法務パーソンよ、「社長のご意向」に立ち向かえ! - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

それは法務パーソンを狂わせる魔法の言葉

「社長のご意向」――この言葉ほど、一介の法務パーソンの判断を狂わせるものはない。たとえばあなたは、社長から「この会社、私が懇意にしている人の会社だから。よしなにしてあげてよ」と言われて渡された取引契約書を読んで、「いやこれカルテルですよ!」「贈賄ですよ!」「反社じゃないですか!」と、キッパリと指摘することができるだろうか?

「できる!」と言い切れるのは、今キミが社長室におらず、自席でこの記事を読んでいるからである。実際、目の前に社長がいたら、

「ハイ!いや~…。ちょっ…ちょっと一旦持ち帰らせていただいて、よく拝見させていただきます、ハイ。申し訳ありません、ありがとうございます!」

と言って態度を留保するのが関の山であろう(それどころか、条件反射的に「もちろんでございます!」と口を滑らせ、あとで頭を抱えるタイプも多いだろう)。そして持ち帰って、法務部内で相談が始まるのだが、ここからが問題だ。周りがみんな、同僚も、後輩も、上司も、法務パーソンとして鉄の心を持っており、「この支払いスキームは法的リスクが高いと思います」「先輩、なんでその場で社長をお止めしなかったんですか?」「うむ。この件は、責任者である私から、社長にしっかりと釘を刺しておくよ」と、正しい道へ事を運ぶために、揃って背中を押してくれれば問題ない。それが望ましい法務部門のあり方だ。しかし、現実には、誰か一人は、こんなことを言うヤツがいるのである。

「いや、ちょっと待って。ここは社長のご意向もあることだし、本件については、リスクを下げるにはどうすればいいのかを、もう少し考えてみないか?」

誰かがこれを言い出したら、もうオシマイだ。この「社長のご意向」というマジックワードに対し、真っ向から異議を唱えられる会社員はそうそういない。「ハァ? じゃあ課長は社長が飛び降りろっつったら、飛び降りるんですかっ!?」などと食ってかかれるのは、サラリーマン金太郎か、『美味しんぼ』の山岡さんくらいのものであろう。

なお、現実には、社長と法務部門間でやり取りが完結するとは限らず、その間にいる役員や他部門の役職者などが、「社長がこうおっしゃっているからなんとかしたまえ」「これは社長案件なのだよ」などと暗にプレッシャーをかけてくることも非常に多い。

社長の意向に従うことが、従業員には求められているのか?

こうなると、「じゃあ、なんとかするという方向性で検討してみましょう」という雰囲気になり、「なんらかの形で実現できるようにする」という前提条件がいつの間にか形成されてしまう。本来、冷静に、大局的に、合理的に考えれば、「止めるだろう」という事案であるにもかかわらず、である。

まぁそれでも、本当に「真っ黒」な事案だったら、普通、いくら「社長のご意向」でも、最終的には、さすがに止めるだろう(しかし残念なことに、止められなかったのであろう企業不祥事が、しばしばニュースを賑わせている)。一方、社長の意向を慮ったがゆえに、グレー事案に目をつぶったり、迂遠なプロセスを採用したり、やる必要のない仕事に忙殺されたり、といった程度の経験は誰にでもあるはずだ。それもこれも、法務が社長に「これは法的リスクがありますよ」「それよりこうした方がいいですよ」と進言できなかったせいである

なぜ進言できないのか? それは、会社員たる者、社長の判断に従うことこそが務めであると思い込んでいるからであろう。しかし、これはそもそも間違っている。従業員は会社の利益のために貢献することが求められているのであって、それと社長の判断に従うことは必ずしもイコールではない。

法律のことを何も知らない権力者とどう向き合うか

一方で、従業員には「社長が決めたことは、会社の利益のために最善であるはずだ」という、信頼の気持ちもあるだろう。確かに、仮にも社長だ。経営に関する判断、意思決定の確かさを認められているからこそ、そのポジションにいるのだろう。しかし、殊、法的判断に関してはどうだろうか。ハッキリ言って、何もわかっちゃいないと考えるべきだ。会社を経営するにあたって、経営者自身が法律に精通している必要はないし、多くの場合、実際にしていないことは、ちょっと考えればわかることだ。

社長という生き物は、経営にプラスと思えば、なんの悪気もなく、新たな取引先と付き合い、勝手な約束を取り付け、新しいプロジェクトをぶち上げる。そこに法的リスクがあることには気付けない存在なのだと、いっそのこと割り切った方がいい。

それに気付いてしっかりと指摘することが、法務部門の役目であり、それは社長から期待されていることでもあるだろう。社長がピュアなハートで「これって当然進めていい話だよね」と思っていることに法的な課題が存在したときに、それを指摘して止めることができなければ、いずれ、かえって社長の顔に泥を塗ることにもなり得る。勝手に忖度して、グレー事案に目をつぶり、その結果、会社が法的トラブルに巻き込まれたら、社長からしてみれば「なんであのとき、法務はちゃんと止めてくれなかったんだ!」と言いたくもなるだろう。

こうした、誰も幸せにならない事態を避けるためにも、法務パーソンたる者、「社長なんて、法律のことなんか何もわかっちゃいないくせに、権限だけは最強の危険人物」くらいに思っておくのがちょうどいいのである。筆者など、法律の知識にかけては社長よりは上だろうと、入社三年目くらいの時点で確信したほどである。なお、本記事の内容はフィクションであり、実在の筆者の、社長に対する感情とは一切関係ないことを申し添えます。今後とも何とぞよろしくお願い申し上げます、シャチョ~(揉み手)。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)。他の著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

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