本事例の概要
本事例は、株式会社大韓航空がアシアナ航空株式会社の株式に係る議決権の50%を超えて取得することを計画したものである。大韓航空およびアシアナ航空(以下、「当事会社」という)グループが営む事業の間で競合関係または取引関係にあるものはさまざまあったようだが、そのうち競争に与える影響が比較的大きいと考えられた、日本・韓国間における国際航空旅客運送事業注1および国際航空貨物運送事業注2における水平型企業結合が特に検討された。
当事会社は、令和2年11月16日に本件の計画について公表した。日本の公正取引委員会(以下、「公取委」という)による本件審査結果の公表は令和6年1月31日なので、審査には足かけ4年がかかったことになる。また、問題解消措置として、下記の3点を含む厳しい措置が採られることとなった。
① 国際航空旅客運送事業に関しては7路線について一方当事会社グループの保有スロットを特定の国際航空旅客運送事業者に対して譲渡すること
② 国際航空貨物運送事業に関しては、アシアナ航空の航空貨物運送事業を第三者に譲渡すること
③ ①と②、それぞれの措置に関して、独立した第三者の立場で履行状況を監視する監視受託者を選任すること
また、海外当局注3との間で情報交換を行いつつ審査が行われたことも本事例の特色である。
いわば本格的な大型企業結合審査事案だったわけだが、公取委が外部の会社に委託して実施した経済分析が公取委の判断において大きな影響を及ぼしたと考えられ、公取委の公表文「株式会社大韓航空によるアシアナ航空株式会社の株式取得に関する審査結果(詳細)」(以下、「公表文」という)でも経済分析の説明に多くの紙幅が使われている。
本稿では、本件審査における経済分析について焦点を当てつつ、審査内容について解説する。
前回(前編)では、国際航空旅客運送事業の審査内容について取り上げたが、後編である今回は、国際航空貨物運送事業の審査内容について取り上げる。
後編である今回は、国際航空貨物運送事業についての審査について取り上げる。
国際航空貨物運送事業についての審査
審査の概要
国際航空貨物運送事業については、日本発韓国着路線の航空貨物運送で市場画定がなされたところ、当事会社の合算シェアは約70%に上り、国際航空旅客運送事業よりもむしろ集中度が高まる状況であった。
また、参入圧力や隣接市場からの競争圧力、需要者からの競争圧力はいずれも認められず、後述する経済分析からも当事会社間で密接な競争関係が示唆された。
国際航空貨物運送事業については、
① 価格分析
② 需要者アンケート調査に基づく分析
③ シミュレーション分析
④ GUPPI分析
の四つの経済分析が公取委により実施された。
以下、②〜④について解説する。
経済分析
(1) 需要者アンケート調査に基づく分析
需要者であるフォワーダーへのアンケート調査において、公取委は、一方当事会社が5%から10%の値上げをした場合に、一方当事会社の切替先となり得る航空会社を尋ねた。その結果、他方当事会社を切替先として選択する需要者の割合が最も高く、当事会社が互いに最も密接に競争していることが示唆された。
一方で、上記のケースを想定した場合に切替えを検討する需要量およびその切替先への配分を尋ねたところ、そもそも、他方当事会社および競争者に「切り替えない」と回答した需要者の割合は約80%と、一方当事会社による5%から10%の値上げに伴う切り替えは限定的であることが明らかになった。この結果は、上記で説明した転換率の値が小さいことを示唆する結果と思われる。
(2) シミュレーション分析
公取委が「シミュレーション分析」と称して行った分析では、需要者アンケートで得られた切替委託重量およびその切替先への配分に関するデータを基に、本件行為により値上げを行うインセンティブがあるかどうかが評価された。「本件行為により値上げを行うインセンティブがある場合」とは、一方当事会社が単体で値上げしたときの利益が、値上げ前の単体での利益に比べて減少する一方で、本件行為後の一方当事会社による値上げに伴う利益は、値上げ前の単体での利益に比べて増加する場合をいう。その結果、値上げ率が5%以上の場合には大韓航空は上記の意味で値上げするインセンティブがあり、値上げ率が7%以上の場合にはアシアナ航空は上記の意味で値上げするインセンティブがあるという結果を得た。
この分析は、当事会社が統合後に値上げを行うインセンティブの強さを測るとされるGUPPI分析との関係を考えたときに、その位置づけがやや曖昧である。おそらく、このシミュレーション分析は、一般的な経済的条件の下では、競争事業者間の統合に伴い統合会社において値上げインセンティブが通常生じることを示すものに過ぎず、値上げインセンティブの強さを測るものではないと思われる。企業結合審査における経済分析では、値上げインセンティブの強さを評価することが必要であるところ、その目的においては、GUPPI分析の方が適切な分析手法ではないかと思われる。
(3) GUPPI分析
国際航空旅客運送事業に関して行われたGUPPI分析と同様、公取委は、市場シェアの時系列データに基づいて算定した転換率を基にGUPPIを計算し、その値が5%を超えたとしている。しかし、市場シェアに基づき算定された転換率が、上記の需要者へのアンケート調査において算定されるはずの転換率と整合するかどうかは述べられていない。上述したとおり、需要者へのアンケート調査において算定される転換率は低い値になることが想像されるところ、同アンケート調査に基づいてGUPPIを計算すれば、その値が果たして5%を超えたかどうかは興味があるところである。
結論
結論として、公取委は、日本発韓国着路線の航空貨物運送市場において競争制限のおそれがあるとした。上記の経済分析の結果はその判断材料の一つとされた。当事会社は、
・ アシアナ航空の航空貨物運送事業を包括的に第三者に譲渡すること
・ 大韓航空が一定の競争力ある価格で供給するスペースの一定数量を競争者に提供すること
などを含む問題解消措置を提示し、公取委もそれを認めた。
経済分析に関するまとめ
以上、前編・後編の2回にわたり、経済分析が公取委の判断に大きな影響を及ぼした事例について取り上げ、審査内容について解説した。
本件では、公取委が行った経済分析が、公取委が「問題あり」の判断を行う材料の一つとされ、従前の事例では見られないほど詳細に経済分析に関する説明がなされた。このことから、経済分析が公取委の判断材料の重要な一部であったことが窺える。
このように、経済分析が公取委の判断材料の重要な一部として企業結合審査に組み込まれるようになったことは、企業結合審査の精緻化の面で、ポジティブに捉えるべきである。一方で、やむを得ないことではあるが、今回の論考でも垣間見ることができるように、企業結合審査で用いられる経済分析が高度化し、テクニカルな内容となっており、弁護士や企業法務担当者にとっては解読が困難になっている。さらに、筆者のような経済分析を専門に行っている者からしても、必ずしもすべての公取委の説明がクリアとはいえず、疑問を持つような内容も散見される。
遠くない昔、筆者は、ある企業の担当者による「公取委が経済分析を行うことは歓迎である。公取委がクリアランスを出すために経済分析をやってくれている」という趣旨の発言に接したことがある。しかし、公取委は、クリアランスを出すために経済分析をしているわけではなく、自らの主張をサポートするために経済分析を行うのである。そして、当たり前のことだが、公取委の主張は、いつもクリアランスではない。
そして、本稿で説明したように、公取委が行う経済分析が、すべて客観的かつ合理的であると考えるべきでもない。企業としては、自らの利益が損なわれることにならないよう、健全なる猜疑心をもって公取委に相対し、相応の準備をする必要がある。
→この連載を「まとめて読む」
- 「航空旅客運送事業」とは、他人の需要に応じ、航空機を使用して有償で旅客を運送する事業をいい、「国際航空旅客運送事業」とは、本邦内の地点と本邦外の地点との間または本邦外の各地間において行う航空旅客運送事業をいう(公表文2頁)。[↩]
- 「航空貨物運送事業」とは、他人の需要に応じ、航空機を使用して有償で貨物を運送する事業をいい、「国際航空貨物運送事業」とは、本邦内の地点と本邦外の地点との間または本邦外の各地間において行う航空貨物運送事業をいう(公表文27頁)。[↩]
- 具体的には、豪州競争・消費者委員会、英国競争・市場庁、米国司法省、欧州委員会、韓国公正取引委員会および中国国家市場監督管理総局とされている(公表文2頁)。[↩]
福永 啓太
アリックスパートナーズ ディレクター
コンサルティング会社、公取委企業結合課を経て、現在、アリックスパートナーズの日本における経済分析コンサルティングチームのリーダーを務める。独禁法事案や商事紛争事案を中心に経済分析コンサルティングサービスを提供している。