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はじめに

英国では、2002年企業法(Enterprise Act 2002)のもとで、従前から一定の対内直接投資規制が行われていましたが、国際情勢の変動やパンデミック等を背景に、国家安全保障上の脅威に対処する新たな枠組みとして、2022年1月4日、国家安全保障・投資法(National Security and Investment Act 2021注1)(以下「NSI法」といいます)が施行されました注2

下記で紹介するとおり、NSI法のもとでは、内閣府担当大臣(Secretary of State in the Cabinet Office)注3は、一定の要件を満たす企業や資産の支配の取得(たとえば、25%超の株式の取得)について、国家安全保障への脅威が合理的に疑われる場合には、審査を開始することができ、審査の結果、「実際に国家安全保障への脅威が生じうる」と認められた場合には、当該取引の禁止等を命じることができます。しかし、当局があらゆるM&A取引を監視し、その中から審査すべき取引を見つけ出すことは現実的ではありません。そこで、審査すべき取引の見逃しを防ぐため、審査対象取引のうち、特に国家安全保障上の懸念が生じやすい事業分野に関わる取引については、取引当事者は当局へ届出を行ったうえでクリアランスを取得する必要があり(下記参照)、届出を怠った場合にはさまざまな制裁を課される可能性があります(下記参照)。また、届出要件を満たさない審査対象取引であっても、取引実行後に公表情報や第三者からの申告等により当該取引を認知した当局が審査を開始し、事後的に取引の解消等を求めるリスクがあるため、あらかじめ任意届出を行い、クリアランスを取得することも考慮する必要があります(下記参照)。このように、NSI法上の審査・届出対象となりうる取引を検討するにあたっては、手続を十分理解したうえで慎重に対応することが求められます。

そこで、諸外国における外資による投資・買収規制について解説する本連載の第3回として、本稿では、英国のNSI法の概要を解説します。

NSI法に基づく審査の対象となる取引の範囲

対象エンティティ(qualifying entity)または対象資産(qualifying asset)の支配(control)の取得注4(以下「審査対象取引」といいます)が国家安全保障への脅威(a risk to national security)となる、またはそのおそれがあると内閣府担当大臣が合理的に疑う場合には、内閣府担当大臣は、審査(call-in)を開始します(NSI法1条1項、5条1項)。
以下では、審査対象取引の各要件を解説します。なお、どのような場合に審査が開始されるのか(国家安全保障への脅威の判断要素)については、下記⒉(1)をご参照ください。

エンティティの取得の場合

(1) 対象エンティティ

「対象エンティティ」とは、法人格の有無を問わない、あらゆるエンティティをいい、会社、LLP、組合、信託等が含まれます(NSI法7条2項)。また、英国外のエンティティであっても、英国内で事業活動を行っている、または英国内に所在する者に対して商品・サービスを提供しているエンティティは対象エンティティに含まれます(NSI法7条3項)。このように、英国外のエンティティの取得であっても審査対象取引となりうる点に留意する必要があります。

(2) 支配の取得

対象エンティティの「支配の取得」は、以下のいずれかの場合に認められます。

① 取得者の保有する対象エンティティの株式または議決権の割合が、以下のいずれかに増加する場合(NSI法8条2項および5項)

(ⅰ) 25%以下から25%超

(ⅱ) 50%以下から50%超

(ⅲ) 75%未満から75%以上

② 取得者が、対象エンティティの議決権を取得することで、対象エンティティの事業に関するあらゆる種類の決議を可決または否決できるようになる場合(NSI法8条6項)

③ 取得者が、対象エンティティの経営方針に重大な影響(material influence)を有することになる場合(NSI法8条8項)

上記の③の「重大な影響」の有無を判断する際には、英国競争法上の企業結合規制における「重大な影響」の判断基準が参考になります。英国競争法に関する企業結合ガイドライン(Merger Assessment Guidelines)によれば、「重大な影響」は、議決権保有比率、役員構成および取締役会決議への拒否権等の各種の事情を踏まえて総合的に判断され、議決権保有比率が25%未満であっても、「重大な影響」が認められる場合があります。実際、議決権保有比率が12%から18%に増加する取引でも(議決権保有比率以外の考慮要素は当局からは公表されていませんが)、対象エンティティの経営方針に重大な影響を有することになる場合に当たるとして、NSI法上の「支配の取得」が認められた事例が存在します注5

なお、間接的な議決権の取得等も支配の取得に含まれます。たとえば、A社がC社の議決権の51%を保有しているB社の議決権の51%を取得する場合、A社はB社だけでなくC社の支配も取得することになります。
また、グループ内再編であっても形式的に要件を満たすか否かが判断され、特段の免除規定は設けられていないことにも注意が必要です。たとえば、A社がB社(A社と共通の完全親会社を有するA社の兄弟会社)からB社の完全子会社であるC社の全株式を取得するというグループ内再編の場合であっても、審査対象取引に該当します。

資産の取得の場合

(1) 対象資産

「対象資産」とは、①土地、②動産および③産業上、商業上またはその他の経済的価値を有するアイデア、情報または技術をいいます(NSI法7条4項)。たとえば、③には、企業秘密、データベース、ソースコード、アルゴリズム、ソフトウエア等が含まれます(NSI法7条5項)。また、資産取得に関する取引禁止事例としては、Beijing Infinite Vision Technology Companyがマンチェスター大学からビジョンセンシング技術に関する知的財産権の利用許諾を受けた件(最終命令書(2022年7月20日))が挙げられます。ただし、③ならびに英国外に所在する①および②については、英国内での事業活動または英国内に所在する者に対する商品・サービスの提供に関連して利用される資産のみが、対象資産に含まれます(NSI法7条6項)。
このように、③の範囲が広い点や英国外の土地や動産の取得であっても審査対象取引となりうる点に留意する必要があります。

(2) 支配の取得

対象資産の「支配の取得」は、以下のいずれかの場合に認められます。

① 取得者が対象資産を利用できるようになる、または取得前よりも取得者が利用できる範囲が拡大する場合(NSI法9条1項(a))

② 取得者が対象資産の利用方法を指示もしくはコントロールできるようになる、または取得前よりも取得者が利用方法を指示もしくはコントロールできる範囲が拡大する場合(NSI法9条1項(b))

義務的届出および任意届出

届出義務の対象となる取引

上記では、「どのような取引に関して当局が自らの裁量でNSI法上の審査を開始できるのか」を解説しました。しかし、世界的にM&Aが活発に行われている現代において、当局が継続的にあらゆるM&A取引を監視することは現実的でなく、審査を行うべき取引であったにもかかわらずそれを見逃してしまう事態は容易に想起されます。そこで、NSI法では、審査対象取引の中でも国家安全保障上の懸念が特に生じやすい事業分野が関係する取引については、あらかじめ当局へ届出を行うことが義務づけられています。当局は、このような事前届出制度を通じて国家安全保障上の懸念が特に生じやすい類型の取引の情報を事前に把握し、審査すべき取引の取りこぼしを防止しようとしています。

具体的には、審査対象取引のうち、①英国において指定業種を営んでいる場合や②対象エンティティの支配を取得する場合には、届出義務の対象となります(NSI法6条2項、4項)。こうした取引はその実行前に届出を行わなければならず(NSI法14条1項)、さらに内閣府担当大臣からクリアランスを取得しなければ、仮に取引を実行したとしても当該取引は無効となります(NSI法13条1項)。
以下では、各届出要件を解説します。

(1) 対象エンティティの支配の取得

対象エンティティの支配の取得は、以下のいずれかの場合に認められます。

① 取得者の保有する対象エンティティの株式または議決権の割合が、以下のいずれかに増加する場合(NSI法8条2項および5項)

(ⅰ) 25%以下から25%超

(ⅱ) 50%以下から50%超

(ⅲ) 75%未満から75%以上

② 取得者が対象エンティティの議決権を取得することで、対象エンティティの事業に関するあらゆる種類の決議を可決または否決できるようになる場合(NSI法8条6項)

およびで述べた審査対象取引の要件と比較すると、対象資産の支配の取得は届出義務の対象ではなく、また、支配の取得方法のうち、対象エンティティの経営方針に重大な影響を与えることによる支配の取得も届出義務の対象ではありません。

(2) 対象エンティティが英国において指定業種を営んでいること

審査対象取引の要件(を参照)とは異なり、対象エンティティが英国において指定業種を営んでいる場合でなければ、届出義務の対象になりません。指定業種に関する施行規則注6において、以下の17の指定業種が詳細な定義とともに定められており、具体的にどのような事業がこれらの指定業種に該当するのかを補足するためのガイドライン注7も公表されています。たとえば、一見すると、「輸送」(transport)には幅広い業種が含まれるようにも思われますが、施行規則およびガイドライン上は、一定の要件を満たす港湾、空港および航空管制に限定されています。

図表1 届出義務の対象となる指定業種

届出義務のない取引への対応(任意届出)

届出義務のない審査対象取引については、届出を行うか否かは当事者の判断に委ねられます。ただし、届出義務がない場合であっても、公表情報や第三者からの申告等により当該取引の情報を入手した内閣府担当大臣が「当該取引により国家安全保障上の懸念が生じうる」と合理的に疑う場合には、取引が完了しているか否かにかかわらず審査が開始され、懸念が認められれば取引の禁止や解消等を命じられるリスクがあります。

このようなリスクを回避するため、取引の当事者は、届出義務がない取引であっても任意に届出を行い、クリアランスを得ることで、取引の安定を図ることができます。したがって、取引の当事者は、届出義務の有無を確認するとともに、届出義務がない場合であっても、当該取引が審査対象取引にあたる場合には、英国の国家安全保障に与える影響等を踏まえ、任意届出を行うかどうかを検討する必要があります。

NSI法上の届出・審査

届出・審査手続

(1) 義務的届出の場合

届出は、所定の様式注8を用いて、オンラインで行います注9。届出書を作成するうえで必要となる主な情報には、

・ 取引に関する情報(各届出要件を充足する理由や取引のスケジュール等)

・ 対象エンティティに関する情報(基本情報、保有許認可、英国政府との取引関係、英国政府から援助を受けている研究開発、資本関係図等)

・ 取得者に関する情報(基本情報、英国以外の政府が保有する議決権、対象エンティティの議決権行使に関する第三者との取り決め、資本関係図等)

が含まれます。なお、審査が行われる見込みがあるか等について、届出前にISU(前掲注3参照)に非公式の相談を行うことができますが、この届出前相談でのISUの回答は法的拘束力を持ちません。
内閣府担当大臣は、届出に不備等(NSI法14条6項)がなければ届出を受理し、受理日から30営業日の期間(review period)内に、国家安全保障への脅威(下記参照)の有無を検討し、審査開始の要否を決定しますが、当該期間中、内閣府担当大臣は当事者に対し、必要な情報の提供等を求めることができます(NSI法19条、20条)。検討の結果、①「審査対象取引が国家安全保障への脅威となる、またはそのおそれがある」と内閣府担当大臣が合理的に疑う場合にはコールイン通知(call-in notice)を交付して審査を開始し、②そのような脅威やそのおそれが認められなければ、クリアランスが通知されます(NSI法14条8項(b)、9項)。

審査が開始された場合の審査期間(assessment period)はコールイン通知から30営業日ですが、内閣府担当大臣は、必要に応じて審査期間を45営業日延長することができ、当事者との合意があれば、さらなる延長も可能です(NSI法23条)。上記と同様、内閣府担当大臣は審査期間中、当事者に対して情報提供を要求することができます(NSI法24条)が、コールイン通知までの検討期間に行われる情報提供要求とは異なり、コールイン通知後に行われた情報提供要求については、その回答を完了するまでの期間は審査期間に算入されません(NSI法24条4項)注10。また、審査終了までの間に当事者が取引を実行してしまうといった状況に対処するため、内閣府担当大臣は取引実行の禁止等の暫定措置を命じること(interim order)もできます(NSI法25条)。
審査の結果、「国家安全保障への脅威が生じうる」と判断されれば、①一定の問題解消措置(remedy)を実施することを条件(例:取得者と対象エンティティ等との間でのセンシティブ情報に関する情報遮断やセキュリティ対策の実施等)としたうえで当該取引にクリアランスを与える旨、または②当該取引の実行を禁止する旨の最終命令(final order)が交付されます(NSI法26条)。他方、審査の結果、「国家安全保障への脅威が生じうる」という判断に至らない場合には、クリアランスが通知されます。

最終命令に不服がある場合には、当事者は司法審査を求めて裁判所に訴訟を提起することができます(NSI法49条1項、2項(c)(ii))注11。訴訟提起は、特段の事情が認められる場合を除き、請求理由が発生した日の翌日から28日以内に行う必要があります(NSI法49条4項)。
以上の手続の流れをまとめた下記の図表2も合わせてご参照ください。

図表2 NSI法上の届出・審査手続の流れ

※ 情報提供要求への回答を完了するまでの期間は審査期間に算入しない。

内閣府の2022年版年次報告書(National Security and Investment Act 2021: Annual Report 2022。以下「年次報告書」といいます)によると、NSI法が施行された2022年1月4日から2022年3月31日までの間に行われた義務的届出に関する処理日数は図表3のとおりです。なお、同表のコールイン通知からクリアランスまでの期間は、年次報告書の対象となった3か月間にクリアランスが行われた3件の取引の平均処理日数です。全体的な傾向を把握するには、2022年4月1日から2023年3月31日までを対象とした次回の年次報告書の公表を待つ必要があります。

図表3 義務的届出における各手続の平均処理日数

期間

平均日数

届出から受理までの期間

3-4営業日

届出から不受理までの期間

5-6営業日

受理からコールイン通知までの期間

24営業日

コールイン通知からクリアランスまでの期間

24営業日

※ 年次報告書からは義務的届出なのか任意届出なのかは明らかではないが、便宜上、義務的届出の項で記載している。

(2) 任意届出の場合

任意届出の場合も、手続は義務的届出の場合と同様です(NSI法18条)。
年次報告書によると、2022年1月4日から2022年3月31日までの間に行われた任意届出に関する処理日数は図表4のとおりです。

図表4 任意届出における各手続の平均処理日数

期間

平均日数

届出から受理までの期間

4-5営業日

届出から不受理までの期間

12営業日(1件のみ)

受理からコールイン通知までの期間

22-23営業日

(3) 任意届出を行わなかったが、当局が審査を開始した場合

審査対象取引について、取引の当事者は任意届出を行わなかったものの当局による審査が開始された場合には、上記⒈(1)のコールイン通知から手続が始まり、その後の流れは義務的届出の場合と同様となります。

どのような場合に審査が開始されるか

(1) 国家安全保障への脅威の判断要素

上記のとおり、すべての審査対象取引に対して実際に審査が行われるわけではなく、「審査対象取引が国家安全保障への脅威となる」または「そのおそれがある」と内閣府担当大臣が合理的に疑う場合に審査が開始されます。NSI法3条に基づき公表された声明注12によると、安全保障対応における柔軟性を確保するため、「国家安全保障への脅威」の定義は意図的に定められておらず、審査を開始するか否かは、主に以下の3要素を踏まえて、ケースバイケースで判断されるとされています(同声明16、19、20段落目)。

① ターゲットリスク:対象エンティティや対象資産が国家安全保障への脅威として利用されるおそれがあるか、指定業種(上記⒈(2)参照)やそれに密接に関連する事業を行っているか等

② 取得者リスク:取得者の業種、技術力、国家安全保障上の脅威となりうる国や組織との関係性、過去の違法行為の有無等からして取得者が国家安全保障に脅威をもたらしうるか等

③ 支配リスク:取得者が対象エンティティや対象資産のどの程度の支配を取得するか等

ただし、現状の実務では、内閣府は、審査を開始した理由(当該取引が「国家安全保障への脅威」となる、またはそのおそれがあると考えた理由)の詳細を当事者に開示しない傾向にあることから、当局の懸念が比較的早期に当事者に開示され当局と当事者の間で活発な議論が行われる競争法上の企業結合規制と比較すると、「NSI法に基づく審査手続は不透明である」という批判も聞かれるところです。また、下記のとおり、これまでに15件の取引について、取引の禁止・解消や問題解消措置の実施が命じられていますが、公表文は非常に簡潔で、どのような理由で「国家安全保障への脅威」が認定されたのかは必ずしも明らかでありません注13

(2) 当局が審査を開始できる期限

内閣府担当大臣は、①審査対象取引を認識した日から6か月が経過した場合、または②審査対象取引が実行された日から5年が経過した場合には、審査を開始することができなくなります(NSI法2条2項)。ただし、届出義務の対象となる取引の場合には、②の期間制限は適用されません(NSI法2条3項)。

手続違反に対する制裁

NSI法上の一定の手続違反等に対しては、刑事および民事上の制裁が定められています。たとえば、暫定措置命令や最終命令に違反した場合およびクリアランスを取得せずに届出対象取引を実行した場合の制裁は、図表5のとおりです(NSI法39条1項、40条1項、4項、5項、41条1項、2項)。

図表5 制裁の例

違反内容

刑事上の制裁

民事上の制裁

暫定措置命令や最終命令に違反した場合

5年以下の禁錮もしくは罰金(またはその両方)
(NSI法39条1項)

① 固定額の制裁金(上限は、違反者が企業の場合は当該企業グループの全世界売上の5%または1,000万ポンドのいずれか高い方、違反者が個人の場合は1,000万ポンド)

② 1日ごとの制裁金(上限は、違反者が企業の場合は当該企業グループの全世界売上の0.1%または20万ポンドのいずれか高い方、違反者が個人の場合は20万ポンド)

③ ①および②の組み合わせ

(NSI法40条1項、4項、41条1項、2項)

クリアランスを取得せずに届出対象取引を実行した場合

同上
(NSI法39条1項)

固定額の制裁金(上記①)のみ
(NSI法40条1項、5項、41条1項)

近時の届出・審査状況

届出・審査状況に関する統計

年次報告書によると、2022年1月4日から2022年3月31日までの間における、届出・審査状況は図表6のとおりです。

図表6 届出・審査状況(2022年1月4日~2022年3月31日)

項目

件数

受理した義務的届出の件数

178件

受理した任意届出の件数

22件

不受理とした義務的届出の件数

7件

不受理とした任意届出の件数

1件

審査が開始された件数

17件

審査中の件数

14件

クリアランスが行われた件数

3件

最終命令が行われた件数

0件

また、上記の審査が開始された17件の指定業種ごとの内訳は、図表7のとおりです。これも制度開始から3か月間の17件の取引のみを対象としているため、これをもって一般的傾向と考えることは尚早と思われますが、この期間の取引に関しては軍事・防衛関係の業種を中心に審査が行われています。なお、一つの取引でも複数の指定業種に関係することがあるため、内訳の合計は審査が開始された取引の件数と一致しません。

図表7 指定業種ごとの内訳(2022年1月4日~2022年3月31日)

項目

件数

軍事・軍民両用

7件

防衛

6件

政府への重要なサプライヤ

6件

データインフラ

4件

緊急サービスへの重要なサプライヤ

2件

人工知能

2件

先端素材

2件

衛星・宇宙技術

1件

暗号認証

1件

コンピューターハードウェア

1件

民間用原子力

1件

近時の事例

上記で紹介した統計は2022年1月4日から2022年3月31日までを対象としているため、その間に最終命令が行われた事例はありませんが、2023年3月31日までに最終命令が行われたのは15件となっています。このうち、取引禁止または取引解消が5件注14、条件付きクリアランスが10件でした。取引禁止または取引解消が命じられたのは、いずれも取得者が中国・ロシア企業である、またはその傘下にある取引でした。しかし、条件付きクリアランスの対象となった取引や審査を経て無条件クリアランスが与えられた取引には、米国やフランスといった英国の友好国の企業による取得も含まれることから、日本企業が関与する取引に対しても審査が行われる可能性は十分に考えられます。

おわりに

これまで述べたとおり、英国外の企業への出資や英国外の資産の取得であっても、これらの企業や資産が英国内での事業活動等と一定の関連性を有する場合には審査対象となりうること、取得者が英国の友好国の企業であっても実際に審査が行われた事例が存在すること等からすると、NSI法の規制対象は広範であるといえます。そのため、日本企業を含め、英国に関連する投資を行う事業者にとって、NSI法に基づく規制の検討および対応は必須となっています。検討している取引がNSI法に基づく審査対象に含まれるのか、また、それに届出義務が発生するのか、届出義務がないとして任意届出を行うべきかどうかの判断等は、複雑かつ専門的です。これらの該当性について判断するためにも、取引を行う前に、対象となる英国事業を精査する必要があります。

また、本制度が開始されて約1年しか経過していないことも相まって、運用がブラックボックス化していることから、実際に審査が開始された場合の対応やスケジュール予測は、事案によっては難しい場合があるでしょう。審査対象取引への該当性判断や届出戦略等も含め、知見を有する日本における弁護士、さらには専門の英国法弁護士の協力を得て助言を受けつつ、慎重に検討・対応することが必要であると考えられます。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. 条文は、こちらを参照。[]
  2. 金融システムの安定性、公衆衛生上の緊急事態への対応能力およびメディアの多様性に影響を及ぼす取引については、引き続き、2002年企業法のもとで規制が行われます。[]
  3. 当初は、ビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy & Industrial Strategy)(BEIS)の担当大臣がNSI法を所管していましたが、2023年2月7日付けで、NSI法の所管が内閣府担当大臣に移り、BEISが四つの省に分割されることが発表されました。また、実務的な作業を担当する部署としてBEISの内部に設置されていた投資セキュリティ部門(Investment Security Unit)(ISU)も、内閣府に移転しました。[]
  4. NSI法1条1項の文言上は、「trigger event」の発生が審査対象取引の要件として定められ、その「trigger event」の発生の定義が、NSI法8条および9条に定める「対象エンティティまたは対象資産の支配の取得」と定められています(NSI法5条1項)。[]
  5. フランスの通信会社Alticeが英国の通信会社BTの株式を追加で取得した事例(英国政府ウェブサイト「Government to take no further action under National Security and Investment Act on BT share acquisition」(2022年8月22日))。[]
  6. The National Security and Investment Act 2021 (Notifiable Acquisition) (Specification of Qualifying Entities) Regulations 2021[]
  7. 英国政府ウェブサイト「Guidance: National Security and Investment Act: details of the 17 types of notifiable acquisitions」(2022年7月20日)[]
  8. こちら(英国政府ウェブサイト)に所定の様式が掲載されています。[]
  9. こちら(英国政府ウェブサイト)上で行います。[]
  10. 時計の針が止まることに喩えて、「stop the clock」と呼ばれることもあります。[]
  11. 本稿執筆時点において、Nexperiaに対する取引禁止の最終命令の取消訴訟が係属中です。[]
  12. 英国政府ウェブサイト「National Security and Investment Act 2021: Statement for the purposes of section 3」(2021年11月2日)[]
  13. たとえば、SiLight (Shanghai) Semiconductors LimitedによるHiLight Research Limitedの株式の取得に対する最終命令(最終命令書(2022年12月19日))では、HiLight Researchの技術が、英国の安全保障への脅威につながりうる技術力の構築に利用される可能性があると言及されるにとどまっています。[]
  14. ①Beijing Infinite Vision Technology Company(ライセンシー)とマンチェスター大学(ライセンサー)との間のビジョンセンシング技術に関する知財ライセンス契約の締結(最終命令書(2022年7月20日))、②Super Orange HK HoldingによるPulsic Limitedの株式の取得(最終命令書(2022年8月17日))、③Nexperia BVによるNexperia Newport Limited(旧Newport Wafer Fab)の株式の取得(最終命令書(2022年11月16日))、④SiLight (Shanghai) Semiconductor LimitedによるHiLight Research Limitedの株式の取得(最終命令書(2022年12月19日))および⑤L1T FM Holdings UK LtdによるUpp Corporation Ltd(旧Fibre Me Limited)の株式の取得(最終命令書(2022年12月19日))の5件です。[]

龍野 滋幹

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007~2008年フランス・パリのHerbert Smith法律事務所にて執務。2014年~東京大学大学院薬学系研究科・薬学部「ヒトを対象とする研究倫理審査委員会」審査委員。国内外のM&A、JV、投資案件やファンド組成・投資、AI・データ等の関連取引・規制アドバイスその他の企業法務全般を取り扱っている。週刊東洋経済2020年11月7日号「「依頼したい弁護士」分野別25人」の「M&A・会社法分野で特に活躍が目立つ2人」のうち1人として選定。

内藤 央真

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー外国法事務弁護士(連合王国)

2000年ロンドン大学King's College London法学部卒業。2004年英国法弁護士登録、Allen & Overyのロンドン事務所入所、2018年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。英国法の弁護士として、プロジェクト・ファイナンス、クロスボーダー・ファイナンスとコーポレート法務を専門として、アジア・中東・南米・欧州における、電力、水、資源・エネルギー、船舶、インフラ、ECAファイナンスの案件を取り扱っている。Legal500の「Next Generation Partner」として選定。

中林 憲一

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士

2015年東京大学法学部卒業。2016年弁護士登録、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。2022年米国コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)、2022~2023年英国・ロンドンのSlaughter and May法律事務所にて執務。