薬局とM&A
薬機法上、薬局または医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として医薬品の販売等を行うことはできず(薬機法24条1項本文)、かつ、医薬品の店舗販売業者(いわゆるドラッグストア等)は、要指導医薬品または一般用医薬品のみしか販売ができないことから(同法25条1号)、一般消費者(患者)に対し、処方箋を要する医薬品等医療用医薬品を販売できるのは、薬局のみである注1。
また、薬局とは、「薬剤師が販売又は授与の目的で調剤の業務並びに薬剤及び医薬品の適正な使用に必要な情報の提供及び薬学的知見に基づく指導の業務を行う場所(その開設者が併せ行う医薬品の販売業に必要な場所を含む。)をいう」と定義されており(薬機法2条12項本文)、かかる意味での薬局を開設(営業)するには、都道府県知事等の許可を店舗ごとに取得する必要がある(同法4条1項)。
そして、薬局は、健康保険法に基づき、保険薬局の指定を受けることにより、健康保険制度に基づく調剤報酬を得ることができる(健康保険法65条1項、同法76条1項)ため、薬局ビジネスを営む者のほとんどは、薬局開設許可と併せて保険薬局の指定を受けている。
このような規制業種である一方で、薬局は、地域を問わず社会的需要があるインフラ的側面があるうえ、上記健康保険制度による収益の支えもあると考えられること等から、いわゆる「医薬分業」(薬の処方と調剤を分離し、前者を医療機関・医師が、後者を薬局・薬剤師が行う制度)が我が国で行われて以降、店舗数は増加傾向にある注2。
もっとも、政府主導での薬局におけるDX化および「かかりつけ薬局」の推進等から、従来、病院に近接しさえすれば、安定的に薬局が経営できるという世の中ではもはやなくなりつつあり、薬局経営者の高齢化もあいまって、事業承継の必要性が高く、大手企業による中小薬局の買収や、大手薬局チェーンの再編等、近年多くのM&Aが行われている業界であるともいえる注3。さらには、健康保険制度に基づく調剤報酬が低下傾向にあること等から経営危機に瀕している薬局も少なくなく、いわゆるディストレストM&Aとして、債務整理を前提とした薬局のM&Aが行われることも珍しくない。
このような背景から、異業種の企業がM&Aにより薬局を自社グループに取り込むことも比較的多いという肌感を筆者は有している。
以下では、薬局をM&Aをするにあたり必要となる、デューデリジェンス上の主な留意点ならびに薬局に関する規制を踏まえたM&AストラクチャおよびM&A契約上の留意点について概観する。
薬局に対するデューデリジェンス上の主な留意点
薬局開設許可と管理薬剤師の配置
上記のとおり、薬局を営むには店舗ごとに薬局開設許可を得る必要があるところ、デューデリジェンスにおいて、薬局開設許可証を確認しなければならないことはいうまでもない。
時折問題となるのは、薬局開設許可の主体と実質的な薬局の経営主体が異なることである。たとえば、A社が薬局の経営母体であるにもかかわらず、実際の経営はB社に運営委託されている場合や、フランチャイズ契約に基づき、フランチャイジーであるB社が薬局を独自の計算で運営している場合等において、薬局開設許可を保有している者と実質的な薬局の開設者に齟齬が生じていることがまま見受けられる。
A社が薬局開設許可の主体であるにもかかわらず、実際の運営主体が薬局開設許可を得ていないB社である場合には、薬機法上の無許可営業に該当しうるため、許可の主体、契約関係、経営実体や計算(どちらの名義で仕入れや収入を計上しているか等)等を調査のうえ、適法性を確認する必要がある。
また、薬局を開設する場合には、薬局において薬事に関する実務に従事する薬剤師のうちから薬局の管理者を指定してその薬局を実地に管理させなければならない(薬機法7条2項)。かかる薬剤師は、管理薬剤師と一般に呼ばれ、薬局開設許可の申請の際に原則として常勤の雇用関係を示す書類を提出することが求められ、かつ、派遣従業員を管理薬剤師とすることは禁止されているうえ(平成11年11月30日付け医薬発第1331号通知)、他の薬局での兼務も原則として禁止されている(薬機法7条4項本文)。
そのため、デューデリジェンスにおいては、管理薬剤師の雇用形態、勤務実体を確認する必要があり、上記のようなA社とB社とで薬局開設許可の保有主体と運営主体とが異なる場合には、どちらの従業員が管理薬剤師となっているかの確認も重要となる(基本的に、薬局開設許可の保有主体の常勤従業員が管理薬剤師である必要があることとなる)。
なお、通常、薬局を経営する場合には、薬局開設許可以外にも保険薬局の指定等種々の許認可が必要となり、法令・許認可に関する書類を確認する要請は大きい。
図表1は、薬局に対する法令・許認可関係の依頼資料リストの例である。
図表1 法令関係の依頼資料リスト例
依頼資料 |
取得日 |
1.1 免許・許認可・登録・届出 | |
1.1.1 薬局開設許可証 |
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1.1.2 保険薬局指定通知書 |
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1.1.3 麻薬小売業者免許証 |
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1.1.4 薬局製剤製造業許可証 |
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1.1.5 薬局製剤製造販売承認書 |
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1.1.6 毒物劇物販売業登録票 |
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1.1.7 高度管理医療機器販売業許可証 |
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1.1.8 その他店舗にて保有する公的許認可を証する書類 |
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1.2 上記の申請書類一式(最新のもの) | |
1.2.1 薬局開設許可申請書類 |
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1.2.2 保険薬局指定申請書類 |
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1.2.3 麻薬小売業者免許申請書類 |
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1.2.4 薬局製剤製造業許可申請書類 |
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1.2.5 薬局製剤製造販売承認申請書類 |
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1.2.6 毒物劇物販売業登録申請書類 |
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1.2.7 高度管理医療機器販売業許可申請書類 |
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1.2.8 その他店舗にて保有する公的許認可の申請書類 |
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1.3 当局等からの指導等に関する書類 | |
1.3.1 健康保険法73条に基づく個別指導通知書及び現況届、指導内容がわかる資料(改善報告書、返還同意書等) |
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1.3.2 薬機法に基づく薬事監視に関する資料一切 |
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1.3.3 その他公的機関からの指導等に関する書類 |
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1.3.4 外部コンサルから指導を受けたことがあれば、当該指導に関する資料 |
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1.4 体制 | |
1.4.1 薬局店舗ごとの従業員一覧(氏名、正社員・パート等の別、薬剤師・薬局管理者の別を記載したもの) |
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1.4.2 責任役員その他法令遵守体制を示す資料(指針、薬局関連内規、管理者の権限を示す規程等) |
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1.4.3 責任役員、薬局管理者の経歴書 |
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1.4.4 薬局管理者による意見書(もしあれば) |
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1.4.5 業務マニュアル・手順書等 |
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1.4.6 業務記録 |
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1.4.7 取引記録(帳簿) |
医薬品の販売方法に関する問題
薬局開設者は、正当な理由なく、薬局医薬品を使用しようとする者以外の者に対して販売することは禁じられており(薬機法36条の3第2項本文)、同様に、処方箋の交付を受けた者以外に処方箋医薬品を販売することが禁じられている(同法49条1項本文)。もっとも、これらの規制の例外として、薬剤師、薬局開設者、医薬品の製造販売業者、製造業者もしくは販売業者、医師、歯科医師もしくは獣医師または病院、診療所もしくは飼育動物診療施設の開設者である「薬剤師等」への販売は例外的に許容されている(薬機法36条の3第2項ただし書、49条1項ただし書)。
この観点では、薬局の医薬品販売に係る相手が誰かが適法/違法の分水嶺となるため、デューデリジェンスにおいて調査の必要がある。たとえば、グループ内の薬局同士で在庫医薬品の融通をし合うことは薬剤師等に対する販売であり許容されるが、在庫資産を管理する法人に過剰在庫を販売し一元管理させるような場合、当該在庫資産管理法人が、医薬品の販売業者である等薬剤師等に該当しなければ違法ということになろう。
M&Aストラクチャ・M&A契約上の留意点
M&Aストラクチャの留意点
薬局のM&Aにおいては、株式譲渡によることが最も基本的なストラクチャであるといえる。なぜなら、薬機法は、薬局の株主が誰であるかについて特段の規制を設けていないからである。
他方で、事業譲渡や会社分割の方法で薬局をM&Aする場合には、薬局開設許可を承継させる手続はなく、譲受主体において新たに対象店舗ごとに薬局開設許可を取得し、譲渡会社が有していた薬局開設許可を廃止させる必要がある。M&Aのクロージング日において、新たな薬局開設許可を取得できていなければ、薬局の経営に空白期間が生じてしまうところ、譲受主体がクロージング日をもって薬局開設許可を取得できるよう、各店舗を管轄する都道府県との間で事前相談を行うことが実務的に必要となる。この点、都道府県によっては、毎月1日等一定の日付でしか新たな薬局開設許可を発行しない運用があることがあるため、クロージング日の設定にあたっては、当該運用を確認しておくべきである。
表明保証条項
M&Aのストラクチャにかかわらず、M&A契約においては、表明保証条項が規定されることが一般的である。
表明保証条項とは、契約締結日およびクロージング日において、ある一定の事項が真実かつ正確であることを保証させる条項であり、違反があった場合に損害賠償責任を生じさせるとともに、違反がないことがクロージングの前提条件として通常機能するため、M&A契約一般において、基本的かつ重要な条項であると整理される。
薬局を対象会社とするM&A契約においては、たとえば以下のような表明保証条項が重要度を有することが珍しくない。
① 法令遵守関係
✓ 対象会社は、薬機法および健康保険法を含む、適用あるすべての法令を遵守していること
✓ 対象会社は、調剤報酬業務につき過大請求をしている事実はなく、調剤報酬の返還が生じるおそれはないこと
✓ 対象会社は、患者の個人情報を適法かつ適切に管理しており、漏洩事由はないこと
② 資産関係
✓ 対象会社が有している店舗の所有権は、第三者に対抗できる適法かつ有効なものであること
✓ 対象会社が締結している店舗の賃貸借契約は、適法かつ有効であり、解除および更新拒絶事由はないこと
✓ 対象会社が運営している薬局に隣接する医療機関につき、具体的な移転計画は存在していないこと
まず、①については、薬局が上記のとおり、薬機法をはじめとする多くの規制を受ける業種であるところ、デューデリジェンスを通してすべての法令遵守状況まで仔細に確認することは通常不可能であることから、譲受人としては、なるべく広く・具体的な表明保証条項を求めたいところである。反対に、譲渡人としては、適法/違法は事実の問題を超えることから、「譲受人の知る限り」法令を遵守している等の限定を加えることを求めることが多いであろう。
表明保証違反に基づく損害賠償責任は、M&A契約上、クロージング日から1年間等の期間制限が設けられることが多いが、法令違反に基づく当局からの指導や、調剤報酬の返還請求は、当局がいつ調査を行うかという不確定的な事象に左右される側面が大きいため、譲受人の立場からは、一般的な表明保証違反よりも長期の補償期間を設定するニーズが高いといえる。
また、②については、薬局店舗の運営の継続性や収益の継続性を確保する観点で上記のような条項を譲受人が要望することがある。
→この連載を「まとめて読む」
- 医薬品の分類については、本連載第1回の図表1を参照されたい。[↩]
- 厚生労働省「第1回薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ 資料」(令和4年2月14日付)による。[↩]
- たとえば、日本産業推進機構グループによる、さくら薬局グループの買収(2022年)、スギ薬局(スギホールディングス)による、阪神調剤薬局グループ(I&H株式会社)の買収(2024年)等。[↩]

田中 宏岳
弁護士法人大江橋法律事務所 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士
07年京都大学法学部卒業。09年京都大学法科大学院修了。17年University of California Los Angeles School of Law卒業。17年~18年 Morgan, Lewis & Bockius LLP(New York)勤務。主な取扱分野は、ライフサイエンス、M&A、事業再生・倒産。国内外の製薬会社、医療機器メーカー、薬局、病院等のヘルスケア分野のM&Aについて多数の経験を有する。著書として、『テーマ別ヘルスケア事業の法律実務』(中央経済社、2023年)がある。
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