「多分問題ないと思うんですが~」の前置きで相談してくる人って何なの? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

楽観的な前置きで相談を受けたときこそ、身構えよう!

相談者からの第一声のトーンによって、次の行動が左右されてしまう、ということがある。

たとえば、株主総会を来週に控えたタイミングで、社長室から「重大な問題が起きたから、すぐに来てください!」と電話が入ったら、不祥事か、招集通知漏れか、アクティビストか…と考えられる限りのトラブルと解決策を頭に巡らせながらすっ飛んでいくだろう。

ところが、いざ社長室にはせ参じると、ただ、社長がお茶をこぼしただけだった…いうことがわかれば、「いちいち大げさなんだよコノヤロー! 自分で拭けよバカヤロー!!」と悪態の一つもつきたくもなる。

法律相談でも、相談者の第一声によって、先入観を与えられることが少なくない。
たとえば、「多分、問題はないと思うんですが~」という前置きから入る法律相談がそれだ

私などは、元来あまのじゃくな性格だからか、この前置きで相談を持ちかけられると、かえって「問題がないかどうかは、こっちが決めるんじゃコラッ」と、まぁ、口には出さないまでも、身構えてしまうのだが、皆さんはどうだろうか。

実際、こんなとき、質問者の醸し出す雰囲気に流されて、本題に入る前から相談内容を過小評価してしまうのは危うい。
こうした前置きのセリフには、相談者の「問題があっては困る」「「問題がない」と言ってくれ」という希望や不安な気持ちが込められている。真に問題がないと思っていたら、人はそもそも相談に来ないのだ。
「妙に身体の調子が悪いが、インフルエンザだったらどうしよう。もしかしたら、重い病気じゃないだろうな」と思いながら、診察室で「多分、ただの風邪じゃないかと思うんですけど~」と医者に言ってしまうのと同じである。

そんなときに、医者が「この患者の言うとおり、ただの風邪だろう」と鵜呑みにして、必要な診察や検査を怠ったら、かえって困るのは患者の方だ。
そう考えると、法務担当者も、「多分問題ないと思うんですが~」の前置きを食らったときこそ、心を鬼にして、予断を排して相談内容に向き合う努力しなければならない。そして正確な情報を聞き出し、客観的に分析して、適切な判断を下す必要があるのだ。

「いや、問題ありますよ!」に対するリアクションにイライラ!?

それにしても「多分問題ないと思うんですが~」と言ってきた相手に、「いやそれ、法的には問題アリアリですよ!」と返したときのリアクションは見ものである

「そうなんですね! 念のため聞いておいてよかった! ありがとうございます!」

と言ってくれればこちらも気持ちがよいのだが、

「えっ! 問題ないと思っていたから、もう生産を開始する段取りになってますよ! どうしよう!」

などと言われた日には、「なんだその段取りはテメー!」と胸ぐらをつかみたくもなろう。

こうしたケースは、よくよく問い質すと、相談者本人は問題の所在に一切気づいておらず、本当に問題ないと思っていたが、上司や周りから「ちゃんと法務部に確認をとってこい」と促されて相談しに来た、という背景事情があることが多い。

「何とかなりませんか!?」と食い下がられることもあるのだが、そんなのはもう、医者に「なんとか、ただの風邪ってことにできませんか!?」と食ってかかるようなもので、理不尽である。事実を変えることはできない。
今からできる範囲でリカバーを試みる覚悟を決めてもらうしかないだろう。

逆に、針小棒大に騒ぎ立てる相談者の場合は…

一方、冒頭のお茶をこぼした社長ではないが、大したことでもないのに、あたかも大事件が発生したかのようなテンションで法律相談をしてくる大げさな人もおり、これはこれでやっかいである。

「大変なことが起こった! 権利侵害だ! コンプライアンス違反だ!」

と大騒ぎしているが、実際には何の問題もない、ということも多いのだ。

このような場面においても、法務担当者が、相談者の勢いに流されて「きっと何か問題があるに違いない」という先入観で物事を考えてしまうのは危険である
その「問題」に社内、社外の誰かが関与していたら、その「誰か」を、事実に反して悪者に仕立て上げることになりかねないからである。また、問題がないことを、わざわざ「是正」するのにかかるコストは無駄である。

やはり、予断を排して冷静な法的判断をすることが求められるが、その結果「これはそんなに問題視するようなことではありませんよ」と結論づけた際の、相談者のフォローアップも重要だ。

「ああ、問題ないんですね。私の取り越し苦労でした。安心しました」

と言ってくれれば何の問題もない。

しかし、中には頭から「問題だ!」と思い込んでいて、法務の説明に納得してくれない人も少なくないのだ。

「問題ないことあるか! ちゃんとしろ!」

とこちらを叱責なさるのである。いやはや、よほど正義感が強いのか、不安感を抑えられないのか…。

しかし、違法なものを違法であると説明するのに比べて、適法なものを適法だと説明する方が10倍難しい
前者は、対象となる事象について、法令やガイドライン等の規制に当てはめればよいが、後者の場合、法令やガイドライン等のいずれの規制にも「当てはまらない」ことを説明しなければならないからだ。

しかも、こういうタイプは目上の立場であることが多いので、「問題ないっつってんだろ! 帰れ---!」と突き放すわけにもいかない。問題ないと判断した根拠と経緯を、法務部が丁寧にわかりやすく報告書にまとめて、ご説明差し上げる羽目になるケースが多いのだ。

ハッキリ言って、非常に面倒くさいのだが、これは、チャンスでもある。
社員や役員のリーガルリテラシーを向上させることは、法務部門に期待される役割であるし、それに、丁寧に文書で理路整然と説明して、相手を「うむ。理解できたよ」と納得させることができれば、それは法務部門に対する信頼感の向上につながるだろう

しっかりと診断したうえで「ただの風邪ですよ」といくら説明しても、「でも、これって悪性の病気なんじゃないですか?」と、不安感からいつまでも医者に食い下がる患者も少なくないと聞くが、そこで、いかにして相手を安心させるかも医者の腕の見せ所である。法務の仕事も同じなのだ。
専門知識とわかりやすい説明で乗り切ろう。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)。他の著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

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