社のことなんですよ!」と、すごく怒られて。本当にショックでした。でも、その一言で目が覚めたんです。「そうだ、これは私の会社の問題なんだ」と。それ以来、仕事への向き合い方が変わり、すべてのトラブルを「自分事」として捉えるようになりました。それが私にとって大きな転機だったと思います。だから今、パートナーたちにも同じことを言っています。たとえば、債権回収に対処するときは、「もし自分のお財布からこのお金が出ていくとしたら、どうやって取り返すか真剣に悩むでしょう?」と言って。当事者意識を持つことが、すべての始まりだと思うんです。トラブル対応は苦しいことも多いのですが、その分、社内で頼りにされるようになりました。

野上 真穂 氏

「考え方の共有」が一番の効率化
個の強みを活かすチームビルディング

—— 法務チーム全体のレベルアップのために、取り組んでいることはありますか。

「私だったらこう考える」という思考のプロセスや、「法的な観点から、ここは絶対に外せないポイント」という感覚を法務内で共有するようにしています。一人ひとりに法的判断の「勘どころ」を掴んでもらうことが、結局は一番の近道だと思っています。

—— 「考え方の共有」はどのように行っているのですか。

パートナーから個別の案件報告を受けた際に、一緒に考える作業を大切にしています。事業部の担当者に説明するときも同じですが、ホワイトボードに図を書いて、「契約の主体が誰と誰で、この人たちの間にはこういう権利関係があって、こういうことが起きると、こうなるよね」と、一緒に整理していくんです。考えを可視化することでわかりやすくなったと、事業部の人にも喜んでもらえますし、法務のパートナーにとっても思考の整理ができます。

—— 地道な共有作業の積み重ねが、結局は法務スキルの向上・定着につながるのですね。

元々、自分でやった方が早いと思ってしまう性格なのですが、業務量を考えると、それでは回りません。マネージメント層に「押さえるべきエッセンス」を伝え、他のパートナーに広げてもらう。あとは信じて任せるようにしています。

—— チームビルディングにおいて重視していることは何ですか。

「それぞれの強みを活かすこと」ですね。当たり前に聞こえるかもしれませんが、メンバーの強みは本当に一人ひとり違います。その違いを認識し、誰のどの強みを、どのタイミングで出すべきかを見極めてあげる。そして、チームが協力して発揮できる力がどれほど大きいか、実感させてあげることが重要です。
たとえば、過去に経験したトラブル対応ではこんなことがありました。債権回収の案件で、弁護士に相談したところ訴訟を提案されたのですが、私たちが成し遂げたかったのは訴訟ではなく、目の前の相手からどうやって弁済してもらうかということ。そんな中で、あるメンバーは粘り強く現地調査をするのが得意で、別のメンバーは交渉の場で相手の気持ちを読み解くのが上手など、それぞれの強みが組み合わさって、最終的に大きな回収を成功させることができたんです。この経験は、チームにとって大きな財産になりました。自分の強みを理解し、チームの強みを理解する。そこが一番の基盤になるのかなと思います。

—— 自分では気づきにくい「強み」をリーダーがきちんと気づいてくれるのは嬉しいですね。

できる限り、「あなたは、ここが本当にすごいね」と声をかけるようにしています。それがメンバーの自信とチームの結束力につながればいいなと思っています。

「インテグリティ」に込められた想いとは
—「誠実さ」を核にした企業価値の向上

法務グループのチームリーダーを務めた後、2016年に総務も含めた経営管理部全体の担当を任され、翌2017年に取締役CIOに就任した野上氏。そのキャリアの軌跡について語ってもらった。

—— 現在、野上氏は取締役CIOと経営管理部長を兼務されているのですね。日本では、法務人材が経営層に登用されるケースは必ずしも多くないと思います。

そうですね。入社以来、さまざまなトラブル対応も経験しましたが、法務としての役割を発揮できるよう邁進してきたつもりです。そうした経験を経て、会社に「法務は大事だ」と認識してもらえた結果が、今の役職につながっているのかなと感じています。

—— 「社内における法務部門のプレゼンス向上」は、多くの法務部門の抱える悩みだと思います。野上氏はどのような取り組みをなさってきたのでしょうか。

私が入社した頃も、法務はややもすると「文書代行屋」のように思われがちでしたが、自ら率先して動くことで仕事を増やしてきた感じですね。特別なことはしていないのですが、事業部が抱える問題やトラブル対応を一つひとつ一緒に解決していくうちに、徐々に頼られるようになって、企業価値の向上に法務は不可欠だと認めてもらえたのかなと思います。法務が経営に貢献できる場面はたくさんありますが、こちらから存在意義を示していかなければ、なかなかわかってもらえません。「法務が何を提供できるか、実際に動いて見せていく」—それに尽きると思います。

—— CIO(チーフ・インテグリティ・オフィサー)というのは聞き慣れない役職ですが、会社に元々あったものですか。

実は、取締役になるとき、社長から「何かうちの会社らしい役職はないか」と相談されたんです。それで、一般的なCLO(最高法務責任者)ではなく、もっと広く私たちのカルチャーを体現するような言葉を探していたときに、「インテグリティ」という言葉に出会いました。

—— 野上さん自身が発案者なのですね。なぜ「インテグリティ」が大切だと思われたのでしょうか。

トラブルに対応していく中で、「法的にはどちらを選んでも間違いではない、けれど会社としてどちらの道を選ぶべきか」、という問いに直面することがあります。それはまさに経営判断そのものなのですが、そのたびに、当社は、手前味噌ですが、常に“誠実な方”を選んできたという自負があります。法律を守るのは当たり前。そのうえで、何が誠実な行動なのかを問い続ける姿勢こそが当社の魅力であり、強みなのだと感じていました。それで、インテグリティという言葉が胸に響いたのだと思います。

コンプライアンスという言葉では捉え切れない、「誠実さ」や「真摯さ」といった価値観の総称ともいえる「インテグリティ」。その定義は人によって異なり、野上氏自身も「まだ明確な答えは見出せていない」という。意味を固定化せずに常に問い続ける姿勢は、野上氏の職業スタイルそのものを物語っているのかもしれない。

現場で起きる一つひとつのご意見やご要望は、個別の事案であると同時に、会社の経営課題を映す鏡でもあります。データが集まってくれば、「なぜこの種のトラブルが増えているのか」という分析ができます。そこから、より大きな会社の課題が見えてくるかもしれません。現場の話を現場だけで終わらせず、経営の課題へと昇華させていく。それがCIOとしての私の使命だと考えています。そのためにはまず、目の前の目標達成に全力で貢献していきます。

—— 最後に法務の方々へ向けたメッセージをお願いします。

法務というキャリアを築くうえで、仕事の範囲を自分で限定せず、広げていくことが大事だと思っています。仕事に本気で打ち込んで、リーガルの知見を活かして会社の成長に貢献できるって素敵なことだし、大きな喜びでもあります。
現在、会社の成長と自分の成長を重ね合わせ、仕事に打ち込む喜びを分かち合える仲間を募集しています。当社の法務は業務の幅が広く、変化し続けているので、決して飽きることがありません。熱意を持って、法務の新たな可能性に挑戦したいと思っていただける方とぜひ一緒に働いてみたいです。

【法務部門概要】

部員数:7名

主な業務内容:

・事業部門、投資部門へのリーガルサポート

・契約書・利用規約の作成・レビュー

・コーポレートガバナンスに関する業務(取締役会、株主総会の運営等)

・社内研修・イベントの企画・運営

・訴訟対応、弁護士折衝


【会社概要】

設立:2003年1月
事業内容:ドメイン・レンタルサーバー(ホスティング) 事業、EC支援事業、ハンドメイド事業等
従業員数:402名(2024年12月末現在)
所在地:〒150-8512 東京都渋谷区桜丘町 26-1 セルリアンタワー
URL:https://pepabo.com/

野上 真穂

GMOペパボ株式会社 取締役CIO(Chief Integrity Officer)・経営管理部部長

01年新潟大学法学部卒業。07年新潟大学法科大学院修了。09年GMOペパボ入社。12年4月経営管理本部法務チームリーダー、同年8月同部法務部長着任。16年より経営管理部長。17年より取締役CIO。