品質データ偽装の真因とデジタル・フォレンジックの活用について - Business & Law(ビジネスアンドロー)

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品質データ偽装の問題は2010年代半ばに日本社会で大きく報道されるようになり、今なお企業活動を震撼させる類型の不正であり続けている。この問題が発生する最も大きな要因はどこにあるのか。また、問題が起こった際には、デジタル・フォレンジックによる調査をどのように活用するべきか。フォレンジック技術の専門家であるエピックと法務の専門家である森・濱田松本法律事務所のスペシャリストらが解説した。

調査におけるデジタル・フォレンジックのベストプラクティス

2019年以降に急増したデジタル・フォレンジックとその手法

「品質データ偽装のような問題が発生した場合には、調査対象者へのインタビューやヒアリングをまず実施します。それに加えて、ヒアリングの中で証言として出た内容の裏付けを行い、本人が虚偽を述べたり忘れてしまったことについても客観的な証拠を得るためにフォレンジック業者が電子データを保全し、事実確認に役立てます」と語るのは、エピックのシニア・ディレクターであり、公認不正検査士でもある早川浩佑氏。
早川氏は調査の流れについて、

・ 調査対象範囲や調査対象データソースを決定する「スコーピング」

・ 該当する証拠データをコピーする「証拠保全」

・ 主にキーワード検索を用いてレビュー対象文書を絞り込む「データ分析」

・ 弁護士や公認不正検査士を中心とするレビューチームが、文書をレビューし、関連する文書にフラグを付ける「文書レビュー」

・ 発見事項を一覧にまとめ報告書を作成する「レポート」

の5段階があることを示したうえで、全体のスケジュールとしては中規模の案件で1~2か月または3か月、大規模な案件で半年から1年ほどを要することを説明した。
また、フォレンジックの手法は日々進化しており、物理的な証拠保全の手法については、従前は部門の共有サーバからデータを保全することが多かったが、近年はIT部門と技術連携を行う場面が増えてきたこと、分析とレポートの段階ではツールを活用することでやりとりの履歴を効率よくレビューできること、世界各地で使用されているさまざまなチャットツールのレビューに対応していることにも触れた。

締めくくりに、早川氏は同社が作成した2012年から2021年の10年間に公開された第三者委員会の報告書をまとめたレポートを紹介し、「実際に分析してみると、2019年以降にフォレンジックを活用した機械調査が増えていること、不正会計や品質偽装分野での活用も多いことがわかります」と説明。同社が公表した調査レポートは、日本経済新聞(2022年10月31日付)でも記事として取り上げられ、同社ホームページにて入手可能となっている。また、来年(2023年)早々に、2022年版もアップデートした調査レポートに関するセミナーを開催することを告知した。

早川 浩佑 氏

今また日本社会を脅かす品質データ偽装の真因

品質データ偽装は対岸の火事ではない

「品質データ偽装は2010年代半ばに日本において大きく報道されるようになり、今に至るまで企業経営を揺るがす不正の類型でしょう」と語るのは、森・濱田松本法律事務所の山内洋嗣弁護士。
山内弁護士は、まず冒頭で「品質データ偽装は、邪悪な心をもった社員が自らの懐を肥やすために行うものではなく、普通の善良な社員が“会社のため、顧客のために”と考え行ってしまうものなのです。ですから、どの企業においても、決して“対岸の火事”と捉えるべきではありません」と強調。そのうえで、品質データ偽装は不正競争防止法の違反にあたり、それに対する罰則には懲役刑も含まれること、発覚後には特定の商品群における不正が会社の製品全体の信用やブランドを崩壊させるものだと説明した。

山内 洋嗣 弁護士

続いて、同事務所の金山貴昭弁護士は、品質データ偽装に関するフォレンジック活用目的は大別して

① 現場で発生した偽装について経営層が把握していたかを確認する。

② 偽装があった製品以外の商品を購入する顧客への説明としてフォレンジックによる調査結果を提示する。

の二つのパターンが多く、こうした場面でエピックのような業者と協働していくことを紹介。品質データ偽装の特徴としては現場型の不正が多いこと、製造業で発生する場合が多いことを説明したうえで、たとえサービス業を含めたその他の業種であっても起こりうることを強調した。

不正の要因を知り「目が届かない現場」の解消を

金山弁護士は、品質データ偽装に共通する背景事情と真因について、

① 背景に「正しい」目的・行為があること

② 現場の閉鎖性

③ 製品や技術の専門性

の三つのポイントを押さえる必要があると説明したうえで「“納期厳守”などが正当化の理由となりやすく、製造拠点など、本社から地理的にも心理的にも独立した組織体において専門性の高い作業を行う現場には、チェックの目が届きづらい状況を形成してしまいます」と説明。「条件が揃えば人は誰でも不正を行う」という視点に立ったうえで、品質データ偽装の原因となる属人的な業務を解消していくことの重要性を訴えた。

金山 貴昭 弁護士

一方、山内弁護士は不正が発生する要因として

① 現場に欠如する危機感

② 特定の人に依存した業務運用

③ 現場の閉鎖性・コミュニケーション不全

④ 達成困難な受注・行き過ぎた顧客至上主義

の四つがあると紹介したうえで、「スペシャリストを育てることには良い面もたくさんありますが、負の側面として、“第三者がチェックできないエリアが生まれ、不正の温床を作りやすいこと”には留意が必要です。これは品質データ偽装に関わらず大事な視点であり、随時チェックしなければなりません」と説明。加えて見落としがちな点として、声が上がりづらい環境には二つのパターンがあり、ハラスメントで上司が耳を傾けてくれない現場は分かりやすいが、逆に、和気あいあいとした仲の良いチームもお互いへの「気遣い」から不正を隠蔽する場合もあることを説明した。

最後に、山内弁護士は「品質データ偽装は、真面目に業務に取り組み、普通の生活を送っている社員でも、目的の達成や会社のノルマ、予実管理、納期の厳守などの要請を目の当たりにすれば、“少しくらい数値が足りなくてもいいかな”と思ってしまう。自社製品の性能に自信があるがゆえに“これくらい大丈夫だ”と甘く見てしまう。そうした類型の不正といえます」と説明。他社の不正事例を「自分事」として捉え、チェックできる体制を整えることが重要だとしたうえで、品質データ偽装は、会社の信頼を失墜させることはもとより、株価の下落や役員責任など経済的損失を生じさせ、さらに懲役刑などの刑事罰が科されうるなど、会社や役職員に対し重大なインパクトを与えてしまうものであることを、社内の一人ひとりが理解し、絶対に許されるものではないことを共通の認識とすることが有効だと語った。

山内 洋嗣

森・濱田松本法律事務所 弁護士/ニューヨーク州弁護士

兵庫県神戸市出身、東京大学(LL.B.)、ヴァージニア大学ロースクール(LL.M.)卒業。Kirkland & Ellisシカゴオフィスにて勤務(2014年~2015年)。日経新聞・企業が選ぶ弁護士総合ランキング・危機管理部門 第3位。ベストローヤーズ・コーポレートガバナンス & コンプライアンス部門受賞。リーガル500・リスクマネジメント & 不正調査部門受賞。コンプライアンス・危機管理に関する著作多数、講演を日本全国で行う。

金山 貴昭

森・濱田松本法律事務所 弁護士/テキサス州弁護士

福岡県出身、東京大学(LL.B.、J.D.)、テキサス大学オースティン校ロースクール(LL.M.)卒業。グリー株式会社にて勤務(2014年~2015年)。Integreon Managed Solutions, Inc.にて勤務(2019年~ 2020年)。消費者庁制度課(公益通報者保護制度担当)出向(2021年4月~2022年6月)。多数のコンプライアンス・危機管理案件を担当。改正公益通報者保護法の指針等の策定に担当官として関与。

早川 浩佑

Epiq(エピック) シニア・ディレクター

公認不正検査士(CFE)、認定Eディスカバリーエグゼクティブ(eDEx)