法律上の真理にこだわるな! 言い切らないと人は動けない - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

カンタンに答えを出す人ほど、法律のシロートだが…

たとえば、「この事業スキームでの個人情報の扱いは問題あるでしょうか?」「この表現は他者の著作権に抵触しませんか?」などといった相談を受けたとき、あなたはどのように答えているだろうか? このような質問に対して、専門知識や知見を活かして適切な回答を導き出すのが、法務・知財担当者の役割である。

もし、法務・知財部門に配属されたばかりで、右も左もわからぬ新人だったら、自力で回答できず、受けた質問をそのまま先輩社員に聞いたり、本やネットで調べた受け売りの知識でやり過ごしたりするしかないだろう。

だが、やがて経験を積むにつれ、自分の頭で考えられるようになる。文献を頼る場合でも、要領の良い調べ方が身につき、必要な情報に時間をかけずにアクセスできるようになるはずだ。しかし、年次があがったからといって、質問に対して、澱みなく「まったく問題ありません!」「それは間違いなく侵害ですね!」と答えられるようになるかというと、そうでもないのが、この仕事の面白いところなのだ

かえって、経験を積めば積むほど、同じ論点でも、異なる解釈、異なる観点での検討事項が思い浮かぶようになり、簡単に正解を出すことができなくなった、という人も多いのではなかろうか。学べば学ぶほど、法律の世界は奥が深く、一筋縄ではいかないということに気づかされる。それは、自身の法務・知財パーソンとしての成長の証で、誇るべきことである。「それは違法です!」「こっちは合法です!」な~んてカンタンに断言するほどシロート。玄人ほど、答えを出すことには慎重になるものなのだ

あなたの会社でも、社歴だけは長いお偉いさんや役員などが、生半可な知識や思い込みで、堂々と不正確な法的ジャッジをしてしまうことはありませんか?「そんなのアウトに決まってるだろ!」「パクっちゃダメに決まってるだろ!」という鶴の一声で、現場に無用の混乱を招いていませんか? それで事業を停滞させるだけならまだよいが(よくはないが)、「このくらい、平気に決まってるダロッ!!」で法令違反へまっしぐらに突っ走ってしまう会社もあるから頭が痛い。法務・知財パーソンたるもの、そうはなってはいけない。たとえ答えに自信があったとしても、「いや、ちょっと待てよ……」と口をつぐむくらいの慎重さを備えていたいところだ。

「最終的には裁判になってみないとわかりません」って言われても

しかし、である。いくら、玄人ほど答えを出すのに慎重になるといっても、企業の法務・知財担当者が、現場からの質問に対し、以下のような受け答えをしていたらどうであろうか。

「その著作物の利用態様は引用に該当する可能性があります。しかし引用の要件は厳格で、主従関係と明瞭区別性は必須です。この内容では主従関係がやや曖昧なので、引用の要件を満たさない可能性があります。もっとも、近年の学説や裁判例では、「総合考慮説」といって、総合的に考えて、公正な慣行に合致した正当範囲内とみなすことができれば、引用として成立するという考え方が多く採用されていますから、その観点に立てば問題ないといえるのではないでしょうか。ただし、解釈の仕方に幅があるので、著作権者がどう捉えるかという問題も考慮する必要性があります」

正しい思考プロセスかもしれない。しかし、これでは、結局どうしたらいいのかサッパリわからん。このような説明でやり取りしていると、

「最終的には、裁判になってみないとわからないってことですね」

という不毛な結論に着地することになる。

どうしてこうなってしまうのか。それは、法的な正解、法的な真理に辿り着こうとしているからである。だから、いつまでたっても答えを出せないのだ。

これが評論やアカデミアの世界なら、丁寧で多角的な検討を経ることによって、「少しでも真理らしきものに近づく」ことが大事だろう。だが、ビジネスの世界では、大げさにいえば真理なんてどうだっていい。真理がどうあれ、何らかの意思決定をしなければ、人は前にも後ろにも進むことはできないのだ。質問者も、別に法学徒じゃないんだから、法的な真理が知りたいわけではない。やっていいのか悪いのかを知りたいのである。

知識があっても”勇気”がなければ、ビジネスの世界では無意味!

企業の法務・知財担当者は、生半可な知識で誤ったジャッジをしてはいけないのは当然なのだが、だからといって、真理に固執していつまでも結論を出せないでいるのもダメである。「簡単に結論を言い切らない方が専門家として信用できる」という意見もあるが、それは評論家や学者として立ち回るときの話であり、実務においては「じゃあ結局どうすれいいんだよ!?」と相手をイライラさせるだけである。

われわれ法務・知財パーソンは、「突き詰めて考えれば、違法とも合法とも簡単には結論が出せず、最終的には裁判になってみないとわからない」問題を突きつけられたときに、それでも、やるかやらないか(対策を講じたうえで「やる」かも含む)の意思決定を下すことが求められている。あるいは、最終的な決定権は事業部門や経営者が握っているとしても、少なくとも、法的見地から、やるべきかやらざるべきかを進言する責任があるだろう。

その役割を果たすには、なるべく真理に近い、一定の法的評価ができる能力も必要だろう。それに加えて、いや、それ以上に、一応、真理に近いと思われるが不確かな法的評価に基づいて、意思決定を下す「勇気」が必要なのだ。違法か合法か、最終的にどっちに転ぶかわからないとしても、トラブルになること自体が不利益をもたらすと考えて「やらない」と判断するのも勇気、トラブルになるとしても勝ち筋を見いだせるから「やる」と判断するのも勇気である。

法律に関する十分な知識があって、優秀なのに、役に立つアドバイスができずに現場から煙たがられている法務・知財パーソンというのは、知識はあっても意思決定を下すこの”勇気”がない、というケースが非常に多い。これは、もったいない!

それほどの知識があるのであれば、そうズレた意思決定はしないはずである。時間をかけて慎重な検討プロセスを経て、真理に近い法的評価を導くことができても、答えになっていない法的評価でアドバイスを終わらせてしまっては、ビジネスの世界においては意味がない。もう一歩、踏み出す勇気を出すべきなのだ。

「……以上の検討から、やるべきです」「すべきではありません」

アドバイスの結論に、その一言を添えるだけでよいのである。

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友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)。他の著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

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