外国公務員贈賄防止指針の改訂に至る経緯および改訂指針のポイント - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

経済産業省は、2023年12月14日、「外国公務員贈賄防止指針 」の改訂案を公表してパブリックコメントに付し、2024年2月29日付けで意見募集の結果と当局の考え方を公表するとともに、同指針を改訂した(以下、「本改訂指針」という)。海外拠点を設置する企業や国際取引に携わる企業においては、上記改訂案の公表に先んじて行われた外国公務員贈賄罪に係る不正競争防止法(以下、「不競法」という)の改正および外国公務員贈賄防止指針の改訂に際し、一定の対応を要することになると考えられるところ、本稿では、本改訂指針が作成された背景および本改訂指針のポイントを解説する。

外国公務員贈賄防止指針の改訂の背景

外国公務員贈賄については、これが公正な競争条件を阻害しているとの問題意識の高まりを受け、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約を担保するものとして1998年に不競法が改正され、日本において初めて外国公務員贈賄を規制する法律が制定された。そして、2019年6月には、OECD贈賄作業部会注1において日本のOECD外国公務員贈賄防止条約の履行状況に関する審査が行われ、審査の結果として、第4期対日審査報告書および同勧告が採択された。

第4期対日審査報告書では、①自然人に対する制裁のあり方、②法人に対する制裁のあり方、③公訴時効のあり方、④法人に対する適用管轄(国外犯処罰)のあり方、に関する優先勧告を含む、合計17の勧告がなされ、これらの点については早急に法制度の見直しが必要となった。そこで、不正競争防止法の外国公務員贈賄罪に関する制度課題を集中的に審議する場として、「外国公務員贈賄に関するワーキンググループ」が設置され、同グループは、2023年5月、上記①から④の四つの優先勧告についての今後の対応事項をまとめた報告書として、「外国公務員贈賄罪に係る規律強化に関する報告書 」(以下、「本報告書」という)を公表した。
本報告書の内容を踏まえて、2023年6月7日に不競法が改正され、2024年4月1日にはこれが施行された。同改正においては、以下の3点で外国公務員贈賄防止規制が厳格化された。

① 自然人に対する罰則の強化
罰金刑の上限が500万円から3,000万円に、拘禁刑の長期が5年から10年に、それぞれ引き上げられた。

② 法人に対する罰則の強化
法人の代表者または法人の使用人等が法人の業務に関し、外国公務員等に対する不正の利益の供与等を行った場合の法人に対する罰金刑(いわゆる両罰規定)の上限が3億円から10億円に引き上げられた。

③ 海外単独贈賄行為の処罰対象の拡大
改正前の不競法では、国外での贈賄行為について、日本国民が外国公務員に対して贈賄行為を行った場合のみを処罰対象とし(不競法18条)、外国籍の日本企業従業員が贈賄行為を行った場合は処罰対象から除外されていたが、改正後においては、外国人従業員が外国で外国公務員に対して贈賄行為を行った場合も不競法18条の規制の対象となることとされた。また、外国公務員贈賄罪については、法人の両罰規定が定められた。

本改訂指針は上記不競法改正に合わせ、第4期対日審査報告書における17の勧告に対応し、より厳格に汚職防止規制を定める諸外国と足並みを揃えるべく、従前の外国公務員贈賄防止指針の内容を修正するものである。

外国公務員贈賄防止指針の改訂の概要

主な改訂の内容

本改訂指針においては、主に①スモール・ファシリテーション・ペイメントに関する記載および②法人の責任の記載の2点について、加筆等の改訂が行われた。
以下では、上記2点をそれぞれ説明する。なお、①については、日本の不競法について、より理解しやすく説明するため、米国および英国での対応をまず述べ、次いで不競法について詳述することとする。

スモール・ファシリテーション・ペイメントに関する記載の修正

(1) スモール・ファシリテーション・ペイメントの定義と米国および英国の対応

スモール・ファシリテーション・ペイメント(以下、「SFP」という)とは、一般に通常の行政サービスに係る手続の円滑化のための少額の支払いを意味するとされる。その具体例としては、米国司法省が米国海外腐敗行為防止法(以下、「FCPA」という)に関する解釈等を示した「A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act」(以下、「FCPAリソースガイド」という)における以下の例示説明(以下は筆者による要約である)が参考になる注2

仮想事例:円滑化のための支払い(Facilitating Payment)

① ある外国で新たに重要な新鉱床を発見したA社は、鉱石輸出の規模とスピードを上げるために、自社施設から大型トラックの入れる港までの新たな道路を建設することを計画した。

② A社が現地で雇った許認可取得を支援するエージェントは、A社に対し、「関連官庁の事務官(許可申請書を提出しこれに押印を行うか否かについての裁量権は有しない者)が迅速に許可申請書に押印するようにするために、当該事務官に対して、少額の現金を一度限り支払うつもりである」ことを伝え、A社は、これを承認した。

③ 数か月後、エージェントは、A社に、「計画した道路建設について、必要な環境許可を取得するのに問題が生じた。自分は天然資源省局長とは親交があり、局長に少額の現金を支払うだけで問題は解決する」と伝えたところ、A社はこの支払いを承認した。支払いを受けた後、天然資源省局長は許可証を交付し、A社は、湿地帯を通る新たな道路を建設するに至った。

FCPAでは、外国公務員等による裁量のない決まりきった業務(routine governmental action)に関して行われる「円滑化のための少額の支払い」がSFPとして、贈賄防止規制の適用対象外とされている。そして、FCPAリソースガイドは、上記仮想事例②の支払いについては、裁量のない公務員への現金交付としてSFPに該当し、FCPA違反にはならないとする一方で、③の支払いについては、裁量のある公務員に対する贈賄としてFCPA違反になると説明している。
他方で、英国の贈収賄禁止法(以下、「UKBA」という)に関して英国政府と検察当局発行するガイダンス(UKBAガイダンス)においては、SFPに関して訴追するか否かの判断における考慮要素が示されるにとどまり、FCPAのように、SFPが贈賄防止規制の適用対象外となるとの規定は存在しない注3
このように、米国と英国だけをとってみても、各国でSFPへの対応は異なっており、国際的に画一的な取扱いがなされている状況にはないことがわかる。

(2) 外国公務員贈賄防止指針のSFPに関する改訂内容

日本においては、SFPが不競法違反の成否が問題となる場合の判断において、直接参考となるような公表された裁判例は見当たらないとされる注4。そのような中、日本の外国公務員贈賄防止指針においては、従前から、SFPについて、「そのような支払い自体が「営業上の不正の利益を得るため」の利益供与に該当し得ることから、SFPを原則禁止とする旨社内規定に明記することが望ましい」との記載がなされていた。しかしながら、この点に関して、OECD贈賄作業部会からは、①OECD理事会勧告の記載(企業におけるSFPの使用の禁止または防止を奨励)を引用すべきであること、および、②「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」コメンタリー9を根拠とする、OECD理事会勧告の背景を追記すべきであること、という二つの指摘がなされた。

そこで、本改訂指針においては、本文において、SFP「については、2009年に採択され、2021年に改訂されたOECD理事会勧告が指摘するSFPの「持続可能な経済開発および法の支配に対する腐敗的影響(corrosive effect)」に鑑みて、SFPを原則禁止旨社内規程に明記することが望ましい」としたうえで、脚注に上記①および②を引用する追記がなされた

また、従前、一般に、日本の不競法はSFPに対して厳格であるとされていたところ、パブリックコメントを踏まえ、例外的にSFPが許容される場合を積極的に認める形で、本改訂指針の脚注に、「生命、身体に対する現実の侵害を避けるため、他の現実的に取りうる手段がないためやむを得ず行う必要最低限の支払いについては、緊急避難の要件を満たす可能性があり、その場合には違法性が阻却され、処罰されない」と追記されており注5、社内規程におけるSFP規制の例外事由の定め方として参考になると考えられる。

法人の責任に関する記載

(1) 海外子会社・支店の従業員による贈賄行為について、親会社に処罰が及ぶケースの明確化

本報告書では、法人の責任に関する記載について、海外子会社、海外支店または営業所の従業員が贈賄したとき、どのような場合に日本の親会社に責任が及ぶかにつき明確化する必要があるとの意見が述べられた注6。これを受けて、本改訂では、主として以下の3点の法人の責任に関する記載が追記された。

① 不競法22条1項の両罰規定における法人の「従業者」の範囲について、「直接、間接に事業主の統制、監督を受けて事業に従事している者をいい、契約による雇人でなくても、事業主の指揮の下でその事業に従事していれば、「従業者」である」と明記された。これによれば、エージェントのような業務委託先であっても「従業者」に該当する可能性があると解されるため、注意が必要である。

② 海外子会社について、脚注において「外国の法令に準拠して設立された法人(外国法人)であるとする。なお、法人格を有しない海外支店・営業所等については、国内本社から独立した業務主体ではなく、単に本社に従属する営業上の物的施設にすぎないため、海外支店・営業所等に勤務する者は、国内本社の従業者であると考えられる」と定義し、海外子会社と支店を明確に区別した。これにより、「支店」の従業員については国内本社の従業員による贈賄行為として、国内本社にも両罰規定が適用されるという従前からの解釈が明文化された

③ 海外子会社が日本本社から統制・監督を受けていないとしても、海外子会社従業員と日本本社従業員が国内で共謀していた場合、海外で行われた贈賄行為であっても、両従業員の間で共謀共同正犯が成立し、さらに両罰規定により、国内本社も処罰され得る旨、明記された。

(2) 外国公務員贈賄防止体制の構築に関する記載の充実

2(1)で前述したFCPAリソースガイド、英国UKBAの解釈等を示した「UKBAガイダンス」といった各国の贈収賄防止規制に係るガイドラインにおいては、リスクの特定・評価の重要性および具体的な検討手法が示されてきた。日本の外国公務員贈賄防止指針においても、リスクベース・アプローチを採用することが従前より記載されていたが、本改訂指針では、まず、企業が直面する贈賄リスクに対し、効率的かつ実行可能な防止対策を構築するための手法として個別具体的な贈賄リスクに応じた対策をとることが必要である旨、追記された。なお、ここでいうリスクベース・アプローチという用語は、あくまで贈賄リスクの程度に応じた対策を講じるという趣旨で用いられており、決して低リスクの部門・事業において、贈賄行為が許容されることを意味するわけではないことがパブリックコメントを踏まえて明記されたことには留意する必要がある注7

また、贈賄リスクの特定の具体的な手法として、

・ 進出国の贈収賄罪に関する法令や贈収賄の実態を含め、社内外から十分な情報を収集する。外国の法令や慣習の情報収集を個々の企業が行うことが困難な場合には、各国の事情に詳しい現地の商工会議所を活用することや、進出先国毎に企業が参集して、研究を行う、情報を収集・整理することも考えられる。また、社内での情報収集にあたっては、海外の事業部門・拠点の役職員に対するヒアリングやアンケート調査による情報収集を行うことが考えられる。

・ 特定される贈賄リスクの高低の評価にあたっては、各贈賄リスクの顕在化の可能性や顕在化した際の影響度をもとに判断を行う。

・ 贈賄リスクの評価結果を適切に記録し、企業の事業活動やビジネス環境の変化、防止対策に対する監査結果を踏まえて、評価結果を定期的に見直し、防止体制の改善を図る。

と、詳細かつ具体的なとるべき対応についての加筆が行われた点は特に重要といえる。

おわりに

以上が外国公務員贈賄防止指針の改訂に至る背景および改訂案のポイントである。
OECD理事会勧告の公表を受けて、世界各国の法律が公務員贈賄に対する罰則を厳罰化する方針で改正されており、日本法においても令和5年不競法改正により、外国公務員贈賄罪の適用対象の広範囲化および厳罰化が実現した。

海外拠点を設置しまたはこれを検討される企業におかれては、まず第一に、国内外の法令を遵守し、贈賄の要求に応じないことを徹底することが必要である注8。指針改訂指針においては、SFPに関しても支払いを行ってはならないとの立場がより明確に示されたため、この贈賄の要求には、当然にSFPの要求も含まれる注9。また、国によっては、公務員に限らず、民間企業に対する贈賄行為を禁止している国もあるため、事前に進出する国における贈賄規制を調査することが必要である。また、賄賂要求に応じないことは当該企業に経済的損害を含めた悪影響を及ぼすことが多くあり、現場でこれに応じないという判断をすることが困難なことが考えられる。そこで、賄賂要求を実際に受けた際には、直ちに本社に報告し、本社において迅速に事実調査を行ったうえで、本社が現地法令に基づく被害の申告を行うこと、および、公務員の明示または黙示の賄賂要求を停止することを現地政府に要求することも検討すべきである注10

また、国内外の法令違反となる外国公務員贈賄行為を未然に防止するため、事業において外国公務員との接点が生じうる場面を整理したうえで、対応方針やその際の社内手続に関するマニュアルを策定し、それを反映した社内の贈賄防止に関する規程を制定し、さらに進んで公表することを検討することが望ましい。そして、贈賄防止規制や社内規程の内容の周知徹底のため、本改訂指針の公表を機に、贈賄防止に関するコンプライアンス研修を社内で実施することも、贈賄防止に関する法令遵守意識を高める効果的な手法の一つであろう。
2020年以降、国内外において外国公務員贈賄に関する規制意識が高まり、刑事罰が科される事案も急増している中で、本稿が海外拠点を設置する企業や海外取引に携わる企業にとっての一助となれば幸いである。

→この連載を「まとめて読む」

[注]
  1. OECD贈賄作業部会とは、経済協力開発機構(OECD)の下で設置された組織で、外国公務員贈賄防止条約の実施を監視・促進する役割を担っている。[]
  2. FCPAリソースガイド」27頁参照。[]
  3. UKBAガイダンス」参照。[]
  4. 経済産業省「外国公務員贈賄防止指針(改定案)」に対する意見募集の結果について」別紙4頁。[]
  5. 前掲注4)別紙1頁。[]
  6. 本報告書26頁参照。[]
  7. 前掲注4)別紙2頁。[]
  8. 大和銀行ニューヨーク支店損失事件株主代表訴訟第一審判決(大阪地判平成12年9月20日)は、日本企業の取締役の善管注意義務について、「外国に支店、駐在員事務所等の拠点を設けるなどして、事業を海外に展開するにあたっては、その国の法令に遵うこともまた取締役の善管注意義務に含まれる」旨判示した。したがって、ここにいう遵守すべき法令には、当然現地法令も含まれることとなる。[]
  9. なお、緊急避難による違法性阻却の可能性も完全には否定できないことは、4頁に記載のとおり。[]
  10. 前掲注4)別紙2頁。[]

岡本 直己

弁護士法人御堂筋法律事務所 パートナー弁護士

2000年東京大学法学部卒業。2005年弁護士登録、弁護士法人御堂筋法律事務所入所。2012年ワシントン大学ロースクール(LL.M. アジア法)卒業、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所(シンガポール共和国)。2013年弁護士法人御堂筋法律事務所復帰。2014年から2015年まで事業会社へ出向。2017年弁護士法人御堂筋法律事務所パートナー(現任)。東京弁護士会所属。外国法コンプライアンス、国際取引、国際紛争等の渉外法務分野に加え、M&A、データ・プライバシー、IT分野を得意とする。


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竹上 穂高

弁護士法人御堂筋法律事務所 弁護士

2019年京都大学法学部卒業。2021年京都大学法科大学院修了。2022年弁護士登録。2023年弁護士法人御堂筋法律事務所入所。一般企業法務全般を取り扱うほか、消費者法関連法務、労働関連法務、訴訟・紛争解決を中心的に取り扱う。

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