はじめに
物流業界の主な業種の年間営業収入の合計は約28兆円とされるところ、そのうち約19兆円はトラック運送業が占めており、国内貨物輸送量(トンキロベース)のうち約5割は自動車によるものであって、貨物自動車運送事業は国内における物流の中心的役割を担っている注1。
この貨物自動車運送事業は典型的な労働集約型の産業とされ、中小の事業者も多いところ、物流拠点の獲得による事業規模の拡大、経営者の高齢化による事業承継、更には「物流の2024年問題」を背景とした人員確保の要請等から、M&Aの活用が検討されることも多い。
以下では、こうした貨物自動車運送事業のM&Aに関し、許認可の承継その他の法的留意点を論じる注2。
貨物自動車運送事業の許認可とM&Aによる承継
貨物自動車運送事業とは、特定または不特定の他人の需要に応じて、有償で、自動車を使用して貨物を運送する事業である。それは荷主の特定性や使用する車両の種類によって、一般貨物自動車運送事業、特定貨物自動車運送事業および貨物軽自動車運送事業の三種類に分けられる(貨物自動車運送事業法(以下、「法」という)2条1項~4項)。事業者は、その事業内容に応じて図表1のような許可を取得し、または届出を実施しなければならない。M&Aに際しては、対象会社において、こうした許可の取得または届出の実施が行われていることを確認することが必要である。
図表1 貨物自動車運送事業の許認可
荷主 | 車両 | 許認可 | |
一般貨物自動車運送事業 | 不特定 | 自動車(三輪以上の軽自動車および二輪の自動車を除く) | 国土交通大臣の許可(法3条) |
特定貨物自動車運送事業 | 特定 | 取り決めなし | 同上(法35条1項) |
貨物軽自動車運送事業 | 不特定 | 三輪以上の軽自動車および二輪の自動車に限る | 国土交通大臣への届出(法36条1項) |
想定されるM&Aが、貨物自動車運送事業者が発行する株式または持分の譲渡である場合、事業主体の法人格に変更がないため、M&Aの実施後もこれらの許認可は維持されると考えられる。
他方で、一般貨物自動車運送事業の譲渡または譲受けは、国土交通大臣の認可を受けなければその効力を生じない(法30条1項)。また、一般貨物自動車運送事業者たる法人の合併および分割についても、国土交通大臣の認可が効力発生要件とされる(同条2項)注3。
これらの認可の申請にあたっては、事業譲渡や合併等の契約書のほかに、事業計画、運行管理等の体制、事業開始に要する資金とその調達方法、残高証明書等、さまざまな情報を記載した複数の書類の提出を要するとともに、認可後に当該事業に専従予定の役員の法令試験への合格や、一定の自己資金要件を課されることもあり、あらかじめ管轄運輸局に必要な準備を確認のうえで、適切なスケジューリングをもって準備に取り組む必要がある注4。
また、特定貨物自動車運送事業の事業譲渡、合併および分割については、従来は事後的な届出を要するのみであったが、2025年4月1日施行の改正貨物自動車運送事業法により、一般貨物自動車運送事業と同様に国土交通大臣の認可が必要とされることになった(法35条6項による30条の準用)。よって、特定貨物自動車運送事業の事業譲渡等に際しても、あらかじめ認可を申請する必要がある。
貨物軽自動車運送事業の事業譲渡等に関しては、効力発生日から30日以内に届出を要する場合があるものの(法36条3項、4項)、一般貨物自動車運送事業および特定貨物自動車運送事業のように、あらかじめ認可の取得が要求されるものではない。
貨物自動車運送事業のM&Aに関する法的留意点
労務に関する主な留意点
(1) 人員の充足状況、労働時間
前述のとおり、貨物自動車運送事業は典型的な労働集約型産業であるところ、トラックドライバーについては、かねてより一般論として、労働時間が長い一方で賃金水準は必ずしも高くなく、有効求人倍率が高い(すなわち、人手不足の)状態にあることが指摘されてきた注5。
いわゆる働き方改革関連法により、一般には、2019年(中小企業においては2020年)4月1日から時間外労働の上限規制が導入されているところ、その自動車運転業務への適用は5年にわたって猶予され、適用が開始された2024年4月1日以降も、当分の間は時間外労働の上限を年間960時間とするとともに、1か月100時間未満、2~6か月平均で月80時間以内という上限規制の適用は見送られている(労働基準法附則140条)。それでも、こうした働き方改革の実施は、更なる輸送力不足を生む「物流の2024年問題」として、物流業界において大きな問題意識をもって受け止められてきた。
そこで、貨物自動車運送事業のM&Aにあたっては、対象会社におけるドライバーの人員充足状況や時間外労働の実情(時間外労働の上限規制への違反がないか、各月の法定時間外労働が80時間または100時間を超えるような負荷の高い状態が続いていないか等)を、勤怠記録のデータやタイムカード等の提出を受けて確認することが必要となろう。
加えて、トラックドライバー(貨物自動車運送事業に従事する自動車運転者注6)の拘束時間等については、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準 」(平成元年2月9日労働省告示第7号。以下、「改善基準告示」という)において、概ね、図表2のような定めが置かれている。M&Aにあたっては、対象会社における規制の遵守状況や、遵守のために講じられている方策等についても確認が必要であろう。
図表2 改善基準告示における拘束時間等の定め
項目 | 改善基準告示の内容 |
1年間の拘束時間 | 原則として、3,300時間以内(ただし、一定の要件を満たす場合、労使協定で3,400時間以内に延長可能)。 |
1か月の拘束時間 | 原則として、284時間以内(ただし、一定の要件を満たす場合、労使協定で310時間以内に延長可能(年6か月まで))。 |
1日の拘束時間 | 13時間以内(上限15時間、14時間超は週2回までが目安)。 ただし、宿泊を伴う一定の長距離貨物運送の場合、16時間まで延長可(週2回まで)。 |
1日の休息時間 | 継続11時間与えるように努めることを基本とし、9時間を下回らない。ただし、宿泊を伴う一定の長距離貨物運送の場合、継続8時間以上(週2回まで)。休息期間のいずれかが9時間を下回る場合は、運行終了後に継続12時間以上の休息期間を与える。 |
運転時間 | 2日平均1日9時間以内、2週平均1週44時間以内。 |
連続運転時間 | 4時間以内。運転の中断時には、原則として休憩を与える(1回概ね連続10分以上、合計30分以上)。10分未満の運転の中断は、3回以上連続しない。ただし、SA・PA等に駐停車できないことにより、やむを得ず4時間を超える場合、4時間30分まで延長可。 |
(2) 未払賃金
(a) 割増賃金
時間外労働に対する割増賃金に未払いの可能性があることは、M&Aに際して対象会社に対して実施するデューデリジェンス(以下、「DD」という)の中で、しばしば指摘対象となる事項であり、貨物自動車運送事業のM&Aに際しても適切な確認が望まれる。なかでも、働き方改革関連法により、中小企業においても、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が25%から50%に引き上げられており(労働基準法37条1項ただし書)、こうした割増賃金率の引き上げに対応できているかは、割増賃金の一般的な支払状況とあわせて、DDの過程で確認することが望ましい。
なお、近時の裁判例の中には、タクシーまたはトラックのドライバーの割増賃金について、その全部または一部を通常の労働時間の賃金部分から控除することによって、時間外労働等が生じた場合の賃金総額の上昇を幾らか抑制するような仕組みがとられている場合に、労働基準法所定の割増賃金の支払いがあったといえるか否かが問題とされた事案が複数存在する。裁判所の判断は事案により異なっているところ、使用者が割増賃金に相当するとした部分の中に、通常の労働時間の賃金として支払われている部分が相当程度含まれているとして(すなわち、割増賃金の支払いに関する、いわゆる「判別可能性」の要件注7を否定して)有効な割増賃金の支払いと認めなかったものに、最判令和2年3月30日・民集74巻3号549頁(国際自動車(差戻上告審)事件)および最判令和5年3月10日・労判1284号5頁(熊本総合運輸事件)があり、他方で、有効な割増賃金の支払いがあったと認めたものには、大阪高裁令和3年2月25日・労判1239号5頁(トールエクスプレスジャパン事件)がある。対象会社の賃金制度によっては、こうした裁判例を踏まえた検討を要する場合もあろう。
(b) 1か月単位の変形労働時間制
トラックドライバーについては、その労働時間について1か月単位の変形労働時間制が採用されている例も見られるところ、近時、当該制度が法所定の要件を充足していないことをもって、その適用を否定し、不足する割増賃金の支払いを命じた裁判例も複数見られる。対象会社がこうした制度を採用している場合には、その有効性についてもDDにおける確認事項となろう。
使用者は、事業場の労使協定または就業規則その他これに準ずるものにより、1か月以内の一定の期間を平均し1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合に、特定された週または日において、法定労働時間を超えて労働させることができる(労働基準法32条の2第1項)。常時10人以上を使用する事業場では、原則、就業規則において、各労働日の始業・終業時刻を特定しなければならない(同法89条1号)。
業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合(いわゆるシフト制。トラックドライバーについては、こうしたシフト制が採用されることも多いと思われる)、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続およびその周知方法等を定めておき、それにしたがって各日ごとの勤務割は変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りるとされる注8。
なお、こうした変形労働時間制の下、一度特定された労働時間が事後的に変更される場合もあろうが、裁判例の中には、そうした変更は、「業務上のやむを得ない必要がある場合に限定的かつ例外的措置」として認められるにとどまるとし、あらかじめ変更が許される例外的、限定的事由を就業規則等に具体的に記載し、その場合に限って勤務変更を行う旨を定めることを要するとしたものがある注9。特に1か月単位の変形労働時間制がシフト制と組み合わせている場合、その有効性を検討するにあたっては、あらかじめ労働時間が適切に特定されているか否かに加え、一度特定された労働時間の変更事由が適切に限定されているか否かについても着目する必要があろう。
契約に関する主な留意点
(1) 運送契約
貨物自動車運送事業の中心的な契約は、顧客との運送契約である。よって、DDにおいては、対象会社が締結する運送契約(のうち主なもの)について、その内容を確認することが考えられる。ただし、運送契約については、必ずしも契約書が締結されておらず、その全容を書面で確認できないこともしばしば経験されるところである。
契約書面の提出を受けられる場合には、運送に係る個別の条件とともに、チェンジオブコントロール(COC)条項やM&Aに係る通知義務を定めた条項がないかといったことを確認することになろう。また、契約書面の開示が受けられない場合においても、運送について特別な取り決めをしている顧客がないか(たとえば、通常は混載を行っているにもかかわらず、それが禁止されている先がないか、貨物に対する保険の付保が義務付けられている先がないか)といったことは、DDの過程で必要に応じて確認しておくことが考えられる。
(2) 再委託先との契約
貨物自動車運送事業では、荷主との運送契約により受託した業務の全部または一部が、同業他社に再委託されていることが少なくない。こうした再委託契約については、その締結自体が荷主との契約違反となっていないか(再委託が禁止されていないか)、また荷主との契約で負担する義務やリスクが再委託先との契約にも適切に反映されているか、といった視点から検討することが有益であろう。
また、下請法の関係でいえば、対象会社の資本金が3億円超であり、再委託先の資本金が3億円以下の場合、または、対象会社の資本金が1,000万円超3億円以下で、再委託先の資本金が1,000万円以下の場合には、対象会社と再委託先との役務提供委託には下請法が適用され(下請法2条7項)、そうした取引がある場合には、下請法の遵守状況・遵守体制についても確認が必要であろう。たとえば、
① 発注に際して必要事項を記載した3条書面の交付が行われているか
② 5条書面の作成・保存が行われているか
③ 下請代金の支払い遅延がないか
④ 再委託先の帰責事由がないにもかかわらず、発注後に下請代金を減額していないか
⑤ 下請代金の決定にあたって通常支払われる対価と比べて著しく低い額を不当に定めていないか
といった事項である。
なお、2025年3月11日には、下請法の改正案が閣議決定され、2025年通常国会での成立が目指されている。そこでは、下請法の適用対象について、上記のような資本金基準に加えて従業員数による基準を設けることや、製造販売等の目的物の引渡しに必要な運送委託については荷主と運送業者の取引についても下請法の対象とすること、更には、協議を適切に行わない代金額の決定の禁止や手形払いの禁止等の規制の見直しが検討されており、改正法が成立し施行された場合には、それに基づく検討が必要となる。
また、2024年11月1日には、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(いわゆる「フリーランス新法」)が施行された。再委託先が個人または一人法人の場合には、下請法の適用要件にかかわらず、同法により取引条件の明示や減額の禁止等の規制が及ぶことに留意が必要である注10。
業規制に関する主な留意点
法による規制として、一般貨物自動車運送業を営む事業者が遵守すべき事項には、主に次のようなものがある。DDにおいては、こうした事項の遵守状況を含め、業規制の遵守状況・遵守体制についても確認することが望ましい。
図表3 一般貨物自動車運送事業者が遵守すべき主な業規制
事業計画 (法8条1項) |
業務を行う場合には、事業計画に定めるところに従わなければならない。 |
運送約款 (法10条1項、3項) |
運送約款を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない。国土交通大臣が公示する標準約款と同じものを定める場合には、認可を受けたとみなされる。 |
安全管理規程 (法14条1項) |
原則として、輸送の案件を確保するための事業運営の方針、その実施および管理の体制、方法等、所定の事項を定めた安全管理規程を定め、国土交通大臣に届け出なければならない。 |
事業報告 (法60条1項) |
国土交通大臣に対し、毎事業年度に係る事業報告および事業実績報告書を提出しなければならない。 |
安全統括管理者および運行管理者の選定・届出 (法14条4項および5項、16条1項および3項) |
安全統括管理者を選任し、運行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから、運行管理者を選任しなければならない。 |
また、2025年4月1日施行の改正貨物自動車運送事業法により、
① 運送契約締結時の書面交付義務(法12条、24条2項および3項)
② 下請事業者の健全な事業運営の確保に資する取組(健全化措置)を行う努力義務、当該取組に関する運送利用管理規程の作成・運送利用管理者の選任義務等(法24条1項、同条の2~同条の4)
③ 実運送事業者の名称等を記載した実運送体制管理簿の作成義務等(法24条の5)
が定められており、これらの履行状況についても確認することが望ましいであろう。
加えて、同日に施行された改正流通業務総合効率化法は、貨物自動車運送事業者等に対して、輸送網の集約、配送の共同化等の措置に係る努力義務を課しており(同法34条)、さらに、今後施行が予定される改正部分においては、一定規模以上の特定事業者に対して、中長期計画の作成や定期報告等を義務づけるものとされている。今後は、改正法の施行状況を踏まえ、対象会社における対応の状況を確認することになろう。
おわりに
貨物自動車運送事業においては、「物流の2024年問題」を踏まえた輸送力不足への対策として、適切な運賃・料金の収受、荷待ち時間の短縮、多重下請構造の解消等の「体質改善」ともいうべき内容が、複数の法改正を通した取り組みとして進められている。今後のM&Aに際しては、法務DDを通しても、こうした事項に対する対象会社の取組状況を適切に把握し、他分野における検討とあわせて、取引の実施やその契約条件に係る判断に反映させていくような取り組みが望ましいであろう。
→この連載を「まとめて読む」
- 国土交通省「我が国の物流を取り巻く状況」より。営業収入額は令和元年度、国内貨物輸送量は令和3年度の数値と解される。[↩]
- 本稿は、2025年4月1日時点の法令に基づき作成している。[↩]
- 一般貨物自動車運送事業者と一般貨物運送事業を経営しない者が合併する場合で、一般貨物自動車運送事業者たる法人が存続する場合、および一般貨物自動車運送事業者たる法人が分割する場合で、一般貨物自動車運送事業を承継させない場合を除く。[↩]
- 関東運輸局によれば、認可の標準処理期間は、大臣権限に関するもので2~3か月、地方運輸局長権限に関するもので1~3か月とされている(令和元年10月1日「一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可及び事業計画変更の認可申請等の処理方針について」)。[↩]
- 前掲注1)。[↩]
- 労働基準法9条に規定する労働者であって、四輪以上の自動車の運転業務に主として従事するものをいう。[↩]
- 最判平成29年7月7日・労判1168号49頁(医療法人社団康心会事件)参照。[↩]
- 昭和63年3月14日基発第150号「労働基準法関係解釈例規について」。[↩]
- 広島高判平成14年6月25日・労判835号43頁(JR西日本(広島支社)事件)。[↩]
- なお、貨物自動車運送事業法により、荷主は、貨物自動車運送事業者が貨物自動車運送事業法または当該法律に基づく命令を遵守して事業を遂行できるよう、必要な配慮をしなければならない義務を負うところ(法63条の2)、この荷主には元請事業者たる貨物運送事業者も含まれると解されることにも留意を要する。[↩]

髙田 真司
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
04年京都大学法学部卒業。06年京都大学法科大学院修了。16年Vanderbilt Law School(LL.M.)卒業、同年Holland & Knight LLP(ロサンゼルスオフィス)勤務。主な取扱い分野は、会社法・M&A、労働法、危機管理・コンプライアンス関連。著書として、『新型コロナウィルスと企業法務-with corona / after corona の法律問題』(共著、商事法務、2021年) 、『事業譲渡の実務-法務・労務・会計・税務のすべて』(共著、商事法務、2018年) など。
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