序論:サステナビリティ/ESG/CSR法務の確立とコーポレートガバナンスの強化に向けて - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

企業には、ステークホルダー(利害関係者)からの信頼を確保し、その社会的な責任(CSR:Corporate Social Responsibility)を果たす観点から、狭義の法令遵守を超えた対応やそのための内部統制システムの整備を含むガバナンス体制の確立が求められている。
近年、国連による2011年の「ビジネスと人権に関する指導原則」の承認および、2015年の「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」の採択、ESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮したESG投融資・サステナビリティファイナンスの拡大などを通じて、サステナビリティ/ESGに関するさまざまなルールが急速に形成されており、企業に対するステークホルダーからの期待も高まっている。
このようにサステナビリティ/ESG課題やステークホルダー対応が企業経営にとっても重要な課題となっている状況下で、企業の法務担当者や弁護士は、その課題解決に向けて積極的な役割を果たすことが期待されている。一方、サステナビリティ/ESG/CSR分野ではソフトローや外国法令を含む多様な規範が重要性を有するほか、その対応にあたっても、他分野・他部門の専門家・担当者との協働の下、ステークホルダーとの対話を通じて、法を超えた対応が求められる場合が多い。その観点で、「サステナビリティ/ESG/CSR法務」の確立やその視点を考慮した内部統制システムの整備など、企業ガバナンスの強化という新たな法律実務の発展が必要となる。
筆者らが所属する「日弁連弁護士業務改革委員会の企業の社会的責任と内部統制PT(以下、「CSRと内部統制PT」という)」では、以上のような問題意識の下で、そのメンバーが実務向上に向けた議論を継続的に行い、日弁連における関連するガイダンスの策定やセミナーの実施にも参加している注1。本連載は、CSRと内部統制PTのメンバーを中心として、サステナビリティ/ESG/CSRやコーポレートガバナンスの各分野におけるルール形成の動向や実務対応・課題について報告を行うものである。なお、本連載における各論稿は、各執筆者がその経験・活動を踏まえて個人として解説を行うものであり、日弁連を含む所属組織の意見を示すものではないことに留意されたい

サステナビリティ/ESG/CSR法務の重要視点

本論稿では、序論として、以下のとおり、サステナビリティ/ESG/CSR法務における三つの重要視点を、日弁連の関連ガイダンスや活動も紹介しながら提示する。

重要視点① 企業不祥事の対応・予防のための内部統制システム強化の必要性

企業等において、犯罪行為、法令違反、社会的非難を招くような不祥事が発生した場合に、その対応を誤れば、ステークホルダーの信頼を失い、企業価値に重大な毀損を招きかねない。企業等は、速やかにその事実関係や原因を徹底して解明し、確かな再発防止を図ることで、ステークホルダーの信頼を回復するとともに、企業価値の再生を確実なものとすることが強く求められている。このような不祥事に対する事後の対応に加えて、不祥事の発生そのものを事前に予防するためにも、内部統制システムの強化が求められており、狭義の意味での法令遵守を超えて企業ガバナンスを強化することが有益な場合が多い。以上の視点から、日本取引所自主規制法人も、「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」や「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」を発表している。
上記不祥事対応のプリンシプルでも示唆されているように、内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義が生じている場合、当該企業の企業価値の毀損度合いが大きい場合、複雑な事案あるいは社会的影響が重大な事案である場合などには、調査の客観性・中立性・専門性を確保するため、第三者委員会の設置が有力な選択肢となりうる。この点、日弁連は2011年、「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を発表している。本ガイドラインは、第三者委員会がステークホルダーの期待に応えるために、企業等から独立した委員のみをもって構成され、徹底した調査を実施したうえで、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言するための指針を取りまとめたものである。本ガイドラインは、現在に至るまで、多くの企業不祥事の対応にあたって参照されている。

重要視点② CSRからサステナビリティ/ESGへ―急速な社会規範の変化を踏まえたリスク管理の必要性

企業は、2000年の初頭頃から、法令遵守を超えて企業の社会的責任(CSR)を果たすために、人権、労働等の社会的分野や環境保全に対する配慮等を自主的に推進するようになってきた。日弁連でも、企業の取り組みへの支援や評価の業務等を新たな弁護士業務として開拓するため、2008年に「企業の社会的責任(CSR)ガイドライン2009年度版」としてまとめ、公表している(2010年に改訂版が公表)。
その後、2015年に国連において、2030年までの環境・社会課題解決のための目標として、「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択された。SDGsが共通言語化する現在、企業がサステナビリティを本業に取り込み、環境・社会課題の解決に資する製品・サービスを提供したり、事業プロセスを改善したりすることで、市場の拡大やプロジェクト受注などの収益機会にもつながるチャンスがある。一方、企業が人権侵害や環境破壊などサステナビリティに逆行する行動をとった場合、他のステークホルダーから懸念を持たれ、顧客からの取引停止や投融資の引揚げなどを受けるリスクがある。特に、で後述するとおり、「ビジネスと人権」の観点からサプライチェーン管理に関する規制の導入が進む中で、そのリスクが具体化している。加えて、環境・社会・ガバナンス(ESG)が企業価値に多大な影響を与えていることを踏まえて、機関投資家や融資金融機関において、ESG要素を考慮した投融資(ESG投融資/サステナビリティファイナンス)が拡大している。
このような背景を踏まえ、日弁連は、2018年に「ESG(環境・社会・ガバナンス)関連リスク対応におけるガイダンス(手引)~企業・投資家・金融機関の協働・対話に向けて~」を公表した。このガイダンスは、

① 企業向けのガイダンス(第1章)

② 機関投資家向けのガイダンス(第2章)

③ 金融機関向けのガイダンス(第3章)

の3部で構成されている。ESG関連リスクへの対応のためには、企業・投資家・金融機関の協働やエンゲージメント(対話)が不可欠であることから、各ガイダンスの内容は相互に密接に関連している。
また、サステナビリティ/ESGに関するルールが急速に変化し、企業に求められる行動も変化しているため、日弁連では、2018年以降、「ESG基礎講座」と題するセミナーシリーズを定期に開催している。

重要視点③ グローバルな企業活動や外国法令の域外適用に対応したコンプライアンス対応の必要性

グローバル・デジタル化が進展し、日本企業はグローバルな経済活動を積極的に展開することがより一層求められている。日本国内と海外では法制度・法慣習が大きく異なり、たとえば、法の支配の確立していない新興国・途上国の一部では、贈収賄などの腐敗が深刻な社会問題となっている。また、国境を超える経済活動を規制するために、各国政府は自国の法規制を外国企業にも積極的に域外適用しており、このような外国規制への対応も必要となる注2
海外贈賄問題が日本企業にとって企業価値の毀損に直結する重大なリスクとなっていることを踏まえ、日弁連は、2016年、日本企業および日本企業に助言を行う弁護士を対象に、海外贈賄防止を推進するうえでの実務指針として「海外贈賄防止ガイダンス(手引)」を公表している。

サステナビリティ/ESG/CSR法務の基礎となる「ビジネスと人権」の視座の重要性

上記のサステナビリティ/ESG/CSR法務の三つの重要視点を通じてその共通の基礎として重要な視座が「ビジネスと人権」の概念である。
で述べたとおり、2011年、国連で「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」という)」が承認された。指導原則は、企業に人権を尊重する責任があることを確認したうえで、企業に対し、人権尊重責任を果たすために、企業の事業活動およびそのサプライチェーンを通じた人権への負の影響を評価・対処するという「人権デュー・ディリジェンス(DD)」を実施することを要請した。指導原則において、企業が尊重することが要請される「国際的に認められた人権」は非常に幅広い概念であり、労働者・地域住民・消費者などのステークホルダーのさまざまな人権が含まれる。指導原則は、サステナビリティ/ESG/CSRに関する多様な課題を普遍的な人権の問題として捉え直すことにより、企業が法令遵守を超えた自主的な取り組みとして実施していたCSRを、コンプライアンス課題そのものに昇華させる思考転換を生じさせたものである。
実際、指導原則を契機として、欧米諸国を中心に、サプライチェーンを通じて人権・環境DDを法的義務またはそれに準じる開示義務を課す規制が導入されており、特にEUでは、2024年に、EU全体でバリューチェーンを通じた人権・環境DDを義務付ける企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)が採択された。これらの法規制は日本企業にも域外適用のリスクがあるほか、直接適用されなくともサプライチェーンを通じて取引先から規制の対応を求められるという形で影響が生じている。このような状況を踏まえ、日本政府も、2020年に国別行動計画(NAP)「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020ー2025))を策定するとともに、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表している。
近年は、市民や企業関係者における国際人権に関する意識の高まりを踏まえ、旧ジャニーズ事務所の事件に象徴されるように、「ビジネスと人権」が企業価値に大きな影響を与えるようになっており、不祥事予防・対応においても欠かせない視座となっている。

「ビジネスと人権」に関する日弁連および筆者らのこれまでの取り組み

筆者(齊藤)は、CSRやコンプライアンスに「ビジネスと人権」の視座を組み入れることが重要であるという強い問題意識を有し、長らく活動してきた注3。日弁連は、指導原則の承認以前の2002年に、「ビジネスと人権」をテーマとするシンポジウム「企業の行動基準と人権を考える」を開催しており、筆者(齊藤)はその企画に関与した。その後、日弁連では、2015年、「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」を公表した。このガイダンスは、日本企業および弁護士を対象として、企業が人権課題に対する取り組みをいかに内部統制システムの中に位置付けるかに関して具体的に解説を行ったものである。
この手引は、その特徴として、サプライヤー契約における「CSR条項」に関しそのモデル条項を提唱するとともに、その法的論点に関して解説している。筆者(高橋)は、サプライヤー契約におけるCSR条項の導入は、弁護士の法的なサポートの下、企業の法務部や経営トップも一体となって、人権DDを実施するための重要なきっかけとなりうるとの問題意識を有し、筆者(齊藤)とともに、ガイダンスの策定に関与する機会を得た。
その後、日弁連は、日本政府のビジネスと人権に関する行動計画の策定・実施・改訂に継続的に関与しており注4、筆者らもこのようなプロセスに関与する機会をいただき、政府・経済団体・労働組合・市民社会をはじめとするさまざまなステークホルダー団体と対話協働に努めている。

サステナビリティ/ESG/CSR法務における法務担当者と弁護士の役割-「反ESG」の動きも踏まえて

サステナビリティ/ESGに関するルールが急速に導入されていることや、内部統制システムや企業ガバナンスにおけるこれらの課題の重要性が高まっていることを踏まえると、法務担当者や弁護士も、積極的にこうした課題への対応に関与していくことが期待される。特に、法務担当者や弁護士は、他部門の関係者や他の専門家と比較すると、ルールの分析・対応・運用や事実調査・紛争解決に知識・経験を有することが一般的であるため、同分野における貢献の余が非常に大きい。
具体的には、、取締役会・サステナビリティ委員会等の運営、株主総会運営・エンゲージメント対応、情報開示の支援、契約実務・取引先管理、企業買収・子会社管理、苦情処理・危機管理などさまざまな場面において実践できる可能性がある。
さらに、「ビジネスと人権」対応を含むサステナビリティ/ESG/CSR法務は、法務担当者や弁護士のキャリア形成においても無限の可能性を持っている。すべての職業はビジネスと絡まなければ持続可能な発展はない。しかも、同法務分野は、法務担当者や弁護士がビジネスにおもねるのでなく、ビジネスの公正な発展に関わりながら企業に付加価値を提供しかつ収入を得ることができる方向性を持っている注5
一方、同法務分野の取り組みは、狭義の法令遵守や法律問題対応だけでは十分ではない。ソフトローや外国法令を含むさまざまなルールを分析し、対応・活用するとともに、他の分野の担当者や専門家と協働の下で、企業を取り巻くさまざまなステークホルダーとも積極的に対話を行っていく必要があるという点では、他の法務分野とは異なる対応も必要となる注6
なお、昨今、反ESGの動きやESGに異を唱える米国の大統領が登場するなどしており、「サステナビリティ/ESG/CSR法務」は本当に発展しうるのか不安に思われる方々もいるかもしれない。
筆者(齊藤)は、1991年に熱帯雨林保護法律家リーグ注7を結成して以来、一貫して国際的な環境や人権の問題に企業の内外から取り組んできた。当時からグローバルな経済活動に伴う環境・人権への悪影響に対処するためのいろいろな試みが国際的に続けられてきた。その延長上において、国連グローバル・コンパクトの発足(1999年)、ミレニアム開発目標(MDGs)の採択(2000年)、指導原則の承認(2011年)、SDGsの採択(2015年)などのグローバルなルール形成を通じて、環境や人権を保護しようとする動きが主流化してきたものである。その意味で「ビジネスと人権」やサステナビリティ/ESGは長い間のさまざまな取り組みの結果であり人間の英知の結晶ともいえる。環境・人権問題がより一層深刻化する中で、流れを変えようと思っても簡単には引き戻すことができない。
もちろん、ESGも形だけあるいは数字だけの取り組みであれば、不満を持つ人々の反動を引き起こしかねない。その意味では、政治的・社会的な分断が生じている背景を理解しつつ、サステナビリティ/ESGにおける根本的な課題の解決に向けて中長期的な取り組みを行うことの重要性はますます増してきている
そこで、本連載では、サステナビリティ/ESG/CSRやコーポレートガバナンスの各分野における実務対応・課題について、本稿で解説したような視点・視座も踏まえながら、解説を行っていく予定であり、読者の皆様一人ひとりが、サステナビリティ/ESG/CSR法務の実務能力を向上していくためのきっかけとなれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. CSRと内部統制PTの活動に関しては、日弁連ウェブサイト「SDGs(持続可能な開発目標)・ESG(環境・社会・ガバナンス)・CSR(企業の社会的責任)に関する取組」も参照されたい。[]
  2. 外国法令の域外適用の動向や対応に関しては、高橋大祐『グローバルコンプライアンスの実務』(金融財政事情研究会、2021年)も参照。[]
  3. 筆者(齊藤)の活動については、BHRロイヤーズデータベース「日本に「ビジネスと人権」を根付かせるー齊藤誠弁護士インタビュー(1)(更新日:2022年2月12日)」を参照されたい。[]
  4. 日弁連の活動の詳細は、日弁連ウェブサイト「ビジネスと人権に関する取組」を参照されたい。[]
  5. サステナビリティ/ESG/CSR分野でのキャリア形成に関しては、BHRロイヤーズデータベース「「ビジネスと人権ロイヤー(BHR Lawyers)」という生き方ー齊藤誠弁護士インタビュー(2)(更新日:2022年2月12日)」も参照されたい。[]
  6. サステナビリティ/ESGルールの動向や実務対応を概観するにあたっては、高橋大祐『重要概念・用語・法令で学ぶ SDGs/ESG経営とルール活用戦略』(商事法務、2022年)も参照。[]
  7. 熱帯雨林保護法律家リーグは、1990年にマレーシアのサラワク州奥地で熱帯雨林伐採反対運動を行っている村を訪問した結果、熱帯雨林問題には日本も深く関係していることを知り、この訪問に参加した弁護士を中心に参加を呼びかけて1991年に結成された法律家リーグである。1992年にブラジル環境サミットが開催され、国際的な環境問題への取り組みが活発化する中で結成された市民フォーラム2001に参加し、リーグ自身としてもパプアニューギニアにおける日本企業による熱帯雨林伐採問題を告発し、当時のThe South Pacific Forum (SPF)に対応するNGOパラレルフォーラムの開催に協力するなど国際的な環境・人権問題への取り組みを行った。[]

齊藤 誠

弁護士法人斉藤法律事務所 弁護士

日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会委員、同企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するプロジェクトチーム座長、ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク運営委員。91年熱帯雨林保護法律家リーグを結成。その後、熱帯雨林保護等の地球環境問題、日本弁護士連合会女性の権利に関する委員会委員となり男女平等施策実現に取り組む。02年頃よりビジネスと人権の問題に取り組み、「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」や「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」の取りまとめにも関わる。17年、Lawyer Monthlyより、人権分野でLawyer of the Year受賞。24年4月に東京で開催された国際法曹協会(IBA)初の人権カンファレンスでは共同議長を務めた。著書『男女共同参画推進条例のつくり方』(共著、ぎょうせい、2000年)

高橋 大祐

真和総合法律事務所 弁護士

日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会の企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するプロジェクトチーム副座長。グローバルコンプライアンス、サステナビリティ/ESG、テクノロジー分野を専門として、企業・金融機関に対する法的助言・危機管理・紛争解決を担当。国連ビジネスと人権政府間作業部会代理リーガルエキスパート、OECD責任ある企業行動センター・コンサルタント、外務省ビジネスと人権行動計画作業部会構成員、環境省環境デュー・ディリジェンス普及に関する冊子等検討会委員、国際法曹協会(IBA)ビジネスと人権委員会共同議長を歴任。各種企業の社外役員、サステナビリティ委員会委員、サステナビリティ・アドバイザリーボード・メンバー等も務める。法学修士(米・仏・独・伊)・日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。著書『人権デュー・ディリジェンスの実務』(共著、金融財政事情研究会、2023年)ほか。