「コンプライアンス」と「インテグリティ」の二刀流で立ち向かう不祥事予防戦略 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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不祥事の頻発と時代の要請

コンプライアンスという言葉がビジネスの世界に定着して久しく、多くの会社で社内体制・社内規程を整備し、コンプライアンス研修を実施していると思います。それにもかかわらず、連日のように企業不祥事が報じられ、老舗企業、上場企業、グローバル企業等においても重大な不祥事が相次いで発覚しているのはなぜでしょうか?
前提として、最近の不祥事をめぐる風潮や社会的関心の変化を押さえ、時代錯誤に陥らないように注意することが重要です。ESGやSDGsに代表されるように、グローバルレベルでビジネスに関する価値観が変容する中で、投資家等のステークホルダーの企業に対する要請も急速に変化しています。
また、企業に対する情報開示要請の高まり、テクノロジーの発展、個人の意識の変化等の複合的な要因により、企業が不祥事を隠し通すことが難しくなり、同時に隠すことの代償が非常に大きくなっています。
さらに、SNS等で不祥事に関する情報が公表され、爆発的に拡散することで、「炎上」と呼ばれる現象が容易に発生するようになったこともリスクマネジメントの観点から看過できません。
不祥事を効果的に予防するためには、このような変化を鋭敏に感じ取り、時代の要請に即した対策を講じることが必要です

コンプライアンスの再考

コンプライアンスという言葉は、comply(遵守する)という動詞に由来し、「法令を遵守すること」を意味する用語としてビジネスの世界で使われ始めました。その後、この言葉は「社内規則や企業倫理の遵守を含む」とする見解が登場し、近時は「企業に対する社会的要請に応えること」をも含む概念であるといった説明がなされることもあります。
企業が守らなければならない法令の増加・複雑化を背景として、「コンプライアンス」の名の下でこなさなければならないタスクが多数発生し、役職員が疲弊してしまう現象を「コンプラ疲れ」と呼ぶことがあります。
例えば、2018年3月30日に日本取引所自主規制法人が策定した「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」解説4-3や、2018年10月15日に金融庁が策定した「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」2頁において、「コンプラ疲れ」という用語が明記されています。

図表1 「コンプラ疲れ」が明記された主な資料

資料名

記載内容

日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」(2018年3月30日策定)解説4-3

趣旨・目的を明確にしないコンプライアンス活動や形式のみに偏ったルールの押付けは、活動の形骸化や現場の「コンプラ疲れ」を招くおそれがある。事案の程度・内容に即して メリハリをつけ、要所を押さえた対応を継続して行うことが重要である。

金融庁「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」(2018年10月15日策定)2頁

従来、金融機関のコンプライアンス・リスク管理については、過度に詳細かつ厳格な社内規程の蓄積、形式的な法令違反の有無の確認、 表面的な再発防止策の策定等の形式的な対応が何重にも積み重なり、いわゆる「コンプラ疲れ」が生じている(中略)等の傾向が見られた。

不祥事予防のプリンシプルに関する意見交換会(経営法友会 有志)「不祥事予防に向けた取組事例集」(2019年11月7日公表)32頁

コンプライアンス推進の進め方や「コンプラ疲れ」に関して、以下の指摘があった。

・ コンプライアンスは、会社の様々な管理・統制(内部統制、内部監査、四半期ごとの予算管理など)のうちの 1つに過ぎず、コンプライアンスだけに 疲れているわけではない。

・ 内部統制の観点からも不祥事発生の際には、再発防止のために厳しいルールを設けざるを得ないが、その適用はリスクベース・アプローチでメリハリ をつけることが重要。

・ コンプライアンスにおける「ルールによる抑止」と、「社員の自律」のバランスをどのようにとっていくか。ルールによる抑止ばかりだと社員が自分で 考えなくなってしまう懸念があるため、理念・原則のウェイトを増やして、自ら考えることができる社員を育てることも必要である。

「コンプライアンスのせいで窮屈になった」などといった言説を目にすることがありますが、「コンプラ疲れ」の問題と相俟って、コンプライアンスを厄介なものとして扱う空気感が現場に蔓延してしまうと、コンプライアンスの本来の重要性が損なわれることが懸念されます
そもそも法令を守ることは企業として、そしてビジネスパーソンとして当たり前のことです。そして、新法や法改正が頻発し、複雑な規制が敷かれている中でビジネスを円滑かつ適切に進めるためには、コンプライアンス部門の存在は非常に重要であると言えます。
そのため、コンプライアンスを厄介もの扱いすることなく、本来の意義を十分に発揮させる方法を考える必要があります。

インテグリティの真価

不祥事予防を考えるうえで、近年注目されているのが「インテグリティ」(integrity)という概念です。スポーツ庁が2019年6月10日に策定し、2023年9月29日に改訂した「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」17頁脚注3において、インテグリティを「スポーツが様々な脅威により欠けるところなく、価値ある高潔な状態」と説明しています。
また、経済産業省が2019年6月28日に公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」81頁では、「グループ本社の経営トップ自ら、インテグリティ(誠実・真摯・高潔)を身をもって示すとともに、コンプライアンス重視の価値観(プライオリティー)について、グループ子会社の現場に対して、直接、繰り返しメッセージを発信することで、そうした意識を浸透させ、現場における自律的な遵守の風土づくりに努めること」の重要性を説いています。さらに、経済産業省が2022年7月19日に策定した「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」では、社長・CEOの資質・能力の一つとして高潔性(インテグリティー)を明記しています。

図表2 「インテグリティ」が明記された主な資料

資料名

記載内容

スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」(2019年6月10日策定、2023年9月29日改訂)17頁脚注3

(本文中のインテグリティの説明として)
スポーツが様々な脅威により欠けるところなく、価値ある高潔な状態。脅威の例として、ドーピング、八百長、賭博、違法薬物、暴力、各種ハラスメント、人種差別、スポーツ団体のガバナンスの欠如等がある。

経済産業省「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」(2019年6月28日策定)81頁

グループ本社の経営トップ自ら、インテグリティ(誠実・真摯・高潔)を身をもって示すとともに、コンプライアンス重視の価値観(プライオリティー)について、グループ子会社の現場に対して、直接、繰り返しメッセージを発信することで、そうした意識を浸透させ、現場における自律的な遵守の風土づくりに努めることが重要となる。

経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針 (CGS ガイドライン) 」(2022年7月19日策定)41頁脚注73

社長・CEO に求められる資質・能力の一例としては、①困難な課題であっても果敢に取り組む強い姿勢(問題を先送りにしない姿勢)と決断力、②変化への対応力、③高潔性(インテグリティー)、④胆力(経営者としての「覚悟」。企業価値向上の実現に向け、個人的なリスクに直面しても限界を認めず、利害関係者からの批判を乗り越え果断に決断する力)、⑤構想力(経営環境の変化と自社の進むべき方向を見極め、中長期目線に立ち、全社的な成長戦略をグローバルレベルで大きく構想する力)、⑥実行力(構想した成長戦略を実行する力)、⑦変革力(業界や組織の常識・過去の慣行に縛られない視座を持ち、組織全体を鼓舞しつつ、「あるべき像」の実現に向けて組織を変えていく力)、などがある。

経営トップ自らがインテグリティを体現し、それを受けたメンバーがインテグリティを自分ごととして理解・実践できるようになると、組織にインテグリティが浸透します。
そして、インテグリティは、人が苦境に直面した時に真価を発揮します。例えば、取引先や上司からの厳しいプレッシャーや理不尽な指示を受けたとき、組織における不正や問題の疑惑を発見してしまったときなど、苦しい選択を求められる場面において、インテグリティは闇堕ちせずに正しい判断をするための道標になり得ます

「コンプライアンス」と「インテグリティ」の二刀流による不祥事予防

比喩的に言えば、コンプライアンスは遵守すべきルールを守ることで不祥事を防ぐという“頭(知識)”に着目したアプローチであるのに対し、インテグリティは心構えによって不祥事を防ぐという“心(意識)”に着目したアプローチであると整理可能です。
法律の知識不足に由来する不祥事は頭で防げますが、意識の低さに由来する不適切発言やプレッシャーから逃れたいがゆえの粉飾やデータ改ざん等については頭だけでは防げず、心(意識)に働きかけるインテグリティのアプローチが効果的といえます。
コンプライアンスとインテグリティの二刀流で頭と心の双方に着目したアプローチは、混沌とした時代において不祥事から企業を守るための突破口になり得るのではないでしょうか。

既にコンプライアンスとインテグリティの双方に着目した不祥事予防策を講じている先進的な企業も存在しますが、両者の関係性をどのように整理し、理念、仕組み、研修内容等に落とし込むかは企業によってさまざまです。大切なのは自社の役職員が両概念の本質を理解したうえで実践することであり、企業としてはそれをどう実現するか、自社の企業文化やビジネスの在り方を勘案しながら戦略を練ることが肝要です。

図表3 コンプライアンスとインテグリティの二刀流による不祥事予防策

坂尾 佑平

三浦法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士

2011年東京大学法科大学院修了。2012年弁護士登録、長島・大野・常松法律事務所入所。2014年CFE(公認不正検査士)資格、2015年認定コンプライアンス・オフィサー資格を取得。2018年University of Pennsylvania Law School (LL.M. with Wharton Business & Law Certificate) 修了、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)勤務。2019年ニューヨーク州弁護士登録。2020年三井物産株式会社法務部出向、企業危機管理士資格を取得。2021年3月より現職、同年中級食品表示診断士資格取得。危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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