大学・学校の統廃合とM&A - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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はじめに

少子高齢化、グローバル化、リカレント教育・リスキリングの推進─いま、学校を取り巻く環境の急速な変化により、学校経営の高度化が求められ、学校そのもののあり方も改めて問い直されている。こうした変化に対し、各学校がそれぞれの創意工夫によって対応する一方、学校どうしが連携し、双方のリソースを相互に活かそうとする動きも現れている。そうした連携の中には、協働にとどまらず、社会的な注目を集める東京工業大学と東京医科歯科大学の統合をはじめとする、“学校どうし(あるいは学校の設置者どうし)の統合”という形をとることも増えている。

こうした学校・設置者どうしの統合は、学校やその設置者の属性等に応じてさまざまな類型が存在する。さらに、そうした統合にとどまらず、企業等が学校を“買収”し、相互のシナジーを目指すというアプローチも、今後学校の成長策の選択肢として増えていく可能性がある。そこで、本記事では、“学校の統合・M&A”について法的な観点から整理したうえ、留意点について概説していきたい。

学校どうしの統合

学校の設置者と学校の関係

学校の統合・M&Aに関して法的に正しく理解するために、まず「学校」とその「設置者」の関係について簡単に説明しておきたい。

「学校」とは、学校教育法1条の定義によれば、幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学および高等専門学校を指す(一般に、これらを「一条校」と呼ぶことが多い)注1。これら「学校」は、校長、教員その他の教職員の人的要素及び校地、校舎等の物的要素から構成される組織体と考えられており注2、それ自体は法人格を持たない。法人格を持って通常学校に関する権利義務の主体となるのは、そうした学校を設置する「設置者」である。学校教育法上、一条校の設置者は、原則として、国(国立大学法人等を含む)、地方公共団体(公立大学法人を含む)、そして私立学校法に基づいて設立される学校法人のみとされている(学校教育法2条1項)。

次に、それぞれに適用される法令について見てみると、学校そのものの設置や改廃等、いわば「学校」レベルの事項については、基本的に学校教育法が適用されるのに対し、学校の設置者の設立や解散等、いわば「設置者」レベルの事項については、私立学校を設置する学校法人であれば私立学校法が、国や地方公共団体であればそれぞれの根拠法令や自治体の条例等がそれぞれ適用されることとなる。そのため、“学校の統合・M&A”を考えるにあたっては、統合等によって、「設置者」のレベルと「学校」のレベルそれぞれでどのような変化が生じるのか(生じないのか)を明確にし、適用法令を参照することが必要となる
典型的な統合のケースを例にとって、以下、具体的に見ていくことにする。

具体例1:国立大学法人どうしの統合

まず冒頭で言及した東京工業大学と東京医科歯科大学の統合を例にとると、両大学が締結した基本合意書によれば、この統合は、

 両大学の設置者である国立大学法人東京工業大学および国立大学法人東京医科歯科大学が統合する(設置者のレベルでの統合

とともに、

 大学レベルでも統合(両大学の廃止と新大学の設置)する(学校のレベルでの統合

こととされている。
そこで、それぞれの法的な手続について見ると、まずについては、国立大学法人法が適用されるところ、同法には国立大学法人と当該法人が設置する国立大学の組み合わせが紐づけられて法定されており、統合に関する一般的な規定は置かれていない。そのため、本件の統合を実現するためには、今後同法を改正し、当該統合に関する規定を追加したり、統合後の国立大学法人が設置することとなる新大学について規定したりする必要がある。
他方、については、学校教育法に基づき、今後、両大学の廃止および新大学の設置に係る文部科学省の認可手続等が進められるものと考えられる。

具体例2:学校法人どうしの合併

私立学校を設置する学校法人どうしの合併については、近隣どうしの学校法人が合併し人材や施設の共有、生徒間の交流を図る例や、生徒数の減少で経営難に陥った学校法人を救済策として吸収合併を行う例、また大学法人と高校を設置する法人が合併し同一学校法人内での“高大接続”を図る例等、目的に応じ、さまざまなパターンが想定され、実例も比較的多い。

この場合の手続について、「学校αを設置する学校法人Aを存続法人とし学校βを設置する学校法人Bを消滅法人とする吸収合併」を例にとって考えると、設置者のレベルでは私立学校法が適用され、私立学校法52条以下の規定に従い、各学校法人での理事会での承認、債権者異議申述手続や所轄庁による認可を経て合併の効力が発生することとなる。

他方、学校のレベルでは、

(ⅰ) 合併後も存続法人である学校法人Aのもとで学校αおよび学校βを併存させる場合

(ⅱ) 学校法人の合併にあわせて学校αおよび学校βも統合する(たとえば学校βを廃止する等)場合

がありうる。このうち、(ⅰ)の場合には学校教育法上の手続は特段不要である一方、(ⅱ)の場合には、学校βの廃止について学校教育法4条等に基づく所轄庁の認可等が必要となる。なお、学校法人の寄附行為(会社における定款に相当するもの)にはその学校法人が設置する学校が規定されるため、学校の設置改廃に伴い、通常は学校法人の寄附行為の変更も必要となるが、寄附行為の変更には所轄庁の認可が必要であるから、(ⅱ)の場合については、学校の設置・廃止に係る手続とは別に、学校法人Aの寄附行為の変更手続があわせて必要となる。

具体例3:学校法人間での学校の移管

他方、学校法人(設置者)のレベルでの統合はしないものの、「ある学校法人が、自らが設置する学校を他の学校法人に移管するケース」が想定され、実例も存在する。こうした移管は、

・ 設置する校数を減らし、経営の合理化を図る。

・ それぞれ異なる分野に特化した複数の学校を設置する学校法人が、そのうち1校をその分野のノウハウを持つ別の学校法人に移管することでその学校の強みをさらに伸ばすことを目指す。

方法として活用しうるスキームである。

この場合、設置者のレベルでは、それぞれの学校法人の法人格の消滅等は生じず、また、私立学校法上もこうした学校の移管について会社法のように事業譲渡等に関する規定は特段整備されていないことから、私立学校法上の手続は特段生じず、通常の学校法人の意思決定と同様に評議員会への諮問および理事会の決議を経て、必要に応じ債権者等の関係者の承諾を得て行われることとなる。

他方、学校のレベルでは、移管される学校について学校教育法4条等に基づく設置者変更の手続(所轄庁の認可等)が必要となるほか、双方の学校法人において、寄附行為における学校法人が設置する学校の定めを変更する手続が必要となる。

学校のM&A~会社は学校を“買収”できるのか?

株式会社のような“買収”はできない

ここまでは主に、学校を設置する法人どうしまたは学校どうしの統合に関するスキームを見てきたが、では、学校法人以外の会社等が、学校法人を“買収”することは可能なのだろうか

この点について考えるうえで、まず、学校法人には株式会社における株式のような社員(株主)の持分という概念が存在しないことを理解する必要がある。その理由としては、もともと私立学校法の制定によって「学校法人」が創設される以前は、民法上の財団法人が学校を設置するものとされており、私立学校法上の学校法人は、かかる財団法人の基本的な仕組みを承継しつつ学校の経営主体としてふさわしい公的性格を与えるべく、より公益性の高い法人として設計されたという経緯があることが挙げられる注3。そのため、学校法人は、会社のように社員がそれぞれ持分を有する“社団”ではなく、寄付された財産の集合体としての“財団”として設計されており、制度上、株式会社のように出資や譲渡を通じて株式・持分を取得することによって“買収”を行うことはできない

学校法人の支配権を取得する方法としては、学校法人の理事に退任を了承してもらったうえで注4、関係者が新たな理事に就任することで、理事会の意思決定に影響を及ぼすことが考えられる。ただし、もともと理事会は特定の人物による専断を防ぐために5人以上置くものとされているほか(私立学校法35条)、親族内の就任が制約され外部者を含めること等が要請されており(同法38条等)、理事会を完全にコントロールすることは制度的に難しい。

学校の“買収”を企図する会社に求められること

1.のとおり、株式会社の買収とは異なる方法ではあるが、会社等であっても、学校の支配権に一定の影響を及ぼすことを通じて学校を運営することは可能であるといえる。ただし、学校法人は高い公益性が確保されるような法人として設計されているため、

・ “学校法人への出資”という概念がなく、配当や持分の譲渡によって経済的利益を得ることができない。

・ 残余財産の分配先も国や他の学校法人等に限定され、会社等への分配は基本的に認められない。

・ 理事への報酬額については一定の制約がある。

・ 関係者への利益供与は禁止される注5

など、“学校法人のガバナンス向上の必要性”という問題意識が強まる中で、間接的に特定のエンティティのみが経済的な利益を享受する途も狭まっており、会社等が学校法人を買収しこれを運営することを通じて経済的なメリットを受ける余地は小さいという見方もありうる。

しかし、会社等による学校の“買収”は、学校にとっては

・ 会社等の持つ多様なリソース(人材や技術、ノウハウ等)を活用し学習機会の拡大や研究活動の強化につなげることができる。

・ 会社等のブランドを活かした広告効果も期待できる。

といったメリットがある一方、会社にとってもまた、

・ 買収対象となる学校によっては、卒業生や研究成果の活用をはじめ、事業活動に資する部分も大きい。

ことから、相互にメリットを享受することができる可能性を秘めている。そのため、学校を取り巻く環境の変化に伴い、多様な目的のもとでこうした学校の“買収”が進んでいく可能性は、十分にあると考えられる。

おわりに

以上見てきたように、学校どうしの統合や学校のM&Aについては、所轄庁の認可や制度上の制約は一定程度存在するものの、ニーズや目的に合わせて適切な類型が選択されることにより、学校の成長に資する手法と十分なりうるものであるように思われる。
今後のさらなる実例の集積や、立法論も含めた議論の進展が期待される。

[注]
  1. 本記事では「一条校」を念頭に置いて解説するが、厳密には「一条校」とされない「専修学校」(いわゆる専門学校)や「各種学校」(所轄庁の認可を受けて運営するインターナショナルスクールや受験予備校等)についても、おおむね同様の規律が当てはまる。[]
  2. 鈴木勲編著『逐条学校教育法〔第9次改訂版〕』(学陽書房・2022年)24頁。[]
  3. なお、上記のとおり学校法人における「定款」を「寄附行為」と称するのも、民法上の財団法人制度のもとでの名称をそのまま引き継いだことに由来する。[]
  4. この場合の退職金は買収側が負担するのが通常と思われ、これが実質的な買収費用にあたるともいえる。[]
  5. 令和元年法律11号により新設された私立学校法26条の2によって明示的に規定された。[]

松本 拓

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士・ニューヨーク州弁護士

2005年東京大学教育学部卒業。2008年早稲田大学法科大学院修了。2009年弁護士登録。2012年ジャカルタSoewito Suhardiman Eddymurthy Kardono(SSEK)法律事務所勤務。2016年米国コロンビア大学(LL.M.)修了。2016~2017年米国Seward & Kissel法律事務所勤務。2017年ニューヨーク州弁護士登録。2020年当事務所パートナー就任。2020年~2022年東京大学法学部非常勤講師。主にM&A・投資、経済安全保障・通商、アウトバウンド・インバウンド、スタートアップ法務・投資、ウェルス・マネジメント、競争法関連を取り扱うが、近時は大学・教育関連案件に力を入れている。著作「EdTech(教育×テクノロジー)活用時の法的論点」(ビジネス法務2021年11月号)、『M&A・投資における外為法の実務』(共著、中央経済社、2020年)ほか。

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山田 智希

アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 アソシエイト弁護士

2017年東京大学法学部卒業。文部科学省勤務を経て、2018年弁護士登録。M&A、LBOファイナンス、クロスボーダー投資、インセンティブ報酬、買収防衛策分野、コーポレートガバナンスをはじめとする企業法務全般や行政訴訟、その他行政対応を主に取り扱うほか、文部科学省での勤務経験を活かし、教育関連法務にも取り組んでいる。著作「EdTech(教育×テクノロジー)活用時の法的論点」(ビジネス法務2021年11月号)ほか。

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