―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。
※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。
共有されにくい、企業ならではの商標業務のノウハウ
2024年10月、『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)という本を刊行した。今年は商標に関する本ばかりを書いていた(『江戸・明治のロゴ図鑑—登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社)。2023年末には『エセ商標権事件簿—商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ))。なぜかというと、2024年は、1884年に日本で最初の商標条例ができてからちょうど140年の節目だったからである。「このタイミングで商標行政は盛り上がるだろう!」と見込みを立てて、仕込んでいたのだ。特許庁主催で「商標登録制度誕生140周年記念パーティ」くらいはやるだろうと思っていたのだが、特許庁はおろか、日本知的財産協会も日本商標協会も、まったく何もやらなかった…。こうなったらもう、筆者ひとりで商標制度140年の歴史を背負って、祝ってやる!
というわけで、今回も商標の話である。何らかの商品やサービスを扱う事業者であれば、商標をまったく使わないということはないだろう。しかし大抵の企業にとって、商標にまつわる業務は日常的に発生するものではないため、多くの場合、必要なときに特許事務所に相談し、事務所の助言に従っていることが多い。
その結果、企業ならではの商標業務のノウハウはあまり培われることはないし、各社の担当者なりの気づきや工夫が積み重なったとしても、それらが共有されることは少ない。実は特許事務所の助言や、法制度の解説書などからは学びにくいが、ビジネスパーソンとして身に着けておくべき、商標業務に関する判断基準、思考プロセス、工夫やテクニックは、なかなか表には出てこないのである。
何を出願し、何を出願しないかを決めるのは代理人ではない
たとえば、ある商標の採用を決めたとき、それを商標出願するかしないかは、どうやって決めればよいだろうか。「出願する商標」と「出願しない商標」の間をどのように線引きすればよいだろうか。これを特許事務所に相談すると、何はともあれ出願を勧められることが多い。「商標は新規性を登録要件としないし、先使用権が認められる範囲も狭いため、商標登録せずに使用していると、誰かに同じ商標を登録されて使えなくなってしまう可能性があるから」――それが理由だ。
しかし、「使用中の商標が誰かに登録されることがある」というのは、理論上はそうなのだが、それが起こりやすい商標と起こりにくい商標がある。リスクを極小化するためには、使用する商標はすべて登録しておくに越したことはないが、事業者の予算は限られている。現実には、ビジネスパーソンには費用対効果を考慮した合理的な取捨選択が求められるのだ。そして、何を出願して何を出願しないかを最終的に決断することは、代理人にはできない。事業者自身の責任で決めなければならないのだ。
前提として、自己が使用し、かつ法的保護を欲する商標であれば、登録の効力範囲を把握したうえで、出願し登録を目指すべきである。しかし、もし「今度新商品を出すが、商標取っておいた方がいいのかな?」という段階で迷っているのであれば、以下の考え方を出願要否検討の参考にしてほしい。
他人とカブりやすい商標、カブりにくい商標
最も重要なのは、「他人の商標との重複しやすさ」だ。言い換えれば、「他人も思いつきそうな商標かどうか」である。他人が思いつきそうかどうかを予測するのは難しそうに思えるかもしれないが、そんなことはない。たとえば、文字数や音数が多い商標と少ない商標とでは、後者の方が語感がよく、覚えやすいから商標として採用されやすい。アルファベット3文字や、称呼が2音、3音の商標を採用するのであれば、1日でも早く出願した方がよいだろう。逆に、7文字とか10文字の商標であれば、相対的には急ぐ必要はないということだ。図形商標であれば、幾何学図形からなるシンボルマークのように、シンプルであればシンプルであるほど他人とカブりやすい。
既製語か造語かという指標もある。造語の方がカブりにくく、既製語はカブりやすい傾向がある。もっとも、既製語でも、「小銭」や「ムカデ」のような、およそ商標に使われなさそうな言葉を採用するなら(採用するか!?)焦る必要はないだろうし、逆に造語でも、たとえば、調味料のソースに「うまソース」、通信サービスに「誰でも割」のような、既製語をもじって品質・内容等を暗示させるような造語であれば、他社とカブる可能性が高い(「うまソース」はブルドックソース社の、「誰でも割」はKDDIの登録商標)。それぞれの商品・役務分野に関する商慣習、文化、トレンド、顧客の関心などにまつわる用語を用いた商標はカブりやすいのだ。もっとも、商品・役務についてストレートに関連性が高かったり、常套句といえる用語や、きわめて単純な構成の商標だったりすると、識別力がないものとして登録が認められないから、かえって出願の必要性が低い。
キミは1年間しか使わない商標を商標登録するか?
商標の使用期間、使用規模の多寡も、出願要否の基準になる。誰も、1日限り、1会場の即売イベントでのみ使用する商標を、わざわざ出願しようとは思わないだろう。では3か月限定販売ならどうか、半年なら、1年ならどうだろうか。その期間内に、誰かが同一・類似の商標を登録してしまう可能性や、登録されたとして、短期間など限定範囲でしか使用されない商標に対して権利行使される可能性を考慮して、要否を考えたい。
個人的には、1年間しか使わないことが分かっている商標なら、出願する必要性はほとんどないと考える。現在、日本で商標出願が審査に着手されるまでの期間は6~9か月程度。そこからスムーズに登録査定を受けられたとしても、設定登録されるまでには1年近くかかるのだ。採用前に侵害防止調査を行っていれば、その後に出願された商標が、使用期間中に脅威になる可能性はほとんどないのではなかろうか。
ところが、商標登録情報を眺めていると、「どう考えても1年間しか使わないだろう!」と言うべき商標が登録されていることが少なくない。それは会社や商品の周年事業に使用する「周年記念商標」である。「創業〇〇周年」「〇〇th Anniversary」などと謳うロゴマークが、多くは大企業のものだが、かなり登録されているのだ。絶対、1年しか使わないよねソレ!? 資金が潤沢な大企業は、リスク回避に偏重しがちだし、ムダな…いや、効果が限定的な出願にも寛容ということもあるだろうが、大企業こそ知財部や法務部が関所として存在しているはずで、こういう案件はちゃんと「出願する必要はナシ!」と仕分けすべきだと思うのだが…。
想像するに、周年記念事業はトップダウンで推進されることが多いので、「我が社もついに今年は創業50年。感慨深いのう。ガッハッハ!」などと舞い上がった社長に「おい、商標登録しておけ!」と、有無を言わさず出願させられたのではないか。知財部としては、「いや社長! 登録される頃には、50周年ほとんど終わってますよ!」と言いたくても言い出せなかったのかもしれない…。
驚くべきことに、なかには登録後10年経って更新されている周年記念商標もある。いや、10年前のとっくの昔に終わってるでしょ、その周年! たとえば、久光製薬の創業160周年記念ロゴ(2007年登録。2017年更新)や、フジテレビの開局50周年記念ロゴ(2009年登録。2019年更新)なのだが…。やはり、「当然更新しておけ! 我が社の大切な記念碑だぞ!」という社長のご意向なのだろうか。その内、知財部の若手が「これ、要らないんじゃないっスか~?」などと言っても、部長が「この商標だけは打ち切るわけにはいかんのだ…」と忖度し始めるかもしれない。そうなると、2度目の更新もあり得るぞ。それなら筆者も、商標登録制度誕生140周年記念ロゴマークを勝手に作って、商標登録してやろうか!? 出願料・登録料は特許庁へのご祝儀として受け取ってくれい!
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友利 昴
作家・企業知財法務実務家
慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。著書に『企業と商標のウマい付き合い方談義』(発明推進協会)、『江戸・明治のロゴ図鑑—登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社)、、『エセ商標権事件簿—商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)、『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)、『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)などがある。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事や社内講師を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。
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