契約の成立要件 - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

本連載第3回で解説したとおり、約因については、「Benefit/Detriment Rule(利益・不利益ルール)」と「Bargain Theory(バーゲン理論)」という二つの論説が存在する。(少なくとも現代の解釈においては)両説はまったく相容れないというものではなく、バーゲン理論は、利益・不利益ルールのコンセプトを引き継ぎつつ、当事者間における主観的な相互の誘引関係や動機づけを重視する方向にシフトチェンジしたものと見るのが適切と思われる。とはいっても、依然として、後者に前者が完全に吸収されているわけでもなく、論説として存在し続けているのも事実であり、どちらの論説をとるかによって約因の成否に違いが生まれるケースが確かに存在する。また、後者によれば、約因は理論的には成立するはずなのに実際は否定されるケースもあり、このあたりが約因の理解に混迷をもたらしている原因の一個であったりする。そこで、本稿では、両説の具体的な相違を具体例を交えて説明するほか、約因に関連するいくつかの法理を解説する。

両説の具体的な相違

精神的安心・精神的充足

本連載第3回でも述べたように、一方にとって客観的な不利益となることが他方にとっての客観的な利益とはならない場面が存在する。たとえば、夫の体調を心配する妻が夫に「煙草を吸うことを1年間我慢してくれれば、100ドル支払う」と約束した場合、妻にとっては、夫が煙草を吸おうが吸うまいが、そのこと自体において何らかの客観的な利益を得られるわけではない(むしろ禁煙によって健康という利益を手にすることができるのは夫である)。妻が得られるのは「夫が煙草をやめることによって健康になり、長生きしてくれるだろう」という精神的安心または精神的充足に過ぎない。他方で、夫において、煙草を吸うことを差し控える法的義務は元々存在しないので、煙草を我慢することは客観的な不利益である。利益・不利益ルールでは、諾約者(上記の場合は約束を持ちかけた側である妻)における客観的な利益の存在ではなく、受約者(上記の場合は約束を持ちかけられた側である夫)における客観的な不利益の存在こそが本質的に重要と考えられているので、このような場合には約因が成立することになる。また、バーゲン理論によっても、約因が成立する。なぜなら、妻が「100ドルを支払おう」と考えたのは、夫が煙草をやめてくれることによる精神的安心または精神的充足を欲したからであり、他方で、夫が「煙草をやめよう」と考えたのは、妻による100ドルの支払いという金銭的利益を欲したからであるので、ここに、相互誘因が認められるからである。したがって、いずれの論説によっても、このような場合には、約因が成立する。

では、父親が、家を買おうとする娘に対して、「1ドル支払ってくれれば、家の住宅ローンを代わりに支払ってあげよう」と約束した場合はどうか。このような場合も、受約者における客観的な不利益の存在がメルクマールとなる利益・不利益ルールでは、娘において1ドルの支払いという客観的な不利益が発生するので、基本的には約因が成立する。これに対して、バーゲン理論では、通常は、約因は成立しない。なぜなら、父親が「住宅ローンを支払う」と約束したことによって娘は1ドルを父親に渡すことを決めたのであって、そこには動機づけが存在するものの、反対に、娘が「1ドルを支払う」と約束したことによって父親が住宅ローンを支払うことを決めたわけではく、そこに動機づけは存在しない(つまり相互誘因ではない)からである。

条件付きの贈与

たとえば、アパートの大家が下宿人に対して、「週末に私の家まで来てくれればディナーをご馳走しよう」という申し出をした場合、利益・不利益ルールだと、下宿人が大家の家まで来る行為は(そのような法的義務は下宿人には存在しないので)下宿人にとっては法的な不利益にあたり、約因が成立する(したがって、大家は「ご馳走を振る舞う」という義務、下宿人は「大家の家まで来る」という義務を、それぞれ負うことになる)。しかし、このようなケースの大半は、大家がその親切心から親元を離れて暮らす下宿人のために料理を食べさせてあげたいという気持ちが発露したものであり、大家において、よもや毎週末必ず下宿人に料理を振る舞うという義務を負うとは夢にも思っていないはずだし、社会通念からしても、そのような契約の成立を認めることは奇妙である。下宿人が大家の家に来ることは料理を振る舞ってもらうための単なる前提であって、条件つきの贈与(conditional gift注1)と見るのが実態に即している。この点、バーゲン理論のもとでは、約因の成立を否定することができる。なぜなら、下宿人が大家の家に来ることは、大家において料理を振る舞うことの対価として交換的に求められたものではないからである。すなわち、下宿人が大家の家に来ることは大家において料理を振る舞うことの誘因・動機づけとなるわけではない(わかりやすく言えば、大家は別に下宿人の顔を見たりおしゃべりしたりするために下宿人に会いたいわけではなく、下宿人が大家の家に来ることを欲しているわけではないということである)。リステイトメントは、条件つきの贈与につき、次のようにコメントしている注2

Comment c: Even where both parties know that a transaction is in part a bargain and in part a gift, the element of bargain may nevertheless furnish consideration for the entire transaction. On the other hand, a gift is not ordinarily treated as a bargain, and a promise to make a gift is not made a bargain by the promise of the prospective donee to accept the gift, or by his acceptance of part of it. This may be true even though the terms of gift impose a burden on the donee as well as the donor.... In such cases the distinction between bargain and gift may be a fine one, depending on the motives manifested by the parties. In some cases there may be no bargain so long as the agreement is entirely executory, but performance may furnish consideration or the agreement may become fully or partly enforceable by virtue of the reliance of one party or the unjust enrichment of the other.

(当事者双方が、取引の一部が交換取引であり、一部が贈与であることを知っている場合であっても、交換取引の要素が取引全体の約因を構成することがある。他方、贈与は通常、交換取引として扱われず、贈与を行うという約束は、受贈予定者が贈与を受領するという約束を行うことによって、または、受贈予定者が贈与の一部を受領することによって、交換取引となることはない。このことは、贈与の条件が贈与者だけでなく受贈者にも負担を課すものであっても同様である。[中略]このような場合、交換取引と贈与の区別は、当事者が示した動機によって微妙なものとなる。契約が完全に未履行である限りは合意が成立しない場合もあるが、履行が約因を構成する場合があり、また、一方当事者の信頼や他方当事者の不当利得の法理によって合意が全部または一部執行可能となる場合もある。)

このように、バーゲン理論を採用するリステイトメントは、条件つきの贈与は約因を構成しない(よって契約が成立しない)という見解をとったうえで、条件つきの贈与であったかどうかは、動機づけがあったかどうかという事実認定の問題であると述べている。すなわち、動機づけがなかったのであればそれは単なる前提条件であるので条件つきの贈与として約因を構成しないが、他方で、動機づけがあったのであればそれは交換取引となるので約因を構成するということである。上記例で言えば、たとえば、大家が下宿人のことを我が子のように気に入っていて、下宿人と会話をすることに価値(精神的充足)を見いだしていたのだとすれば、大家においても下宿人が会いに来ることを欲していたということになり、ここで相互誘因が認められることになるため、バーゲン理論のもとでも約因は成立する。

もっとも、バーゲン理論を適用する場合の問題はどのようにして動機づけがあったと判断するかである注3。動機づけとは、つまり、行動を決定・持続させる心理的な過程であるから、当事者の主観の問題である。しかし、実際に当事者の心の中を覗くことはできない以上、相互誘因があったかどうかは、外形的な表示の限りでしか判断されない。本連載第3回で述べたとおり、リステイトメントも、誘因があったかどうかはあくまで客観的(外形的)に判断され、当事者の実際の内心がどうであったかは約因の成立には関係がないことを明言している注4。したがって、動機づけがあったかどうかはあくまで客観的に判断され、実際上は相互に提供しようとするものが客観的な価値を有しているかという観点が重要となる。その意味で、バーゲン理論は利益・不利益ルールのコンセプトを引き継いでいる(もっとも、客観的な価値の存在それ自体は約因そのものではなく、あくまで動機づけを推認するための間接事実として機能するに過ぎないという点で相違がある)。

上記を踏まえて、違う例で考えてみよう。通行人が浮浪者に「もしあなたがそこの角を曲がって突き当たりにある衣料品店に行ったら、私のクレジットカードで好きな服を買ってもいいですよ」と言った場合、約因を構成するだろうか。衣料品店まで足を運ぶことは、浮浪者にとって法的な不利益であり、利益・不利益ルールによれば、約因を構成することになる。しかし、バーゲン理論のもとでは、約因を構成することは通常ない。なぜなら、通行人にとって浮浪者が衣料品店まで足を運ぶことは何の利益にもならないため、通行人にとっての誘因は存在しないと推認するのが妥当だからである。よって、このような約束は条件つきの贈与として約因を構成せず、契約は成立しないことになるわけである。

ちなみに、上記議論にもかかわらず、例外的に贈与契約が成立する場合(贈与の約束に契約としての拘束力が与えられる場合)として、Deed(捺印証書)による方法とDeclaration of trust(信託宣言)による方法が一応存在する(後者は厳密には物品の所有権そのものではなく受益的所有権(beneficial ownership)を授与するものである)。これらを日常の法務の中で見かける機会はあまりないと思われるが、一応こうした例外的なケースが存在することには注意されたい。

約因に関連するいくつかの法理

(1) Peppercorn Theory(胡椒の実の法理)

古くから(遅くとも19世紀中頃から)、約因の成立の判断において、相互に交換しようとするものの価値が相当(対等)であるかどうかについて裁判所は原則として判断しないとされている注5。たとえ、それが胡椒の実1粒であろうとも、それに一方当事者が価値を感じていれば、約因として十分である。こうした考え方を「Peppercorn Theory(胡椒の実の法理)」と呼ぶ。リステイトメントも基本的に胡椒の実の法理を採用している注6

Comment c: In most commercial bargains there is a rough equivalence between the value promised and the value received as consideration. But the social functions of bargains include the provision of opportunity for free individual action and exercise of judgment and the fixing of values by private action, either generally or for purposes of the particular transaction. Those functions would be impaired by judicial review of the values so fixed. Ordinarily, therefore, courts do not inquire into the adequacy of consideration, particularly where one or both of the values exchanged are difficult to measure.

(ほとんどの商取引では、約束された価値と対価として受け取る価値の間に大まかな等価性がある。しかし、駆け引きの社会的機能には、個人の自由な行動と判断の行使の機会を提供すること、そして、一般的または特定の取引目的のために、私的行為によって価値を確定することが含まれる。このように確定された価値を司法が審査することによって、そうした機能が損なわれることになる。したがって、裁判所は、通常、特に交換される価値の一方または両方が測定困難である場合には、対価の妥当性を問わない。)

判例法上も胡椒の実の法理は広く採用されてきた。有名な例で言えば、原告は被告に50万ドラクマを貸し付け、その返済として、被告は原告に米国通貨で2000ドルを支払うことを約束したが、50万ドラクマは当時の価値で約25ドルに過ぎなかったという事案において、被告は交換されたものの間に大きな価値の差があるため約因としては不十分と主張したものの、裁判所は、“Mere inadequacy of consideration will not void a contract.”(単に約因が不相当であるというだけでは契約は無効にならない)と述べて、被告の主張を排斥している注7)。

もっとも、裁判所は、原則として、特に交換される価値の一方または両方が測定困難である場合には対価の妥当性を問わないだけであって、例外的に、対価の妥当性について判断を及ぼすことがある。すなわち、一方があまりにも無価値である場合(名目的なものの場合)には、約因として認められない場合があるということである。これは、バーゲン理論によれば、あまりにも無価値である場合には、相手方への誘因が存在しないと推測されるからである。このことは、上記で照会した父親と娘の事例で考えればわかりやすい。父親が家を買おうとする娘に対して、「1ドル支払ってくれれば、家の住宅ローンを代わりに支払ってあげよう」と約束した場合、娘が「1ドルを支払う」と約束したことが父親が住宅ローンを支払うことを動機づけたわけではなく、娘の提供しようとする1ドルは名目的なものに過ぎない。このように、バーゲン理論との関係では、胡椒の実の法理は独自の意義を持たない(せいぜい、バーゲン理論を適用した場合における上記のような説明を省くことができる程度だろう)。他方で、利益・不利益ルールとの関係では、胡椒の実の法理は独自の意義を有する。同じく父親と娘の事例で、利益・不利益ルールをストレートに適用すると、娘において1ドルの支払いという客観的な不利益が発生するので、約因が成立するはずである。しかし、家の住宅ローンと1ドルとでは、あまりに金銭的(客観的)価値に相違がある。このような場合に約因ひいては契約の成立を認めることは不公平・不正義となりかねない。このように考えた場合、胡椒の実の法理は利益・不利益ルールの例外ルールとして機能することになり、法理としての存在意義を有することになる。

(2) 抗弁の証拠としての使用

約因の価値の差があまりに大きい場合は、Incapacity(契約能力の欠缺)、Mistake(錯誤)、Misrepresentation(不実表示)、Fraud(詐欺)、Duress(強迫)、Undue Influence(不当威圧)、または、Unconscionability(非良心性)といった抗弁の証拠として用いられる場合がある。リステイトメントは、次のように述べている注8

Comment e: Although the requirement of consideration may be met despite a great difference in the values exchanged, gross inadequacy of consideration may be relevant in the application of other rules. Inadequacy “such as shocks the conscience” is often said to be a “badge of fraud,” justifying a denial of specific performance…. Inadequacy may also help to justify rescission or cancellation on the ground of lack of capacity (see §§ 15, 16), mistake, misrepresentation, duress or undue influence (see Chapters 6 and 7).

(交換された価値に大きな差があっても約因の要件は満たされる場合があるが、約因の著しい不相当は、他のルールの適用に関与する場合がある。「良心を揺さぶるような」不相当は、しばしば「詐欺の印」と言われ、特定履行の拒否を正当化する。[中略]不相当はまた、契約能力の欠如(第15条、第16条参照)、錯誤、不実表示、強迫または不当威圧(第6章および第7章参照)を理由とする取消しまたは解除の正当化にも役立つ。)

(3) Preexisting Legal Duty Rule(既存の法的義務の法理)

本連載第3回でも言及したとおり、既に契約等によって履行の法的義務を負っていることを履行したり、履行すると約束したりする場合、新たに法的義務を負うわけではないから、約因は存在せず、契約は成立しない。このルールは、「Preexisting (Legal) Duty Rule(既存の(法的)義務の法理)」とか「Legal Duty Rule(法的義務の法理)」などと呼ばれており、約因理論の移り変わりにかかわらず、古くからコモンロー上継承されている注9。リステイトメントでは次のように触れられている注10

Performance of a legal duty owed to a promisor which is neither doubtful nor the subject of honest dispute is not consideration. . . .

(諾約者に課された法的義務の履行が、疑わしいものではなく、かつ、誠実な争いの対象でもない場合、それは約因とはならない。【以下省略】)

この記載に明らかなように、既存の法的義務の法理には例外が存在する。リステイトメントは、次のコメントでこの点を明確にしている注11

Comment b: The requirement of consideration is satisfied if the duty is doubtful or is the subject of honest dispute, or if the consideration includes a performance in addition to or materially different from the performance of the duty.

(約因の要件は、義務が疑わしいか、もしくは、誠実な争いの対象である場合、または、約因が当該義務の履行とは別の履行を追加的に含んでいるか、もしくは、当該義務の履行とは実質的に異なる履行を含む場合に満たされる。)

Comment d: [T]he tendency of the law has been simply to hold that performance of contractual duty can be consideration if the duty is not owed to the promisor.

(法の傾向として、契約上の義務の履行は、当該義務が諾約者に向けられていない場合には、約因となりうるとされてきた。)

すなわち、①当該義務が疑わしい場合、②当該義務が誠実な争いの対象である場合、及び、③当該義務が諾約者ではなく第三者に向けられている場合である。

ところで、実務上既存の法的義務の法理が問題になることが多いのは、既に成立している契約を変更する場面である。既存の契約内容(債権債務関係)の変更は、それ自体が新たな契約(変更契約)となるので、契約成立の要件として相互に新たな約因の設定が原則必要である。この点、契約の変更は、一方当事者の法的義務には変化がないのに、他方当事者の法的義務には有利な変化を発生させることがある。このような場合、一方当事者は単に既存の法的義務と同じ内容の法的義務を引き続き負うだけであって何ら新たな約因を提供するものではなく、他方当事者の負担だけが増大している。よって、既存の法的義務の法理により、そのような契約の変更は無効となるというわけである注12。もっとも、契約の変更に際して、常に相互に新たな約因の設定が必要というのでは実際上不便である。そこで、リステイトメントはさらに既存の法的義務の法理の例外を設けている注13

A promise modifying a duty on either side without new consideration is binding

(a) if the modification is fair and equitable in view of circumstances not anticipated by the parties when the contract was made; or

(b) to the extent provided by statute; or

(c) to the extent that justice requires enforcement in view of material change of position in reliance on the promise.

(新たな約因を得ることなく一方の義務を変更する約束は、以下のいずれかに該当する場合、拘束力を有する。

(a) 契約締結時に当事者が予期していなかった事情に照らして、変更が公正かつ衡平である場合

(b) 制定法に規定されている範囲内である場合

(c) 約束に依拠した立場の重大な変化に照らして、正義がその強制を必要とする場合)

特に重要なのは(a)の例外であり、実務上も時折問題になりうる。リステイトメントにも記載されている例で説明すると、工事業者Aは家主Bのために地下室を1万ドルで掘削することに同意した場合、後になってAが「やはり2万ドル払ってもらいたい」と言って、それにBが同意しても、既存の法的義務の法理により、契約は変更されない。しかし、Aが掘削を続けるうちに固い岩盤が発見され、その撤去のために追加1万ドルが必要となった場合において、Bがその増額について同意したときには、上記(a)の例外により、契約は変更される(変更契約が成立する)。このとき、Bが後になって、既存の法的義務の法理を持ち出して、言い換えれば、新たな約因が存しなかったことを主張して、「当該変更は無効だ」と言い出したとしても、元の木阿弥である。この(a)の例外は、それ自体として抽象的な規範であり、各州(の裁判所)において精緻化が図られている。たとえば、ロードアイランド州では、(a)の例外の適用を受けるためには、次の要件すべてを充たす必要があるとされている注14

(1)The parties voluntarily agree to the modification;

(当事者双方が変更に自主的に同意すること)

(2)The promise modifying the initial contract is made before the contract is fully performed on either side;

(当初の契約を変更する約束が、当事者の一方が当該契約を完全に履行する前になされること)

(3)The underlying circumstances prompting the modification are unanticipated by the parties; and

(変更を促す根拠となる状況が当事者によって予期されていないこと)

(4)The modification is fair and equitable.

(変更が公正かつ衡平であること)

なお、以上はコモンロー上での話であり、UCC第2編が適用される「物品の売買(Sale of Goods)に関する契約(contract)」の場合には、誠実(good faith)に行われた契約の修正については新たな約因なしに拘束力が認められる注15。では、「誠実(good faith)」とはどのような場合・態様をいうのだろうか。UCCは、次のようにコメントしている注16

Subsection (1) provides that an agreement modifying a sales contract needs no consideration to be binding. However, modifications made there under must meet the test of good faith imposed by this Act. The effective use of bad faith to escape performance on the original contract terms is barred, and the extortion of a “modification” without legitimate commercial reason is ineffective as a violation of the duty of good faith. Nor can a mere technical consideration support a modification made in bad faith. The test of “good faith” between merchants or as against merchants includes “the observance of reasonable standards of fair dealing in the trade” (Section 2-103) , and may in some situations require an objectively demonstrable reason for seeking a modification. But, such matters as a market shift which makes performance come to involve a loss may provide such a reason even though there is no such unforeseen difficulty as would make out a legal excuse from performance.

(第1項は、売買契約を変更する合意は拘束力を持つために約因を必要としないと定めている。しかし、変更は、UCCが課す誠実(good faith)のテストを満たさなければならない。当初の契約条件の履行を免れるために不誠実な手段を用いることは禁止されており、正当な商業的理由なく「変更」を強要することは、誠実義務違反として無効である。また、単なる技巧的な対価では、不誠実な変更を認めることはできない。商人間または商人に対する「誠実」のテストには、「取引における公正取引の合理的基準の遵守」(第2条の103)が含まれ、状況によっては、変更を求めるための客観的に実証可能な理由が必要とされることもある。しかし、履行が損失を招くような市場の変化などは、履行から法的に免責されるような予期せぬ困難がなくても、そのような理由になりうる。)

(4) Illusory Promise(疑似約束)

契約の成立のために約因が必要であり、その本質は相互誘因であることはこれまで繰り返し述べてきた。そして、契約の成立によって、契約当事者双方がそれぞれ何らかの義務(債務)を負うことになる(このような契約を「双務的契約(bilateral contract)」と呼ぶ)注17。換言すれば、双務的契約においては、互いに義務(obligation)を負っていなければならないということであり、これを双務的契約における「Mutuality of obligation doctrine(義務の相互性の法理)」という。この法理からは、一見して契約当事者の双方が義務を負っているように見えても、実際には一方の当事者に履行を回避する絶対的な権利(絶対的な裁量で契約を解除する権利を含む)を有しているような場合(そのような場合を「Illusory Promise(疑似約束)」と呼ぶ)には、実質的には義務の相互姓がないために、契約が成立しないことになる。わかりやすく言えば、このような場合は、実質的に、一方しか約束しておらず、反対約束が交換取引(bargain for)されていない(一方しか法的不利益を負っていない)ので、約因が成立しないということである注18。もっとも、履行を回避する権利を留保する場合が常に疑似約束となるわけではなく、それが当事者の裁量の及ばない何らかの客観的出来事に条件づけられていれば問題はない。

疑似約束の典型例は、対価のないオプション契約であり、その一例がRequirements contract(必要量供給契約)である。これは、買主が希望する(発注する)分量だけ何らかの物品・資材を買い手が用意し供給することを約束するものである。たとえば、ベーカリーショップが農家との間で「農家は小麦1キロを5ドルでベーカリーショップに販売する。販売量についてはその都度パン屋が決定し、農家に通知する」という場合、ベーカリーショップは小麦を購入する義務は発生しておらず、ベーカリーショップがその購入する時期も量もすべて自分の意思で決定できるわけである。このような場合、ベーカリーショップは、何らの反対約束もしておらず、法的不利益を負っていないので、約因を欠き契約は成立しない。反対に言えば、このような必要量供給契約が成立するためには、ベーカリーショップにおいて何らかの法的不利益を負えばよい。たとえば、独占購入義務や一定数量の購入義務をベーカリーショップが負う場合には、約因が発生し、無事に契約は成立することになる。このほか、理由不問の任意解約権を留保する場合や当事者の満足を履行義務の条件とする場合(Satisfaction Clause(満足条項)がある場合)もまた、疑似約束に該当することがある注19

(5) Promissory estoppel(約束的禁反言)

約因は契約の成立要件であり、これを欠く場合には契約は成立しない(厳密には執行できない)。しかし、例外的に約因の代替が認められることがある。一つは既に紹介した、Deed(捺印証書)による方法である。もう一つが「Promissory estoppel(約束的禁反言)」と呼ばれる法理である。この法理は、諾約者が受約者に対して行った将来の行為に関する約束を信頼して何らかの行動をとった場合において、不正義を避けるために必要な範囲で、当該約束に法的拘束力を認めるものである。つまり、自身の約束を信じて相手方が何らかの行動をとり、それによって当該相手方の地位や経済状況が変化したにもかかわらず、後になって自身の約束を反故にすることを禁止するというものである。我が国の民法上の法理で言えば、契約締結上の過失の考え方に近い。リステイトメントは次のように述べている注20

A promise which the promisor should reasonably expect to induce action or forbearance on the part of the promisee or a third person and which does induce such action or forbearance is binding if injustice can be avoided only by enforcement of the promise. The remedy granted for breach may be limited as justice requires.

(諾約者の約束が受約者または第三者の作為または不作為の誘因となることを合理的に予測すべき場合で、かつ、実際にそのような作為または不作為が行われた場合には、そのような約束に拘束力を与えなければ正義に反する結果を避けられないのであれば、当該約束は拘束力を有する。認められる救済は、正義の要求に応じて制限される。)

たとえば、ビルのオーナーがその一室のテナントを募集しており、それに対してクリニックを経営する目的で医師が問い合わせたところ、オーナーからまだ空室のためこれを賃貸することを約束する旨返事があったという事例では、まだ医師においてはいくら賃料を支払うなどの法的不利益を約束していないので、約因は存在せず、契約は成立しない。そのため、後に、オーナーが翻意して「賃貸しない」と言い出した場合には、原則として、医師は賃借を断念するほかない。しかし、仮にこの事例で、医師がオーナーの言葉を信じて、診察用の医療機器の発注やスタッフの雇用を行うなどの経済的な支出を行っており、かつ、そのような行動をとることを容易にオーナーが予測できていた場合には、医師を救済すべきという価値判断が有りうる。このような場合、約因はないものの、約束的禁反言が適用されることによりオーナーの約束は拘束力を有することになり、オーナーが賃貸を拒む場合には、その約束を信じて被った損害(医療機器の費用やスタッフの雇用費用)について賠償するよう請求することができる。これはいわゆる信頼利益(reliance damages)の賠償である。

このように、約束的禁反言は将来の事項についての約束への信頼を保護するものであるが、極めて例外的な法理であって、常に適用されるわけではない。ゆえに、このような法理の適用に頼らざるを得ない状況に陥らないよう、やはり約因がきちんと存在しているかについては注意深く検討する必要がある。

まとめ

以上で一旦約因に関する説明を終えたいと思う。約因は、大陸法をベースとする日本の民法に慣れ親しんだ者からすればわかりにくいところは確かに存在するし、そもそも、連邦裁判所や(各州の)州裁判所において約因の解釈に微妙な相違があることによって約因の概念自体がコモンロー上も完全に確立しているわけでもない。しかし、本連載第3回と今回を通じて、約因に関する大きな考え方を紹介し、それから派生したさまざまな法理について議論したことで、約因の全体像が見えてきたのではないだろうか。少なくとも、日常の法務において、約因に関してこれまで述べてきた知識レベル以上に複雑な検討・解釈を行わなければならない場合はほとんどないだろう。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 「gift(贈与)」は「donative promise(寄付的約束)」や「gratuitous promise(無償的約束)」と言われることがあり、その名のとおり、コモンローでは、贈与の本質は寄付であって、一種の道徳的約束(moral obligation)と捉えられている。そして、道徳を強制すべきではないとの見地から、贈与の約束に契約としての拘束力を付与することは適当ではないと考えられてきた(Dougherty v. Salt, 227 N.Y. 200, 125 N.E. 94 (1919)等参照)。このあたりは、贈与契約の成立を広く認める大陸法との大きな違いである。約因の理論はそうした贈与契約の成立を否定すること(強制力のある約束と寄付的・無償的な約束を分離すること)を主要な目的の一個とするものであって、利益・不利益ルールからバーゲン理論への移行はそのような目的を達成するための過程であったと見ることもできる。[]
  2. Restatement Second of Contracts §71 Comment c.[]
  3. See Carlisle v. T & R Excavating, Inc., 704 N.E.2d 39 (Ohio Ct. App. 1997).[]
  4. Restatement Second of Contracts §71 Comment b.[]
  5. Westlake v. Adams, C.P., 5 C.B. (N.S.) 248, 265 (1858).[]
  6. Restatement Second of Contracts §71 Comment c.[]
  7. Batsakis v. Demotsis, 226 S.W.2d 673 (Tex. Civ. App. 1949) []
  8. Restatement Second of Contracts §79 Comment e.[]
  9. Shadwell v Shadwell (1860) 9 CB NS 159; Lingenfelder v. Wainwright Brewing Co., 15 S.W. 844 (1891).[]
  10. Restatement Second of Contracts §73.[]
  11. Restatement Second of Contracts §73 Comment b & d.[]
  12. 契約の変更を否定するための法理論は、既存の法的義務の法理以外にもいくつか存在する。その最たるものが、Duress(強迫)である。実は、Duressと既存の法的義務の法理には深い関係性があり、相互に干渉する側面があるのだが、難解であるので、解説を差し控える。一点把握しておくべきことがあるとすれば、既存の法的義務の法理は、当事者が追加の補償を得るためにDuressを用いることを抑止するという点で重要な役割を果たしてきたということである。[]
  13. Restatement Second of Contracts §89.[]
  14. Angel v. Murray, 113 R.I. 482 (1974).[]
  15. UCC § 2-209(1).[]
  16. UCC § 2-209(1) Comment 2.[]
  17. 例外的に、契約の申込み(offer)に対して履行による承諾(acceptance by performance)を行った場合には、一方当事者の履行と同時に契約が成立するため、契約成立後には他方当事者における義務しか存在しない。このような契約を「一方的契約(unilateral contract)」と呼ぶ。詳しくは次回で述べる。[]
  18. Restatement Second of Contracts §77.[]
  19. See Mattei v. Hopper, 51 Cal. 2d 119 (1958); Lindner v. Mid-Continent Petroleum Corp., 221 Ark. 241 (1952).[]
  20. Restatement Second of Contracts §90(1).[]

安部 立飛

弁護士法人西村あさひ法律事務所大阪事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士

2011年京都大学法学部卒業、2013年東京大学法科大学院卒業。2014年弁護士登録。2021年カリフォルニア大学バークレー校(LL.M.)修了、2022年ロンドン大学クイーンメアリー校(LL.M. in Technology, Media and Telecommunications Law)修了。2023年米国ニューヨーク州弁護士登録。主な取扱分野は、コーポレート・M&A、国際取引、ライフサイエンス(医薬品・化粧品、医療法人関係)、危機管理、エンターテインメント。著作「ハッチ・ワックスマン法の功罪-米国の製薬業界を蝕むリバースペイメントの脅威-」(経済産業調査会、知財ぷりずむ第254号所収、2023年)、「The Japanese Cooperation Agreement System in Practice: Derived from the U.S. Plea Bargaining System but Different」(Brill/Nijhoff、Global Journal of Comparative Law Volume 12所収、2023年)、『The Pharma Legal Handbook: Japan』(共著、PharmaBoardroom、2022年)、『基礎からわかる薬機法体系』(共著、中央経済社、2021年)『法律家のための企業会計と法の基礎知識』(共著、青林書院、2018年)ほか。

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