こんな法律事務所は顧問にしたくない!? - Business & Law(ビジネスアンドロー)

© Business & Law LLC.

―現役知財法務部員が、日々気になっているあれこれ。本音すぎる辛口連載です。

※ 本稿は個人の見解であり、特定の組織における出来事を再現したものではなく、その意見も代表しません。

法律事務所とクライアントのギクシャク

法律事務所は、クライアントの利益のために働く使命を持っており、企業法務と法律事務所は、企業が抱える法的課題の解決のために二人三脚で協働しなければならない。
にもかかわらず、時折、両者の関係はギクシャクしてしまう。クライアントからしてみれば、安くないサービスフィーを支払っているのに、たまったもんじゃない。そんなとき、正面切って原っぱで殴り合って、「ヘヘ…オメーのパンチ、効いたよ…」などと絆を深め合えればいいのだが、大人なので、あらゆる商取引と同様、正面から文句を言い合う機会には恵まれず、不満が燻る一方である。そしてその燻りは伝承され、企業法務の間では、「こんな法律事務所はイヤだ!」という“あるあるネタ”が共有されることがある。

今回は、そんな“あるある”を開陳しようと思ったのだが、これは案外難しいことに気がついた。

「料金が高い」
「返事が遅い」
「エラそうだ」
「机の上の『六法全書』が10年前の版のままだった」

とか、そういう初歩的な不満はともかくとして、企業人なら誰でも共感できる“法律事務所の実務コミュニケーション上の欠点”は、実は少ないのだ。
それは、企業の立ち位置や成長フェイズに応じて、法律事務所に期待する働きは異なり、どこに“期待外れ”を感じるかもまた、企業によって異なるからである。そこで、以下では、企業の立ち位置や成長フェイズごとに法律事務所へ抱く期待と失望についてまとめてみよう。

中小・スタートアップ企業が感じるギクシャク

法務部がない(法務人材がいない)企業の場合

中小企業を中心に、法務部がない(法務人材がいない)企業の場合、法律事務所に頼む仕事の大部分は、

「この広告表現ってどこかマズいですか?」
「○○社との業務委託契約書のレビューをお願いします」

といった、ごくありふれた法律相談や、契約書のレビューなどの定常的なサービスである。
この場合、法律事務所には、日々寄せられる相談をどんどん捌いていくスキルが求められている。したがって、たとえアウトプットが正確でも、仕事が遅ければそれだけで期待外れである。企業側としても、名の売れている多忙な弁護士を起用するより、小回りの利く事務所と顧問契約を結ぶ方が好ましいだろう。

急成長を目指すスタートアップの場合

規模は中小でも、革新的なアイデアや技術力などをテコにして急成長を目指すスタートアップ企業においては、ファイナンスや知財、規制法対応、契約などの面で慎重かつアグレッシブな戦略を立てる必要がある。にもかかわらず社内に十分な法務人材を置いていないことが少なくないが、この場合、法律事務所に求められるのは法制度を踏まえた事業戦略・経営戦略の提案である。単に法律に照らして“セーフ”か“アウト”かをジャッジするだけでは到底物足りず、期待外れということになる。

たとえば、クライアントがある事業を行うにあたって障害となる第三者の知的財産権があったとき、弁護士のアドバイスが「…というわけで、実施できませんね」で終わればもう用ナシだ。多角事業を次々と打ち出す大企業と違い、スタートアップ企業は単一事業による一点突破を目指していることが多い。それを「できない」と言われて、「そうなんですね。じゃあ、諦めます」とはおいそれと言えまい。
この例の場合、クライアントの取りうる行動としては、その事業を諦めるほかにも、

・ 技術的に回避する。

・ 相手の知的財産権を無効にする。

・ 権利のライセンスや譲渡を受ける。

・ 権利者ごと買収する。

などの複数の選択肢があり、少なくともそうした次善策を示してくれなければ困る。
ただし、これらの選択肢を示して「あとは御社の判断でお願いします」と言われても、クライアントとしてはまだ物足りない。法的見解と、クライアントの事業規模や成長性の双方を考慮して、どのオプションがクライアントにとって最適解かまで示してくれないと、「このセンセー、法律評論はしてくれるが、役には立たない」という評価になりうるのだ。ある意味、事業コンサル、経営コンサル的な手腕も求められるので、この類型のクライアントに求められる法律サービスが一番高度かもしれない。

企業法務部が感じるギクシャク

企業の規模が大きくなると、法務専任担当者ないし法務部が設置される。“法務部”といっても一様ではなく、複数の事業部門や経営部門と、顧問弁護士の間を取り持つ窓口程度の役割を担うに過ぎないケースもあり、この場合、法務部が法律事務所に求める役割は、で述べたものとあまり変わらない。

ただ、企業がある程度成熟してくると、法務部の人材も厚くなり、社内の法的課題の主体的解決を担うようになる場合が多いだろう。いわゆる“法務業務の内製化”だ。すなわち、社内の日常的な法律相談や定常的な法律業務、また法的解釈を自社の事業や経営にどうなじませるかのジャッジは、法務部の仕事となる。
ここに至ると、顧問契約した法律事務所に何でもかんでも尋ねるというよりは、重大事件や、その企業の法務部にとって勘所がない特殊な領域について、専門的な助言を求めるという付き合い方になる。たとえば、

「一般法務業務は内製するが知財領域は外注する」
「国内業務は内製するが海外案件は外注する」

といったように。
もっとも、法務部が自立していると、“特殊領域”とはいっても初歩的な検討は自身で可能だから、法律事務所に要求する専門性のレベルは高くなる。テキストに載っているような一般的な助言しかできないと、期待外れだ

「そうですよね。先生のご見解は私の思ったとおりでした。ありがとうございました」

とお礼を言われて、次からは相談が来ないだろう。
これで終わらせないためには、“クライアントの期待を超えた専門性”を発揮する必要がある。一般論以上の、たとえば“経験値”を踏まえた実務上の行動指針などを示してほしいところだ。また、このようなクライアントは、総合法律事務所よりも、一部の法領域に特化したブティック系の法律事務所を好む傾向もある。

海外案件の場合、国内法律事務所は、海外の法律事務所とのハブ役を担うケースも多い。この場合において、「このセンセー、単に現地代理人の見解を翻訳して伝えているだけだな」と見透かされると、ただでさえ現地代理人への支払いも発生するのに、とても報酬に見合う働きをしているとは評価できない。現地代理人の見解を踏まえたうえで、自身の知見と経験に照らした助言や、現地代理人のクオリティ・コントロールにおいて専門性を発揮してもらう必要がある。

相性の合わない法律事務所と仕事をしているなら…

このように考えると、「こんな法律事務所はイヤだ!」は、イコール「この法律事務所は質が低い!」ということではなくて、クライアント企業の立ち位置や成長フェイズと、法律事務所の方針のミスマッチを示している場合が多いことがわかってくる。

クライアントの性質に応じて接し方を柔軟に変えてくれる法律事務所があれば、それがベストなのだろうが、現実には、ある法律事務所が付き合うクライアントの幅も一定であることが多く、たとえば大企業や行政相手に仕事をしていた弁護士が、急に地方の個人事業主に寄り添った働きができるかというと、そうではない。“相性”と割り切るしかない場合は多いだろう。

したがって、企業法務担当者としては、今契約している法律事務所が「合わないな」と感じたら、それを同僚や他の会社の法務担当者に愚痴るのではなく、かといって正面切って不満を伝えてひとしきり殴り合ってから抱き合うのでもなく、もちろん弁護士会にクレームをつけるでもなく、さっさと別れて他の事務所を探すのが賢明である。
実際には、“しがらみ”やその他の事情で「簡単には付き合いを止められない…」と嘆く法務担当者も少なくないが、その対処法については、また稿を改めて論じよう。

→この連載を「まとめて読む」

友利 昴

作家・企業知財法務実務家

慶應義塾大学環境情報学部卒業。企業で法務・知財実務に長く携わる傍ら、著述・講演活動を行う。主な著書に『エセ著作権事件簿—著作権ヤクザ・パクられ妄想・著作権厨・トレパク冤罪』(パブリブ)『知財部という仕事』(発明推進協会)『オリンピックVS便乗商法—まやかしの知的財産に忖度する社会への警鐘』(作品社)など。また、多くの企業知財人材の取材・インタビュー記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。一級知的財産管理技能士。

Amazon.co.jpでの著者紹介ページはこちら