憂鬱な法務研修~誰も私の話を楽しく聞かない~ - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

法務パーソンと現場社員のモチベーションギャップ

法務・知財部門の仕事の一つに、社内研修の企画がある。これは憂鬱だ。
何が憂鬱かって、誰も法務や知財部門の研修なんて、楽しく聞いてくれるはずがないからである。みんなきっと自分の業務で忙しい中、義務感で仕方なく聞いているに決まっているのだ。

そんな自覚が、法務担当者にあるならばまだいいのだが、研修の企画や講師をする側が、自分の話についてみんなが興味を持って聞いてくれると思い込んでいる場合も少なくない。
なぜならば、デキる法務パーソンほど、自分が法務研修を受講するのは好きだからである。お金を払って(時には自腹で)外部のセミナーを聴講して、知見を養うことを楽しみにしている人も珍しくないのである。

それゆえに、自分と同じくらいとは言わないまでも、現場社員だって、多少は法律の話に興味を持ってくれるだろうと無自覚に思ってしまうのだ。

しかし、そんなあなたでも、人事部や品質管理部など、他の管理部門が主催する研修への出席命令を受けると、きっと

「だるいな……」

と思うのではないだろうか。
それと同じなのが、「従業員が守るべきコンプライアンス研修」や「著作権の基礎知識研修」を案内されたときの現場の気持ちなのだ。これを忘れてはいけない。

法務研修に参加すれば「得になる」と思わせる

というわけで、モチベーションの低い受講生が嫌々参加してくるという前提に立って、彼らを引きつけるにはどうすればいいのかを考えなければならない。
これには主に以下2パターンのアプローチがある。

・ 最初から参加者のモチベーションが上がるような工夫をする

・ 嫌々参加されることは受け入れ、研修を通して最終的に満足度を高められるように内容を工夫する

多くの人は後者のアプローチをとっているだろうから、本稿では前者を中心に述べよう。いざ、しゃべり始めたらもうやるしかないし、話術や構成の工夫で参加者の気持ちが徐々に盛り上がっていくことには快感も覚えるのだが、筆者くらい気が小さいと(信じてくれ)、「あぁ、きっとこの人たちは、嫌々参加してくるんだろうなぁ…」と思うだけで、本番までの何日かの間は、冒頭に記したように気持ちが憂鬱になってしまうのだ。これはどうにかしたい。

法務研修が現場の興味関心を引かないのは、参加しても、得をしなさそうだからである
「どうせ、いろいろとダメ出しをされたり、禁止事項を聞かされたりするんだろうな」と思うと、どうしても消極的な気持ちになってしまう。

しかし、裏を返せば、「参加すれば得をする」と思わせれば、参加者は前のめりになる
たとえば税務署のセミナーで「国税通則法の改正を踏まえた税務手続について」というタイトルだったら、とても参加する気にはならないが、「あなたも還付金がもらえる⁉ 確定申告で得する方法」というタイトルであれば、行ってみようかな、いや、むしろ行かないと損なのではという気にすらなるだろう。

キーワードは“金”と“健康”?

要は見せ方を工夫して、いかに参加者にメリットがあるかを強調できるかが大事なのだ
これは法務研修にも応用できる。
多くの人の興味関心を引く最も普遍的なテーマといえば、“金”と“健康”で、こうしたキーワードをフックにできると望ましい。法務研修においても、たとえば債権回収に関する研修なら“金”に直結するし、労働基準法に関する研修なら“健康”に結びつけることができる。

「現金を回収しなければ売上げが立たない! 取りっぱぐれない債権回収の作法」
「しっかり守れば心も身体も病気にならない! 健康のための労働基準法」

このくらいのタイトルやコンセプトを謳ってもいいのである。

「いや、金と健康に関係する法務マターなんて一握りでしょ、知的財産関連法や個人情報保護法がいったいどう関係あるのよ?」というお声もあろう。
しかし、事業活動を行うに際して必要な法規を知ることの目的の多くは、煎じ詰めれば会社の利益を上げるため(ないし不利益を避けるため)であり、つまりは損得、金の話なのである。また、環境・安全や就労に関する法規やコンプライアンス意識を身につける目的は、これも突き詰めれば自身や仲間の心身の健康を守るためである
こうした視点を持てば、“金”と“健康”に結びつけることは可能なのだ。

たとえば、他社の知的財産を侵害したり、個人情報を不適切に収集・利用したりするような商品やサービスは、せっかく時間とコストをかけて準備したとしてもローンチできない。仮に世に出てしまったとしても、設計変更、回収や賠償といったコストになる。
そう考えると、現場社員が、こうした法制に関する知識や感度を身につけることは、商品企画やサービス設計を行ううえで余計なコストや時間を省けるという“経済的なメリット”につながるといえるのだ。

そうしたメリットを謳わずに、法規の内容や注意点の伝達を中心にしたタイトルや構成にしてしまうと、興味関心は引きにくいのである。
これはもったいない。

「商品開発の助けになる!」
「これを知らなきゃサービスローンチが遅れる!」

という程度の煽りを枕詞に添えるだけでも、参加者の姿勢は変わるだろう。

“知らなきゃリスク”を強調すべき法分野

メリットではなく、リスクを強調することで、参加者の関心を引く(不安を煽る)というやり方もある。
こちらの方が社内研修の企画者には好んで使われるかもしれない。「あなたも知らないうちに違反しているかも⁉」といった煽り方である。
これも効果はあるのだが、多用する人が多い分、オオカミ少年状態になっていないかは気をつけた方がよい。

それでも、大げさにでもリスクを強調した方がいい局面がある。
それが他でもない“金儲け”に関する話で、不法に経済的メリットを追求することを規制する法分野である
たとえば下請法、景品表示法などの法域、あるいは不祥事の看過や隠蔽もそうだが、われわれは、「会社の利益を追求しよう」という、それ自体は営利企業としては真っ当な動機を抱いて突っ走った挙げ句、法規や社会常識を踏み越えてしまうことがある。

こうした分野については、そのリスクを強調して注意喚起をしないと、なかなかリスク自体を自覚することができない。“知っていれば得”ではなく、“知らなきゃ損(リスク)”を強調すべき局面である。
会社の利益ではなく個人の利益に関することだが、インサイダー取引などもそうだろう。

漫然と法律解説をすることを謳うのではなく、“参加して知識を習得することのメリット”(特に経済的メリット)と、“参加せずに知識を習得しないことのリスク”を、事案に応じて使い分けながら強調することで、社員の研修参加モチベーションを高めることが大事なのだ。
もっともこれをやり過ぎると、行きつく先は、

【知らなきゃ懲戒⁉】他社に差を付けろ! 管理職のためのコンプラ研修‼ 【参加者全員にAmazonギフト券プレゼント】

という、怪しいメルマガの件名みたいになってしまうのだが…。

→この連載を「まとめて読む」

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。最新刊に『エセ商標権事件簿―商標ヤクザ・過剰ブランド保護・言葉の独占・商標ゴロ』(パブリブ)。他の著書に『職場の著作権対応100の法則』(日本能率協会マネジメントセンター)『エセ著作権事件簿』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士として、2020年に知的財産官管理技能士会表彰奨励賞を受賞。

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