新しく読む法律を素早く理解する必要性
「新規ビジネスの検討にあたり、見たことのない法律を読む必要があるが、どのような資料を参照すればいいのかわからない」
「法令改正をキャッチアップする必要があるが、何度読んでも条文の内容が頭に入ってこない」
「行政職員に法令照会をしてみたものの、芳しい回答を得ることができなかった」
こんな経験はありませんか?
SDGsの推進をはじめとする価値観の変容、AIやブロックチェーン技術の導入によるITの進展、顧客ニーズの多様化に伴い、良質なサービスを提供するためには、特定分野に限らず複数の分野に目を配り、また組み合わせることを求められるビジネスシーンが増えています。こうしたビジネスを実現するにあたっては、ビジネスパーソンや経営者のみなさんも複数の法領域に対応したり、新しい法律を理解しなければならない場面に多々遭遇することでしょう。
弁護士である私たちにとっても、複数の法分野をカバーするのは長く険しい、茨の道です。いわんやビジネス面をメインに視座するビジネスパーソンや経営者にとって、限られた業務時間内で、慣れない条文を読み、膨大な資料の中から読むべき資料を探し、あるいは存在しない資料を探し続けることは、辛く孤独な作業です。遵法意識をしっかり持っていたとしても、「苦痛なものは避けたい…」と、後回しにしがちなのが人情だと思います。
しかし、法令運用のプロフェッショナルである行政職員は、着任直後であっても素早く正確にその条文を理解する術を持っています。条文の読み方の“お作法”と、主に参照すべき資料を知っているからです。
つまり、条文を読むコツと優先的に読むべき資料を知る行政職員と同じ思考プロセスを踏めば、初めて読む法令でも、短い時間でおもしろいほどにその内容がわかるようになるのです。このスキルを身につけることは、限られた時間内でビジネス・コンプライアンスの両方をカバーするビジネスパーソンや経営者にこそ慫慂されます。
本稿では、今日から誰でも実践できる法律の読み方を学んでいただくべく、条文を読むコツと優先的に読むべき資料を紹介していきます。
行政職員の“頭の中”を知る
―プロフェッショナルの思考プロセスと必須資料—
民間企業同士が対等な関係で交渉の場に立つとき、どのようなことを意識しているでしょうか?
さまざまな答えが返ってきそうですが、「相手の立場や考えを正確に把握し、自己の利益を守りつつ、双方納得のいく着地を目指して交渉の席に着く」、このような回答をイメージした方々が多いと思います。
この心がけは、法令と対話し、行政職員と折衝するときも同じです。「相手の頭の中を正確に知る」ことが、ビジネスを成功させる一番のカギとなるのです。
そこで、制度を素早く正確にキャッチアップするコツを知る行政職員が、民間企業から質問を受けた際にどのような思考プロセスを経て回答を作成するのか、どのような資料を参照するのかについて見ていきましょう。
条文を読む
そもそも、行政職員にとって“条文”とはどのような存在なのでしょうか。
まず、法的観点から見ると、行政職員は“法律による行政の原理”を遵守する必要があります。“法律による行政の原理”とは、「行政は、行政機関独自の判断で行ってはならず、国民の代表である議会が定めた法律に従って行われなければならない」ということをいいます。したがって、行政職員は、法律に書かれていることを守らなければならない立場にあります。
また、業務の観点から見ると、法案や制度を“作る”業務は、行政職員の業務の中心的事務の一つです。多くの人が関与し、長い時間をかけて丁寧に法案や制度を作っていきます。できあがった条文は、立法活動に責任をもって携わった、立法担当者をはじめとする関係者全員で作った“英知の結晶”と認識されています。
そのため、行政職員は条文に書かれていることを熟読し、書かれていることに沿って回答しますが、民間企業からの質問に回答する際、条文に書かれていること“だけ”で回答するケースが多々あります。たとえば、事業者から「銀行免許を取得したいと考えているのですが、会社を設立する必要はありますか」と質問されたとします。銀行法(昭和56年6月1日法律第59号)4条の2を見てみましょう。
銀行法4条の2
銀行は、株式会社であつて次に掲げる機関を置くものでなければならない。
一 取締役会
二 監査役会、監査等委員会又は指名委員会等(会社法第2条第12号(定義)に規定する指名委員会等をいう。第52条の18第2項第2号において同じ。)
三 会計監査人
本条は「銀行は一定の機関を備えた株式会社でなければならない」と規定していますので、銀行免許を取得するためには会社(株式会社)を設立する必要があることがわかります(同時に、株式会社以外の会社形態である合同会社などは、銀行の免許を取得できないことが読み取れます)。さらに、株式会社を設立しただけでは足りず、1号から3号までに規定されている機関を設置する必要があります。
このように、条文には“そのままずばり”の答えが書かれている場合がありますので、企業担当者としては、まずは「条文を素読して答えが出ないか」を考えることが出発点となります。
公表資料を読む
一方で、条文に書いてあることを素読しただけでは答えが出ない、“文言の解釈”を必要とするケースもあります。銀行法2条14項1号を見てみましょう。
銀行法2条
14 この法律において「銀行代理業」とは、銀行のために次に掲げる行為のいずれかを行う営業をいう。
一 預金又は定期積金等の受入れを内容とする契約の締結の代理又は媒介
二 資金の貸付け又は手形の割引を内容とする契約の締結の代理又は媒介
三 為替取引を内容とする契約の締結の代理又は媒介
本条は「銀行代理業」の定義規定ですが、読み進めると“媒介”という文言が出てきます。ここでいう“媒介”とは、いったい何を意味しているのでしょうか。
「間に入る行為かな?」と一応のイメージはつきますが、具体的にどのような行為が“媒介”に該当するのかは、この条文を読んだだけでははっきりとしません。「銀行と顧客の間に入る行為であれば、およそすべて“媒介”となってしまうのか…?」と疑問が出てきます。
この場合、行政職員は、「自らが所属する所管省庁の公表している資料に手がかりがないか」を調べます。“公表資料”とは、金融庁を例にとると、
・ パブリックコメント
・ 監督指針
・ ガイドライン
・ ノーアクションレターへの回答
・ Q&A
など、金融庁HP内で公開されている資料を意味します。
なぜ公表資料から手がかりを探るのでしょうか。公表資料に記載されている見解は、所管省庁の公式見解として対外的に発表されているものです。前任の担当者たちが時間をかけて公式見解を作り、対外的に公表するまでに至っているので、見解としての成熟度が高く、外にも出しやすい情報となっています。
したがって、行政職員としても自信をもって「公表資料に●●と書かれているので●●という結論になる」と回答できます。どのような行為が銀行代理業における“媒介”に該当するのかは、「主要行等向けの総合的な監督指針」に具体的に書かれています。興味のある方は、監督指針を読んでみてください。
したがって、条文の解釈を探る必要がある場合には、行政職員に倣い、所管省庁HP内で公表されている資料を探すことが最優先事項となります。
その他留意事項
このほかにも、公表資料が見つからなかった場合や、法令の立法当時想定していなかった事項が関わってくる場合でも、行政職員には思考のノウハウがあります。また、法令の種類には、法律、政令、府令、省令、規則とさまざまなものがありますが、法令レベルごとに作成される資料は異なります。「この法令であればこの資料があるはず」という“土地勘”があると素早く資料を探し出すことができ、最短距離で制度を正確にキャッチアップすることができるのです。
大真面目に条文を読まない
-プロフェッショナルの法令の読み方-
次に、条文を読む“コツ”について解説していきます。
以下の設例をもとに考えてみましょう。
【設例】
あなたはゲーム会社に勤めており、今年度法務部に配属されたとします。
商品開発部から、次の質問を受けました。
「今般、新しいRPGゲームアプリを開発した。このゲーム内では、ユーザーがアイテムを購入するためには、ゲーム内通貨を使用する必要がある。このゲーム内通貨は、課金することでしか手に入らないようにしたい。こうした仕様とすることに、法的問題はあるのか教えてほしい」
商品開発部からの質問に回答するため、さまざまな法律に目を通し、問題となる条文がないかを確認したところ、あなたは普段なじみのない「資金決済に関する法律」(平成21年6月24日法律第59号。以下、「資金決済法」といいます)に、“前払式支払手段”というものを見つけました。ゲーム内通貨が前払式支払手段に該当すると、金融庁や財務局で一定の手続をとらなければならないようです。そのため、今度は「ゲーム内通貨が“前払式支払手段”に該当するのか」について検討する必要があります。
“前払式支払手段”の定義は、資金決済法3条1項1号・2号に規定されています。今回は、1号について検討してみましょう。
資金決済法3条
1 この章において「前払式支払手段」とは、次に掲げるものをいう。
一 証票、電子機器その他の物(以下この章において「証票等」という。)に記載され、又は電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によって認識することができない方法をいう。以下この項において同じ。)により記録される金額(金額を度その他の単位により換算して表示していると認められる場合の当該単位数を含む。以下この号及び第3項において同じ。)に応ずる対価を得て発行される証票等又は番号、記号その他の符号(電磁的方法により証票等に記録される金額に応ずる対価を得て当該金額の記録の加算が行われるものを含む。)であって、その発行する者又は当該発行する者が指定する者(次号において「発行者等」という。)から物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付、通知その他の方法により使用することができるもの
二 (略)
2~8(略)
読むだけで嫌な気持ちになる条文です。かっこ書きが多数並び、初めて読む条文であれば、ほとんどの方が一読では理解できないのではないでしょうか。
こうした条文に出会ってしまったら、まずは“基本構造だけ”を読むことから始めましょう。具体的には、かっこ書きはすべて読み飛ばすのです。すると、次のように読めます。
資金決済法3条
1 この章において「前払式支払手段」とは、次に掲げるものをいう。
一 証票、電子機器その他の物(…)に記載され、又は電磁的方法(…)により記録される金額(…)に応ずる対価を得て発行される証票等又は番号、記号その他の符号(…)であって、その発行する者又は当該発行する者が指定する者(…)から物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付、通知その他の方法により使用することができるもの
大分コンパクトになったのではないでしょうか。「このくらいであれば読める」という人もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、これでも“又は”などが複数あり、条件などの被修飾語も多く、なお頭に入りにくい状態です。
そこで、さらに修飾語と被修飾語を意識して読んでみましょう。具体的には、被修飾語を太字にして下線を引きます。すると、次のように読めます。
資金決済法3条
1 この章において「前払式支払手段」とは、次に掲げるものをいう。
一 証票、電子機器その他の物(…)に記載され、又は電磁的方法(…)により記録される金額(…)に応ずる対価を得て発行される証票等又は番号、記号その他の符号(…)であって、その発行する者又は当該発行する者が指定する者(…)から物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付、通知その他の方法により使用することができるもの
太字下線部分だけを読めば、「発行される証票や符号で、何らかの代価の弁済のために使用できるもの」が“前払式支払手段”に該当することが読み取れます。ここまでくると、大分頭に入りやすい状態になったのではないでしょうか。ちなみに、この“前払式支払手段”は、プリペイドカードなどを想定したものをいいます。
このように、一見して難解な条文を読むときは、
① 括弧書きはすべて読み飛ばす。
② ①をしてもなお読みにくい場合には、修飾語を削って被修飾語だけを読む(あるいは主語と述語だけを読む)。
という方法で、まずはざっくりと内容を理解するように心がけてみてください。
最終的にはすべての文言を確認する必要がありますが、読み飛ばした部分を後から肉付けしていく方法は、行政職員や弁護士など、法令を読み慣れた職業の人でも定期的に実践している術です。
おわりに
上記で紹介した法律を読むコツ以外にも、つまずきやすい法令用語のパターンや実務でよく問題となるポイントをあらかじめ押さえていれば、法律を読むことや制度を理解することはもっと楽になっていきます。
私自身、弁護士になって間もない頃は、金融規制法の条文が難解すぎて読むのにアレルギー反応があり、「なぜ先輩方はこんな難しいものを理解できるのだろう…」と、幾度となく挫折感を味わいました。
当時の自分と同じように、法律を理解することに苦しむ人々が少しでも回り道をせずに済むよう、誰もがすぐに実践できる素早く制度を理解する術を、引き続き発信していきたいと思います。
表 大祐
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 弁護士(第二東京弁護士会)
プロトタイプ政策研究所 主任研究員
慶應義塾大学法科大学院修了。金融庁企画市場局市場課専門官として、複数の金融規制法の法令改正作業、多数の民間企業からの法令照会対応を2年間経験。米国投資銀行日本法務部コンサルタントとして1年間勤務。主な著作『今スグ使える!『法令の読み方』入門:プロフェッショナルに学ぶ—思考プロセスと必須資料—』、『今スグ使える!『法令の読み方』入門:プロフェッショナルに学ぶ—条文を読むコツ―』ほか。